赤い目は叫ぶ

伊達メガネ

文字の大きさ
上 下
6 / 8
六章

侵攻

しおりを挟む
 45口径のオートを構えると、引き金を引いた。
 目の前に居た黒ネズミの腹部に命中する。
 目標を変えて、また引き金を引いた。
 今度は赤猫の頭部付近に命中した。
 付近にいる赤目目掛けて、引き金を引いていく。
 弾丸は次々と、赤目たちに命中していった。
 まるで射撃訓練のようだ。
 もっとも、これは当然の結果だ。
 現在、時刻は午前十時。
 赤目は夜行性で、今は休眠中だ。
 要するに、深く寝入っている赤目の、寝込みを襲撃している訳だ。
 そのおかげで、赤目たちは断末魔を上げることさえ出来ずに、途絶えていった。
 遠くから銃声の音が聞こえてきた。
 どうやらほかのチームも始めたようだ。
 周りを見渡しながら、弾倉をスライドさせて交換する。
「この辺にはもう、居ないみたいですね」
 シゲさんも周りを確認している。
「ああ、そのようだな。先へと進むとしよう」
 シゲさんが、目指す先のお城のような建物を指差した。
 目的地に向かって、ゆっくりと歩を進める。
 歩く足取りが、少々重たかった。
 コレは精神的な問題ではなく、物理的な問題だ。
 ヘルメットに迷彩服、その上からタクティカルベストと、無線機という定番の衣装に加え、両腿のホルスターに45口径のオートと、357マグナムのリボルバー、背中には散弾銃を担いでいた。
 その上、大量の赤目に対応する為に、タクティカルベストや、ベルトに着けたポーチには、持てるだけの弾薬を詰め込んでいた。
 これが非常に重たい。
 おまけに気温の方も上がってきていて、大分暑かった。
 歩くだけでも汗が噴き出してきて、げんなりする。
 それでも顔色一つ変えず、普段と変わらないシゲさんは、ベテランの貫禄というところか。
 道すがら赤目と出くわしては、即座に駆除していく。
 やはり普段と比べると、赤目と遭遇する頻度が多い。
 それでも四チームで一気に襲撃を仕掛けているおかげで、赤目の反応は未だ鈍く、楽に戦えていた。
 仮に通常の人数で挑んでいたら、赤目を一気に仕留める数よりも、向こうが気付いて体勢を立て直す数の方が、多かったであろう。
 そうすると、逆に一斉に赤目から襲撃されて、コチラが悲惨な状況になっていた可能性が高い。
 遠くから聞こえてくる銃声が、頼もしく感じる。
 赤目を駆除しながら進んで行き、目的の建物の間近までやって来た。
 近くで見ると、改めてその大きさと、独特の形に驚かさられる。
 中央には大きな三角屋根の建物が座していて、右側には手前がスロープになっている、小さな三角屋根を冠した建物が連なっており、左側にはウッドデッキを配した、長方形の建物が広がっていた。
 中央のメイン出入り口手前には、少し大きめな円形状の広場と、その真ん中に噴水が配置されていて、駐車場との間には、段差が低くて幅が広い階段が繋がっていた。
 見る者を圧倒させる雄大で、幻想的な建物だ。
 だが、建物は全体的に劣化していて、窓ガラスは所々割れており、辺りには埃や砂が積もっていて、噴水は枯れ果てていた。
 かつての栄華があるだけに、余計に物悲しい気持ちにさせる。
 建物の右側端にある出入り口へ歩を進めた。
 メインの出入り口ではないが、割と大きな作りをしている。
 外から中の様子を窺っていると、イヤホンから声が聞こえてきた。
「シ……さんか、コマ聞こえ……か?」
 距離が離れていることと、建物が障害物になっている影響で、無線機の感度が悪くノイズが入ってくる。
 声の調子から判断すると、相手は加賀美景虎だ。
 ツバメ姉さんの弟で、兄弟でチームを組む自分と同じ年の猟人だ。
「こちらコマ、チョット感度は悪いけど、聞こえている」
「姉ちゃん……ォローに入ってい……で、一之瀬と……れから建物内……侵入する。繰り返す…………」
 ノイズのおかげで途切れ途切れだが、「ツバメ姉さんはフォローに行っていて居ないが、二人で建物に侵入する」ということだろう。
 シゲさんに顔を向けると、コクリと頷いた。
「OK、コチラも今から侵入する。気を付けてな!」
「了……そっち……!」
 シゲさんが目で合図して、ドアに手を掛けた。
「それじゃあ、行くとするか」
「ええ」
 その時、不意にイヤホンから声が聞こえてきた。
 聞き覚えがあるが、予定外の人物の声だ。
「シゲさんか、コマ無線取れますか?」
 位置のせいか、ノイズが無くハッキリと聞こえる。
 声の主は朝日鶏一、同じ会社の別のチームの猟人だ。
 今回追加で招集された猟人で、正面出入り口からの侵入を担当しているが、ツバメ姉さんのチームとは目的地が同じ為、無線のチャンネルを同一にしていたのが、コチラは目的地も違うし、混線を避ける為に、別のチャンネルを使用していた筈だ。
「オウ、聞こえているぞ。どうした?」
「ちょっと今苦戦していて、悪いけど、フォロー貰えないか?」
 声のトーンから、焦りを感じる。
 実はうちのチームも絹江さんがお休みで、二人だけだが、向こうのチームも一人欠員が出ていて、二人だけであった。
 シゲさんと顔を見合わせた。
「鶏一さんたち、結構きつそうですね」
「ああ、そうだな」
 シゲさんがすかさず無線を返した。
「分かった。直ぐに向かう!」
「助かる! 現在位置は――」
 フォローに行くのは良いが、一つ問題があった。
 景虎とシュウさんが、既に建物内に入っている点だ。
 このままでは、二人の負担があまりにも大きい。
「コマ、向こうに回ろうと思うが、一人でも大丈夫か?」
 そう来ると思った。
「ええ、何とかなると思います」
 フォローが終わればシゲさんも加わるし、向こうもそのうちツバメ姉さんが戻って来るだろうから、その間を稼げれば良いのだ。
 それぐらいは何とかなる筈だ。
 それに重い装備を担いで、暑い中走りたくないという気持ちもある。
 もっとも、シゲさんはそれも見越して、言っているのだろうけど。
「それじゃあ、気を付けてな。何かあったら直ぐに連絡をよこせ! 絶対に無理はするなよ!」
 言い終わるや否や、シゲさんは猛然と駆けだした。
 とても同じ重い装備を背負っているとは思えない走りだ。

 少し広い通路を、ゆっくりと歩いて行く。
 建物内は日が直接刺さないせいか、少しひんやりとしていた。
 前後左右に気を張り巡らし、周りを警戒する。
 通路には照明器具は点灯しておらず、窓から僅かな自然光が射しているだけで、辺りは薄暗かった。
 床は大理石調のタイル張りになっていて、一面に埃が積もっている。
 歩くごとに埃が舞い上がり、カビくさい臭いが鼻についてきた。
 進んで行くと、少し開けた空間に出た。
 エスカレーターが設置されているのだが、現在は使用されておらず、長いこと放置されていたおかげで、酷く劣化していた。
 その脇にはATMコーナーがあり、コチラも同じような状態だ。
 そこを抜けると、通路がさらに大きくなった。
 辺りにはベンチや、元は観葉植物だったらしきモノが散乱していた。
 通路の両側にはテナントが入っているのだが、商品やケース等が破損して辺りに転がっていて、その上から埃が積もっていた。
 放置されてから、長い月日を感じる。
 さらに進むと、十字路に出くわした。
 円形上に広がるように、広く作られていた。
 その中心部分に、何かが見える。
 赤目だ。
 赤猫と、黒ネズミが複数匹、群れを成して固まっていた。
 何とも不思議な気分だ。
 実際には違う生き物とはいえ、猫の姿をした者と、ネズミの姿をした者が、一緒になって固まっているのだ。
 赤目たちは休眠中の為であろう、全く動く様子が見えない。
 45口径のオートを構えた。
「お休みの所すいませんが、失礼します」
 狙いを定めると、引き金を引いた。
 銃声が鳴り、赤猫に弾丸が命中した。
 続けて銃を撃つと、別の赤猫に命中した。
 そして、また銃を撃つ。
 撃つ。
 撃つ。
 撃つ。
 ………………。
 通路には硝煙が充満し、黒い鮮血と、硬い体毛が散乱していた。
 周りを見渡しながら、弾倉を交換する。
 他に赤目はいな……くはないな!
 壁際の柱の陰から、赤目が姿を現した。
 ボス猫だ!
 何となく予感はしていた。
 これだけ多くの赤目が居れば、レアの存在とはいえ、ボス猫の一匹や二匹は居る気がしていた。
 背中から散弾銃を取り出し、ボス猫に向けた。
 それに応えるかのように、ボス猫が強く咆哮した。
『ギャャァァァ―――ッ!』
 散弾銃には、スラッグ弾が装填されている。
 コンクリートブロックさえ破砕する、非常に強力な弾丸だ。
 ボス猫とは言え、まともに当たれば、ひとたまりもない代物だ。
 火力的には問題は無い。
 だが、ボス猫との距離が、少し離れていた。
 確実に命中させるなら、もう少し距離を縮めたいところだ。
 …………仕方がない。
 意を決すると、行動に出た。
 足を細かく左右に振るようにして、少しずつ前に進める。
 ボス猫に気付かれないように、細心の注意を払って詰めていく。
 そのまま、そのまま、うごくなよ~~。
 ボス猫はコチラを見据えて、威嚇したまま動かない。
 少しずつ、少しずつ距離が縮まっていく。
 それに比例して、己の中の緊張感が、高まっていくのを感じた。
 段々と距離が縮まっていき、有効射程距離に到達しようとした。
 その時、ボス猫が先に動いた。
『ギャャァァァ――ッ!』
 まるでギリギリまで絞った弓から、矢が放たれるように、ボス猫が咆哮を上げながら、牙を剥き出して飛び掛かってきた。
 自分でも不思議なほど慌てることなく、落ち着いていた。
 それを十分に引き付けると、引き金を引いた。
 通路内に銃声が鳴り響く。
 襲い掛かろうとして、開いたボス猫の口に、弾丸が見事に命中した。
 それでも慣性で飛んできたボス猫を、寸前で躱した。
 止めを刺そうとして、ボス猫の頭部に照準を合わせる。
 だが、その必要はなかった。
 ボス猫の頭部は、原形を留めない程に砕け散っていた。
 気を抜かずに、周りを見渡して警戒する。
 特に異常は、見受けられなかった。

 絹江は思わず呟いた。
「大丈夫かな……?」
 側にいた小鳥遊所長が、微笑みを浮かべて答えた。
「彼らなら問題ないですよ」
 絹江は思いがけず独り言を聞かれてしまい、少し気恥しい気持ちになった。
「シゲさんは経験豊なベテランですし、狛彦君はまだ若いですが、状況判断も確かで、実力も折り紙つきですから」
「う~~ん、そうだよね……」
 それはそれで喜ぶべきことなのだが、絹江としてはイマイチ釈然としないものがあった。
 前の仕事で足を捻挫してしまい、今回の大規模な狩りには、参加することが出来なかった。
 三人一組のチーム構成で、私が参加出来ずに抜けてしまうことは、広大な施設を探索する上に、大量の赤目を対処しなければならない状況において、それは同じチームを組む狛彦や、シゲさんに大きな負担を強いることを意味していた。
 捻挫の方は大分回復していたし、今は痛みもほとんどなかったので、自分も参加することを強く主張した。
 だが、小鳥遊所長がどうしても許可を出してくれなかったので、今回は事務所で、お留守番をすることになった。
 正直に言えば、参加することを強く主張した理由は、チームの為だけでは無かった。
 小鳥遊所長が言うように、若いが腕は立つ狛彦と、頼れるベテランのシゲさんは百戦錬磨の強者だ。
 私一人が欠けても、割と難なく業務をこなしてしまうと思う。
 実際、前回はそうであったわけだし……。
 でも、それではチームの中で私の存在意義が、必要の無いものに感じてしまう。
 ようやく最近周りに、認められてきた気がしていたのに……
「ハァ……」
 思わずタメ息がこぼれた。
 小鳥遊所長がいつものように、微笑みを浮かべて聞いてきた。
「気になりますか?」
「えッ?……イヤ、その……」
 気にならないと言えば、それは嘘になるけど……。
 でも、それはチームのことではなくて、自分のことで……。
 絹江は自分が酷く卑しい気がして、後ろめたい気持ちになった。
「今回は確かに大変な事態ですが、KSS社さんと合同で行いますし、追加で増員もしていますから、戦力的には申し分ないと思いますよ」
 側で書類の処理をしていた、主任の猪口も同調してきた。
「アチラさんはツバメのお嬢も居ますし、何でも新しく入ってきた子が、結構ヤルという話じゃないですか」
 知っている。
 シュウさんの事だ。
 この前の合同で狩りを行った時に、顔を合わせた。
 シュウさんはこの業界に入ったのは同じ位だが、既にKSS社の主力という感じがしていた。
「ええ、私もそう聞いています。どうやら一之瀬老のお孫さんのようですね」
「一之瀬老?」
 そう言えば、シゲさんもそんなことを言っていた覚えが……。
 不思議そうな顔をしていると、猪口主任が何やら含みがある言い方で答えてくれた。
「自分や小鳥遊所長、シゲさんが自衛隊にいた時に、色んな意味で随分とお世話になったお方だ」
 小鳥遊所長が、珍しく苦笑いを浮かべた。
「ははッ、そうなりますね」
 どうやら一之瀬老は、小鳥遊所長や猪口就任にとって、何やらいわくありげな人物のようだ。
「そう言えば、一之瀬老のお孫さんはかなりの美人さんだと、噂を聞いた憶えがありますね」
「ああ、それ自分も聞きました」
 それは知っている。
 シュウさんは、近隣の女子学生には知られた存在だ。
 ミッション系の女子高に通っていて、グラビアモデルの様な体型しており、抜群の運動神経にクールな性格で、背が高く端正な顔立ちも相まって、特に女子学生には絶大な人気だ。
 だから、初めて顔を合わせた時は、チョット驚きだった。
 狛彦はそのことを全く知らないばかりか、シュウさんが女性であることさえ、初めは気付いていなかったみたいだけど。
「ツバメお嬢さんもいらっしゃいますから、美人さん揃いですね」
 確かに、ツバメさんは綺麗な人だ。
 ただ、美人度よりも、男前度の方が大きい気がする。
「若いコマなんかは、案外楽しんでいるかもしれませんね」
「ははッ、それはいくら何でも……」
 小鳥遊所長と、猪口就任は顔を見合わせて笑った。
 だが、絹江は全然笑えなかった。
 むむむ、何だと――ッ⁉
 コッチは色々と悩みがあって、気が気でないのに、自分だけ楽しむ何てことは、絶対に許さない!
 帰ってきたら、八つ当たりしてやる‼
しおりを挟む

処理中です...