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魔学研
しおりを挟むイーノイの最近の研究課題は物体の加速。
イーノイはナオヤが所持しているレールガンライフルを見た時に感じた感覚を思い出し、イズンの書を開きそれに関係する項目を探していた。
実際にアレが弾丸を飛ばすところを見たわけではないが、ナオヤが扱う数多くの銃とは仕組みが異なる事は理解していた。
そしてその微かに感じた魔法とは違う磁力の力が、この研究に応用できるのではないかと思案していた。
するとそこへ後ろから声がかかった。
「なぁなぁイーノイちゃん、そんな古臭くてかびた書物より、これを見た方がいいぜ、これは俺が最近書き上げた最新の研究論文が詰まってんだ、魔術師の中じゃ皆喉から手が出るほど欲しがる内容なんだからよ、イーノイちゃんならタダで特別に見せてやるぜ?」
「はぁ、でもあの、わたしは基礎からしっかりと勉強しないといけない立場なので…」
話しかけて来たのは部署の中では主任の立場にある人間の男性で、部長という役職がない魔学研で、一応はこの部屋の長でもある。
「じゃあよ、今度飯でも食いながら俺が色々教えてやんよ、どう? こんな事普通しないんだけど、イーノイちゃんだけは特別」
「いや… その、特別扱いはちょっと…」
「まーた遠慮するなってぇ! この論文が認められたら俺様は叙勲されることだってあるんだぜ? そうなりゃ俺はお貴族様になれる! こんな優良物件な俺からの誘いを断って家でかび臭い本ばっかり読んでるよりよ、一緒にぱぁーっと酒でも飲んでイーノイちゃんの歓迎会と俺様の叙勲の前祝いなんてどうよ?」
両掌を見せ、満面の作り笑いで遠慮するイーノイと主任のチャンドラー。
室内に10名ほど居る他の職員はまたかと言った具合にその様子をチラチラと見ていた。
その時、イーノイの目に廊下を歩く所長とナオヤの姿が飛び込んで来た。
「あ! すみませんちょっと急用を」
逃げるようにその場から離れ、イーノイは廊下の角を曲がって行く特別な彼の元へ。
イーノイはあのチャンドラー主任が苦手でならなかった。
立場を利用した振る舞いと、そしてあの男から感じる色。
「チッ…」
その場に残されたチャンドラーから盛大な舌打ちが聞こえた。
「ナーオヤさん!」
「お? イーノイ」
追いついたイーノイがナオヤの横に並んだ。
素材加工の技術レベルをこの目で見たいと言ったナオヤを、シャマーラ所長とマファルが触媒製作部門まで案内する途中だった。
「ノイノイも一緒に製作棟にいく?」
「うん、行きたいです!」
「ヨリは魔法則の基礎がまだしっかりと出来ていない所があるので、今は開発部門でそれを養ってもらっている、今は見習い研究員という立場になります」
「勉強家だなぁ」
「ナオヤさんも文字のお勉強一緒にするー?」
「え? ヨシダ殿… 文字が!?」
「うぐッ… イーノイそれを言わないでッ…!」
「お勉強楽しいよぉ?」
進みながら和気藹々と会話する4人の背中をチャンドラー主任は廊下の片隅で覗く様に見ながら悪態をつく。
「何がアラマズドの使者だ… 魔力のかけらもねぇ、着ている服だって農民みてぇな普通の人間じゃねーか…」
悪意に満ちた目で彼は使者とテスカを睨みつけていた。
「使者だからってだけでチヤホヤされやがって、あいつが普通の人間だって照明出来たら… みんな目を覚ますはずだ…」
開発棟は研究棟から少し離れた敷地内に併設されている工場の様な建物だった。
中は一般の鍛冶屋のような設備が並んだ区画や、木工品を加工する設備区画、沢山の竈に大釜や水場、資材や材料、それに使う道具が整然と並んでいる。
ここからは見えないが、他の区画には裁縫場や、養殖可能な生物から副生成物を採取して加工する区画等もあると言う。
プラントと言うほど大規模ではないが、工業団地を一緒くたに纏めた雰囲気がある。
ナオヤ達が居る場内ではエルフェンの技師が数人に、背の低いドワーフや人間、魔力を扱えないマヘスまでもが派手な音を鳴らして金属加工の作業をしている。
「ここが冶金場で!! 主に魔力を含む鉱石から金属を採取している!!」
ナオヤは微かに聞こえた所長の言葉に頷くが、場内は騒音がひどく、声を張らないと聞こえない。
「銅と亜鉛の加工技術と!! 鉛の加工で__」
大声を張るナオヤの声も掻き消されてしまう。
「ええ!?」
「真鍮加工の!!」
「はぁ!?」
騒音が激しく言葉が聞き取れないので一行は外に出て中庭のテーブルに集まっている。
休憩場として常設された中庭のテーブルと椅子の一つに、ナオヤとシャマーラ所長、それにエルフェンの技師に冶金場のドワーフが座って居る。
一方イーノイとマファルは少し離れた別のテーブルでその様子を眺めていた。
「ねぇねぇノイノイ。彼、どうだったの?」
イーノイの顔を覗き込みニヤニヤと含み笑いで何かを訊ねるマファル。
「どど、どど、どどど、どうって…」
「あらやだノイノイが壊れた。 ほらほら~私が考えた作戦、まだ上手く出来きてないの?」
「でで、で、出来… たのか… な? どうなんだろぅ…」
研究所にイーノイが護衛を連れて訪れた時、所長から巷で噂の流星の使者と一緒に行動するテスカ族の女性が入所することを聞かされていた。
一般の職員には公言されてはいないが、同所内の幹部クラスの者には予め王家からの通達があった。
そして、借りてきた猫の様に小さく纏まるイーノイの可愛さに母性を刺激され、すぐ打ち解けて仲良くなったマファル。
研究所内で特に仲の良い二人の若い女性が仕事以外で話す事と言えば、専ら都で流行ってるファッションの事や、色恋の話だった。
恋愛経験のないイーノイ自身も、淡い思いを抱いたのはナオヤが初めてであり、他に相談する相手も居らず、ナオヤとの関係には多かれ少なかれ悩みや解らない事が有った。
そこに居たのがイーノイよりも色恋事に経験豊富で、お節介な性格のマファルである。
一つ同じ屋根の下、彼女の場合船内に住んでるにも関わらず、プラトニックな関係をを続けているとイーノイから聞いたマファルには、それは大いに疑問だったのだ。
婚約も出来る年齢を過ぎているイーノイは、もっと女性としての幸せを知るべきだと、マファルは二人の関係を猛烈に後押ししようと、その切っ掛けを作る作戦を色々と考え、その方法をイーノイへ伝授していた。
作戦とはあの夜ナオヤとした行為だ。
マファルを疑いもしない純粋なイーノイは、その作戦を実行に移したのがあの夜の事だった。
「最初は…、上手く出来なかったんだけど… 寝てる間に潜り込んだの」
「うんうん。やれば出来るじゃない! それでそれで? 彼の反応は?」
「わたし良く、解んない… だってあの時…」
イーノイは周りを見回した。
少し離れた隣のテーブルには3人と真面目な顔で話す、あのナオヤが居る。
今はテーブルの上にナオヤが鞄から取り出したいつも銃に込めている弾薬、という材料を数種類並べ、手に取って色々と説明している。
イーノイはマファルの耳元へ口を寄せ、周りに聞こえないよう耳打ちする、するとマファルの顔がどんどんとニヤけて行くではないか。
「ムフフフー… ノイノイちょっとちょっと」
今度はマファルがイーノイのネコ耳へ口を寄せ、耳打ちする。
ナオヤの方をちらちらと見ては、少し長めに何やら話すマファルにイーノイの表情は見る見る変わっていく。
顔を赤らめ、口をパクパクとさせて何とか声をだした。
「…あ …あの …え? あの… …あの」
「大丈夫、ノイノイにそれをされたら、どんな男でもイチコロよ?」
そう耳元で囁きながら、マファルはイーノイの手を取り、もう一方の自分の手を被せ、優しく、とろける様な艶かしい手つきで撫で付ける。
最後にイーノイの指を口元へ持っていきペロリと舐めた。
一方、俯いてその手付きの感触に顔から火が出る程赤面しているイーノイは、彼女の舌の感覚にビクりと肩を揺らし半ば泣きそうな表情で身体を震わせ、尻尾は落ち着きなくふらふらと宙を舞う。
「む、む、無理… そんな事出来ないよマーファ…」
「イーノイちゃーん」
突然、チャンドラー主任の声がした。
振り向くと主任がわざわざ開発棟まで足を運んで来ている。
「イーノイちゃん研究お留守にしちゃってぇ、どうしちゃったんだよー」
「あ、主任。すみません…、今戻ります」
「チャンドラー、今日くらい良いじゃない折角彼が来ているんだから…」
マファルが半目で睨み異議を唱えるが、チャンドラー主任は不敵な顔だ。
「あ~? 彼女は俺んとこに預けられてんだから、俺がどうしようが俺の勝手なんだよ、イーノイちゃんはこの俺に倣って勉強して、ちゃーんと成果を出さねぇといけねーんだよ」
「あっそ…」
何処かで対立する二人の意見。
傍目に何かを察知したナオヤが、弾丸を片手にそちらを向くと、チャンドラーと目が合った。
敵視に近い目でナオヤを見下ろすチャンドラーに、ナオヤは表情を変えず一つ頭を下げる。
「フンッ」
鼻から不満気な息を出し、チャンドラーはイーノイへ向き直ると。
「じゃ仕事に戻るよイーノイちゃーん」
イーノイは残念そうにナオヤを見る。
「イーノイ、また後でね。帰りは一緒に城下まで買い出しに行こう」
「うん! じゃあいってきます、またね! ナオヤさん、マーファも」
「ノイノイガンバだよー! 作戦の成果は教えなさいよー!」
「……」
最後にイーノイはマファルに目で何かを訴えていた。
研究棟へと戻って行く、嫌に離れて歩く二人の後姿を見送るナオヤ。
作戦と言う言葉が気になりマファルと目があった時、彼女の意味あり気な笑顔にナオヤの顔が強張ってしまっていた。
ヘルモス山脈の南端の麓、つい最近までその霊峰の東側の地を治めていた領主は、レジアへの奇襲攻撃を指揮した最、ルキアの手によって討たれた。
その領主カスピラーニが使っていた城周辺には現在、侵攻時より増援され数を増した約四千五百の兵と、その周辺の村や町には、同盟国オセニアラの軍も占領軍として駐留している。
ルキアは、無血開城でこの城を接収したが、完全にレジア領として占領している訳ではない。
レジア王国側は、イギスト帝国から相応の補償と、オセニアラを交えた三国間での国際的な条約を取り付けさえすれば、この領地を返還する保障占領としており、戦闘は無かったものの、周辺は物々しい雰囲気を醸し出している。
城内の一室。大きなテーブルを囲むように座る面々の中心に、ルキアも同席していた。
不快な表情隠しもせず、書面に目を通していたイギスト側の使者は、その書面を全て読み終わる前に顔を上げ抗議を始めた。
「いくらなんでもこれは… この要求を皇帝陛下が呑むとは思えん!」
「貴国が運ぼうとしていた流星よりは軽かろう…? まず最後まで目を通せ。計六隻分は初回のみだ、後は半年にニ隻だ」
ルキアは表情を変えず腕を組み、その抗議を跳ね返すように言葉を続けた。
「裏山を掘り返せばいくらでも出ると聞く。今現在も巨人や獣人を隷従させて作業にあたらせていると聞くが、それはまさか、再び侵攻する準備に有るまいな?」
「いや… そんな事、私には測りかねる」
イギスト側とすれば、今回の侵攻劇は流星の能力と、圧力をかけて動かしたカスピラーニの能力を見誤った結果で、唯一ヘルモス山脈を越えた領地を、黙ってすべて失う事は承服出来ないはずである。
この為、イギストがまた強硬手段をとらぬよう、二国が協力し、返還をチラつかせ、牽制するのだ。
「約束が守られ、返還されたこの地なら、十年で償却できる内容ではないか、本国に持ち帰り、よく検討されよ。色良い返答を待っているぞ」
三国間での話し合いを終えたルキアは、私室として使っている部屋に戻り、人心地付いていた。
部屋の内部は、カスピラーニの蒐集した高価な調度品が数多く置かれ、元城主の資金力の高さや、趣味がそこから窺える。
ルキアがまだ読んでいない机の書面に目を落とした時、ドアの外に待機している従者から声がかかった。
「ルキア様。エンバラン様がお見えになりました」
「通してちょうだい」
協議の時より大分女性らしい口調になったルキアの返事を聞いた従者は、外から扉を開け、中年エルフェンの男性を通した。
一般槍兵の身につける蛇革のスケイルメイルより数段上等で、頑丈な飛竜ワイバーンの革をなめし、所々に竜骨の飾りが施されたスケイルアーマーに身を包んだ、姫のお目付け役でも有り熟練の槍使い。トロキア=エンバランは部屋に入ると胸に手を当て、略式敬礼をした。
「ナオヤ達は元気だった?」
開口一番、アラマズドの使者について聞かれたエンバランは、困った笑みを思わず漏らし、首を一度横に振った。
「姫…。私は彼らの動静を見に都へ行った訳ではないですよ」
「解っているわよ… トロキアがわざわざ都へ呼び出されるなんて碌な話じゃないんでしょ? 何を言われてきたの?」
「ハッ… エヴァンス将軍から直に伝言を授かりました…。『雑草が刈られ。種まきを始めた』と……」
「やはりね…、してエヴァンスの叔父様はいつここへ?」
「エヴァンス将軍は収穫に」
「ええッ!? パパったら話が違うじゃない! 叔父様にここを任せられないなら、いつまでも私は都へ帰れないじゃない!」
ルキアは整った涼しげな目を大きく開き、頬を膨らませ、トロキアの良く知る普段通りの子供っぽい口調で、悪態の様な文句をぶつけて来た。
「仕方有りませぬ、姫。いま姫がこの地を離れる訳にも行きますまい、イギストに用意させる船の積み荷を見るまでは…。あちら様の使者は帰られたので?」
「顔真っ青にして帰って行ったわよ。『草』が狩られたなら、まともにこちらの言い分を聞く筈はないもの、小細工してくるに違いないわ」
ルキアは大きくため息をつき、後ろを振り返り、窓から見えるヘルモス山脈と、その西に広がるイギスト帝国を見つめていた。
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