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包囲2
しおりを挟むテトの宿場街に到着した時、ナオヤ達は直ぐに街の雰囲気の変化に気が付いた。
ゴダードは門番に何事か問い質し、すぐに地域の長の家に向かい駆けて行き、事態の把握に走った。
酒場に全員が集まると、その酒場でも話はそればかりだ。
「あの国はどこまでキタねぇ手を使えば気が済むんだよ…ッ!!」
誰かが忌々し気に漏らす声が聞こえて来た。
ちびりちびりとエールを口に飲んでいたナオヤが、次に手に取った腸詰を口に運び、隣のイーノイが大きな匙でトマトの色に染まったペンネをセラへ選り分け、ゴダードの大きな背中がタブレットPCの画面を周りから隠している。
狭い店内には多くの人が犇めくように居た、各々に輪を作り話す声が遠慮なく耳に入る。
臭いのきつい乾物の様な物が多くぶら下がる天井に、首を窮屈に縮めて居る時、カウンターの誰かが大声で唸った。
「エリアマスターはなんて言ってるんだよっ! ギルドからは通達はねぇのかよッ!?」
辺りの屈強な男たちが腕を組んで立ち話す。
「ギルドからは何もねぇんだ、俺は次期的に包囲されてから向こうを断って急いでここまで来たが、最初でも途中でもルキア様籠城中、冒険者は各エリアマスターか、ギルドの家の主の指示にって…」
ナオヤは自分達が陣取る酒場の隅でゴダードを影にタブレットの画面を睨んでは、落ち着き無く懐のハンドガンのグリップを触り、滑り止めの凹凸を爪で引き掻いていた。
画面には、カスピラーニ領上空を通過した時に撮影した、最新の地表の衛星画像、城を包囲した無数の兵の隊列と、テント、そして、組み立て途中の攻城兵器が映し出されている。
「助けに行くんですか? ナオヤさん」
「………」
周囲でも同じように噂や人伝の話を囁き合っては盃を煽るが、武器を携えている者の目は酔っていない。
画面から目を離さず食入るように見ているナオヤが呟く。
「攻城兵器は、使わせちゃまずい… 先に潰して少しでも進行を留めないと… しかしこれは…」
「港はオセニアラの手引きで完全にイギストの軍門に落ちただろう」
ナオヤのタブレットの画面情報と同じ信号を受信しているヴィータは、画面を見ずともナオヤが触るタブレットの操作を感知し、彼が注目している地政学的な考えを代弁し、それを聴いた隣のゴダードは自分の身なりを今一度確認していた。
「近衛の紋章、隠す外套必要かもなぁこりゃ…」
「これさ、この港叩いたら帝国側は孤立させられる、城攻め兵器と港、両方叩くしかない」
横目で目立たないように隠している画面を覗き込み、その情報を盗み見る様にしていたゴダードが漏らした。
「たしかになぁ… だが出来るのか、んなことが」
「出来ちゃうらしい、我が船は」
「へぇ… そりゃあオッカネェ事だ」
「……」
セラが無言でナオヤを見る、イーノイはローブの中に忍ばせた荷電粒子のハンドガンを納めるベルトスリングの調整バックルを触り、短く縛り直した。
最近、ナオヤに物体の加速を調べていると話したら、何故かコレを使えと渡されている銃で、何度か試し撃ちもした武器だ。
弾丸と違い威力の調整で火傷程度の非殺傷にすることも可能な武器だった。
「南より、港だな」
ナオヤが呟くとイーノイが一口食べた感想を嬉しそうにこぼした。
「このペンネ美味しい」
「補給線を潰す効果は心理的効果も高い、二つの軍勢だと言う事がここで仇となれば、僅な切っ掛けでこの兵力差の包囲であっても崩れる事はあり得る。そのペンネのスープを2匙飲むだけで一日の塩分摂取量を越える」
ヴィータがとっ散らかるそれぞれの言葉に器用に対応している。
「一度味を覚えたら、忘れる事なんか出来ないんだよな」
イーノイが見つめるナオヤは画面を見ながら頷いて一度切った言葉を続けた。
「今潰してしまおう、始める前に終れば諦めもつく……」
「EOMを使う気か」
ヴィータが念押しのように確認してきた。
ナオヤはタブレットに落とした目線をヴィータへ向け、ゆっくり頷くと、ネットを通じでF28番機とリンクする。
時間を置かず離れた場所にあるF28番機の上部に2個の穴が開く、突如穴の中からガスと炎が噴き出すと、それぞれのVLSから小型のロケットが飛び出し、轟音を伴い光りながら天高く飛翔して行った。
地球軌道弾、通称EOM。
大陸間弾道弾とよばれるICBMよりも高く飛翔し、地球軌道上を周回し地上のどの位置でも到達可能な飛翔体だ。
弾道弾との違いはフィンの根本部分に取り付けられたカメラと、GPSからの信号で誘導されながら精密に目標物に到達するその正確性だ。
大気圏外を周回し、時速4万から5万キロまで空気をブレーキ替わりに速度を落とし、フィンを微調整しながら2発の弾頭が浅い角度で落下してくる。
その光が遥か彼方に見えた時には、既にもう遅い、大気の摩擦でプラズマ化し、音速の数十倍の速度の弾頭が着弾と同時に地表を斜めに抉り、放射状かつ広範囲の地形を変える速度エネルギーでクレーターを作る、プラズマ化した光と、大量の放射熱が地表で破壊的な土煙を巻き上げ、熱風を巻き込む大きな大きな渦を作り立ち昇らせた。
攻城兵器と周りの兵は諸共跡形も無く、粉微塵になり消し飛ぶ。
目の前で攻城兵器の組み立て作業員を、ロングボウで一人ひとり狙い、魔力をも使った長距離曲射術で狙撃していたルキア配下のレンジャー兵は、空から一瞬で降り注ぎ、凄まじい衝撃で横薙に目の前の敵全てを吹き飛ばしていったそれに言葉を失い口を開けたまま固まって居た。
衛星からの映像で、リアルタイムにそれを確認したナオヤは、画面を消し立ち上がる。
夜も更け、食事を終えたら普通なら後は用意してある部屋で休むだけだが、彼らは其々自分の身なりを確認し、ナオヤが飲み食いした代金をテーブルの上に叩きつける様に置いて、その暑苦しい熱気がこもり、殺気に漲る兵の巣から抜け出した。
ナオヤ達は馬車を出し、荷物を纏めると早々に南へ出発するが、途中で山脈側に其れて曲がり見上げると首が痛くなる高さの崖を見上げながら、上空を飛ぶ大きな翼の正体を不安視しながら双眼鏡手に覗き見る。
先程の2発の地球軌道弾で、オセニアラは相当な被害を一方的に出した。
そればかりか攻城兵器のその尽くを潰し、地表ごと抉り吹き飛ばすアラマズドの鉄槌とも呼べる星降りを見せつけられ、イギスト帝国軍と共に混乱状態に陥っていた。
鉄壁の守を堅めた僅か4000弱のエルフェン、包囲する軍は切り札の兵器を失った事で兵だけ無駄に膨れ上がるのに手を出せず、収集がつかなくなって行く。
一部の部隊はこの包囲戦に疑問視を抱き、態度を変え、手引きした帝国軍の幕僚の出方を伺う懐疑的な動きすらあり、結託した筈の両軍の勢いや攻勢の出鼻は完全に挫かれた。
空から振ったそれの被害の大きさより、精神的な打撃の影響が大きかった。
ルキアは確信していた、あの船とあの男ならこれが出来ると。
そして、この事態をあの男は把握し、理解した上での今の対応なのだと、これは事態を一時読み誤って計らずも馴れぬ城で籠城していたルキアにとって心強いメッセージになっていた。
ルキアはオセニアラの特使の人選に注意し、アノノと言う目の上のたん瘤の様な男の気配も無い事に一定の予想を立ててはいたが、帝国側の動きの強引さに気を取られ、罠に掛けられたと察した時には身動きを封じられていた。
傍目で見た特使の態度の変化に不安を覚え、気配を察知した時には完全に包囲網が敷かれていた。
包囲されると同時に城内に潜伏していたオセニアラ特使を装った密偵に首を狙われたが、今ここにルキアが健在である事が襲撃の結果だった。
状況が変わり、満足に外部への連絡が出来ないこちらの環境、それも一切関係なく見えない場所からここを見ているであろう黒髪の男を思い浮かべる。
「ナオヤ… あぁ、もぉう…」
ナオヤは冷めた目で、地表に残る着弾跡をタブレット越しに見ていた。
出した犠牲を思い浮かべ、だが何処かで割り切ったように自分を納得させ、馬車の速度を上げさせて、テトの街を後にした。
御者台に座る二人に荷台から近寄り、タブレットを操作しながらヴィータと何事かを話し合っている。
ダンとアンリは遠くで会話するナオヤ達から聞こえる会話の無線信号と、船のシステムが中心に構成される戦術管制システムの画面からそれが始まるのを船内で感じていた。
ナオヤ達が出発した後、王都にもその噂はギルドを通じで広まっていた、そして船の機関部が動くたび、専門用語で発せられる注意アナウンスもあり、ルキア姫が居る地域の状況が発展し続けている事は、彼らにもそれなりに理解出来ているようだ。
摘まむことが出来る様になった手を組み、アンリは憂う表情だが、その隣には寄り添うダンが居る。
普通ならこんなに早く骨は付かないが、この船の中で出される薬には特殊な効果がある。
見る々内に骨が強化され、アンリは夜な夜なその骨が軋んで痛い位なのだ。
この為大量のカルシウムとビタミンDを摂取しなくてはならないのだが、それは別の話。
「本格的に始まっちまうのか……」
「あの若者たちなら大丈夫さ」
「そうだな… アンリ、こんなに治りが速いなんてアンリは超人だな」
愛妻の肩を抱き寄せ、ダンは彼女の身体を撫でていた。
「ダンの看病と、彼等の薬のおかげだな」
「アンリ……」
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