3 / 9
第三章
夏幻
しおりを挟む
学校からの帰り道に、駅前のスーパーに足を運んだ。
夕方いう時間帯もあり、多くの人で賑わっていた。
店内は生鮮食品を扱う為か、クーラーがガンガンに効いていて、買い物客で込み合う中でも大分寒く感じた。
レジを打つ人の服装が、真夏とは思えない厚着をしていることに、その苦労を感じさせる。
雑踏の中、手早く買い物を済ませて外に出た。
外に出ると、今度は打って変わって、猛烈な暑さに包まれた。
「はァァ……」
夕方とはいえ、この時期はまだ日差しが強く、気温が高い。
あまりの寒暖の差に、少々嫌気がする。
まあ、これもある意味夏の風物詩だな。
不意に声をかけられた。
「あら、狛彦君?」
声の先には、二十歳ぐらいの女性がいた。
肩までかかるきれいな黒髪に、やさしげな顔立ち、細身だが出るところはしっかりと出ていて、前にテレビで昔流行ったCMというのをやっていたが、それに出てきたきれいなお姉さんって感じで、かなりの美人さんである。
涼しげなブラウスに、ジーパンというラフな装いだが、佇まいに品があるせいか、むしろ高級感を感じさせた。
彼女の名前は犬井響子。
なじみの狩人の友人で、最近知り合ったばかりだ。
「こんにちは、響子さん」
時間帯的には、「こんばんは」だったかな?
響子さんは嬉しそうに、笑みを浮かべた。
「こんにちは、うふふ、憶えていてくれたのね」
流石にこれだけの美人さんは、なかなか忘れようがない。
「どうしたのですか? こんなところで」
確か響子さんはこの辺の人では、なかったハズだが……・
「少し用があってね。狛彦君は……学校帰り? お買い物?」
「その両方ですね」
響子さんが買い物袋を、一瞥して聞いてきた。
「あら、もしかして、自分で食事を作っているの?」
「あぁ~~そうですね」
現在とある事情により、一人暮らしをしている。
自分を育ててくれた祖母は他界し、父親は物心ついた時からいなかったので論外、母親はいることにはいるのだが、ここ二年ばかり見た覚えがないので、どこで何をしているか分からない。
あの人のことだから、恐らく元気にやっているだろう。
それと、恐らく他に兄弟はいない。
それについては、ちょっと自信はないけど……。
なので、食事は自分で作るしかないのだ。
おもむろに響子さんが、身を寄せてきた。
「偉いわね~~。感心、感心」
そう言って、響子さんが頭を撫でてきた。
まるで小さい子供でも、あやすみたいだ。
「……はは……」
いや、これってどうなの?
悪い気はしないけど……。
響子さんとこの後も暫く世間話をして、別れ帰宅の途に就いた。
道路の両側には、似たような住宅がズラリと並んでいた。
個性が感じられず、無表情で冷たい印象を受ける。
まあ、それも仕方のないことだ。
ここは郊外に作られたベッドタウン。
何もなかった広大な土地に、地方自治体と、とあるゼネコンが共同で町全体の開発を行った地域だ。
そのゼネコンが主体となり、建売住宅を建築したこともあって、その結果どの家も似たような作りをしている。
個性はないが、均整がとれていて美しい、とも言えなくもない。
家の作りはともかくとして、都市部への交通の便が良かったおかげで、評判は大変良かったそうだ。
だが、残念ながらその評判は、直ぐに地に落ちることになる。
関係者が予想しえない事態が起こったのだ。
赤目だ。
この地域に黒い球体が出現したのだ。
政府は直ぐに汚染区に指定し、開発地域は外部と遮断された。
建造された住宅などは、全てが放棄された。
そして、だれも住むことのない、多くの住宅だけが残った。
シゲさんが周りに気を張り巡らせていた。
その横でトラックから荷物を取り出し、装備を整えていく。
ウエストポーチには予備の弾倉が、ギッシリ詰め込まれていた。
タクティカルベストに、大量のマガジンポーチを取り付け、予備の弾薬がギッシリ詰め込まれたウエストポーチを、さらに腰に付けた。
傍らには、ライオットシールドが置かれている。
「……重いな」
「塵も積もれば山となる」とは、よく言ったものだ。
一発がどんなに軽くても、ここまで大量に携帯すると、流石にかなりの重量になる。
その上ライオットシールドまであるのだから、愚痴の一つも言いたくなる。
しかし、今回ばかりはしょうがない。
この地域には、角イタチと呼ばれる小型の赤目が出現する。
角イタチは黒茶色の体色で、全長は一メートル程、体毛が鋭利な刃のように硬質化していて、見た目は名前のまんまイタチの姿に、頭からナイフのような角をはやしている。
ナイフのような角と、硬質化した体毛は少々厄介だが、単体なら装備さえキチンと整っておれば、特に問題のない相手だ。
だが、それが集団ともなれば話は別だ。
数の暴力で攻められると、こちらも「塵も積もれば山となる」で、単体の時と比べると、一気にリスクが倍増する。
特に最近は、赤目の数が増加傾向にある。
下調べの段階では、かなりの数の角イタチが確認されていた。
その対策として予備の弾丸を多く携帯し、念の為にライオットシールドも持っていく。
それと今回の狩りには、同業他社のKSS社と合同で行う。
赤目の数が多いこともあるが、どちらかと言えば、探索範囲が広いことが一番の理由だ。
流石に一つの町を、三人で探索するのはちょっと無理がある。
KSS社からは顔なじみの加賀美燕と、景虎の姉弟に、一ノ瀬鷲の三人が参加していた。
ツバメ姉さんはベテランの腕利きの狩人で、景虎は同い年で一応実力はあるのだが、ちょっと色んな意味で抜けたところがある。
シュウさんも歳は一緒で、絹江さんと同じくらいのキャリアの割には、なかなか腕の立つ有望な新人狩人だ。
今回は赤目の出現予測が多いだけに、KSS社の存在は非常に頼もしく感じる。
段取りとしては自分と、絹江さんが歩いて住宅街を回り、反対側から景虎と、シュウさんも同じように住宅街を巡回していく。
シゲさんと、ツバメ姉さんはどちらかに不測な事態が生じた際、車両を使って速やかにフォローに入るって寸法だ。
装備を整えると、絹江さんに声をかけた。
「準備はいいですか?」
絹江さんは緊張した面持ちで頷いた。
「……ええ、いいわよ」
そろそろ慣れてきても、いい頃だと思うけどなぁ。
絹江さんの手には、拳銃が握られていた。
ポリマーフレーム製で装弾数も多く、貫通力が高い割には反動が少なく、割と扱いやすい銃だ。
いつもは狙撃銃がメインアームだが、角イタチは動きがはしこいだけに、速射性が高くて、取り回しのしやすい拳銃を選択している。
傍にいたシゲさんに声をかけた。
「それじゃあ、行ってきますね」
シゲさんがニカリと笑って答えた。
「あいよ! 気をつけてな。無理すんなよ」
こっちは完全に慣れ切っているな。
「了解」
「ハイ、分かりました」
右腿のホルスターから、45口径のオートを取り出した。
左腿のホルスターにはサブとして、357マグナムのリボルバー吊り下がっている。
右手で銃を構えて、左手にライオットシールドを持ち、ゆっくりと歩きだした。
絹江さんも銃を構え、ライオットシールドを携えながら、後ろからついて来る。
道は少し上がり坂になっていて、そこをゆっくり上っていく。
歩を進めていくと、十字路に出くわした。
絹江さんに目配せをして、右に曲がる。
建物の影が上手い具合に伸びていて、直射日光を遮ってくれている。
そのせいか真夏の割には、大分気温が低く感じる。
ん~~割と涼しいな。
絹江さんがおずおずと口を開いた。
「何か……どれもきれい……よね?」
道の両側に立つ家々は、目を引く劣化や、破損は見られなかった。
汚染区内の建造物は、大抵は著しく劣化や、破損している。
誰も住む者はおらず、何年も人の手が加えられずに、放置されているのだから、当然と言えば当然だ。
だが、この地域は不思議なほどに、建物がきれいであった。
「あ~~恐らくなんですけど……ここって出来て直ぐに、赤目が出てきたって話なんですよね」
「うん、そう聞いている」
「そのおかげで、新しいままほとんど使用されることなく、汚染区に指定されて、だれも立ち入ることが、出来なくなったんですよね」
絹江さんが気の毒そうに顔を覆った。
「それって……かなりきついよね?」
本当に絹江さんの言うとおりだと思う。
実際に買ったことはないけど、家を購入するのに時間も、労力も、お金も多大に消費されることは、想像に難しくない。
それでも夢のマイホームが手に入ったのなら、その苦労も報われるというものだが、それも赤目のおかげで早々に打ち砕かれ、天国から地獄に突き落とされたのだから、同情を禁じ得ない。
まさに悲劇としか、言いようがないだろう。
「きついと思います。だから、きれいなのかな? って気がして……」
絹江さんの表情が曇った。
「…………何が?」
「だから……そういう人たちの気持ちっていうか……何ていうか……そういった思いが……憑いてんじゃないかな~~って……」
絹江さんが一瞬考えて発した。
「生霊的なもの……?」
「生霊的なもの……!」
何とも言えない妙な沈黙が、場を支配する。
「………………」
「………………」
真夏とは思えない冷たい風が、周りを吹き抜けた。
「私こういう話苦手なんだけどッ‼」
「奇遇ですね! 自分もですよ!」
その時、ガシャンと、何かが割れるような音がした。
「うわぁぁッ!」
「ひひぃぃッ!」
不意な物音に、絹江さん共々変な声を上げて、飛びあがった。
物音がした方を見ると、道端に割れた鉢植えが散らばっていて、直ぐ傍の生け垣から、赤く光る眼が顔を出していた。
今回の標的、角イタチだ。
角イタチは、こちらを探るように見つめていた。
思わぬ展開に、ホッと胸をなでおろす。
……霊的なものかと思ったよ。
「何だ赤目か~~……あッ!」
「何よ赤目ね~~……んッ!」
絹江さんと思わず顔を見合わせて、共に叫んだ。
『赤目――ッ⁉』
急いで銃を向けたが、それよりも先に角イタチが動いた。
『キシャャァァ――ッ!』
角イタチが叫び声をあげて、一直線に突進してくる。
「チィッ!」
狙いもそこそこに、引き金を引いた。
しかし、思いの外角イタチの動きが速い
銃弾が角イタチの後ろに外れていく。
角イタチは間近まで迫ってくると、タメを作るように身構えた。
「ゲッ! マズいッ!」
角イタチが突進してきた勢いを乗せて、短刀のような角を前にして跳躍した。
矢のような速さで、角イタチが飛んでくる。
避けるか? 防ぐか? どうする?
すんでのところで角イタチアローを、体を捻って躱した。
勢い余った角イタチは、直ぐ傍の門に頭から激突し、角がちょうど表札の部分にめり込んだ。
あッぶね~~避けて良かった!
角イタチは角が外れずに、ジタバタともがいている。
絹江さんと思わず顔を見合わせ、無言で銃を向けた。
狙いを定めて引き金を絞ると、銃声が鳴った。
それと同時に、真横からも銃声が響いた。
満足に動けないところに、二人がかりで銃弾を撃ち込んでいく。
『ギィッ……ギイィィ――ッ!』
角イタチは赤目特有の黒い血をまき散らせながら、断末魔を上げて動かなくなった。
探りを入れながら周りを見渡す。
道の対面側には、シャッターの開いたガレージがあった。
んん~~あそこがちょうど良いかな?
絹江さんに声をかけて、ガレージを指差した。
「絹江さん、あそこに……!」
ガレージに向けてゆっくりと歩きながら、弾倉を交換する。
「あそこに……赤目……?」
絹江さんが警戒しながら、後ろからついて来る。
「いや、多分赤目は……」
しゃべりながらガレージをのぞくと、中は空で何も無かった。
「……いないですね。ちょっと迎え撃つには、良い場所と思いまして」
赤目は夜行性で、基本的に今の時間帯は休眠中である。
だが、先程の騒動で目を覚ましたのであろう。
視界の端に、道の奥から角イタチの姿を捉えた。
その反対側にも、角イタチの姿が見える。
視線でそのことを、絹江さんに促す。
「忙しくなりそうですね……」
夕方いう時間帯もあり、多くの人で賑わっていた。
店内は生鮮食品を扱う為か、クーラーがガンガンに効いていて、買い物客で込み合う中でも大分寒く感じた。
レジを打つ人の服装が、真夏とは思えない厚着をしていることに、その苦労を感じさせる。
雑踏の中、手早く買い物を済ませて外に出た。
外に出ると、今度は打って変わって、猛烈な暑さに包まれた。
「はァァ……」
夕方とはいえ、この時期はまだ日差しが強く、気温が高い。
あまりの寒暖の差に、少々嫌気がする。
まあ、これもある意味夏の風物詩だな。
不意に声をかけられた。
「あら、狛彦君?」
声の先には、二十歳ぐらいの女性がいた。
肩までかかるきれいな黒髪に、やさしげな顔立ち、細身だが出るところはしっかりと出ていて、前にテレビで昔流行ったCMというのをやっていたが、それに出てきたきれいなお姉さんって感じで、かなりの美人さんである。
涼しげなブラウスに、ジーパンというラフな装いだが、佇まいに品があるせいか、むしろ高級感を感じさせた。
彼女の名前は犬井響子。
なじみの狩人の友人で、最近知り合ったばかりだ。
「こんにちは、響子さん」
時間帯的には、「こんばんは」だったかな?
響子さんは嬉しそうに、笑みを浮かべた。
「こんにちは、うふふ、憶えていてくれたのね」
流石にこれだけの美人さんは、なかなか忘れようがない。
「どうしたのですか? こんなところで」
確か響子さんはこの辺の人では、なかったハズだが……・
「少し用があってね。狛彦君は……学校帰り? お買い物?」
「その両方ですね」
響子さんが買い物袋を、一瞥して聞いてきた。
「あら、もしかして、自分で食事を作っているの?」
「あぁ~~そうですね」
現在とある事情により、一人暮らしをしている。
自分を育ててくれた祖母は他界し、父親は物心ついた時からいなかったので論外、母親はいることにはいるのだが、ここ二年ばかり見た覚えがないので、どこで何をしているか分からない。
あの人のことだから、恐らく元気にやっているだろう。
それと、恐らく他に兄弟はいない。
それについては、ちょっと自信はないけど……。
なので、食事は自分で作るしかないのだ。
おもむろに響子さんが、身を寄せてきた。
「偉いわね~~。感心、感心」
そう言って、響子さんが頭を撫でてきた。
まるで小さい子供でも、あやすみたいだ。
「……はは……」
いや、これってどうなの?
悪い気はしないけど……。
響子さんとこの後も暫く世間話をして、別れ帰宅の途に就いた。
道路の両側には、似たような住宅がズラリと並んでいた。
個性が感じられず、無表情で冷たい印象を受ける。
まあ、それも仕方のないことだ。
ここは郊外に作られたベッドタウン。
何もなかった広大な土地に、地方自治体と、とあるゼネコンが共同で町全体の開発を行った地域だ。
そのゼネコンが主体となり、建売住宅を建築したこともあって、その結果どの家も似たような作りをしている。
個性はないが、均整がとれていて美しい、とも言えなくもない。
家の作りはともかくとして、都市部への交通の便が良かったおかげで、評判は大変良かったそうだ。
だが、残念ながらその評判は、直ぐに地に落ちることになる。
関係者が予想しえない事態が起こったのだ。
赤目だ。
この地域に黒い球体が出現したのだ。
政府は直ぐに汚染区に指定し、開発地域は外部と遮断された。
建造された住宅などは、全てが放棄された。
そして、だれも住むことのない、多くの住宅だけが残った。
シゲさんが周りに気を張り巡らせていた。
その横でトラックから荷物を取り出し、装備を整えていく。
ウエストポーチには予備の弾倉が、ギッシリ詰め込まれていた。
タクティカルベストに、大量のマガジンポーチを取り付け、予備の弾薬がギッシリ詰め込まれたウエストポーチを、さらに腰に付けた。
傍らには、ライオットシールドが置かれている。
「……重いな」
「塵も積もれば山となる」とは、よく言ったものだ。
一発がどんなに軽くても、ここまで大量に携帯すると、流石にかなりの重量になる。
その上ライオットシールドまであるのだから、愚痴の一つも言いたくなる。
しかし、今回ばかりはしょうがない。
この地域には、角イタチと呼ばれる小型の赤目が出現する。
角イタチは黒茶色の体色で、全長は一メートル程、体毛が鋭利な刃のように硬質化していて、見た目は名前のまんまイタチの姿に、頭からナイフのような角をはやしている。
ナイフのような角と、硬質化した体毛は少々厄介だが、単体なら装備さえキチンと整っておれば、特に問題のない相手だ。
だが、それが集団ともなれば話は別だ。
数の暴力で攻められると、こちらも「塵も積もれば山となる」で、単体の時と比べると、一気にリスクが倍増する。
特に最近は、赤目の数が増加傾向にある。
下調べの段階では、かなりの数の角イタチが確認されていた。
その対策として予備の弾丸を多く携帯し、念の為にライオットシールドも持っていく。
それと今回の狩りには、同業他社のKSS社と合同で行う。
赤目の数が多いこともあるが、どちらかと言えば、探索範囲が広いことが一番の理由だ。
流石に一つの町を、三人で探索するのはちょっと無理がある。
KSS社からは顔なじみの加賀美燕と、景虎の姉弟に、一ノ瀬鷲の三人が参加していた。
ツバメ姉さんはベテランの腕利きの狩人で、景虎は同い年で一応実力はあるのだが、ちょっと色んな意味で抜けたところがある。
シュウさんも歳は一緒で、絹江さんと同じくらいのキャリアの割には、なかなか腕の立つ有望な新人狩人だ。
今回は赤目の出現予測が多いだけに、KSS社の存在は非常に頼もしく感じる。
段取りとしては自分と、絹江さんが歩いて住宅街を回り、反対側から景虎と、シュウさんも同じように住宅街を巡回していく。
シゲさんと、ツバメ姉さんはどちらかに不測な事態が生じた際、車両を使って速やかにフォローに入るって寸法だ。
装備を整えると、絹江さんに声をかけた。
「準備はいいですか?」
絹江さんは緊張した面持ちで頷いた。
「……ええ、いいわよ」
そろそろ慣れてきても、いい頃だと思うけどなぁ。
絹江さんの手には、拳銃が握られていた。
ポリマーフレーム製で装弾数も多く、貫通力が高い割には反動が少なく、割と扱いやすい銃だ。
いつもは狙撃銃がメインアームだが、角イタチは動きがはしこいだけに、速射性が高くて、取り回しのしやすい拳銃を選択している。
傍にいたシゲさんに声をかけた。
「それじゃあ、行ってきますね」
シゲさんがニカリと笑って答えた。
「あいよ! 気をつけてな。無理すんなよ」
こっちは完全に慣れ切っているな。
「了解」
「ハイ、分かりました」
右腿のホルスターから、45口径のオートを取り出した。
左腿のホルスターにはサブとして、357マグナムのリボルバー吊り下がっている。
右手で銃を構えて、左手にライオットシールドを持ち、ゆっくりと歩きだした。
絹江さんも銃を構え、ライオットシールドを携えながら、後ろからついて来る。
道は少し上がり坂になっていて、そこをゆっくり上っていく。
歩を進めていくと、十字路に出くわした。
絹江さんに目配せをして、右に曲がる。
建物の影が上手い具合に伸びていて、直射日光を遮ってくれている。
そのせいか真夏の割には、大分気温が低く感じる。
ん~~割と涼しいな。
絹江さんがおずおずと口を開いた。
「何か……どれもきれい……よね?」
道の両側に立つ家々は、目を引く劣化や、破損は見られなかった。
汚染区内の建造物は、大抵は著しく劣化や、破損している。
誰も住む者はおらず、何年も人の手が加えられずに、放置されているのだから、当然と言えば当然だ。
だが、この地域は不思議なほどに、建物がきれいであった。
「あ~~恐らくなんですけど……ここって出来て直ぐに、赤目が出てきたって話なんですよね」
「うん、そう聞いている」
「そのおかげで、新しいままほとんど使用されることなく、汚染区に指定されて、だれも立ち入ることが、出来なくなったんですよね」
絹江さんが気の毒そうに顔を覆った。
「それって……かなりきついよね?」
本当に絹江さんの言うとおりだと思う。
実際に買ったことはないけど、家を購入するのに時間も、労力も、お金も多大に消費されることは、想像に難しくない。
それでも夢のマイホームが手に入ったのなら、その苦労も報われるというものだが、それも赤目のおかげで早々に打ち砕かれ、天国から地獄に突き落とされたのだから、同情を禁じ得ない。
まさに悲劇としか、言いようがないだろう。
「きついと思います。だから、きれいなのかな? って気がして……」
絹江さんの表情が曇った。
「…………何が?」
「だから……そういう人たちの気持ちっていうか……何ていうか……そういった思いが……憑いてんじゃないかな~~って……」
絹江さんが一瞬考えて発した。
「生霊的なもの……?」
「生霊的なもの……!」
何とも言えない妙な沈黙が、場を支配する。
「………………」
「………………」
真夏とは思えない冷たい風が、周りを吹き抜けた。
「私こういう話苦手なんだけどッ‼」
「奇遇ですね! 自分もですよ!」
その時、ガシャンと、何かが割れるような音がした。
「うわぁぁッ!」
「ひひぃぃッ!」
不意な物音に、絹江さん共々変な声を上げて、飛びあがった。
物音がした方を見ると、道端に割れた鉢植えが散らばっていて、直ぐ傍の生け垣から、赤く光る眼が顔を出していた。
今回の標的、角イタチだ。
角イタチは、こちらを探るように見つめていた。
思わぬ展開に、ホッと胸をなでおろす。
……霊的なものかと思ったよ。
「何だ赤目か~~……あッ!」
「何よ赤目ね~~……んッ!」
絹江さんと思わず顔を見合わせて、共に叫んだ。
『赤目――ッ⁉』
急いで銃を向けたが、それよりも先に角イタチが動いた。
『キシャャァァ――ッ!』
角イタチが叫び声をあげて、一直線に突進してくる。
「チィッ!」
狙いもそこそこに、引き金を引いた。
しかし、思いの外角イタチの動きが速い
銃弾が角イタチの後ろに外れていく。
角イタチは間近まで迫ってくると、タメを作るように身構えた。
「ゲッ! マズいッ!」
角イタチが突進してきた勢いを乗せて、短刀のような角を前にして跳躍した。
矢のような速さで、角イタチが飛んでくる。
避けるか? 防ぐか? どうする?
すんでのところで角イタチアローを、体を捻って躱した。
勢い余った角イタチは、直ぐ傍の門に頭から激突し、角がちょうど表札の部分にめり込んだ。
あッぶね~~避けて良かった!
角イタチは角が外れずに、ジタバタともがいている。
絹江さんと思わず顔を見合わせ、無言で銃を向けた。
狙いを定めて引き金を絞ると、銃声が鳴った。
それと同時に、真横からも銃声が響いた。
満足に動けないところに、二人がかりで銃弾を撃ち込んでいく。
『ギィッ……ギイィィ――ッ!』
角イタチは赤目特有の黒い血をまき散らせながら、断末魔を上げて動かなくなった。
探りを入れながら周りを見渡す。
道の対面側には、シャッターの開いたガレージがあった。
んん~~あそこがちょうど良いかな?
絹江さんに声をかけて、ガレージを指差した。
「絹江さん、あそこに……!」
ガレージに向けてゆっくりと歩きながら、弾倉を交換する。
「あそこに……赤目……?」
絹江さんが警戒しながら、後ろからついて来る。
「いや、多分赤目は……」
しゃべりながらガレージをのぞくと、中は空で何も無かった。
「……いないですね。ちょっと迎え撃つには、良い場所と思いまして」
赤目は夜行性で、基本的に今の時間帯は休眠中である。
だが、先程の騒動で目を覚ましたのであろう。
視界の端に、道の奥から角イタチの姿を捉えた。
その反対側にも、角イタチの姿が見える。
視線でそのことを、絹江さんに促す。
「忙しくなりそうですね……」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる