赤い目は震わす

伊達メガネ

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第三章

夏幻

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 学校からの帰り道に、駅前のスーパーに足を運んだ。
 夕方いう時間帯もあり、多くの人で賑わっていた。
 店内は生鮮食品を扱う為か、クーラーがガンガンに効いていて、買い物客で込み合う中でも大分寒く感じた。
 レジを打つ人の服装が、真夏とは思えない厚着をしていることに、その苦労を感じさせる。
 雑踏の中、手早く買い物を済ませて外に出た。
 外に出ると、今度は打って変わって、猛烈な暑さに包まれた。
「はァァ……」
 夕方とはいえ、この時期はまだ日差しが強く、気温が高い。
 あまりの寒暖の差に、少々嫌気がする。
 まあ、これもある意味夏の風物詩だな。
 不意に声をかけられた。
「あら、狛彦君?」
 声の先には、二十歳ぐらいの女性がいた。
 肩までかかるきれいな黒髪に、やさしげな顔立ち、細身だが出るところはしっかりと出ていて、前にテレビで昔流行ったCMというのをやっていたが、それに出てきたきれいなお姉さんって感じで、かなりの美人さんである。
 涼しげなブラウスに、ジーパンというラフな装いだが、佇まいに品があるせいか、むしろ高級感を感じさせた。
 彼女の名前は犬井響子。
 なじみの狩人の友人で、最近知り合ったばかりだ。
「こんにちは、響子さん」
 時間帯的には、「こんばんは」だったかな?
 響子さんは嬉しそうに、笑みを浮かべた。
「こんにちは、うふふ、憶えていてくれたのね」
 流石にこれだけの美人さんは、なかなか忘れようがない。
「どうしたのですか? こんなところで」
 確か響子さんはこの辺の人では、なかったハズだが……・
「少し用があってね。狛彦君は……学校帰り? お買い物?」
「その両方ですね」
 響子さんが買い物袋を、一瞥して聞いてきた。
「あら、もしかして、自分で食事を作っているの?」
「あぁ~~そうですね」
 現在とある事情により、一人暮らしをしている。
 自分を育ててくれた祖母は他界し、父親は物心ついた時からいなかったので論外、母親はいることにはいるのだが、ここ二年ばかり見た覚えがないので、どこで何をしているか分からない。
 あの人のことだから、恐らく元気にやっているだろう。
 それと、恐らく他に兄弟はいない。
 それについては、ちょっと自信はないけど……。
 なので、食事は自分で作るしかないのだ。
 おもむろに響子さんが、身を寄せてきた。
「偉いわね~~。感心、感心」
 そう言って、響子さんが頭を撫でてきた。
 まるで小さい子供でも、あやすみたいだ。
「……はは……」
 いや、これってどうなの?
 悪い気はしないけど……。
 響子さんとこの後も暫く世間話をして、別れ帰宅の途に就いた。

 道路の両側には、似たような住宅がズラリと並んでいた。
 個性が感じられず、無表情で冷たい印象を受ける。
 まあ、それも仕方のないことだ。
 ここは郊外に作られたベッドタウン。
 何もなかった広大な土地に、地方自治体と、とあるゼネコンが共同で町全体の開発を行った地域だ。
 そのゼネコンが主体となり、建売住宅を建築したこともあって、その結果どの家も似たような作りをしている。
 個性はないが、均整がとれていて美しい、とも言えなくもない。
 家の作りはともかくとして、都市部への交通の便が良かったおかげで、評判は大変良かったそうだ。
 だが、残念ながらその評判は、直ぐに地に落ちることになる。
 関係者が予想しえない事態が起こったのだ。
 赤目だ。
 この地域に黒い球体が出現したのだ。
 政府は直ぐに汚染区に指定し、開発地域は外部と遮断された。
 建造された住宅などは、全てが放棄された。
 そして、だれも住むことのない、多くの住宅だけが残った。

 シゲさんが周りに気を張り巡らせていた。
 その横でトラックから荷物を取り出し、装備を整えていく。
 ウエストポーチには予備の弾倉が、ギッシリ詰め込まれていた。
 タクティカルベストに、大量のマガジンポーチを取り付け、予備の弾薬がギッシリ詰め込まれたウエストポーチを、さらに腰に付けた。
 傍らには、ライオットシールドが置かれている。
「……重いな」
「塵も積もれば山となる」とは、よく言ったものだ。
 一発がどんなに軽くても、ここまで大量に携帯すると、流石にかなりの重量になる。
 その上ライオットシールドまであるのだから、愚痴の一つも言いたくなる。
 しかし、今回ばかりはしょうがない。
 この地域には、角イタチと呼ばれる小型の赤目が出現する。
 角イタチは黒茶色の体色で、全長は一メートル程、体毛が鋭利な刃のように硬質化していて、見た目は名前のまんまイタチの姿に、頭からナイフのような角をはやしている。
 ナイフのような角と、硬質化した体毛は少々厄介だが、単体なら装備さえキチンと整っておれば、特に問題のない相手だ。
 だが、それが集団ともなれば話は別だ。
 数の暴力で攻められると、こちらも「塵も積もれば山となる」で、単体の時と比べると、一気にリスクが倍増する。
 特に最近は、赤目の数が増加傾向にある。
 下調べの段階では、かなりの数の角イタチが確認されていた。
 その対策として予備の弾丸を多く携帯し、念の為にライオットシールドも持っていく。
 それと今回の狩りには、同業他社のKSS社と合同で行う。
 赤目の数が多いこともあるが、どちらかと言えば、探索範囲が広いことが一番の理由だ。
 流石に一つの町を、三人で探索するのはちょっと無理がある。
 KSS社からは顔なじみの加賀美ツバメと、景虎の姉弟きょうだいに、一ノ瀬シュウの三人が参加していた。
 ツバメ姉さんはベテランの腕利きの狩人で、景虎は同い年で一応実力はあるのだが、ちょっと色んな意味で抜けたところがある。
 シュウさんも歳は一緒で、絹江さんと同じくらいのキャリアの割には、なかなか腕の立つ有望な新人狩人だ。
 今回は赤目の出現予測が多いだけに、KSS社の存在は非常に頼もしく感じる。
 段取りとしては自分と、絹江さんが歩いて住宅街を回り、反対側から景虎と、シュウさんも同じように住宅街を巡回していく。
 シゲさんと、ツバメ姉さんはどちらかに不測な事態が生じた際、車両を使って速やかにフォローに入るって寸法だ。

 装備を整えると、絹江さんに声をかけた。
「準備はいいですか?」
 絹江さんは緊張した面持ちで頷いた。
「……ええ、いいわよ」
 そろそろ慣れてきても、いい頃だと思うけどなぁ。
 絹江さんの手には、拳銃が握られていた。
 ポリマーフレーム製で装弾数も多く、貫通力が高い割には反動が少なく、割と扱いやすい銃だ。
 いつもは狙撃銃がメインアームだが、角イタチは動きがはしこいだけに、速射性が高くて、取り回しのしやすい拳銃を選択している。
 傍にいたシゲさんに声をかけた。
「それじゃあ、行ってきますね」
 シゲさんがニカリと笑って答えた。
「あいよ! 気をつけてな。無理すんなよ」
 こっちは完全に慣れ切っているな。
「了解」
「ハイ、分かりました」
 右腿のホルスターから、45口径のオートを取り出した。
 左腿のホルスターにはサブとして、357マグナムのリボルバー吊り下がっている。
 右手で銃を構えて、左手にライオットシールドを持ち、ゆっくりと歩きだした。
 絹江さんも銃を構え、ライオットシールドを携えながら、後ろからついて来る。
 道は少し上がり坂になっていて、そこをゆっくり上っていく。
 歩を進めていくと、十字路に出くわした。
 絹江さんに目配せをして、右に曲がる。
 建物の影が上手い具合に伸びていて、直射日光を遮ってくれている。
 そのせいか真夏の割には、大分気温が低く感じる。
 ん~~割と涼しいな。
 絹江さんがおずおずと口を開いた。
「何か……どれもきれい……よね?」
 道の両側に立つ家々は、目を引く劣化や、破損は見られなかった。
 汚染区内の建造物は、大抵は著しく劣化や、破損している。
 誰も住む者はおらず、何年も人の手が加えられずに、放置されているのだから、当然と言えば当然だ。
 だが、この地域は不思議なほどに、建物がきれいであった。
「あ~~恐らくなんですけど……ここって出来て直ぐに、赤目が出てきたって話なんですよね」
「うん、そう聞いている」
「そのおかげで、新しいままほとんど使用されることなく、汚染区に指定されて、だれも立ち入ることが、出来なくなったんですよね」
 絹江さんが気の毒そうに顔を覆った。
「それって……かなりきついよね?」
 本当に絹江さんの言うとおりだと思う。
 実際に買ったことはないけど、家を購入するのに時間も、労力も、お金も多大に消費されることは、想像に難しくない。
 それでも夢のマイホームが手に入ったのなら、その苦労も報われるというものだが、それも赤目のおかげで早々に打ち砕かれ、天国から地獄に突き落とされたのだから、同情を禁じ得ない。
 まさに悲劇としか、言いようがないだろう。
「きついと思います。だから、きれいなのかな? って気がして……」
 絹江さんの表情が曇った。
「…………何が?」
「だから……そういう人たちの気持ちっていうか……何ていうか……そういった思いが……憑いてんじゃないかな~~って……」
 絹江さんが一瞬考えて発した。
「生霊的なもの……?」
「生霊的なもの……!」
 何とも言えない妙な沈黙が、場を支配する。
「………………」
「………………」
 真夏とは思えない冷たい風が、周りを吹き抜けた。
「私こういう話苦手なんだけどッ‼」
「奇遇ですね! 自分もですよ!」
 その時、ガシャンと、何かが割れるような音がした。
「うわぁぁッ!」
「ひひぃぃッ!」
 不意な物音に、絹江さん共々変な声を上げて、飛びあがった。
 物音がした方を見ると、道端に割れた鉢植えが散らばっていて、直ぐ傍の生け垣から、赤く光る眼が顔を出していた。
 今回の標的、角イタチだ。
 角イタチは、こちらを探るように見つめていた。
 思わぬ展開に、ホッと胸をなでおろす。
 ……霊的なものかと思ったよ。
「何だ赤目か~~……あッ!」
「何よ赤目ね~~……んッ!」
 絹江さんと思わず顔を見合わせて、共に叫んだ。
『赤目――ッ⁉』
 急いで銃を向けたが、それよりも先に角イタチが動いた。
『キシャャァァ――ッ!』
 角イタチが叫び声をあげて、一直線に突進してくる。
「チィッ!」
 狙いもそこそこに、引き金を引いた。
 しかし、思いの外角イタチの動きが速い
 銃弾が角イタチの後ろに外れていく。
 角イタチは間近まで迫ってくると、タメを作るように身構えた。
「ゲッ! マズいッ!」
 角イタチが突進してきた勢いを乗せて、短刀のような角を前にして跳躍した。
 矢のような速さで、角イタチが飛んでくる。
 避けるか? 防ぐか? どうする?
 すんでのところで角イタチアローを、体を捻って躱した。
 勢い余った角イタチは、直ぐ傍の門に頭から激突し、角がちょうど表札の部分にめり込んだ。
 あッぶね~~避けて良かった!
 角イタチは角が外れずに、ジタバタともがいている。
 絹江さんと思わず顔を見合わせ、無言で銃を向けた。
 狙いを定めて引き金を絞ると、銃声が鳴った。
 それと同時に、真横からも銃声が響いた。
 満足に動けないところに、二人がかりで銃弾を撃ち込んでいく。
『ギィッ……ギイィィ――ッ!』
 角イタチは赤目特有の黒い血をまき散らせながら、断末魔を上げて動かなくなった。
 探りを入れながら周りを見渡す。
 道の対面側には、シャッターの開いたガレージがあった。
 んん~~あそこがちょうど良いかな?
 絹江さんに声をかけて、ガレージを指差した。
「絹江さん、あそこに……!」
 ガレージに向けてゆっくりと歩きながら、弾倉を交換する。
「あそこに……赤目……?」
 絹江さんが警戒しながら、後ろからついて来る。
「いや、多分赤目は……」
 しゃべりながらガレージをのぞくと、中は空で何も無かった。
「……いないですね。ちょっと迎え撃つには、良い場所と思いまして」
 赤目は夜行性で、基本的に今の時間帯は休眠中である。
 だが、先程の騒動で目を覚ましたのであろう。
 視界の端に、道の奥から角イタチの姿を捉えた。
 その反対側にも、角イタチの姿が見える。
 視線でそのことを、絹江さんに促す。
「忙しくなりそうですね……」
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