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第一章
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20XX年3月31日
本日付でオレは会社を辞めた。
理由は様々だ。いちいち挙げればキリがないし、別に言いたくもない。
兎に角オレは会社を辞めた。
20XX年4月1日
今日から晴れてオレは無職だ。
もっと後悔するかと思ったが、そうでもない。清々しい朝である。
それよりも早く起きたことを後悔している。もっと寝ればよかった。
染みついた習慣とは恐ろしい物だ。気がついたらいつもの様に、目覚ましが鳴る前に起きていた。
とりあえず、オレは二度寝することにした。
20XX年4月7日
部屋を片付けて、荷造りを始めた。
この一週間、色々考えたが、やはり故郷のO県に戻ることにした。
既に両親ともに鬼籍に入っているので、面倒を見る人も見られる人も居ないし、必ずしも帰郷する必要はないのだが、なんとなくその方がいい気がしたのた。
まあ、現代はネットや物流が発達しているので、別段今の生活と比べて困ることもないだろう。
それにしても引っ越しって奴は、何度やってもしんどいな。
あと引っ越し業者のほうもなんとかならないのかねぇ。毎回料金や選ぶのに苦労するよ。
20XX年4月24日
引っ越し業者の人がやって来て、荷物を全て持って行った。
おかげで部屋はガランとして、何も無くなっている。
この光景を目にするのは何年ぶりだろうか?
今の会社……じゃないか、もう元の会社だ。そこに就職してからだから……まあ、いいや。そんなこと思い出しても、ろくなことはない。
それにしても、もっとセンチメンタルになるかと思ったが、不思議となんの感慨も湧かない。
あとは部屋を掃除して、不動産屋さんに退去確認をしてもらい、鍵を返せばこことはおさらばだ。
今日はビジネスホテルに泊まり、明日、飛行機で帰郷する。
ゴールデンウイーク前に引っ越しできて良かったよ。
結構な駆け込み依頼だったのに、引っ越し業者さんには感謝だな。
20XX年4月25日
ホントダメだな。どうしても飛行機は苦手だ。
どうしてだろうな? 若い頃は全く平気だったのに、ある時から全然ダメになってしまった。
それは兎も角として、相変わらず我が故郷は日差しが強いねぇ。それに、もう夏みたいな気温だ。
空港から一時間半ほどバスに揺られ、途中でタクシーに乗り換えた。
タクシーのクーラーがやたらと効いていて、故郷に帰ってきたことを感じさせる。
それから三十分ほどで実家に着いた。
親父の葬式以来だから、半年ぶりだ。
誰も居ないとわかってるのに、オレは玄関のドアを開くと、「ただいま」と言った。
20XX年4月26日
家を掃除している最中に、引っ越し業者の人が荷物を持ってきた。
大分忙しいのか、引っ越し業者の人は矢のような速さで荷物を下ろし、お礼も聞かずに行ってしまった。
コミュ障を患っているオレとしては助かったが、渡し損ねたペットボトルのお茶が、冷蔵庫の中で所在なさげな顔を浮かべている。
20XX年5月6日
気象庁は例年よりも少し早く、梅雨入りを発表した。
周りでは雨がじとじと降っている。
生来の怠け者のせいなのか雨のせいなのかはわからないが、何もやる気が起きない。家の中でただボーッとしていた。
ゴールデンウイーク中に引っ越してきた荷物を片付けるつもりでいたのに、ほとんどのダンボールを開いてすらいない。
家には現在ネットが引かれていない。家電量販店に行ってネットを契約し、ついでに親父の残した古い家電も幾つか買い替えるつもりでもいたが、家電量販店に足を運んですらいない。
何もかもが煩わしく感じる。
とりあえず明日、明日は頑張ろう。
20XX年5月9日
梅雨なので当たり前えだが、ずっと雨が降っていた。
これは当たり前ではないと思うが、ずっと何もやる気がしない。
何をやる訳でもなくボーッとして、ただ無為に一日が終わっていく。
そろそろ就職のことを考えて、動き出さないといけないのに、なんにも手を付けていない。
危機感はある。あるが――。
まあ、いいや。半年くらいはどうにかなるだろう。
オレは生来の怠け者である。
20XX年5月12日
いつもと同じく昼前に起きた。
テレビを点けて、オレは驚いた。
テレビの画面にはお昼の情報番組が映っていたが、その中に人間が見当たらない。
放送事故とかそういうことではなくて、一応人間の代わりに、影みたいな黒い人が居る。
その黒い人たちは身長や体格は皆一緒で、不思議と輪郭が滲んでハッキリとしない。凹凸の無いのっぺりとしたマネキンが、真っ黒い全身タイツ履いている感じだ。
そいつらが当たり前のように番組を取り仕切っていて、何かしゃべっているようだが、声は全く聞き取れない。試しにテレビのボリュームを上げても、流れている音楽が大きくなるだけで、他のチャンネルも同じような有様だった。
多分だが、全ての人間が黒い人に置き換わっていると思われる。
オレは世界がおかしくなったと思った。
20XX年5月13日
煙草の買い置きが底をつき、オレは雨が降る中、近所のコンビニへ歩いて行った。
喫煙者の悲しい性だな。世界がおかしくなっても煙草は吸いたい。
それを予想してなくもなかったが、コンビニに入ると驚いた。
コンビニの店員は、黒い人になっていた。
それでもオレは素知らぬ顔で、ついでに買おうと思っていたお弁当のコーナーへ向かう。
そして、そこでまた驚いた。
値段の表示が、全て0円になっていたのだ。
お弁当だけではなく、他の商品も同様だ。
どういうことなのか確認したいところだが、流石に得体の知れない黒い人の店員には、聞くに聞けない。
オレはどうしようか迷ったが、煙草を切らしていたこともあり、お弁当を持ってレジへ向かった。
レジのカウンターにお弁当を置き、目線を合わせないように明後日の方を向いて、煙草の番号を告げる。
「これと102の煙草を五つお願いします」
黒い人の店員とは、なるべく目を合わせないようにしたかった。
だってなんか怖いじゃないの。明らかに同じ人間とは思えないしさ。
だが、黒い人は黒く塗りつぶされて、目も口も鼻もどこかわからない。そればかりか皆一様に同じ姿なので、男なのか女なのか、若者なか老人なのかさえもわからなかった。
黒い人の店員はカウンター後ろの壁の棚から煙草を持ってくると、何かしゃべった。
確かに黒い人は何かしゃべっている。しかし、オレにはそれを聞き取ることができない。
ただ、それでも黒い人が言わんとすることは、想像することができた。
「それで大丈夫です。お弁当は温めなくてもいいので、レジ袋をお願いします」
オレの予想は当たったみたいで、黒い人の店員はスキャナーで商品を吸うと、慣れた手つきでレジ袋に商品を詰めながら、タッチパネルの年齢確認のボタンを、タッチするように手で促してきた。
オレはタッチパネルに示された年齢確認に同意する。
黒い人の店員が当たり前のように、商品の入ったレジ袋とレシートを差し出し、それを受け取った。
レシートを確認すると、全て0円で記載されていた。
オレはなぜだかわからないが、そのことを突っ込んではイケナイ気がしたので、そのままコンビニを後にした。
20XX年5月14日
今日は親父の残した軽バンに乗って、家から少し離れた大型のスーパーへ食料の買い出しに行った。
昨日のコンビニと同じように、このスーパーにも居るのは黒い人の店員だけで、値段の表示も0円であった。
だから、今日も0円で商品を購入した。
まあ、いい。そんなことはどうでもいい。この際それは些細なことだ。
それよりももっと重要なことに気が付いた。
人間が居ない。どこにも人間が見当たらないのだ。
軽バンに乗ってスーパーへ行く途中、大通りの交差点に差し掛かると、信号は黄色で点滅していた。
オレはありえないと思った。この交差点で、そんな光景初めて見る。
何よりもオレの乗る軽バン以外に、他の車が見当たらない。
この交差点はO県の中でも有数の車の交通量が多い所で、百歩譲っても早朝ならまだわかる。
だが、時刻は午前中の11時だ。
他に車を見ないハズがない。それに、よくよく道路を見てみれば、歩いている人すら見当たらない。
こんなのはおかしい。一昔前のパンデミックの時ですら、そんなことはなかった。
しかも、その交差点だけではなく、スーパーへ行く道すがら車や歩いている人をまったく見かけず、全ての信号が黄色く点滅していた。
20XX年5月15日
友人や親せき、知人などに片っ端から電話をかけてみたが、誰一人繋がらない。
電話に出ないのではなく、スマホのスピーカーから「おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめの上――」が返ってくる。
試しに役所などの公共機関にもかけてみたが、全く同じ有様だ。
近所の家々にも人の居る気配がなく、玄関のチャイムを押しても、誰一人出てこなかった。
マジで一体どうなっているんだ?
20XX年5月16日
スマホから今日発売の新刊を確認している最中、オレは気が付いた。
電子書籍のサイトの値段表示が、全て0円になっている。
もちろんお目当ての新刊もちゃんと出ていた。
もしかしてと思い、ゲームのダウンロード販売サイトを確認すると、こちらも同様に0円になっていた。
オレはラッキーと思った。
おかげで調子に乗っていっぱい買ってしまい、いざダウンロードをする段階になって気が付いた。
お家のネットを契約していないことに。
どうしようかと焦ったが、スマホのテザリングで試したところ、なんとかなりそうな感じだ。
ケイタイの料金が気になるところだが、確認すると、やはり0円になっていた。
目の前で起こっている摩訶不思議な事象に、オレは不謹慎ながらも感謝した。
20XX年5月17日
オレはある推論から、朝早くに軽バンに乗って出かけた。
目的はO県を軽く一周する為だ。
沿道沿いの店はほとんどが閉まっていた。
どうやら開いているのは、食料品や生活必需品などを扱っているお店だけみたいだ。
相変わらずオレ以外に、他に走っている車は見当たらない。信号は黄色に点滅するだけで止めようともしない。
通りを歩く人間も、一人として居なかった。
オレは浮かれた。これ以上ない快適なドライブである。
あまりにも快適過ぎたので、お昼前にはO県を一周して、お家に辿り着いていた。
O県は他の県と比べて大きくないし、端から端まで回ったわけでもない。
だが、それでも驚異的な所要タイムだ。
ただ、それはある意味、当然の結果でもある。
なにせ軽バンは一度として、止まることはなかったのだから。
そして、オレは結論に達した。
世界に……はまだわからないが、少なくともO県には、自分意外の人間は居ない。
20XX年5月18日
ずっと世界が変わったと思っていた。
おかしいのは周りの奴らだと。
でも、本当にそうなのか?
よくよく考えたら、おかしいのはオレの方なんじゃないか?
だってそうだろ? 世界中の人間を黒い人に変えるよりも、オレ一人を変える方が遥かに楽だ。
だが、それでも説明がつかない点がある。
人や車が居ないことや、商品の値段が0円であることなどだ。
だから、こう考えた。
オレ一人を、元の世界と似てはいるが、違う世界に移動させたんじゃないのか?
荒唐無稽な話だが、荒唐無稽な話の中では、割と実現性が高いように思える。
仮にそうだとして、目的はなんだ? 誰の行いだ? どういう利益がある?
何よりもこの世界はなんなんだ?
オレにとっては、天国のように思える世界だが……。
20XX年5月19日
オレはネットでバイクを買った。
何を唐突にと思うかもしれないが、兎に角買った。
それにしても、初めての体験だ。まさかバイクをネットで買う日が来るなんて、夢にも思わなかった。
買ったのはH社の特徴的な目をした、250CCのオフロードバイクだ。
ただ、Y社のこれまた同じく特徴的な目をしたビックオフローダーと、どちらにするか非常に迷った。
個人的には、Y社のビックオフローダーの方が好みのスタイルではあったが、オレは中型免許しか持っていなかったので、最終的にH社の物に決めた。
正直に言えば、今やO県に人間はオレしか居ないので、何を今更って気もする。
しかし、それでも法律やルールを破るのは気が進まなかった。
バイクを購入する際に保険にも入ったが、金額はバイクともに0円であった。
その際、一つ気になることがあって、保険に弁護士特約も付けたのだが、何かあった場合には黒い人の弁護士が対応するのだろうか?
未だに黒い人たちが、何をしゃべっているかわからないのだが……。
20XX年5月20日
家のチャイムが鳴り、玄関のドアを開けると、黒い人が立っていた。
ネットで購入したバイクを届けに来てくれたのだ。
昨日の今日だというのにバイクを届けてくれるなんて、驚異的な配達の早さである。Am〇zonも真っ青の対応だ。
黒い人は何やらしゃべってきた。多分バイクについて、色々と説明してくれてるんだと思う。
だが、相変わらず何をしゃべっているかわからない。
それは兎も角として、オレは久しぶりのバイクに心躍った。
大学まではバイクを通学に使っていたのもあって、頻繁に乗る機会があった。しかし、就職してからはあまりの忙しさに、その機会は激減した。
最終的にオレは乗ろうとさえ思わなくなり、バイクを売った。
その時はなんとも思わなかった。それどころか厄介払いができたとさえ思っていた。
後々仕事で疲れ果てた体を引きずって、アパートに帰る道すがら、通りを元気に走っていくバイクを目撃した。
年式が違うので同一ではないが、そのバイクはオレが売ったバイクと、同じ型だった。
不思議とオレの目から、涙がこぼれ落ちた。
オレは真新しいバイクに語り掛ける。
「これからヨロシクな、相棒」
20XX年5月21日
梅雨の晴れ間って奴だ。空は雲一つなく澄み渡っていた。
流石に自分は運がいいとまでは思わなかったが、オレはこの幸運に感謝した。
昨日届いたばかりの真新しいバイクにキーを差し込み、メインスイッチをONにする。
スタータースイッチを押すと、モータが回り、エンジンに火が入った。
エンジン音は思ってたよりも落ち着いていた。
モトクロスは騒がしいイメージがあったが、オレの偏見だったかもしれない。
シートに跨り、サイドスタンドを後ろに蹴った。
アクセルを数回軽く回して、調子を確かめる。
オレの手の動きに鋭敏に反応して、エンジンが唸りを上げた。
自然とオレの顔に笑みが浮かんだ。
バイクの反応もいいし、周りの反応もいい。
これまでだったらご近所の目を気にして、こんなことできやしない。
でも、今はそんな目を気にする必要は一切ない。
オレはバイクを走らせた。
目指すは中部にある大きな橋のかかった離島。最短ではなく、少し大回りするルートを取る。
バイクとオレの慣らし運転をするには、ちょうど良い感じだろう。
K十字路を抜けて大きな坂を下り、そのまま直進する。
二つ目の大きな交差点で左に曲がり、暫く進むと左手に総合運動公園が現れ、もう少し進むと、ジェットヘルメット越しに潮の香りが漂った。
右手に水面を光らせる海が見える。
オレはそのまま幾分か進み、工業団地に向けて右に曲がる。
工業団地は閑散としていた。
普段から通勤時以外は閑散としているが、それでも路肩に駐車しているトラックや建物に人が居る様子が窺えた。
だが、今はそれが全くない。車や人が全く見当たらず、そながらゴーストタウンの様相だ。
それでもオレははしゃいでいた。
街には人も車もおらず、信号はバカみたいに黄色く点滅を繰り返すばかり。
速く走ったっていいし、遅く走っても構わない。
そんな中を、ただバイクを走らせているだけなのに、楽しくてしょうがない。
いやいやいやいや、マジでマジで! なんなの⁉ もーホントなんなんだよ! こんな楽しいのか? こんなに楽しいことがあったのか? ただバイクを走らせているだけなんだぜ!
バイクは工場団地を走り抜けて、古城のある小高い丘へ上がった。
そこから緩い下り坂を通って進んで行くと、橋が見えた。目的の場所だ。
オレの小さい頃は海の中に、砂利と岩の上にアスファルトが敷かれた簡素な道路であったが、今は大きく立派な橋がかかっていた。
オレはバイクを橋の中へ進めた。
吹きつける強い風が心地よく感じる。
海鳥が風に乗って、バイクと並走するように飛んでいく。
橋を真ん中に透明度の高いエメラルドグリーンの海が、彼方まで翼を広げる。
澄み切った空と水平線が溶けあって見えた。
圧倒的、絶景である。
周りの景色を堪能しながら橋を渡ると、Uターンして橋の中ほどにある海の駅にバイクを進めた。
バイクを駐車場に停めて、海の駅に設けられていた食堂に入る。
食堂の中は、エアコンが効いていて涼しかった。バイクは楽しいが、夏場はどうしても苦行を伴う。
メニューを確認し、黒い人の店員にO県ご自慢の麺料理と、この地域の特産品が入った定食を注文した。
食堂の大きな窓からは、先程まで橋で目にしていた海が見える。所謂オーシャンビューって奴だ。
風景に現を抜かしていると、黒い人の店員が定食を運んできた。
麵料理は幼少の頃より食してきた馴染み深い物であったが、この地域の特産品が入っているおかげで、新鮮味を感じた。
一緒についていた炊き込みご飯も美味い。
これまでは観光客だらけで、寄ろうとも思わなかったが、ここに来てよかったと思った。また来ようと思う。
まあ、金額が0円だから、懐が痛まないってのもあるんだけどね。
20XX年5月26日
朝から……って言うか、夜通しゲームしていて、オレは思った。
いや~マジで天国だよね。偽りなしにホントそう思うよ。
平日だってのに昼まで寝てても、問題ない。
マンガやゲームに明け暮れても、咎められない。
気が向いた時にバイクで出かけても、気にする目はない。
食費や光熱費はタダ、マンガやゲームも買いたい放題、ガソリンだっていくら使っても構わない。
自由気ままに寝て起きて、気の向くままに食って遊ぶ。
これを天国と言わずして、なんと言うんだ?
20XX年5月31日
お家のチャイムが鳴って驚いた。
この世界にオレを訪ねてくる人など、居ないハズだ。
不審に思いながらも玄関のドアを開けると、黒い人がある物を持って立っていた。
持っていたのは専用のペンで文字や絵をかいたり、ボタンをスライドさせて消したりするおもちゃのお絵かきボードで、やたらとサイズが大きい。
そのお絵かきボードには、こう書かれていた。
『この世界について、お話ししたいことがあります。お時間の方よろしいでしょうか?』
予想外の申し出だが、オレは願ってもない話だと思った。
「あ、わかりました。とりあえずこちらへ……」
一応一軒家ではあるが、この家に応接間なんて御大層な部屋は無いので、申し訳なく思いながらも、ダイニングルームへ黒い人を通した。
ダイニングルームにはシンプルな作りの大きなテーブルと、イスが複数配置されていた。
黒い人にイスへ腰かけてもらい、目の前のテーブルの上にコップを置いた。
冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出すと、コップにお茶を注いて、傍に置く。引っ越し業者の人には渡せなかったが、出番があって良かった。ペットボトルのお茶も喜んだいるだろう。
「どうぞ」
黒い人は「あ、どうも」とばかりに片手を上げると、コップを手に取り、口元と思しき所に持っていった。
コップの中のお茶が減っていくが、黒い人はお茶を飲むのに喉を鳴らすどころか、口が開いているようにさえ見えない。なかなかシュールな光景である。
黒い人はコップをテーブルの上に置くと、尋常じゃない速さでお絵かきボードに文字を書いて、オレに見せた。口頭ではオレに伝わらないので、その代替え手段なんだろう。
『いやぁ~末日とはいえ、五月だってのにもう大分暑いですね」
「そうですね。年々暑さが増していきますね」
黒い人はどこから取り出したのか、名刺をスッと差し出した。
『申し遅れましたが、ワタクシこういう者でして』
オレは受け取った名刺を確認する。
「……ブラック・ワールド社のくろこ……Support? ……さぽーとさんでいいのかな?」
「ハイ、黒子 サポートと申します」
「えっ……と、外国の方ですか?」
『いえいえ、少々変わった名前せいで皆さんそうおっしゃいますが、れっきとした日本人なんですよ』
「確かに変わった名ですね。ちょっとキラキラした感じが……」
『キラキラしてないですよ! どこがキラキラしてるって言うんです! キラキラだなんて、ワタクシが親から賜った名に、なんて言い草ですか!』
「別に他意は無かったのですが、失礼いたしました。お許しください」
『いえ、こちらの方こそ言い過ぎました。申し訳ございません」
「ところで……この世界についての、お話とは……?」
『単刀直入にお伺いしますけど、なんでですか?』
「いや、何がですか? 急にそんなこと言われましても……」
『この数日間、貴方を観察しておりましたが、あまりにも貴方は普通すぎます。いや、それどころか、今の状況をいいことに、随分とエンジョイしているよう見える』
「そんなにエンジョイしてましたか……」
『エンジョイしてましたね。もうフリーダムって感じでしたよ』
「まあ……なんと言うか、実際楽しかったので……」
『楽しかった……ですか? 貴方はご自分が現在置かれている状況を、ちゃんと理解しているのですか?』
「一応、理解はしているつもりです」
『本当に? この世界に人間は、貴方一人しか居ないのですよ』
「ああ、やっぱりそうでしたか」
『それなのによくエンジョイなんてしてられますね』
「オレにとっては、その……天国みたいだったんで、つい……」
『この世界が天国ですか……?』
「この世界は天国ですね……」
『呆れましたね。そんこと言ってきたのは、貴方が初めてです』
「そうですか。あの……一つ確認したいのですが、観察してたと言ってましたけど、ずっと見てたのですか? 全部……?」
『ご安心ください。弊社ブラック・ワールド社はコンプライアンスを厳守しておりますので、プライバシーを尊重し、貴方の部屋は見れないようになっています。よって貴方の特殊な性癖が、世間に晒されるようなことがありません』
「それを言ってる時点で、アウトのような気がするんですけど」
『そんなことはどうでもいいんです。話を戻させてください』
「いや、マジでどうでもよくはないです」
『それよりも今日は、ゲームの話をしに来たのです』
オレは黒い人がお絵かきボードに書いた言葉に、首をかしげた。
「ゲーム……ですか?」
『ええ、ゲームです。貴方には7月よりゲームに参加してもらいます。現在は二か月の準備期間中の為、衣食住は保証されておりますが、ゲームが始まれば武器、弾薬に光熱費、医療費と通信費を除く、全ての購入がポイント制になります。そのポイントはゲームで稼がなければ、手に入りません』
「武器、弾薬……⁉ 随分と物騒じゃないですか。そのゲームってのは、一体どんなものなんですか……?」
『血沸き肉躍るスペクタクルでデリシャスでビューティホーなゲームです。ゲームのご説明の前に、スマホに専用のアプリをインストールしてもらいたいのですが?』
「アプリですか。ケイタイは……あった」
『WWGTTで検索すれば、出てくると思います』
「ちょっと待って下さいね。W……W……G……T……Tっと、えぇ……と、「WOW WAR GO TONIGHT TRAVEL~時は来た。あとは戦うだけだ」⁉ これですか……?」
『あ、それですそれです』
「流石に盛りすぎじゃないですかね。もはや何がなんだかわからないんですけど……」
『ワタクシも止めたかったんですが、なにぶん弊社の社長が考えた名前でして……』
「ああ、サラリーマンって大変ですよね。とりあえず……………………アプリをインストールしました」
『アプリを立ち上げると入力画面になりますので、必須情報を入力してください』
「名前や電話番号に、メアドとかですね……………………入力しましたよ」
『初めにWWGTTについての説明文が出てきますので、一読いただければと思います』
「どれどれ……『WWGTTは、センセーショナルでクリエイティブに富んだアプリケーションです。全てのデバイスにイノベーションを起こし、ワールドワイドでセクシーなUIに、エモーションでエキセントリックな操作性、ダイナミックでエピックなミュージックは、貴方にトラディショナルから脱却したニューフューチャーをお約束します』……さっぱりわからん!」
『重要なのはバーコードとマップ、ウェポンの項目になりますので、説明文はご理解いただけなくても結構です』
「その三項目とは……?」
『ゲームで貴方が敵を倒すと、自動的にポイントが加算されます。その加算されたポイントは、バーコードを表示することで確認することができます。あとは電子マネーと使い方は一緒ですね。マップでは敵の位置や拠点を示してくれます』
サポートは書いた文字をオレに見せると、すぐさま書き直してオレに見せた。恐らく全ての文字を一度にお絵かきボードに書いてしまうと、文字が小さくなって見えづらくなるので、その為の措置だろう。
『ウェポンは武器や防具、弾薬などを取得することができます。アプリのサポート欄に詳細なマニュアルや、問い合わせ先の連絡先と質問チャットもありますので、後ほどでよろしいですので、一度ご確認お願いします』
「あの……結局どんなゲームなんですか?」
『ああ、一番重要なことが、ご説明できていませんでしたね。ゲームの内容を簡単に言いますと、戦略型のリアルFPSになります』
「戦略型のリアルFPS? リアルってのはその……リアルってことですか?」
『ハイ、リアルです』
「つまり……生身で……自分自身で……戦うってこと?」
『おっしゃる通りになります』
「それはちょっと……自分で言うのもなんですけど、オレには無理そうなんですけど……」
『何も難しいことはありません。特定の地域に拠点を構える敵を倒すだけですから』
「そうは言っても実際は難しいのでしょ? 最初の案件説明の時にはこれまでやってきたことだけですので、何も難しいことはありませんとかぬかしといて、いざ足を運んでみると、今まで触ったことすらないソフトを、熟練者と同じぐらいできることを、当たり前に求めてくる感じでしょ?」
『そんなことはありませんよ。本当に初心者でも大歓迎です。今のご時世まともにケンカすらしたことのない方も珍しくないですからね。そういう方たちの為に、この近くに初心者用の訓練所を設けてあります。そちらで懇切丁寧に教えてくれますので、明日にでも足を運んでみてください』
「因みに他の人たちはどうなりました? 黒子さんの口ぶりですと、他にもゲームをしてた人がいた訳ですよね?」
『皆さんお亡くなりになりました』
「ホラ~! やっぱり~! って言うか、よくそんなことぬけぬけと、平気な顔して言えますね」
『まあまあ、聞いてください。確かに他の方たちは全員お亡くなりになりましたが、お亡くなりになった原因は、戦闘ではなく、他にあるのです』
「……と、言うと?」
『どうやら人間が世界に一人しか居ないという状況がよろしくなかったようで、他の皆さんは余すことなく精神の方に変調をきたしまして、まともな思考ができなくなり、意味不明な行動を取るようになりました。直接の死因は様々ですが、根本的に他の皆さんがお亡くなりになられたのは、それが原因になります』
「いや、それなら結局同じじゃないですか! 自分も同じ末路が見えますよ!」
『そうですか? そんなことはないと思いますよ。だって貴方は世界に人間はご自身一人だけだというのに、能天気にこの世界をエンジョイしていたじゃないですか』
「ウグゥ! まあ、そこはそうですけど……」
『それに、厳しいことばかりではありません。ゲームをクリアすれば、特典として貴方には三十億円が与えられます』
「へぇ~そうですか」
『おや⁉ 随分と反応が悪いですね。三十億ですよ、三十億円! チロルチョコがなん個買えると思ってるんですか? 少なく見積もっても、400万個以上は購入できますよ』
「そんなに要らないですよ。毎日食べたとしても、食べきるより先に死んじゃうでしょ。それは兎も角として、能天気にエンジョイできるぐらい、今の生活が既に天国みたいですからね。それに三十億円貰えると言っても、あくまでもゲームをクリア出来たらの話でしょ? そう言えば、どうなったらゲームクリアになるんですか?」
『日本全国に点在する敵の拠点を、全て陥落させればゲームクリアとなります』
「日本全国……⁉ って47都道府県全て⁉ それだと最低でも47個の拠点を、一人で落とさなければならないですよね!」
『実際には各都道府県につき、三つ以上の拠点が存在しますので、その三倍以上はかかるかと』
「いや、無理だぁ~! そんなできっこないじゃん! 一体どれほどの時間がかかるっていうの!」
『必ずしも全ての拠点を落とす必要はありません。各都道府県に一つ存在する最重要拠点を落とせば、その都道府県エリアは陥落となります』
「それでも47個あるんでしょ~? 上手く最重要拠点だけ落とせたらの話だし、そんなの現実的じゃないじゃん。普通に浦島太郎みたいになっちゃうよ」
『この世界にも四季が存在しますので、一見お気付きになりにくいのですが、時間の観念を排除しておりますので、貴方が老いることは一切ありません。つまり、時間なんか気にする必要はないのです。だからなんの問題もないですよね? もちろんゲームクリアした暁には、特典の三十億円とともに、元の世界に元の時間で戻ることになります』
「どっかの上司みたいなこと言いますね」
『そもそも貴方に拒否権はないのですよ。やるやらないではなく、やるしかないのです』
「それもどっかの上司が同じようなこと言ってましたね」
『他にご質問はありますか?』
「なんでそんなに文字を書くのが早いのですか?」
『日〇ンの美子ちゃんにご教授いただいたからです』
「それ絶対にウソですよね」
20XX年6月1日
ゲームの訓練所に指定されていた場所は、近所の中学校であった。
もしかしたら黒い人の学生バージョンが見れるかもしないと、期待を膨らませていたが、学生は人っ子一人居なかった。
代わりに居たのは、体育館の入り口前で首から大きなお絵かきボードをさげ、猛々しく仁王立ちする黒い人。
そのお絵かきボードには、こう書かれていた。
『逃げずによく来たなクソッたれどもが! ママのおっぱいをしゃぶってられるのもこれまでだ! これから嫌というほど地獄に叩き落して、そのゆとりきった根性を叩きなおしてやるぜ!』
「え⁉ そういう感じ? そのテンションでいくの? あと「クソッたれども」って言われても、オレ一人なんですけど」
『あ、すみません。これはあくまでもポーズだけですので、お気になさらないでください。一度こういうことをやってみたかったので、つい……』
「まあ、気持ちはわからなくもないですけど、とりあえずポーズだけと言うのでホッとしました」
オレは仕切り直して尋ねた。
「あの……黒子 サポートさんでは……ないですよね? いまいち区別がつかなくて……」
「ハイ、おっしゃる通り黒子 サポートではないです。皆さまよくそうおっしゃいますが、ワタクシどもからしたら、どこが似ているのかさっぱりでして。あ、申し遅れました。ワタクシはこういう者です』
目の前の黒い人は黒子 サポートと同じように、どこからともなく名刺を取り出して、オレに差し出した。
受け取った名刺を確認すると、そこにはブラック・ワールド社の初級訓練担当 黒子 佐亜自演斗と書かれていた。
「えっ……と、さあじえんとさん……? でいいですかね?」
『もう一声って感じです』
「ンン? さあじえんと……さぁじぇんと……あ⁉ もしかしてサージェント!」
『当たりです』
「ここまできたら、もう軍曹でいいじゃないですか?」
『そちらですと、ダイレクトすぎてイヤだったそうです』
「ダイレクトすぎねぇ……。因みに苗字がサポートさんと同じ「黒子」になってますけど、ご兄弟かご親戚の方ですか?」
『いえいえ、そんな関係ではありませんよ。同じ会社の同僚というだけで、まったくの赤の他人になります』
「そうですか。珍しい苗字でしたので、てっきりそうなのかと」
『そんなに珍しいですかねぇ? ワタクシは生まれてこの方「黒子」以外の苗字の方に、お会いしたことはないのですが』
「ええ⁉ それじゃあみんな「黒子」さん?」
『ええ、そうです』
「コンビニやスーパーの店員さんも、バイクを配達しくれた方も、みんな「黒子」さん?」
『ハイ、みんな「黒子」さんです』
「それは……なんだかよくわからないですけど、スゴイですね。みんな「黒子」さんだと、不便だったりしませんか? 誰が誰だか混乱しそうですが……」
『ワタクシたちは個体でありながら全体でもありますので、相互間の意思疎通に不便を感じることはありません。ま、ワタクシたちのことを気にしてもしょうがないので、これぐらいにしておきましょう。ここは訓練場で、貴方が今日いらっしゃった目的は、訓練を受ける為でしょうから』
「今サラッとスゴイことを言ったような気がするけど、とりあえずわかりました」
その体育館の中は、オレの知っている体育館と少しばかり違っていた。
手前側に長テーブルが一つポツンと置かれ、その先には映画やドラマで見る様な射撃の的が、天井から三つぶら下がって並んでいた。それ以外は普通の体育館と変わらない。結構シュールな光景である。
長テーブルの上には、ピストルが二つ置かれていた。
オレに銃のことはよく分からないが、置かれているピストルが一つはリボルバーで、もう一つがオートマチックぐらいの区別はついた。
『あまりこういうことに慣れていないと思いますので、シューティンググラスとイヤーマフにグローブは、先にこちらの方で用意しました。サイズや使用感などをご確認ください』
オレはサージェントさんからシューティンググラスを受け取った。透明なグラスにエッジの効いた形をしていて、妙にカッコイイ。試しにかけてみたが、特に問題はなさそうだ。
グローブも装着してみたが、サイズも合っていたし、着け心地も悪くない。
イヤーマフは……とりあえずつけてみたが、正直よくわからなかった。
「一応大丈夫だと思います。サイズが違うとか、変な感じはなかったです」
『承知しました。では、目の前のテーブルをご覧ください。左のあるのがはリボルバーのスターム・ルガー GP100で、右にあるのがオートマチックのスプリングフィールド XDMになります』
「そう……ですか」
『左のGP100には、銃弾を一つ装填済みですので、それではさっそく撃ってみましょう』
「そんないきなり! まだ何も習ってないでしょ!」
『こういうのは習うより慣れですよ慣れ。OJT方式が一番上達が早いのです』
「それ社会人時代によく言われましたけど、大抵ろくな結果にならなかったですけど」
『まあまあ、兎に角撃ってみましょうよ。「案ずるキヨシよりもうぬはヤスシ」と言うじゃないですか』
「わかるようなわからないようなことわざですね。しょうがないな……」
オレはGP100と呼ばれていたリボルバーを手に取った。
「お⁉ 思ったよりも重たい……」
『それではあちらの的に向かって、ハンドガンを構えてみましょう』
オレは映画やドラマの場面を必死に思い出しながら、見よう見まねでリボルバーを両手で構えた。
「こ、こうですか……?」
『いいですねーいいですねー悪くないですよ。今度はハンマーを起こしてください』
「ハンマーを起こす? これか……」
オレはリボルバーの後方、持ち手の上にあった細い枝みたいなものに親指をかける。
ハンマーは硬く感じたが、親指に力を込めて押し込むと、ハンマーが起きて、弾が入っている部分が回転した。
「お、起こしました」
『では、引き金にそっと指を添えてください』
「……添えました」
『息を吸い込みながら、的の中心に銃身の先端と後端の凹凸を、かち合うように合わせて……息を止める』
サージェントに言われるがまま、オレは的に狙いを定めて、息を止めた。
『ファイエルン!』
その声に指が自然と反応して、リボルバーの引き金を引いた。
強烈な衝撃が両手に襲いかかる。リボルバーが勢いよく跳ね上がり、危うく顔面を強打しそうになった。
その強い衝撃は、ヘタレの心をへし折るには充分であった。
オレはサージェントに向き直ると、涙目でブンブンと首を横に振る。
「無理無理! オレにはこれ無理だって! ヤバいってこの衝撃!」
だが、サージェントはヘタレとは対照的に、興奮した様子で文字を書いた。
『やるじゃないですか! いや~流石ですね! だってホラ――』
サージェントはもの凄い勢いで駆けだすと、あっという間に射撃の的を取って戻ってきた。
「あ、それ人力で取ってくるものなんですね」
『見てください! ほぼ狙い通りに銃弾が、的に当たっているじゃないですか!』
サージェントの言う通り、射撃の的の中心近くに着弾の跡があった。
「これって、そんなにスゴイことなんですか?」
『利き目すら確認していないド素人が、的に当てるだけどもスゴイことです。それをほぼ狙い通りに当てるなんて、結構才能がありますよ。大したものですね』
サージェントの言葉に、オレはさっきまで泣きべそをかいていたのを忘れて、にやけ面で頭を掻いた。
「そ、そうなんだ~。困っちゃうな。そんなに褒めれても、何も出ないよ」
『ワタクシの目に狂いはありませんでしたね。世界に人間はただ一人だというのに、自由気ままエンジョイしたり、ゲームの説明を受けた昨日今日に、なんの疑いもなしにのこのことこちらに足を運んだり』
サージェントは一旦お絵かきボードに文字を書き、すぐさま書き直した。
『やっぱり普通じゃないですよね。どっかイカれてると思ったんです。そういう人たちってホラ、突飛なことをする代わりに、突き抜けた才能を持ってたりするじゃないですか。ワタクシの思っていた通り、貴方もそうなんですね』
「それ褒めてるんですか?」
『う~ん、どうなんでしょう?』
「わからないんだ。って言うか、なんでミスター口調なの?」
20XX年6月4日
サージェントが申し訳なさそうに、お絵かきボードに文字を書いた。
『本日はこんな雨の中、朝早からご足労をお願いしてすみません』
時刻は午前7時。確かに社会人時代からしても少々早く、今のオレからしたらかなり早い。
「いえいえ、大丈夫ですよ。日中ですと暑いですからね」
『ハンドガンの方も大分慣れてきましたので、次のプロセスへ移行しようと考えております』
「それにしても今回は屋外なんですね」
今居るのはこれまでの体育館ではなく、中学校のグラウンドに設けられた、イベント用の大きなテントの中。
周りには雨がしっとりと降っていて、数メートル先には、盛り土に設けられた簡易な射撃の的があった。
『ハイ、ですから涼しい時間帯に、パパっと訓練してしまいましょう』
サージェントがある物を胸の前に掲げた。
『今日からはこちら、H&K MP5J。ジャポネーゼポリスメン仕様と俗称されるモデルを扱います。所謂サブマシンガンという物すね』
「日本人がイタリアでアメリカンコーヒーを注文するような言い方ですね」
『因みにアメリカンコーヒーは日本でしか通じませんので、外国に行った際はお気を付けください。では、さっそくサブマシンガンを撃ってみましょう』
サージェントが胸に掲げていたサブマシンガンを、無遠慮にオレへ押し付けてきた。
「紅茶党なのでその心配はないけど、相変わらずのOJT方式は心配だな……。これってアレですよね? サブマシンガンってことは、連射できたりする奴ですよね?」
『そうですね』
「全くのトーシローですけど、大丈夫ですか?」
『「ガンス〇ス キャッツ」というマンガを、これまでに読んだことはありますか?』
「一応あります」
『「オ〇ガ7」に「今日から〇ットマン」は?』
「そっちも読んだことあります」
『じゃあ、大丈夫です。なんの問題もありません』
「いや、ホントですか? メッチャ怪しいですけど」
『ホントですよ。「やらないセミオートよりやるフルオート」とも言いますし、とっとと撃っちゃってください』
「そんな言葉初めて聞きますけど」
オレは盛り土に設けられた射撃の的に向けて、受け取ったサブマシンガンを構える。
「こんな感じですか……?」
『ハイ、大丈夫です。今はフルオートの設定にしてありますので、ちょっとしたチャンスタイムとなっています。ラッキーですね』
「ラッキーかなそれ……?」
オレは射撃の的に狙いを定めると、指に力を込めて引き金を引いた。
銃口がけたたましく火を噴き、サブマシンガンが荒々しく、ひっきりなしに銃弾を発射していく。
オレは慌てて引き金から指を離した。
すぐさまサージェントに顔を向けて、唾を飛ばしながら一気にまくし立てる。
「連射! 連射! 動く! 跳ねる! 抑えられない! 当たらない! 怖い! おっかない!」
慌てふためくオレとは対照的に、サージェントは落ち着き払った態度で返した。
『そうですね。フルオートで射撃しますと、使用しているのが比較的温和な9mmパラベラム弾とはいえ、流石に反動が強いですよね。その影響で狙いを定めるのもままならなくなりますし、残弾も一気に消費してしまいます』
オレは首をブンブンと縦に振った。
『ですので、側面にあるセレクターレバーを変更してもらえますか?』
オレは言われた通りに、サブマシンガンのセレクターレバーの向きを変えた。
「こうですか?」
『それで大丈夫です。それではもう一度撃ってみましょう』
「わ、わかりました……」
訝しげに思いながらも、オレは再びサブマシンガンを構え、射撃の的に狙いを定める。
おっかなびっくりに引き金を引いた。
先程と同じように銃口が連続で火を噴く。しかし、直ぐにサブマシンガンはしおらしく押し黙り、おかげで反動もかなりマイルドであった。
「んん⁉」
『3点バーストと言われるものです。フルオートと同様に連続で銃弾を発射しますが、こちらは3発で自動的に停止します。これなら反動も少なく銃身を押さえやすいですし、引き金を引くのにナーバスなることもありません』
「へ~なるほど」
『実戦の場で実際に使用するのは、3点バーストの方になります。目標に対して命中率も安定させて、集弾率も期待できますし、残弾の管理もしやすいですからね』
サージェントがお絵かきボードに書いた文字を、直ぐに書き直す。
『もちろんフルオートでの射撃が、ダメという訳ではありません。瞬間的な火力は高いですから、ここぞという場面では頼りになります。ま、身も蓋もない言い方ですが、そこはケースバイケースですね。状況によって判断いたしましょう』
「了解です」
『因みにですが、このサブマシンガンMP5Jは携帯性が良く、取り回しもしやすく性能も高いので、ゲームが始まりましたら、貴方のメインウエポンになるかと思います。ですので、しっかりと今で扱いを熟知しておきましょう』
「ピストルはメインで使わないんですかね? アレも携帯性が良く、扱いやすいと思いますけど」
『ハンドガンはあくまでもサイドアームですね。敵を倒すという意味では、サブマシンガンと比べるとどうしても性能が落ちます。戦場という命のやり取りをしている極限の状況で、性能が劣る物をわざわざ選択することはないですよね?』
「まあ、確かにそうですね」
『あまりこういうことを言いたくはないのですが、戦場でのサイドアームの存在意義は、本来の使用目的と別になります』
「と、言いますと?」
『敵の捕虜になって辱めを受けるぐらいなら、いっそのこと……ってな感じです』
「ヒェ~」
20XX年6月9日
『今どんな感じですかね?』
サージェントからの質問に、オレはマガジンに銃弾を込めながら答えた。
「これで最後ですね。兎に角メッチャ指が痛いです」
『マガジンのスプリングって割と固いですよね。そのマガジンを貸してもらえますか? 因みにこういう物がありまして、マガジンローダーと呼ばれる代物ですけど』
「え⁉ なんですかそれ?」
『これをこういう風に、こうしまして……』
「おお! マガジンに銃弾が入っていく! こんな簡単に……!」
『どうです? なかなか便利でしょ』
「便利ですけど、なんで今まで教えてくれなかったんですか?」
『獅子は我が子を千尋の谷に落とすと言うじゃないですか。何事も苦労しないと身につかないものです』
「千尋の谷にしてはえらい地味な作業ですね。30個は流石に多いとはいえ、ただマガジンに弾を込めてるだけですけど。あと正直、自分だと獅子じゃなくて、せいぜいミーアキャットぐらいだと思うんですけど……。あ、この弾を込めたマガジンってどうしますか?」
『このリュックサックに入れてもらえますか? それと少し勘違いしているように思えるのですが、ミーアキャットは猫科の動物ではなく、マングースの仲間ですよ』
「これを全部? それマジですか? 名前に「キャット」って付いてるのに?」
『ハイ、全部です。それを言いましたら、F14トムキャットもレッドテールキャットフィッシュも夜明けのスキャットも、名前にキャットが付いていますよ』
「わかりました。そうですけど、そういうことではないと思いますけど」
『マガジンを全てリュックサックに詰めましたら、一度持ち上げてもらえますか? 恐らくですけど、本当はミーアキャットじゃなく、ワイルドキャットに例えたかったのではないでしょうか?』
「了解です。ホイじゃまぁこのリュックを、よっこいしょういち……って重っ⁉ メッチャリュック重いんですけど! あっ……ワイルドキャット……それです……」
『マガジンの重量が銃弾込みで一つ約2kgになりまして、それが30個もありますと約60kg。まあ、重いのも当然ですよね。ああ、やっぱりワイルドキャットと勘違いしていましたか。薄っすらそうじゃないかと思っていました』
「リュックの底がヤバいことになってるし、こんなもの持ち上げるなんてできないですよ。いや、まあ、なんと言うか、思い込みって怖いですよね……カタカナだったせいかな?」
『そうなりますよね。実は過去に現場でやらかした方がいらっしゃいまして、本人的にはマガジン一本当たりの重量が軽いので、そんなこと思いもしなかったようですけど。普通、途中で気付きそうなものですけどね』
サージェントが瞬く間に、お絵かきボードの文字を書き直した。
『確かに思い込みって怖いですね。流石にカタカナのせいだけでは、ないと思いますけどね』
「ああ、それでこんなことやらせた訳ですか。ま、正直に言えば……自分も似たように思ってましたよ。ハハ、やっぱ違いますか」
『そういったことを防ぐ為に、本日は装備や補給などの兵站について、実際の戦場を想定して講義したいと思います』
「わかりました」
20XX年6月10日
少し思うところがあって、訓練を終えると、携帯ショップへ足を運んだ。
個人的にスマホは小型サイズの物が好みだが、画面の大きなものへ買い替えることにしたのだ。
サポートやサージェントと違って、携帯ショップの黒い人の店員たちは、お絵かきボードを所持してなかった。
相変わらず黒い人たちが、何をしゃべっているかわからない。
スマホの購入は、単に購入という訳ではない。契約である。
いくら0円だとはいえ、おいそれと行うものではないように思える。
正直どうしようかと思ったが、それでもパンフレットや契約書を前にして、細かく身振り手振りで説明する姿に、なんとなく言いたいことはわかった。
結局、オレは新たな契約を交わして、スマホの機種変更をした。
それと、ネットである買い物をした。
バイクと同じくネットで購入するなんて、まったく思わなかった代物だ。
色々とつけたおかげか、配達は翌日ではなく、一週間後となった。
20XX年6月13日
障害物競走とでも言えばいいのか、丸太渡りや網潜り、棒登りなどの様々なアトラクションが、学校のグラウンドにコースとして設置されていた。
オレは降りしきる雨の中、サブマシンガンを両手に抱え、そのグラウンドに敷かれたコースを、必死になって走っていた。
雨が降る穏やかな気温の午前中とはいえ、体を動かせば当然ながら暑い。
額からは滝のように汗と雨が流れている。着ている服は泥だらけになって、酷く汚れていた。
乳酸が溜まりきった体を引きずって、フラフラになりながらもどうにかゴールラインをくぐる。
オレは水たまりのあるグラウンドに、大の字になって仰向けに倒れ込んだ。
傘をさすサージェントが荒い呼吸を繰り返すオレを見下ろして、納得いかないといった態度でお絵かきボードを見せた。
『どういうことですか? 先程よりもタイムが落ちているじゃないですか』
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
『できればベストタイムより、もう3秒ほど縮めて欲しいところなのに、困りますねぇ』
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
『天候は関係ないですよ。貴方のポテンシャルを十分に考慮し、綿密に計算しておりますので、決して無茶なタイムではありません』
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
『では、もう一度お願いします。これは限界を超える為の訓練でもありますから、疲れているからもう少し待って、と言っても聞きませんからね』
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
『あ、それと「WWGTTが始ま~るぞ♪ こいつはどえらいリアルFPS♪ 父ちゃんたちには内緒だぞ♪」と、掛け声を上げるのも忘れずに』
オレは鬼だと思った。
20XX年6月17日
待ちに待った物が、家に届いた。
実物を目にしたオレは一気にテンションが跳ね上がり、おかげで配達してくれた黒い人の説明も耳に入らない。
まあ、どうせ何をしゃべっているかわからないから、そこはいいだろう。
目の前には、車が一台止まっていた。
M社のピックアップや日本の道路事情を考えて、S社の小型四駆とも迷ったが、中東の方たち御用達のT社の四駆にした。
ゴツイブロックタイヤの付いたリフトアップした車体、LEDライトの付いたルーフラックに頑丈そうなグリルガードとサイドステップ、後方にはかわいいリアラダーに、その下には尻尾のような顔したヒッチメンバーが付いていた。
オレの指定した通りで、カスタムもバッチリだ。
車を購入したのには、理由があった。
当初は親父の遺した軽バンや、バイクを移動手段に考えていた。
だが、サージェントから兵站などの話を聞いて、気が変わった。
この四駆なら多少の悪路でもヘッチャラだし、積み込めるスペースが広いから輸送や倉庫としても使えて、馬力もあるからバイクも牽引して運ぶこともできる。
何よりも最悪の場合、武器としても使用することができるハズだ。
元の世界なら正直言って、オレの懐事情では手が出せない代物だ。
今はゲームへの準備期間ということで、全てが0円である。この際だから、存分に利用させてもらおう。
20XX年6月20日
ようやく梅雨が明けた。
空はこれまでの仏頂面などなかったかのように、今は晴れ晴れとした表情を浮かべている。
オレは訓練が終わると、購入したばかりの四駆に乗り込んだ。
この車を動かすのは、今日が初めてだ。
購入したばかりの新車の初ドライブが雨の中というのは、流石に気が進まなかったので、梅雨が明けるのを待っていた。
まあ、過酷な環境での使用を想定されて作られている車なので、何を今更って気もするが。
スタータースイッチを押すと、エンジンがかかった。
エンジン音は静かだ。比べること自体が間違っているとは思うが、バイクと比べると雲泥の差である。
サイドブレーキを外し、シフトをドライブに入れ、アクセルを踏む。
大きな車体がゆっくりと動き出す、思っていたよりも動き出しはスムーズだ。
オレは四駆をゆっくり走らせながら、どこに行こうか考えた。
特にどこか行きたい所がある訳ではない。四駆の性能を試すなら未舗装道路を走るという案もあるが、生憎そういう場所に心当たりがないし、車のタイプからすると本末転倒だが、おろしたての新車だと気が引ける。
オレは色々と悩んだ末に、高速道路へ向かった。
ETCレーンを通って、O県の北部へ向けて四駆を走らせる。
周りにオレ以外に走る車は一台も無く、下の道と違って信号も無いので、さながらサーキット場の雰囲気だ。
アクセルを踏むと、大きな車体が苦も無く思い通りに加速する。
ゴツイ外観には似つかわしくない高級感のある室内は、驚くほど振動も音も少ない。
これが親父の遺した軽バンなら、流れに合わせたスピードを出すのも一苦労だし、振動も音もがなるように大きくて辟易する。
自分でも意外だったが、スピードをあまり出さなかった。
オレはハンドルを握ったら性格が変わるタイプでもスピード狂でもないが、サーキット場のような高速道路に高性能な車、お調子者を取り締まるポリスマンも居ないとくれば、誰だって浮かれてスピードを出しそうなものだ。
恐らく周りに車が一台も居ないことが、その原因だろう。
誰かに追い立てられることもないし、なんのプレッシャーも感じない。風の吹くまま気の向くままに、自分だけのペースで車を走らせることができる。
四駆は高速道路を走り、一時間ほどでO県の北部に辿り着いた。
そのまま四駆を走らせて市街地に入ると、ちょうどお腹も空いてきたこともあり、沿道沿いにあったファーストフード店に入った。
今は日本にO県にしかないファーストフード店だ。駐車場に四駆を止めると、ドライブインと呼ばれるシステムで、備え付けのインターホンから注文する。
料理が出来上がるのを待つ中、オレは少しばかり悩んだ。このままここで食べることもできるが、それでは少々味気ない。
暫くすると、黒い人の店員が料理の入った紙袋とドリンクに、0円のレシートを持ってきた。
オレはそれを礼を言って受け取ると、四駆を走らせる。
ファーストフード店から少し先に行ったホームセンターに入り、アウトドアチェアと大きめの傘を購入した。
再び四駆を走らせて、直ぐ近くの海岸に面した道路脇に止める。
車から降りると、強い日差しと潮のにおいを感じた。
料理の入った紙袋とアウトドアチェアに大きめの傘を抱え、傍の防波堤に上がる。
目の前には雄大な青い海。少し潮が引いてて波が強いが、悪くない景色だ。
大きめの傘を差し、熱々の防波堤の上にアウトドアチェアを置いて腰かける。
適当に風が吹いているおかげで、割と涼しく感じた。
紙袋から揚げたてのポテトフライを取り出し、溝の入った透明なソースカップにケチャップを入れ、ポテトフライにケチャップをつけて、口に運んだ。
パンのような独特な食感のポテトフライだが、これが実に美味い。M社のこれぞポテトフライといった奴も好きだが、個人的にはこちらの方がより好みである。
オレはポテトフライを一気に平らげると、今度は紙袋の中のハンバーガーに手を伸ばした。
白ゴマがついたバンズにベーコン、タルタルソースみたいな白いソースにパティとスライスチーズが2枚という、シンプルな作りのハンバーガーだ。
オレはハンバーガーにかぶりついた。
こちらも美味い。肉の味が強く作りと同じくシンプルな味わいに、白いソースのアクセントが効いている。
ハンバーガーも一気に平らげると、車からドリンクを持ってきた。
やたらと甘いオレンジジュースだが、中の氷が解けていい具合になっている。
ドリンクを一飲みし、煙草を咥えて火を点けた。
深く吸って、大きく吐き出した煙草の煙が、風に吹かれてかき消されていく。
漠然と目の前の雄大な青い海を眺めながら、オレは思った。
マジで天国みたいだな。
20XX年6月24日
中学校の校舎の中は、エアコンが稼働しているおかげで涼しく感じた。
それでも額から汗が垂れ、背中は濡れていた。
恐らく緊張して、気が張っているせいだろう。
顔をドットサイトの間近にもっていき、猫背のような姿勢でサブマシンガンを構え、周りを注視しながらゆっくろと歩を進める。
動くものは見当たらず、妙に静かだ。電子イヤーマフ越しからも、エアコンの稼働音しか聞こえない。
そんな中、オレはこんなに小さかったっけ? と思った。
机もイスも黒板も木製の棚もスライド式のドアも天井も廊下も階段も、オレが学生の頃よりも小さいような気がする。
だが、よくよく考えてみれば、校舎は建て替えがあったので、あの頃の物とは違うハズだ。
そのせいで小さく感じるのか? いや、なんか違う気がする……。
周りに気を配りながら廊下を歩く中、3メートルほど先の教室のスライド式のドアが勢いよく開かれ、中から黒い物体が出てきた。
それは人の形を模した黒い色の風船で、銃を構えている。
オレは即座にドットサイトに黒い色の風船を合わせ、引き金を引いた。
サブマシンガンの銃口が立て続けに三回火を噴き、黒い色の風船が破裂して飛び散った。
オレは警戒しながら廊下の窓に近寄って、教室内を確認する。
教室内にはまだ、二体の黒い色の風船が残っていた。
オレはすかさず廊下の窓越しから二体の黒い色の風船を狙い、サブマシンガンを連射させた。
次々と廊下の窓ガラスに小さな穴が空き、無数に亀裂が入って細かく飛び散る。
教室内の黒い風船も、直ぐに破裂して飛び散った。
他に異常は見当たらない。辺りに硝煙のにおいが漂っていた。
オレは新たな獲物を求めて、また歩き出した。
……………………。
……………………。
……………………。
体育館に戻ってきたオレを見て、サージェントは開口一番に、評価をお絵かきボードに書いて見せた。
『70点ですね。ギリギリ及第点といったところです』
「一応、合格は合格ってことで?」
『合格は合格ですけど、指摘したいところが幾つかあります。まず最初に――』
『――ということですね。わかりましたか?』
「へ~イ」
『それじゃあ、もう一度行いましょうか?』
「え~⁉ また~?」
『継続は力なりです。努力の積み重ねこそが確かな実力を養い、揺るぎない地力をつけるのです。貴方だってゲームで死にたくはないでしょ?』
「ウグゥ……了解です」
『では、フィールドをリセットします』
サージェントが長テーブルの上に置いてあった、クイズ番組で見るような赤いボタンを押した。
「それで全てが元通りになるんだから、スゴイですよね。一体どんな原理なんですか?」
『原理的にはN.E.P.に近い感じですね。大変便利ではありますが、短い間隔で何回もリセットしますと、世界が崩壊する恐れがあります。ま、それは些細なことなので、気にしないでください』
「いや、全然些細なことではないし、非常に気にしますよ! もう随分と何回もリセットしているじゃないですか! そんなんで大丈夫なんですか?」
『まあ、大丈夫と言えば大丈夫だし、大丈夫じゃないと言えば大丈夫じゃないです』
「えーーーーっ⁉」
20XX年6月27日
その日は訓練が終わると、サージェントが改まった態度を見せた。
『本日で初等訓練は終了となります。今までありがとうございました』
「あ、どうも、こちらこそありがとうございます」
『とは言いましても、これからも訓練所自体はいつでもご利用できますし、ワタクシも常在しておりますので、何かご用の際は遠慮なくおっしゃってください』
「お気遣い感謝!」
『どうでしょうか自信のほどは? ゲームをクリアできそうですか?』
「あ~どうでしょね? こればっかりは実際にゲームをしてみないと、わかんないかなー」
『百聞は一見に如かずと言いますからね。訓練はあくまでも訓練ですので、実戦とはやはり違います。実際、訓練では良い成績を収めていた方が、初戦であっさりとお亡くなりになったこともありますし、逆に訓練ではあまり良い成績ではなかった方が、しぶとく生き残ったこともありました』
「そんなこと言ったら、訓練の存在意義がなくなりません?」
『そういった方たちはなんだかんだ言って、訓練に積極的ではありませんでしたよ。成績が良かったから訓練はもういいやとか、訓練の成績が悪かったら悪かったでも、もういいやと言ってまともに来なくなりました』
サージェントが手早くお絵かきボードを書き直す。
『貴方のように時間通り訓練所に毎日来て、積極的に訓練を受けられた方は少なかったですが、そういった方はもれなく直ぐにお亡くなりになるようなことはなく、長い間頑張って生き残っておりました。貴方にも同じように、頑張って生き残っていただきたいと思っております』
「ハイ、ガンバって生きます」
『ま、そうは言いましても、最終的には皆さん、全員お亡くなりになったんですけどね』
「ヤナこと言うな~」
20XX年6月30日
今日で準備期間は終了し、明日からゲームが始まる。
装填済みのマガジンや予備の弾薬、その他の装備品などを四駆に積み込んだ。
とりあえず用意できる物は、全て用意したつもりだ。
特に緊張しているとか、不安な気持ちはない。
元々がおかしな世界のせいか、妙に現実感がなかった。
それは兎も角として、オレはバイクで出かけた。
工事予定で草が刈り取られた土が露出する広い敷地に、バイクを乗り入れる。
でこぼこした地面にショベルカーで掘られた穴、うまい具合に土が隆起していて、さながらオフロードコースのようだ。
元の世界では絶対にできないことだが、オレはそこをバイクで走った。
本来はオフロード仕様のバイクが、オレの生き様を見よと言わんばかりに、唸り声を上げる。
盛られた土をジャンプ台にして飛び、ショベルカーによってできた切り立った斜面の土を下り、柔らかな土にタイヤを取られて転ぶ。
ただただ、楽しくてしょうがない。
オレは存分に不認可のオフロードコースを楽しんだ後、今度は近くの砂浜にバイクを乗り入れた。
これまた元の世界ではできないことだが、波打ち際をタイヤで轍を作りながらバイクを走らせる。
ちょうど夕方の時刻ということもあり、太陽が顔を真っ赤にさせて、水平線の向こうに隠れようとしていた。
強い潮風が吹いていて、火照った体に気持ちいい。
波が幾重にも手を伸ばし、バイクが走った痕跡を消していく。
柄でもないが、映画の主人公にでもなったような気分だ。
〇ゲーム概要
本ゲームは拠点の制圧を目指す、リアル戦略シミュレーションゲームです。
拠点は日本全国に点在し、各都道府県ごとに最低でも三つ以上存在します。
プレイヤーは一人、残機はありません。
47都道府県に存在する全ての拠点を制圧すれば、ゲームクリアとなります。
ゲームをクリアしプレイヤーには、報酬として三十億円が進呈されます。
〇ゲーム要項
20XX年7月1日の0時より、ゲームを開始いたします。
拠点の制圧判定は、拠点に設置されているフラッグを、プレイヤーが取得することで拠点の制圧とみなします。
制限時間はありません。ただし、拠点を守備するエネミー(敵)は、連日0時ごとにリスポーン(復活)いたします。
ゲームの開始とともに、貨幣制度は円からポイント制へ移行されます。
ポイントは専用アプリ「WWGTT」にて管理され、プレイヤーがエネミーを倒した際、自動的に加算され、使用する際はバーコードを表示して、決算いたします。
ゲーム期間中は武器、弾薬に通信費、光熱費と医療費と旅費(ガソリンや旅券など)は、無料で提供されます。
キャンペーン期間中は、キャンペーン専用の要項が追加されます。
各都道府県は個々に幾つかのエリアに分けられて管理されており、エリア内は以下によって構成されています。
〇フィールド
エネミーフィールド:
拠点を中心にエネミーが常駐し、活動している。
セーフティフィールド:
エネミーが絶対に侵入してこない安全地帯。
フリーフィールド:
状況によってエネミーが侵入してくるが、常駐はしていない。
アウトフィールド:
進入禁止区域の為、プレイヤー、エネミーともに立ち入ることができません。
〇拠点
最重要拠点:
各都道府県に一つ、エリアの制圧状況によって、戦力が増減します。他の拠点の制圧状況に関係なく、制圧すればその都道府県はクリアとなります。
重要拠点:
各エリアごとに一つ、エリア内の拠点の制圧状況によって、戦力が増減します。他の拠点の制圧状況に関係なく、制圧すればそのエリアはクリアとなります。
通常拠点:
エリアごとに設置されている拠点。
ユニーク拠点:
ゲームのクリア条件には入らないが、制圧すれば特殊なアイテムを取得することができます。
その他、追加要項及び変更が生じましたら、専用アプリ「WWGTT」にご登録いただきましたメールアドレスの方へご連絡いたします。その際、メールの受信設定によっては、迷惑メールとして扱われることがありますので、設定のご確認のほどよろしくお願いいたします。
20XX年7月1日
植物園の広々とした駐車場の、日陰のところに四駆を停めた。
元の世界ではいつも多くの観光バスで賑わっていたが、今は駐車する車は一台も無く、閑散としている。
四駆から降りると、額やワキ、背中から汗が滲み出てきた。
時刻は午前11時。空は雲一つなく晴れていて、気温は30℃を超えていた。
煙草を咥えて、火をつける。
車載用の灰皿を持って四駆の後ろに回り、バックドアを開いた。
四駆のトランクには、今日の為に用意した品々が積み込まれていた。
オレは煙草を吸いながら、今着ているグリーンの迷彩服の上から肘に膝、脛にプロテクターをつけ、胴体にタクティカルベストを着込み、ホルスターやマガジンポーチが付随したベルトキットを腰に付ける。
装填済みのマガジンをタクティカルベストやベルトキットに付随するマガジンポーチに入れ、スマホの入ったアームバンドを左の前椀に付けた。
バイクのとは違う軍用のヘルメットを被り、シューティンググラスをかけて、電子イヤーマフを耳に付ける。
根元まで火がきた煙草を灰皿に押し込め、新たな煙草を咥えて、また火を点けた。
自分でもびっくりするほど、淡々としていた。
ひと時ぼんやりと空を見上げながら煙草を吸い、灰皿に押し込んだ。
オートマチックのピストルにマガジンを装填し、右のホルスターに入れた。
サブマシンガンを手に取り、マシンガンを装填し、コッキングハンドルを叩くようにして、ボルトを閉鎖する。
ちょっと手が痛かった。先にしておけば良かったと思いながら、グローブを手にはめた。
虫よけスプレーを体中に振りまき、四駆のバックドアを閉める。
オレは力強く歩き出した。
O県は三つのエリアに分かれていて、オレの家がある付近は、セーフティフィールドになっていた。
そして、そこから一番近い通常拠点が、これから向かう先だ。
だが、オレは歩いて早々に後悔した。
暑い。兎に角暑い。もっと朝早い時間に来れば良かった。
歩く道路の先に、陽炎が見える。日差しも強ければ、気温も高い。おまけに夏場に着るには狂ってるとしか思えない重装備だ。
いや、これはちょっと……ね。流石にアレだよ……ね。
オレは現在の状況と自分のへなちょこ具合を考慮して、一度帰って仕切り直そうと思った。このままでは何も始まらないうちに、体力が尽きてしまう。
しかし、ここまで重装備に準備して、ただ帰るのはあまりにも惜しい。とりあえず現場を見るだけでも見ようと思い、足を進めた。
オレは炎天下の中を15分ほど歩き、立ち止まった。
額から滝のように汗が流れ、既に呼吸が荒い。
目の前には小さな十字路があった。
オレは左の前椀に着けていた、アームバンドに目を向ける。
スマホにはWWGTTアプリのマップが表示されていた。黒い下地に黄色い蛍光色の線だけの、シンプルなものだ。
マップにはオレのことを示す青い三角形のマークの鼻先に、赤い蛍光色の線で強く区切られ、透き通った薄い赤で塗られたゾーンがあった。
そのゾーンが、エネミーフィールドだ。
つまり、目の前の十字路より先は、エネミーが活動する危険地帯ということになる。
マップをスクロールさせて十字路の先を確認すると、赤い逆三角形のマークが見えた。エネミーフィールドの中に全部で15個ある。
それが、エネミーだ。
オレは周りを見渡してみたが、背の高いブロックとガードレールをはみ出すほど元気な草木があるだけで、何も変わったものは見られない。
「ここからじゃあ、何もわかんねぇな……」
オレはヘルメットを取って汗を拭い、暫く考えた。
そして、再びヘルメットを被ると、十字路を通り抜けた。
つまり、エネミーフィールドに中に入った。
エネミーとは敵と言われていたが、それがどんなものなのかはさっぱりわからない。せっかくここまで来たんだし、一目でいいからそのお姿を、拝見しようと思ったのだ。
5分ほど歩くと、道の先に黒い者が見えた。
オレは咄嗟に、道の傍の茂みにしゃがんで身を隠した。
スマホを確認すると、マップの赤い逆三角形のマークの位置と合致する。こいつがエネミーで間違いないだろう。
う~ん、ちょっと遠くてよく見えない……。あ~! 双眼鏡とか持ってくれば良かったか。
今更大事なことに気付いたところで、無いものは無い。
オレは茂みに身を隠しながら、ゆっくりと前に進んだ。
無遠慮に身を伸ばして邪魔をする雑草や、進むごとに騒ぎ立てる小さな虫たちがうっとおしい。強い日差しに焼かれたアスファルトの道が、バカみたいに熱い。冗談抜きで焦げたにおいがする。
それでもどうにか我慢して前に進み、エネミーを明白に目で捉えた。
目や鼻や口がなくのっぺりとしているので、一見、黒い人たちのように見えるが、輪郭はハッキリとしていて、何よりも醸し出す雰囲気が違う。黒い人たち全てに通じるどこかとぼけた感じが一切なく、周りを威圧する雰囲気があり、明確な殺意を感じる。
そいつは何故か道の真ん中でヤンキー座りし、黒く大きな出刃包丁を握りしめていた。
……こいつがエネミーか。あんな所に座っていて、熱くないのかな? もしかして痛みとかそういうのを感じないタイプ? そういう奴だとちょっとヤダなぁ……。
そんなことを考えながらエネミーを眺めていると、目が合った。いや、そもそも黒い人やエネミーは真っ黒くのっぺりしていて、目自体が見当たらないのだが、どういう訳か確信をもってそう感じた。
次の瞬間、エネミーが叫んだ。
『#$%&¥@*ーーーー‼』
それは形容しがたい声であった。
黒い人も含めて初めて声を聴いたが、人の発する声というよりも、スピーカーがハウリングするような奇声だ。
エネミーはいきなり立ち上がると、オレに向かって駆けだした。
オレは思わず悲鳴を上げた。
「ヒィ⁉」
出刃包丁を振りかざす者が、全力疾走で向かってくる姿は、マジで怖い。
しかし、恐らくエネミーの方がオレよりも足が早そうに見えるし、こちらは色々と着込んでいて重装備だ。今から走って逃げ出したところで、追いつかれてしまうだろう。
オレは覚悟を決めた。
サブマシンガンのセレクターレバーを三点バーストに合わせ、しゃがんだまま膝をつき構えた。
ストックの側面に頬をつけて後ろを肩で押さえ、サブマシンガンのお尻からドットサイトを覗き、エネミーの胸に狙いを定める。
指が自然に動いて、銃口が連続で短く火を噴いた。
狙い通りに銃弾がエネミーの胸付近に命中した。
だが、エネミーは少しよろけると、効いていないとアピールするように、また奇声を上げた。
『#$%&¥@*ーーーー‼』
エネミーは元気いっぱいに出刃包丁を振り回し、全速力で向かってくる。
オレはめげずにもう一度引き金を引いた。
今度は命中すると、エネミーは勢いよく転倒した。
そして、霧散するように消えて居なくなった。
オレはヤッターと思ったが、直ぐに新たな奇声が聞こえた。
『#$%&¥@*ーーーー‼』
声のした方を見ると、100メートルほど道の先から、エネミーがこちらに向かって駆けてくる姿が見える。
それも3匹。
電子イヤーマフを着けていたおかげで認識が甘かった。銃声はバカみたいに大きい。耳栓をしなければ、容易に聴覚に障害を及ぼすほどだ。
近くに居たエネミーが、銃声に気付いて寄ってくるのも仕方ないだろう。
オレはまたかよとげんなりしながらも、サブマシンガンを構えた。
とりあえず……先頭からA、B、Cとして……。
エネミーAに狙いを定めて、立て続けに引き金を引いた。
次々と発射される銃弾が、エネミーAに吸い込まれるように命中する。
エネミーAはバランスを崩して倒れると、そのまま霧散して消えた。
オレは直ぐにエネミーBに狙いを変える。
銃弾がエネミーBに命中していき、Aと同じように倒れて霧散して居なくなった。
あれ⁉ そういえばオレ何回撃ったっけ? 三連射してたから残りは……わからん!
オレはサブマシンガンのコッキングレバーを引くと、マガジンキャッチを押して、マガジンを抜き取った。
急いでマガジンポーチから変えのマガジンを取り出すと、サブマシンガンに差し込み、コッキングレバーを叩いて、ボルトを閉鎖する。
再びサブマシンガンを構える。
エネミーCは間近まで迫って来ていた。
「なんつー足してんだよッ!」
オレはセレクターレバーをフルオートに合わせ、狙いもそこそこに引き金を引いた。
バラまかれるように発射される銃弾。
しかし、焦っているおかげで、フルオートによって跳ねあがる銃身を上手く抑えることができず、エネミーCにクリーンヒットしない。
あっという間にエネミーCが、オレの目と鼻の先までやって来て、出刃包丁を振りかざした。
オレは振り下ろされる出刃包丁を横に飛び込んで避けると、無我夢中で引き金を引いた。
狙いも定まらずにバラまかれる銃弾。
その幾つかがエネミーCの横っ面に、上手い具合に命中した。
エネミーCが断末魔を上げることなく、霧散して消える。
「熱ッ⁉ アチ! アッチー!」
オレは強い日差しによってフライパンと化した道から立ち上がると、エネミーCが居た所に向かって捨てセリフを吐いた。
「こんな所でこんなことしてないで、オリンピックにでも出ろよ!」
巨大な水たまりに周りを取り囲む生い茂る草木、奥には展望台らしきものが見える。
パッと見は水辺の公園という感じだが、ここはO県中部の水源を賄うダムだ。
当初は一度戻り、涼しい時間帯に仕切り直すつもりでいたが、オレはせっかく倒した4匹が惜しく思い、そのまま進むことにした。
目の前には奥へと続く直線の道と、手前から右、少し進んで左に分岐する道がある。
マップを確認すると、右にはエネミーを示す赤い逆三角形のマークが二つ、左には三つ、奥には六つあった。
それと、奥の展望台付近にフラッグを示すマークがある。
「このまままっすぐ進んで、一気にフラッグを取るという手もあるけど……。ま、それはちょっと止めとこうか」
オレは一先ず右に進むことにした。
草むらの中にある細道をゆっくり下って行く、その先には小さな広場があった。
その広場には、二匹のエネミーが居た。出刃包丁を片手にヤンキー座りをし、何やら談笑している様子で、オレの存在に全く気付いていないように見える。
オレは、まあ、いいかと思い、フルオートで銃弾を見舞って、二匹のエネミーを手早く片付けた。
直ぐにマップを確認するが、エネミーマークに動きは見られない。
「う~ん、銃声を聞いて何匹か集まってくると思ったけどな。所定の場所を守っているってところかぁ……?」
オレは分岐前の道に戻ると、今度は左の道へ進んだ。
車が二台通れる幅の長い道を真ん中にして、右手には巨大な水たまり、左側は谷になっていて、底には楕円形の大きな広場があった。
「アチいなぁ……」
オレは強い日差し辟易しながら道の中ほどまで来たところで、歩む足を止めた。
左の前椀にアームバンドで括りつけていたスマホに目をやり、思わず嘆いた。
「ヤラれた……!」
マップには奥の展望台付近にあったエネミーマークの内三つが、今居る道の入口、つまりオレの歩く後方へ向かって移動している。
当然ながら歩く先にあった三つのエネミーマークも、こちらに向かって移動していた。
エネミーたちの思惑は明白だ。オレを前と後ろから挟撃する気だろう。
「チッ……後顧の憂いを断つつもりだったのに」
オレは即座に踵を返すと、サブマシンガンを構えて、速足で今来た道を戻る。
道の入り口にエネミーの姿を捉えると同時に、引き金を引いた
狙いも曖昧にバラまかれる銃弾。エネミーを倒すというよりも、威嚇してこちらに近づけない為だ。
それでも出合い頭に、先頭に居たエネミーに銃弾が当たり、一匹仕留めることができたのは幸いだった。
サブマシンガンを撃ちながらエネミーを威嚇しつつ、谷底へ続く横道に入る。
後ろ目に確認すると、道の先に居たエネミー三匹が、こちらに向かって駆けてくる姿が見えた。
「ゆっくり歩けよ……日本人か」
オレはサブマシンガンを適当に撃って威嚇しながら、全力で駆けだした。
急いで小さな駐車場を抜け、短い階段を降り、つづら折りになった坂を下る。
ある程度坂を下った所で、身にかかる慣性に必死に抗い急停止させ、踵を返して後ろに歩きながら、サブマシンガンを構えた。
その瞬間、出刃包丁を振りかぶり、飛びかかってくるエネミーの姿が視界に入った。
「オワッ!」
オレはすぐさま引き金を引いた。
サブマシンガンが唸りを上げて銃弾を吐き出し、エネミーをハチの巣にして霧散させる。
喜ぶ間もなく霧散したエネミーの後ろから、新たなエネミーが襲いかかってきた。
オレはまた引き金を引き、コイツも先程のエネミーと同じ目に遭わせてやった。
荒い呼吸を繰り返しつつも、視線を上に向ける。
「ハァ……ハァ……次は……?」
つづら折りになった坂の上に、二匹のエネミーが見えた。
次に備えて急いでマガジンを交換する。そんな中、オレの頭にある疑問が浮かんだ。
「二匹……? ハァ……もう一匹……ハァ……居たハズ……」
突然、間近でエネミー特有の奇声が鳴り響いた。
『#$%&¥@*ーーーー‼』
驚いて目を向けると、谷の上からショートカットして石造りの斜面を走り降り、勢いよく飛び上がったエネミーの姿があった。
「マジッ⁉」
オレは危機的状況に、思わず体を硬直させた。
しかし、飛び上がったエネミーは勢い余ってオレの上を通り過ぎ、そのまま谷底まで落ちていった。
当然と言えば当然だが、そのエネミーは谷底の地面に激突すると、あっさり霧散して消えた。
オレは呆気にとられながらも、つづら折りになった坂の上に目を向ける。
流石に今の事態はエネミーたちにも予想外すぎたようで、二匹のエネミーはオレのことなど忘れ、何か言いたげな様子で谷底に顔を向けていた。
オレはそんな二匹のエネミーに銃口を向けると、容赦なく引き金を引いた。
同じ元へ送ってやったんだ。これで言いたいことも言いやすくなっただろう。
傍に巨大な水たまりがあるせいで、湖風でも吹いているのか、そこは少し風が強かった。
芝生の広場の上に、白い大きな展望台が建っている。四角張った形をしていて、どこか未来的な趣があった。
その前には狛犬でも気取っているつもりなのか、出刃包丁を片手に掲げ、ヤンキー座りする二匹のエネミーが居た。不思議と展望台とエネミーが妙に似合って見える。
そんな広場の隅っこに、動くものがあった。
それは段ボールだ。
大人が一人入るほど大きな物で、上下が逆さまになり、風に煽られているのか、少しづつ展望台へ近寄ってきていた。
二匹のエネミーは、それを気にも留めていない。ただのゴミだと思っているのだろう。
それに気を良くした訳ではなかろうが、少しづつ少しづつ段ボールは、展望台に近寄っていった。
そんな中、二匹のエネミーの内、一匹のエネミーが忽然と倒れて、霧散して消えた。
何事かと立ち上がったもう一匹のエネミーも、直ぐに同じように倒れ、霧散して消える。
二匹のエネミーを手際よく銃撃し、オレは立ち上がった。
頭から被っていた大きな段ボールを、忌々し気にその場に投げ捨てる。
「アッチいんだよっまったく!」
新鮮な空気を吸いながら、広場を見渡す。
「……上手いこといったな。とその前に……」
オレはその場に捨てた段ボールを、元々あった自販機の傍に戻した。
小心者は世界が変わっても、小心者である。
改めて広場を見渡し、左の前椀にアームバンドでつけたスマホに目をやる。
目の前の展望台に、フラッグを示すマークがあった。それと、エネミーを示すマークも一つ。
「ヨシ、残りは一匹だ。ここまできたら楽勝……とまでは言わないけど、問題ないだろう」
オレは展望台の中に入った。
正面にはエレベーターに周りは窓の無い白い壁、それと右へ向かう細い通路がある。
もしかしたらと淡い希望を持っていたが、エレベーターはボタンを押しても反応せず、エアコンも動いている兆しはなかった。
仕方がないので細い通路をゆっくり進んで行くと、左への曲がり角があった。
警戒しながら角を曲がり、そこから進むとまた左の曲がり角あり、更に進むとまた左への曲がり角があった。
その曲がり角を超えると、今度は上階へ続く階段が現れた。
どうやら展望台の四角い形に沿って、螺旋状になっているみたいだ。
階段を上がり、更に進んで行く。
今までずっと野外に居たせいか、妙に閉塞感を覚える。窓もなくエアコンも動いていないので、かなり暑い。
それでもオレは進んだ。ゆっくりながらも集中力して警戒し、万全を期して歩いて行く。
幾つかの曲がり角と階段を抜けると、目の前に大きな窓が現れた。
この建物が展望台であることを考えると、恐らくここが最上階であろう。
オレは矢も楯もたまらず、目の前の窓を開けた。
窓から入ってきた風が、オレの火照った体から熱を奪い取っていく。
「ハァー涼しいー! 歩いて来た通路は窓もエアコンも無かったからな。蒸し風呂のようだったぜ」
展望台の最上階だけあって、窓からは巨大な水たまりや森林など、周りの景色がよく見えた。
「いい眺めだねぇ……。これでアイスティーと煙草でもあれば、文句はないんだけど……」
そんな心安らぐ眺めとは対照的に、オレは横目であるものを捉えた。
少し離れた曲がり角から、エネミーがひょっこりと顔だけ出して、オレのことをじーっと見ている。
「ああ、そう言えばオマエらも居たっけ。でも、この景色にはちょっと似合わないんじゃないか? まあでも、アイスティーや煙草と違って、そっちは直ぐに退場してもらえそうだ」
オレはエネミーに銃口を向けた。
エネミーは残り一匹、どうせ持っているのも出刃包丁だ。この間合いなら片づけるのに問題は無いだろう。
安易に引き金を引こうとした瞬間、意外な音が通路に鳴り響いて、指が止まった。
「んん⁉ エンジンの音……?」
顔だけ出していたエネミーが、大きなチェーンソーを手に悠然と曲がり角から姿を現した。
オレに見せつけるように、エネミーがチェーンソーの刃、ソーチェーンを高速回転させる。
「え~~っ! そんなの聞いてないよ!」
オレは止まった指を動かして、引き金を引いた。
サブマシンガンから三点バーストにて発射された三つの弾丸が、忠実にエネミーの頭部に襲い掛かる。
しかし、エネミーは瞬時にチェーンソーを横に向け、ガイドバーの広い面で銃弾をハジいてみせた。
「ウソでしょ!」
驚くオレを尻目に、エネミーは前かがみの姿勢でチェーンソーの後ろに隠れ、ガイドバーの広い面をこちらに向けてダッシュする。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
オレはセレクターレバーをフルオートに合わせ、引き金を引いた。
銃口が喧しく火を噴き、エネミーに向かって大量の銃弾が吐き出される。
だが、銃弾は先程と同じようにチェーンソーのガイドバーにハジかれ、代わりに通路の壁を穿ち、大きな窓を割った。
一気に間合いを詰めたエネミーが、オレの目の前でチェーンソーを振りかぶる。
「ヤバッ!」
オレは即座に階段の方へ身を投げ出した。
直後にチェーンソーが通路の壁を粉砕しながら、オレが居た場所を通り過ぎた。
オレは勢い余って、階段を転がるように滑り落ちる。
体の至る所が痛い。それでもエネミーと距離を取ることができたのは幸いだ。
ヨロヨロと立ち上がるオレの目に、エネミーが階段の上で、チェーンソーを頭の上に掲げる姿が見えた。
そして、エネミーはチェーンソーを持ったまま、高く飛び上がった。
「なっ⁉ マジっスか!」
オレは痛む体を押して、急いで後ろに飛び退いた。
エネミーがオレの目の前に落ちてきて、チェーンソーで床を削り取る。
危機一髪であったが、チャンスだと思った。そんなデカイ獲物では、重力にも慣性にも逆らえない。
オレは直ぐにサブマシンガンを構え、引き金を引いた。
チェーンソーが床を削るのに熱中する中、がら空きとなったエネミーの頭に銃弾が襲いかかる。
しかし、エネミーは銃弾に怯みもせずにその身を前に突き出し、多少被弾しながらも反動をつけて体ごと腕を振った。
オレは咄嗟にサブマシンガンを、盾のようにして前に出す。
チェーンソーが弧を描いてサブマシンガンに激突する。
火花を散らせながらサブマシンガンを吹き飛ばすと、チェーンソーは通路の壁にめり込んだ。
「グゥッ……」
両手に強い痛みが走ったが、オレは自分の手を確認するよりも先に、右のホルスターからオートマチックのピストルを抜いた。
エネミーに向けて腕を伸ばし、無我夢中で引き金を引く。
正確に狙いを定めてる余裕なんてない。だけど、ここまで近ければそんなもの関係なかった。
エネミーは幾つも銃弾を食らい、チェーンソーごと霧散して居なくなった。
それでもオレはマガジンが空になるまで、引き金を引き続けた。
銃弾を撃ち尽くしたころには、通路の中に硝煙が充満していた。
両手を確認すると、痛みはあったが、怪我などはしていないように見える。対照的にサブマシンガンは、折れて酷い状態であった。
「とりあえず……いっそのことにならなかったから、ヨシってことで」
念の為、オートマチックのピストルのマガジンを交換すると、最上階へ向かった。
壁や窓ガラスの破片が散らばる通路を慎重に歩き、進んだ先には黒い旗がスタンドに立てて飾られていた。
甲子園中継でしか見たことのない、大きくて立派な旗だが、黄金の縁取り以外は文字も柄もなく、えらくシンプルな物であった。
オレは黒い旗に手をかけて、スタンドから引き抜いた。
左の前椀にアームバンドでつけていたスマホが光る。
『CONGRATULATIONS! 拠点制圧完了!』
こう表示されていた画面を見て、オレは力なくその場に座り込んだ。
「ハァ……マジで疲れた……」
20XX年7月2日
昨日は夜も早々に床に就いた。
しかし、大分疲れていたようで、目が覚めたら昼前であった。
今は全くその必要はないのだが、元の世界からの日課で、起きたらとりあえずスマホを確認する。
その際に、メールが届いているのに気が付いた。
受信したのは本日の0時で、メールの内容はこうであった。
〇本日の戦果報告
☆撃破エネミー
出刃包丁:14×2=28P
チェーンソー:1×3=3P
☆制圧拠点
D拠点:600P
オールキル特典:300P
集計:931P
出刃包丁にチェーンソー……? エネミーって武器単位で区別するんだ。あれ⁉ もしかしてそっちが本体だったとか……?
まあ、いいや。とりあえず1Pが100円ぐらいって話だったよな? ってことは、9万円相当といったところか。
う~ん、イマイチ高いのか安いのかわからない。
ただ、一拠点でこれぐらい貰えるってことは、週に一回ぐらいのペースでいいのか。それなら結構イケそうな気がする。
いや、待てよ! そのペースだと一体いつ終わるんだ? いくら年を取らないとはいえ、限度ってもんがあるでしょ! 日本全国の拠点を落とすとなると、マジで100年ぐらいかかるんじゃないのか……?
いやいや、待てよ! それならそれで、いつまでもこの世界を楽しめるってことだよな? それに、煩わしい人間関係に悩まされることもないし、ある意味、自由気ままに働かなくてもいい。税金だって払わなくても構わないんだ。完全に国民の三大義務を放棄しちゃってるけど……。
う~ん、マジでどっちがいいんだろう……?
本日付でオレは会社を辞めた。
理由は様々だ。いちいち挙げればキリがないし、別に言いたくもない。
兎に角オレは会社を辞めた。
20XX年4月1日
今日から晴れてオレは無職だ。
もっと後悔するかと思ったが、そうでもない。清々しい朝である。
それよりも早く起きたことを後悔している。もっと寝ればよかった。
染みついた習慣とは恐ろしい物だ。気がついたらいつもの様に、目覚ましが鳴る前に起きていた。
とりあえず、オレは二度寝することにした。
20XX年4月7日
部屋を片付けて、荷造りを始めた。
この一週間、色々考えたが、やはり故郷のO県に戻ることにした。
既に両親ともに鬼籍に入っているので、面倒を見る人も見られる人も居ないし、必ずしも帰郷する必要はないのだが、なんとなくその方がいい気がしたのた。
まあ、現代はネットや物流が発達しているので、別段今の生活と比べて困ることもないだろう。
それにしても引っ越しって奴は、何度やってもしんどいな。
あと引っ越し業者のほうもなんとかならないのかねぇ。毎回料金や選ぶのに苦労するよ。
20XX年4月24日
引っ越し業者の人がやって来て、荷物を全て持って行った。
おかげで部屋はガランとして、何も無くなっている。
この光景を目にするのは何年ぶりだろうか?
今の会社……じゃないか、もう元の会社だ。そこに就職してからだから……まあ、いいや。そんなこと思い出しても、ろくなことはない。
それにしても、もっとセンチメンタルになるかと思ったが、不思議となんの感慨も湧かない。
あとは部屋を掃除して、不動産屋さんに退去確認をしてもらい、鍵を返せばこことはおさらばだ。
今日はビジネスホテルに泊まり、明日、飛行機で帰郷する。
ゴールデンウイーク前に引っ越しできて良かったよ。
結構な駆け込み依頼だったのに、引っ越し業者さんには感謝だな。
20XX年4月25日
ホントダメだな。どうしても飛行機は苦手だ。
どうしてだろうな? 若い頃は全く平気だったのに、ある時から全然ダメになってしまった。
それは兎も角として、相変わらず我が故郷は日差しが強いねぇ。それに、もう夏みたいな気温だ。
空港から一時間半ほどバスに揺られ、途中でタクシーに乗り換えた。
タクシーのクーラーがやたらと効いていて、故郷に帰ってきたことを感じさせる。
それから三十分ほどで実家に着いた。
親父の葬式以来だから、半年ぶりだ。
誰も居ないとわかってるのに、オレは玄関のドアを開くと、「ただいま」と言った。
20XX年4月26日
家を掃除している最中に、引っ越し業者の人が荷物を持ってきた。
大分忙しいのか、引っ越し業者の人は矢のような速さで荷物を下ろし、お礼も聞かずに行ってしまった。
コミュ障を患っているオレとしては助かったが、渡し損ねたペットボトルのお茶が、冷蔵庫の中で所在なさげな顔を浮かべている。
20XX年5月6日
気象庁は例年よりも少し早く、梅雨入りを発表した。
周りでは雨がじとじと降っている。
生来の怠け者のせいなのか雨のせいなのかはわからないが、何もやる気が起きない。家の中でただボーッとしていた。
ゴールデンウイーク中に引っ越してきた荷物を片付けるつもりでいたのに、ほとんどのダンボールを開いてすらいない。
家には現在ネットが引かれていない。家電量販店に行ってネットを契約し、ついでに親父の残した古い家電も幾つか買い替えるつもりでもいたが、家電量販店に足を運んですらいない。
何もかもが煩わしく感じる。
とりあえず明日、明日は頑張ろう。
20XX年5月9日
梅雨なので当たり前えだが、ずっと雨が降っていた。
これは当たり前ではないと思うが、ずっと何もやる気がしない。
何をやる訳でもなくボーッとして、ただ無為に一日が終わっていく。
そろそろ就職のことを考えて、動き出さないといけないのに、なんにも手を付けていない。
危機感はある。あるが――。
まあ、いいや。半年くらいはどうにかなるだろう。
オレは生来の怠け者である。
20XX年5月12日
いつもと同じく昼前に起きた。
テレビを点けて、オレは驚いた。
テレビの画面にはお昼の情報番組が映っていたが、その中に人間が見当たらない。
放送事故とかそういうことではなくて、一応人間の代わりに、影みたいな黒い人が居る。
その黒い人たちは身長や体格は皆一緒で、不思議と輪郭が滲んでハッキリとしない。凹凸の無いのっぺりとしたマネキンが、真っ黒い全身タイツ履いている感じだ。
そいつらが当たり前のように番組を取り仕切っていて、何かしゃべっているようだが、声は全く聞き取れない。試しにテレビのボリュームを上げても、流れている音楽が大きくなるだけで、他のチャンネルも同じような有様だった。
多分だが、全ての人間が黒い人に置き換わっていると思われる。
オレは世界がおかしくなったと思った。
20XX年5月13日
煙草の買い置きが底をつき、オレは雨が降る中、近所のコンビニへ歩いて行った。
喫煙者の悲しい性だな。世界がおかしくなっても煙草は吸いたい。
それを予想してなくもなかったが、コンビニに入ると驚いた。
コンビニの店員は、黒い人になっていた。
それでもオレは素知らぬ顔で、ついでに買おうと思っていたお弁当のコーナーへ向かう。
そして、そこでまた驚いた。
値段の表示が、全て0円になっていたのだ。
お弁当だけではなく、他の商品も同様だ。
どういうことなのか確認したいところだが、流石に得体の知れない黒い人の店員には、聞くに聞けない。
オレはどうしようか迷ったが、煙草を切らしていたこともあり、お弁当を持ってレジへ向かった。
レジのカウンターにお弁当を置き、目線を合わせないように明後日の方を向いて、煙草の番号を告げる。
「これと102の煙草を五つお願いします」
黒い人の店員とは、なるべく目を合わせないようにしたかった。
だってなんか怖いじゃないの。明らかに同じ人間とは思えないしさ。
だが、黒い人は黒く塗りつぶされて、目も口も鼻もどこかわからない。そればかりか皆一様に同じ姿なので、男なのか女なのか、若者なか老人なのかさえもわからなかった。
黒い人の店員はカウンター後ろの壁の棚から煙草を持ってくると、何かしゃべった。
確かに黒い人は何かしゃべっている。しかし、オレにはそれを聞き取ることができない。
ただ、それでも黒い人が言わんとすることは、想像することができた。
「それで大丈夫です。お弁当は温めなくてもいいので、レジ袋をお願いします」
オレの予想は当たったみたいで、黒い人の店員はスキャナーで商品を吸うと、慣れた手つきでレジ袋に商品を詰めながら、タッチパネルの年齢確認のボタンを、タッチするように手で促してきた。
オレはタッチパネルに示された年齢確認に同意する。
黒い人の店員が当たり前のように、商品の入ったレジ袋とレシートを差し出し、それを受け取った。
レシートを確認すると、全て0円で記載されていた。
オレはなぜだかわからないが、そのことを突っ込んではイケナイ気がしたので、そのままコンビニを後にした。
20XX年5月14日
今日は親父の残した軽バンに乗って、家から少し離れた大型のスーパーへ食料の買い出しに行った。
昨日のコンビニと同じように、このスーパーにも居るのは黒い人の店員だけで、値段の表示も0円であった。
だから、今日も0円で商品を購入した。
まあ、いい。そんなことはどうでもいい。この際それは些細なことだ。
それよりももっと重要なことに気が付いた。
人間が居ない。どこにも人間が見当たらないのだ。
軽バンに乗ってスーパーへ行く途中、大通りの交差点に差し掛かると、信号は黄色で点滅していた。
オレはありえないと思った。この交差点で、そんな光景初めて見る。
何よりもオレの乗る軽バン以外に、他の車が見当たらない。
この交差点はO県の中でも有数の車の交通量が多い所で、百歩譲っても早朝ならまだわかる。
だが、時刻は午前中の11時だ。
他に車を見ないハズがない。それに、よくよく道路を見てみれば、歩いている人すら見当たらない。
こんなのはおかしい。一昔前のパンデミックの時ですら、そんなことはなかった。
しかも、その交差点だけではなく、スーパーへ行く道すがら車や歩いている人をまったく見かけず、全ての信号が黄色く点滅していた。
20XX年5月15日
友人や親せき、知人などに片っ端から電話をかけてみたが、誰一人繋がらない。
電話に出ないのではなく、スマホのスピーカーから「おかけになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめの上――」が返ってくる。
試しに役所などの公共機関にもかけてみたが、全く同じ有様だ。
近所の家々にも人の居る気配がなく、玄関のチャイムを押しても、誰一人出てこなかった。
マジで一体どうなっているんだ?
20XX年5月16日
スマホから今日発売の新刊を確認している最中、オレは気が付いた。
電子書籍のサイトの値段表示が、全て0円になっている。
もちろんお目当ての新刊もちゃんと出ていた。
もしかしてと思い、ゲームのダウンロード販売サイトを確認すると、こちらも同様に0円になっていた。
オレはラッキーと思った。
おかげで調子に乗っていっぱい買ってしまい、いざダウンロードをする段階になって気が付いた。
お家のネットを契約していないことに。
どうしようかと焦ったが、スマホのテザリングで試したところ、なんとかなりそうな感じだ。
ケイタイの料金が気になるところだが、確認すると、やはり0円になっていた。
目の前で起こっている摩訶不思議な事象に、オレは不謹慎ながらも感謝した。
20XX年5月17日
オレはある推論から、朝早くに軽バンに乗って出かけた。
目的はO県を軽く一周する為だ。
沿道沿いの店はほとんどが閉まっていた。
どうやら開いているのは、食料品や生活必需品などを扱っているお店だけみたいだ。
相変わらずオレ以外に、他に走っている車は見当たらない。信号は黄色に点滅するだけで止めようともしない。
通りを歩く人間も、一人として居なかった。
オレは浮かれた。これ以上ない快適なドライブである。
あまりにも快適過ぎたので、お昼前にはO県を一周して、お家に辿り着いていた。
O県は他の県と比べて大きくないし、端から端まで回ったわけでもない。
だが、それでも驚異的な所要タイムだ。
ただ、それはある意味、当然の結果でもある。
なにせ軽バンは一度として、止まることはなかったのだから。
そして、オレは結論に達した。
世界に……はまだわからないが、少なくともO県には、自分意外の人間は居ない。
20XX年5月18日
ずっと世界が変わったと思っていた。
おかしいのは周りの奴らだと。
でも、本当にそうなのか?
よくよく考えたら、おかしいのはオレの方なんじゃないか?
だってそうだろ? 世界中の人間を黒い人に変えるよりも、オレ一人を変える方が遥かに楽だ。
だが、それでも説明がつかない点がある。
人や車が居ないことや、商品の値段が0円であることなどだ。
だから、こう考えた。
オレ一人を、元の世界と似てはいるが、違う世界に移動させたんじゃないのか?
荒唐無稽な話だが、荒唐無稽な話の中では、割と実現性が高いように思える。
仮にそうだとして、目的はなんだ? 誰の行いだ? どういう利益がある?
何よりもこの世界はなんなんだ?
オレにとっては、天国のように思える世界だが……。
20XX年5月19日
オレはネットでバイクを買った。
何を唐突にと思うかもしれないが、兎に角買った。
それにしても、初めての体験だ。まさかバイクをネットで買う日が来るなんて、夢にも思わなかった。
買ったのはH社の特徴的な目をした、250CCのオフロードバイクだ。
ただ、Y社のこれまた同じく特徴的な目をしたビックオフローダーと、どちらにするか非常に迷った。
個人的には、Y社のビックオフローダーの方が好みのスタイルではあったが、オレは中型免許しか持っていなかったので、最終的にH社の物に決めた。
正直に言えば、今やO県に人間はオレしか居ないので、何を今更って気もする。
しかし、それでも法律やルールを破るのは気が進まなかった。
バイクを購入する際に保険にも入ったが、金額はバイクともに0円であった。
その際、一つ気になることがあって、保険に弁護士特約も付けたのだが、何かあった場合には黒い人の弁護士が対応するのだろうか?
未だに黒い人たちが、何をしゃべっているかわからないのだが……。
20XX年5月20日
家のチャイムが鳴り、玄関のドアを開けると、黒い人が立っていた。
ネットで購入したバイクを届けに来てくれたのだ。
昨日の今日だというのにバイクを届けてくれるなんて、驚異的な配達の早さである。Am〇zonも真っ青の対応だ。
黒い人は何やらしゃべってきた。多分バイクについて、色々と説明してくれてるんだと思う。
だが、相変わらず何をしゃべっているかわからない。
それは兎も角として、オレは久しぶりのバイクに心躍った。
大学まではバイクを通学に使っていたのもあって、頻繁に乗る機会があった。しかし、就職してからはあまりの忙しさに、その機会は激減した。
最終的にオレは乗ろうとさえ思わなくなり、バイクを売った。
その時はなんとも思わなかった。それどころか厄介払いができたとさえ思っていた。
後々仕事で疲れ果てた体を引きずって、アパートに帰る道すがら、通りを元気に走っていくバイクを目撃した。
年式が違うので同一ではないが、そのバイクはオレが売ったバイクと、同じ型だった。
不思議とオレの目から、涙がこぼれ落ちた。
オレは真新しいバイクに語り掛ける。
「これからヨロシクな、相棒」
20XX年5月21日
梅雨の晴れ間って奴だ。空は雲一つなく澄み渡っていた。
流石に自分は運がいいとまでは思わなかったが、オレはこの幸運に感謝した。
昨日届いたばかりの真新しいバイクにキーを差し込み、メインスイッチをONにする。
スタータースイッチを押すと、モータが回り、エンジンに火が入った。
エンジン音は思ってたよりも落ち着いていた。
モトクロスは騒がしいイメージがあったが、オレの偏見だったかもしれない。
シートに跨り、サイドスタンドを後ろに蹴った。
アクセルを数回軽く回して、調子を確かめる。
オレの手の動きに鋭敏に反応して、エンジンが唸りを上げた。
自然とオレの顔に笑みが浮かんだ。
バイクの反応もいいし、周りの反応もいい。
これまでだったらご近所の目を気にして、こんなことできやしない。
でも、今はそんな目を気にする必要は一切ない。
オレはバイクを走らせた。
目指すは中部にある大きな橋のかかった離島。最短ではなく、少し大回りするルートを取る。
バイクとオレの慣らし運転をするには、ちょうど良い感じだろう。
K十字路を抜けて大きな坂を下り、そのまま直進する。
二つ目の大きな交差点で左に曲がり、暫く進むと左手に総合運動公園が現れ、もう少し進むと、ジェットヘルメット越しに潮の香りが漂った。
右手に水面を光らせる海が見える。
オレはそのまま幾分か進み、工業団地に向けて右に曲がる。
工業団地は閑散としていた。
普段から通勤時以外は閑散としているが、それでも路肩に駐車しているトラックや建物に人が居る様子が窺えた。
だが、今はそれが全くない。車や人が全く見当たらず、そながらゴーストタウンの様相だ。
それでもオレははしゃいでいた。
街には人も車もおらず、信号はバカみたいに黄色く点滅を繰り返すばかり。
速く走ったっていいし、遅く走っても構わない。
そんな中を、ただバイクを走らせているだけなのに、楽しくてしょうがない。
いやいやいやいや、マジでマジで! なんなの⁉ もーホントなんなんだよ! こんな楽しいのか? こんなに楽しいことがあったのか? ただバイクを走らせているだけなんだぜ!
バイクは工場団地を走り抜けて、古城のある小高い丘へ上がった。
そこから緩い下り坂を通って進んで行くと、橋が見えた。目的の場所だ。
オレの小さい頃は海の中に、砂利と岩の上にアスファルトが敷かれた簡素な道路であったが、今は大きく立派な橋がかかっていた。
オレはバイクを橋の中へ進めた。
吹きつける強い風が心地よく感じる。
海鳥が風に乗って、バイクと並走するように飛んでいく。
橋を真ん中に透明度の高いエメラルドグリーンの海が、彼方まで翼を広げる。
澄み切った空と水平線が溶けあって見えた。
圧倒的、絶景である。
周りの景色を堪能しながら橋を渡ると、Uターンして橋の中ほどにある海の駅にバイクを進めた。
バイクを駐車場に停めて、海の駅に設けられていた食堂に入る。
食堂の中は、エアコンが効いていて涼しかった。バイクは楽しいが、夏場はどうしても苦行を伴う。
メニューを確認し、黒い人の店員にO県ご自慢の麺料理と、この地域の特産品が入った定食を注文した。
食堂の大きな窓からは、先程まで橋で目にしていた海が見える。所謂オーシャンビューって奴だ。
風景に現を抜かしていると、黒い人の店員が定食を運んできた。
麵料理は幼少の頃より食してきた馴染み深い物であったが、この地域の特産品が入っているおかげで、新鮮味を感じた。
一緒についていた炊き込みご飯も美味い。
これまでは観光客だらけで、寄ろうとも思わなかったが、ここに来てよかったと思った。また来ようと思う。
まあ、金額が0円だから、懐が痛まないってのもあるんだけどね。
20XX年5月26日
朝から……って言うか、夜通しゲームしていて、オレは思った。
いや~マジで天国だよね。偽りなしにホントそう思うよ。
平日だってのに昼まで寝てても、問題ない。
マンガやゲームに明け暮れても、咎められない。
気が向いた時にバイクで出かけても、気にする目はない。
食費や光熱費はタダ、マンガやゲームも買いたい放題、ガソリンだっていくら使っても構わない。
自由気ままに寝て起きて、気の向くままに食って遊ぶ。
これを天国と言わずして、なんと言うんだ?
20XX年5月31日
お家のチャイムが鳴って驚いた。
この世界にオレを訪ねてくる人など、居ないハズだ。
不審に思いながらも玄関のドアを開けると、黒い人がある物を持って立っていた。
持っていたのは専用のペンで文字や絵をかいたり、ボタンをスライドさせて消したりするおもちゃのお絵かきボードで、やたらとサイズが大きい。
そのお絵かきボードには、こう書かれていた。
『この世界について、お話ししたいことがあります。お時間の方よろしいでしょうか?』
予想外の申し出だが、オレは願ってもない話だと思った。
「あ、わかりました。とりあえずこちらへ……」
一応一軒家ではあるが、この家に応接間なんて御大層な部屋は無いので、申し訳なく思いながらも、ダイニングルームへ黒い人を通した。
ダイニングルームにはシンプルな作りの大きなテーブルと、イスが複数配置されていた。
黒い人にイスへ腰かけてもらい、目の前のテーブルの上にコップを置いた。
冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出すと、コップにお茶を注いて、傍に置く。引っ越し業者の人には渡せなかったが、出番があって良かった。ペットボトルのお茶も喜んだいるだろう。
「どうぞ」
黒い人は「あ、どうも」とばかりに片手を上げると、コップを手に取り、口元と思しき所に持っていった。
コップの中のお茶が減っていくが、黒い人はお茶を飲むのに喉を鳴らすどころか、口が開いているようにさえ見えない。なかなかシュールな光景である。
黒い人はコップをテーブルの上に置くと、尋常じゃない速さでお絵かきボードに文字を書いて、オレに見せた。口頭ではオレに伝わらないので、その代替え手段なんだろう。
『いやぁ~末日とはいえ、五月だってのにもう大分暑いですね」
「そうですね。年々暑さが増していきますね」
黒い人はどこから取り出したのか、名刺をスッと差し出した。
『申し遅れましたが、ワタクシこういう者でして』
オレは受け取った名刺を確認する。
「……ブラック・ワールド社のくろこ……Support? ……さぽーとさんでいいのかな?」
「ハイ、黒子 サポートと申します」
「えっ……と、外国の方ですか?」
『いえいえ、少々変わった名前せいで皆さんそうおっしゃいますが、れっきとした日本人なんですよ』
「確かに変わった名ですね。ちょっとキラキラした感じが……」
『キラキラしてないですよ! どこがキラキラしてるって言うんです! キラキラだなんて、ワタクシが親から賜った名に、なんて言い草ですか!』
「別に他意は無かったのですが、失礼いたしました。お許しください」
『いえ、こちらの方こそ言い過ぎました。申し訳ございません」
「ところで……この世界についての、お話とは……?」
『単刀直入にお伺いしますけど、なんでですか?』
「いや、何がですか? 急にそんなこと言われましても……」
『この数日間、貴方を観察しておりましたが、あまりにも貴方は普通すぎます。いや、それどころか、今の状況をいいことに、随分とエンジョイしているよう見える』
「そんなにエンジョイしてましたか……」
『エンジョイしてましたね。もうフリーダムって感じでしたよ』
「まあ……なんと言うか、実際楽しかったので……」
『楽しかった……ですか? 貴方はご自分が現在置かれている状況を、ちゃんと理解しているのですか?』
「一応、理解はしているつもりです」
『本当に? この世界に人間は、貴方一人しか居ないのですよ』
「ああ、やっぱりそうでしたか」
『それなのによくエンジョイなんてしてられますね』
「オレにとっては、その……天国みたいだったんで、つい……」
『この世界が天国ですか……?』
「この世界は天国ですね……」
『呆れましたね。そんこと言ってきたのは、貴方が初めてです』
「そうですか。あの……一つ確認したいのですが、観察してたと言ってましたけど、ずっと見てたのですか? 全部……?」
『ご安心ください。弊社ブラック・ワールド社はコンプライアンスを厳守しておりますので、プライバシーを尊重し、貴方の部屋は見れないようになっています。よって貴方の特殊な性癖が、世間に晒されるようなことがありません』
「それを言ってる時点で、アウトのような気がするんですけど」
『そんなことはどうでもいいんです。話を戻させてください』
「いや、マジでどうでもよくはないです」
『それよりも今日は、ゲームの話をしに来たのです』
オレは黒い人がお絵かきボードに書いた言葉に、首をかしげた。
「ゲーム……ですか?」
『ええ、ゲームです。貴方には7月よりゲームに参加してもらいます。現在は二か月の準備期間中の為、衣食住は保証されておりますが、ゲームが始まれば武器、弾薬に光熱費、医療費と通信費を除く、全ての購入がポイント制になります。そのポイントはゲームで稼がなければ、手に入りません』
「武器、弾薬……⁉ 随分と物騒じゃないですか。そのゲームってのは、一体どんなものなんですか……?」
『血沸き肉躍るスペクタクルでデリシャスでビューティホーなゲームです。ゲームのご説明の前に、スマホに専用のアプリをインストールしてもらいたいのですが?』
「アプリですか。ケイタイは……あった」
『WWGTTで検索すれば、出てくると思います』
「ちょっと待って下さいね。W……W……G……T……Tっと、えぇ……と、「WOW WAR GO TONIGHT TRAVEL~時は来た。あとは戦うだけだ」⁉ これですか……?」
『あ、それですそれです』
「流石に盛りすぎじゃないですかね。もはや何がなんだかわからないんですけど……」
『ワタクシも止めたかったんですが、なにぶん弊社の社長が考えた名前でして……』
「ああ、サラリーマンって大変ですよね。とりあえず……………………アプリをインストールしました」
『アプリを立ち上げると入力画面になりますので、必須情報を入力してください』
「名前や電話番号に、メアドとかですね……………………入力しましたよ」
『初めにWWGTTについての説明文が出てきますので、一読いただければと思います』
「どれどれ……『WWGTTは、センセーショナルでクリエイティブに富んだアプリケーションです。全てのデバイスにイノベーションを起こし、ワールドワイドでセクシーなUIに、エモーションでエキセントリックな操作性、ダイナミックでエピックなミュージックは、貴方にトラディショナルから脱却したニューフューチャーをお約束します』……さっぱりわからん!」
『重要なのはバーコードとマップ、ウェポンの項目になりますので、説明文はご理解いただけなくても結構です』
「その三項目とは……?」
『ゲームで貴方が敵を倒すと、自動的にポイントが加算されます。その加算されたポイントは、バーコードを表示することで確認することができます。あとは電子マネーと使い方は一緒ですね。マップでは敵の位置や拠点を示してくれます』
サポートは書いた文字をオレに見せると、すぐさま書き直してオレに見せた。恐らく全ての文字を一度にお絵かきボードに書いてしまうと、文字が小さくなって見えづらくなるので、その為の措置だろう。
『ウェポンは武器や防具、弾薬などを取得することができます。アプリのサポート欄に詳細なマニュアルや、問い合わせ先の連絡先と質問チャットもありますので、後ほどでよろしいですので、一度ご確認お願いします』
「あの……結局どんなゲームなんですか?」
『ああ、一番重要なことが、ご説明できていませんでしたね。ゲームの内容を簡単に言いますと、戦略型のリアルFPSになります』
「戦略型のリアルFPS? リアルってのはその……リアルってことですか?」
『ハイ、リアルです』
「つまり……生身で……自分自身で……戦うってこと?」
『おっしゃる通りになります』
「それはちょっと……自分で言うのもなんですけど、オレには無理そうなんですけど……」
『何も難しいことはありません。特定の地域に拠点を構える敵を倒すだけですから』
「そうは言っても実際は難しいのでしょ? 最初の案件説明の時にはこれまでやってきたことだけですので、何も難しいことはありませんとかぬかしといて、いざ足を運んでみると、今まで触ったことすらないソフトを、熟練者と同じぐらいできることを、当たり前に求めてくる感じでしょ?」
『そんなことはありませんよ。本当に初心者でも大歓迎です。今のご時世まともにケンカすらしたことのない方も珍しくないですからね。そういう方たちの為に、この近くに初心者用の訓練所を設けてあります。そちらで懇切丁寧に教えてくれますので、明日にでも足を運んでみてください』
「因みに他の人たちはどうなりました? 黒子さんの口ぶりですと、他にもゲームをしてた人がいた訳ですよね?」
『皆さんお亡くなりになりました』
「ホラ~! やっぱり~! って言うか、よくそんなことぬけぬけと、平気な顔して言えますね」
『まあまあ、聞いてください。確かに他の方たちは全員お亡くなりになりましたが、お亡くなりになった原因は、戦闘ではなく、他にあるのです』
「……と、言うと?」
『どうやら人間が世界に一人しか居ないという状況がよろしくなかったようで、他の皆さんは余すことなく精神の方に変調をきたしまして、まともな思考ができなくなり、意味不明な行動を取るようになりました。直接の死因は様々ですが、根本的に他の皆さんがお亡くなりになられたのは、それが原因になります』
「いや、それなら結局同じじゃないですか! 自分も同じ末路が見えますよ!」
『そうですか? そんなことはないと思いますよ。だって貴方は世界に人間はご自身一人だけだというのに、能天気にこの世界をエンジョイしていたじゃないですか』
「ウグゥ! まあ、そこはそうですけど……」
『それに、厳しいことばかりではありません。ゲームをクリアすれば、特典として貴方には三十億円が与えられます』
「へぇ~そうですか」
『おや⁉ 随分と反応が悪いですね。三十億ですよ、三十億円! チロルチョコがなん個買えると思ってるんですか? 少なく見積もっても、400万個以上は購入できますよ』
「そんなに要らないですよ。毎日食べたとしても、食べきるより先に死んじゃうでしょ。それは兎も角として、能天気にエンジョイできるぐらい、今の生活が既に天国みたいですからね。それに三十億円貰えると言っても、あくまでもゲームをクリア出来たらの話でしょ? そう言えば、どうなったらゲームクリアになるんですか?」
『日本全国に点在する敵の拠点を、全て陥落させればゲームクリアとなります』
「日本全国……⁉ って47都道府県全て⁉ それだと最低でも47個の拠点を、一人で落とさなければならないですよね!」
『実際には各都道府県につき、三つ以上の拠点が存在しますので、その三倍以上はかかるかと』
「いや、無理だぁ~! そんなできっこないじゃん! 一体どれほどの時間がかかるっていうの!」
『必ずしも全ての拠点を落とす必要はありません。各都道府県に一つ存在する最重要拠点を落とせば、その都道府県エリアは陥落となります』
「それでも47個あるんでしょ~? 上手く最重要拠点だけ落とせたらの話だし、そんなの現実的じゃないじゃん。普通に浦島太郎みたいになっちゃうよ」
『この世界にも四季が存在しますので、一見お気付きになりにくいのですが、時間の観念を排除しておりますので、貴方が老いることは一切ありません。つまり、時間なんか気にする必要はないのです。だからなんの問題もないですよね? もちろんゲームクリアした暁には、特典の三十億円とともに、元の世界に元の時間で戻ることになります』
「どっかの上司みたいなこと言いますね」
『そもそも貴方に拒否権はないのですよ。やるやらないではなく、やるしかないのです』
「それもどっかの上司が同じようなこと言ってましたね」
『他にご質問はありますか?』
「なんでそんなに文字を書くのが早いのですか?」
『日〇ンの美子ちゃんにご教授いただいたからです』
「それ絶対にウソですよね」
20XX年6月1日
ゲームの訓練所に指定されていた場所は、近所の中学校であった。
もしかしたら黒い人の学生バージョンが見れるかもしないと、期待を膨らませていたが、学生は人っ子一人居なかった。
代わりに居たのは、体育館の入り口前で首から大きなお絵かきボードをさげ、猛々しく仁王立ちする黒い人。
そのお絵かきボードには、こう書かれていた。
『逃げずによく来たなクソッたれどもが! ママのおっぱいをしゃぶってられるのもこれまでだ! これから嫌というほど地獄に叩き落して、そのゆとりきった根性を叩きなおしてやるぜ!』
「え⁉ そういう感じ? そのテンションでいくの? あと「クソッたれども」って言われても、オレ一人なんですけど」
『あ、すみません。これはあくまでもポーズだけですので、お気になさらないでください。一度こういうことをやってみたかったので、つい……』
「まあ、気持ちはわからなくもないですけど、とりあえずポーズだけと言うのでホッとしました」
オレは仕切り直して尋ねた。
「あの……黒子 サポートさんでは……ないですよね? いまいち区別がつかなくて……」
「ハイ、おっしゃる通り黒子 サポートではないです。皆さまよくそうおっしゃいますが、ワタクシどもからしたら、どこが似ているのかさっぱりでして。あ、申し遅れました。ワタクシはこういう者です』
目の前の黒い人は黒子 サポートと同じように、どこからともなく名刺を取り出して、オレに差し出した。
受け取った名刺を確認すると、そこにはブラック・ワールド社の初級訓練担当 黒子 佐亜自演斗と書かれていた。
「えっ……と、さあじえんとさん……? でいいですかね?」
『もう一声って感じです』
「ンン? さあじえんと……さぁじぇんと……あ⁉ もしかしてサージェント!」
『当たりです』
「ここまできたら、もう軍曹でいいじゃないですか?」
『そちらですと、ダイレクトすぎてイヤだったそうです』
「ダイレクトすぎねぇ……。因みに苗字がサポートさんと同じ「黒子」になってますけど、ご兄弟かご親戚の方ですか?」
『いえいえ、そんな関係ではありませんよ。同じ会社の同僚というだけで、まったくの赤の他人になります』
「そうですか。珍しい苗字でしたので、てっきりそうなのかと」
『そんなに珍しいですかねぇ? ワタクシは生まれてこの方「黒子」以外の苗字の方に、お会いしたことはないのですが』
「ええ⁉ それじゃあみんな「黒子」さん?」
『ええ、そうです』
「コンビニやスーパーの店員さんも、バイクを配達しくれた方も、みんな「黒子」さん?」
『ハイ、みんな「黒子」さんです』
「それは……なんだかよくわからないですけど、スゴイですね。みんな「黒子」さんだと、不便だったりしませんか? 誰が誰だか混乱しそうですが……」
『ワタクシたちは個体でありながら全体でもありますので、相互間の意思疎通に不便を感じることはありません。ま、ワタクシたちのことを気にしてもしょうがないので、これぐらいにしておきましょう。ここは訓練場で、貴方が今日いらっしゃった目的は、訓練を受ける為でしょうから』
「今サラッとスゴイことを言ったような気がするけど、とりあえずわかりました」
その体育館の中は、オレの知っている体育館と少しばかり違っていた。
手前側に長テーブルが一つポツンと置かれ、その先には映画やドラマで見る様な射撃の的が、天井から三つぶら下がって並んでいた。それ以外は普通の体育館と変わらない。結構シュールな光景である。
長テーブルの上には、ピストルが二つ置かれていた。
オレに銃のことはよく分からないが、置かれているピストルが一つはリボルバーで、もう一つがオートマチックぐらいの区別はついた。
『あまりこういうことに慣れていないと思いますので、シューティンググラスとイヤーマフにグローブは、先にこちらの方で用意しました。サイズや使用感などをご確認ください』
オレはサージェントさんからシューティンググラスを受け取った。透明なグラスにエッジの効いた形をしていて、妙にカッコイイ。試しにかけてみたが、特に問題はなさそうだ。
グローブも装着してみたが、サイズも合っていたし、着け心地も悪くない。
イヤーマフは……とりあえずつけてみたが、正直よくわからなかった。
「一応大丈夫だと思います。サイズが違うとか、変な感じはなかったです」
『承知しました。では、目の前のテーブルをご覧ください。左のあるのがはリボルバーのスターム・ルガー GP100で、右にあるのがオートマチックのスプリングフィールド XDMになります』
「そう……ですか」
『左のGP100には、銃弾を一つ装填済みですので、それではさっそく撃ってみましょう』
「そんないきなり! まだ何も習ってないでしょ!」
『こういうのは習うより慣れですよ慣れ。OJT方式が一番上達が早いのです』
「それ社会人時代によく言われましたけど、大抵ろくな結果にならなかったですけど」
『まあまあ、兎に角撃ってみましょうよ。「案ずるキヨシよりもうぬはヤスシ」と言うじゃないですか』
「わかるようなわからないようなことわざですね。しょうがないな……」
オレはGP100と呼ばれていたリボルバーを手に取った。
「お⁉ 思ったよりも重たい……」
『それではあちらの的に向かって、ハンドガンを構えてみましょう』
オレは映画やドラマの場面を必死に思い出しながら、見よう見まねでリボルバーを両手で構えた。
「こ、こうですか……?」
『いいですねーいいですねー悪くないですよ。今度はハンマーを起こしてください』
「ハンマーを起こす? これか……」
オレはリボルバーの後方、持ち手の上にあった細い枝みたいなものに親指をかける。
ハンマーは硬く感じたが、親指に力を込めて押し込むと、ハンマーが起きて、弾が入っている部分が回転した。
「お、起こしました」
『では、引き金にそっと指を添えてください』
「……添えました」
『息を吸い込みながら、的の中心に銃身の先端と後端の凹凸を、かち合うように合わせて……息を止める』
サージェントに言われるがまま、オレは的に狙いを定めて、息を止めた。
『ファイエルン!』
その声に指が自然と反応して、リボルバーの引き金を引いた。
強烈な衝撃が両手に襲いかかる。リボルバーが勢いよく跳ね上がり、危うく顔面を強打しそうになった。
その強い衝撃は、ヘタレの心をへし折るには充分であった。
オレはサージェントに向き直ると、涙目でブンブンと首を横に振る。
「無理無理! オレにはこれ無理だって! ヤバいってこの衝撃!」
だが、サージェントはヘタレとは対照的に、興奮した様子で文字を書いた。
『やるじゃないですか! いや~流石ですね! だってホラ――』
サージェントはもの凄い勢いで駆けだすと、あっという間に射撃の的を取って戻ってきた。
「あ、それ人力で取ってくるものなんですね」
『見てください! ほぼ狙い通りに銃弾が、的に当たっているじゃないですか!』
サージェントの言う通り、射撃の的の中心近くに着弾の跡があった。
「これって、そんなにスゴイことなんですか?」
『利き目すら確認していないド素人が、的に当てるだけどもスゴイことです。それをほぼ狙い通りに当てるなんて、結構才能がありますよ。大したものですね』
サージェントの言葉に、オレはさっきまで泣きべそをかいていたのを忘れて、にやけ面で頭を掻いた。
「そ、そうなんだ~。困っちゃうな。そんなに褒めれても、何も出ないよ」
『ワタクシの目に狂いはありませんでしたね。世界に人間はただ一人だというのに、自由気ままエンジョイしたり、ゲームの説明を受けた昨日今日に、なんの疑いもなしにのこのことこちらに足を運んだり』
サージェントは一旦お絵かきボードに文字を書き、すぐさま書き直した。
『やっぱり普通じゃないですよね。どっかイカれてると思ったんです。そういう人たちってホラ、突飛なことをする代わりに、突き抜けた才能を持ってたりするじゃないですか。ワタクシの思っていた通り、貴方もそうなんですね』
「それ褒めてるんですか?」
『う~ん、どうなんでしょう?』
「わからないんだ。って言うか、なんでミスター口調なの?」
20XX年6月4日
サージェントが申し訳なさそうに、お絵かきボードに文字を書いた。
『本日はこんな雨の中、朝早からご足労をお願いしてすみません』
時刻は午前7時。確かに社会人時代からしても少々早く、今のオレからしたらかなり早い。
「いえいえ、大丈夫ですよ。日中ですと暑いですからね」
『ハンドガンの方も大分慣れてきましたので、次のプロセスへ移行しようと考えております』
「それにしても今回は屋外なんですね」
今居るのはこれまでの体育館ではなく、中学校のグラウンドに設けられた、イベント用の大きなテントの中。
周りには雨がしっとりと降っていて、数メートル先には、盛り土に設けられた簡易な射撃の的があった。
『ハイ、ですから涼しい時間帯に、パパっと訓練してしまいましょう』
サージェントがある物を胸の前に掲げた。
『今日からはこちら、H&K MP5J。ジャポネーゼポリスメン仕様と俗称されるモデルを扱います。所謂サブマシンガンという物すね』
「日本人がイタリアでアメリカンコーヒーを注文するような言い方ですね」
『因みにアメリカンコーヒーは日本でしか通じませんので、外国に行った際はお気を付けください。では、さっそくサブマシンガンを撃ってみましょう』
サージェントが胸に掲げていたサブマシンガンを、無遠慮にオレへ押し付けてきた。
「紅茶党なのでその心配はないけど、相変わらずのOJT方式は心配だな……。これってアレですよね? サブマシンガンってことは、連射できたりする奴ですよね?」
『そうですね』
「全くのトーシローですけど、大丈夫ですか?」
『「ガンス〇ス キャッツ」というマンガを、これまでに読んだことはありますか?』
「一応あります」
『「オ〇ガ7」に「今日から〇ットマン」は?』
「そっちも読んだことあります」
『じゃあ、大丈夫です。なんの問題もありません』
「いや、ホントですか? メッチャ怪しいですけど」
『ホントですよ。「やらないセミオートよりやるフルオート」とも言いますし、とっとと撃っちゃってください』
「そんな言葉初めて聞きますけど」
オレは盛り土に設けられた射撃の的に向けて、受け取ったサブマシンガンを構える。
「こんな感じですか……?」
『ハイ、大丈夫です。今はフルオートの設定にしてありますので、ちょっとしたチャンスタイムとなっています。ラッキーですね』
「ラッキーかなそれ……?」
オレは射撃の的に狙いを定めると、指に力を込めて引き金を引いた。
銃口がけたたましく火を噴き、サブマシンガンが荒々しく、ひっきりなしに銃弾を発射していく。
オレは慌てて引き金から指を離した。
すぐさまサージェントに顔を向けて、唾を飛ばしながら一気にまくし立てる。
「連射! 連射! 動く! 跳ねる! 抑えられない! 当たらない! 怖い! おっかない!」
慌てふためくオレとは対照的に、サージェントは落ち着き払った態度で返した。
『そうですね。フルオートで射撃しますと、使用しているのが比較的温和な9mmパラベラム弾とはいえ、流石に反動が強いですよね。その影響で狙いを定めるのもままならなくなりますし、残弾も一気に消費してしまいます』
オレは首をブンブンと縦に振った。
『ですので、側面にあるセレクターレバーを変更してもらえますか?』
オレは言われた通りに、サブマシンガンのセレクターレバーの向きを変えた。
「こうですか?」
『それで大丈夫です。それではもう一度撃ってみましょう』
「わ、わかりました……」
訝しげに思いながらも、オレは再びサブマシンガンを構え、射撃の的に狙いを定める。
おっかなびっくりに引き金を引いた。
先程と同じように銃口が連続で火を噴く。しかし、直ぐにサブマシンガンはしおらしく押し黙り、おかげで反動もかなりマイルドであった。
「んん⁉」
『3点バーストと言われるものです。フルオートと同様に連続で銃弾を発射しますが、こちらは3発で自動的に停止します。これなら反動も少なく銃身を押さえやすいですし、引き金を引くのにナーバスなることもありません』
「へ~なるほど」
『実戦の場で実際に使用するのは、3点バーストの方になります。目標に対して命中率も安定させて、集弾率も期待できますし、残弾の管理もしやすいですからね』
サージェントがお絵かきボードに書いた文字を、直ぐに書き直す。
『もちろんフルオートでの射撃が、ダメという訳ではありません。瞬間的な火力は高いですから、ここぞという場面では頼りになります。ま、身も蓋もない言い方ですが、そこはケースバイケースですね。状況によって判断いたしましょう』
「了解です」
『因みにですが、このサブマシンガンMP5Jは携帯性が良く、取り回しもしやすく性能も高いので、ゲームが始まりましたら、貴方のメインウエポンになるかと思います。ですので、しっかりと今で扱いを熟知しておきましょう』
「ピストルはメインで使わないんですかね? アレも携帯性が良く、扱いやすいと思いますけど」
『ハンドガンはあくまでもサイドアームですね。敵を倒すという意味では、サブマシンガンと比べるとどうしても性能が落ちます。戦場という命のやり取りをしている極限の状況で、性能が劣る物をわざわざ選択することはないですよね?』
「まあ、確かにそうですね」
『あまりこういうことを言いたくはないのですが、戦場でのサイドアームの存在意義は、本来の使用目的と別になります』
「と、言いますと?」
『敵の捕虜になって辱めを受けるぐらいなら、いっそのこと……ってな感じです』
「ヒェ~」
20XX年6月9日
『今どんな感じですかね?』
サージェントからの質問に、オレはマガジンに銃弾を込めながら答えた。
「これで最後ですね。兎に角メッチャ指が痛いです」
『マガジンのスプリングって割と固いですよね。そのマガジンを貸してもらえますか? 因みにこういう物がありまして、マガジンローダーと呼ばれる代物ですけど』
「え⁉ なんですかそれ?」
『これをこういう風に、こうしまして……』
「おお! マガジンに銃弾が入っていく! こんな簡単に……!」
『どうです? なかなか便利でしょ』
「便利ですけど、なんで今まで教えてくれなかったんですか?」
『獅子は我が子を千尋の谷に落とすと言うじゃないですか。何事も苦労しないと身につかないものです』
「千尋の谷にしてはえらい地味な作業ですね。30個は流石に多いとはいえ、ただマガジンに弾を込めてるだけですけど。あと正直、自分だと獅子じゃなくて、せいぜいミーアキャットぐらいだと思うんですけど……。あ、この弾を込めたマガジンってどうしますか?」
『このリュックサックに入れてもらえますか? それと少し勘違いしているように思えるのですが、ミーアキャットは猫科の動物ではなく、マングースの仲間ですよ』
「これを全部? それマジですか? 名前に「キャット」って付いてるのに?」
『ハイ、全部です。それを言いましたら、F14トムキャットもレッドテールキャットフィッシュも夜明けのスキャットも、名前にキャットが付いていますよ』
「わかりました。そうですけど、そういうことではないと思いますけど」
『マガジンを全てリュックサックに詰めましたら、一度持ち上げてもらえますか? 恐らくですけど、本当はミーアキャットじゃなく、ワイルドキャットに例えたかったのではないでしょうか?』
「了解です。ホイじゃまぁこのリュックを、よっこいしょういち……って重っ⁉ メッチャリュック重いんですけど! あっ……ワイルドキャット……それです……」
『マガジンの重量が銃弾込みで一つ約2kgになりまして、それが30個もありますと約60kg。まあ、重いのも当然ですよね。ああ、やっぱりワイルドキャットと勘違いしていましたか。薄っすらそうじゃないかと思っていました』
「リュックの底がヤバいことになってるし、こんなもの持ち上げるなんてできないですよ。いや、まあ、なんと言うか、思い込みって怖いですよね……カタカナだったせいかな?」
『そうなりますよね。実は過去に現場でやらかした方がいらっしゃいまして、本人的にはマガジン一本当たりの重量が軽いので、そんなこと思いもしなかったようですけど。普通、途中で気付きそうなものですけどね』
サージェントが瞬く間に、お絵かきボードの文字を書き直した。
『確かに思い込みって怖いですね。流石にカタカナのせいだけでは、ないと思いますけどね』
「ああ、それでこんなことやらせた訳ですか。ま、正直に言えば……自分も似たように思ってましたよ。ハハ、やっぱ違いますか」
『そういったことを防ぐ為に、本日は装備や補給などの兵站について、実際の戦場を想定して講義したいと思います』
「わかりました」
20XX年6月10日
少し思うところがあって、訓練を終えると、携帯ショップへ足を運んだ。
個人的にスマホは小型サイズの物が好みだが、画面の大きなものへ買い替えることにしたのだ。
サポートやサージェントと違って、携帯ショップの黒い人の店員たちは、お絵かきボードを所持してなかった。
相変わらず黒い人たちが、何をしゃべっているかわからない。
スマホの購入は、単に購入という訳ではない。契約である。
いくら0円だとはいえ、おいそれと行うものではないように思える。
正直どうしようかと思ったが、それでもパンフレットや契約書を前にして、細かく身振り手振りで説明する姿に、なんとなく言いたいことはわかった。
結局、オレは新たな契約を交わして、スマホの機種変更をした。
それと、ネットである買い物をした。
バイクと同じくネットで購入するなんて、まったく思わなかった代物だ。
色々とつけたおかげか、配達は翌日ではなく、一週間後となった。
20XX年6月13日
障害物競走とでも言えばいいのか、丸太渡りや網潜り、棒登りなどの様々なアトラクションが、学校のグラウンドにコースとして設置されていた。
オレは降りしきる雨の中、サブマシンガンを両手に抱え、そのグラウンドに敷かれたコースを、必死になって走っていた。
雨が降る穏やかな気温の午前中とはいえ、体を動かせば当然ながら暑い。
額からは滝のように汗と雨が流れている。着ている服は泥だらけになって、酷く汚れていた。
乳酸が溜まりきった体を引きずって、フラフラになりながらもどうにかゴールラインをくぐる。
オレは水たまりのあるグラウンドに、大の字になって仰向けに倒れ込んだ。
傘をさすサージェントが荒い呼吸を繰り返すオレを見下ろして、納得いかないといった態度でお絵かきボードを見せた。
『どういうことですか? 先程よりもタイムが落ちているじゃないですか』
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
『できればベストタイムより、もう3秒ほど縮めて欲しいところなのに、困りますねぇ』
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
『天候は関係ないですよ。貴方のポテンシャルを十分に考慮し、綿密に計算しておりますので、決して無茶なタイムではありません』
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
『では、もう一度お願いします。これは限界を超える為の訓練でもありますから、疲れているからもう少し待って、と言っても聞きませんからね』
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
『あ、それと「WWGTTが始ま~るぞ♪ こいつはどえらいリアルFPS♪ 父ちゃんたちには内緒だぞ♪」と、掛け声を上げるのも忘れずに』
オレは鬼だと思った。
20XX年6月17日
待ちに待った物が、家に届いた。
実物を目にしたオレは一気にテンションが跳ね上がり、おかげで配達してくれた黒い人の説明も耳に入らない。
まあ、どうせ何をしゃべっているかわからないから、そこはいいだろう。
目の前には、車が一台止まっていた。
M社のピックアップや日本の道路事情を考えて、S社の小型四駆とも迷ったが、中東の方たち御用達のT社の四駆にした。
ゴツイブロックタイヤの付いたリフトアップした車体、LEDライトの付いたルーフラックに頑丈そうなグリルガードとサイドステップ、後方にはかわいいリアラダーに、その下には尻尾のような顔したヒッチメンバーが付いていた。
オレの指定した通りで、カスタムもバッチリだ。
車を購入したのには、理由があった。
当初は親父の遺した軽バンや、バイクを移動手段に考えていた。
だが、サージェントから兵站などの話を聞いて、気が変わった。
この四駆なら多少の悪路でもヘッチャラだし、積み込めるスペースが広いから輸送や倉庫としても使えて、馬力もあるからバイクも牽引して運ぶこともできる。
何よりも最悪の場合、武器としても使用することができるハズだ。
元の世界なら正直言って、オレの懐事情では手が出せない代物だ。
今はゲームへの準備期間ということで、全てが0円である。この際だから、存分に利用させてもらおう。
20XX年6月20日
ようやく梅雨が明けた。
空はこれまでの仏頂面などなかったかのように、今は晴れ晴れとした表情を浮かべている。
オレは訓練が終わると、購入したばかりの四駆に乗り込んだ。
この車を動かすのは、今日が初めてだ。
購入したばかりの新車の初ドライブが雨の中というのは、流石に気が進まなかったので、梅雨が明けるのを待っていた。
まあ、過酷な環境での使用を想定されて作られている車なので、何を今更って気もするが。
スタータースイッチを押すと、エンジンがかかった。
エンジン音は静かだ。比べること自体が間違っているとは思うが、バイクと比べると雲泥の差である。
サイドブレーキを外し、シフトをドライブに入れ、アクセルを踏む。
大きな車体がゆっくりと動き出す、思っていたよりも動き出しはスムーズだ。
オレは四駆をゆっくり走らせながら、どこに行こうか考えた。
特にどこか行きたい所がある訳ではない。四駆の性能を試すなら未舗装道路を走るという案もあるが、生憎そういう場所に心当たりがないし、車のタイプからすると本末転倒だが、おろしたての新車だと気が引ける。
オレは色々と悩んだ末に、高速道路へ向かった。
ETCレーンを通って、O県の北部へ向けて四駆を走らせる。
周りにオレ以外に走る車は一台も無く、下の道と違って信号も無いので、さながらサーキット場の雰囲気だ。
アクセルを踏むと、大きな車体が苦も無く思い通りに加速する。
ゴツイ外観には似つかわしくない高級感のある室内は、驚くほど振動も音も少ない。
これが親父の遺した軽バンなら、流れに合わせたスピードを出すのも一苦労だし、振動も音もがなるように大きくて辟易する。
自分でも意外だったが、スピードをあまり出さなかった。
オレはハンドルを握ったら性格が変わるタイプでもスピード狂でもないが、サーキット場のような高速道路に高性能な車、お調子者を取り締まるポリスマンも居ないとくれば、誰だって浮かれてスピードを出しそうなものだ。
恐らく周りに車が一台も居ないことが、その原因だろう。
誰かに追い立てられることもないし、なんのプレッシャーも感じない。風の吹くまま気の向くままに、自分だけのペースで車を走らせることができる。
四駆は高速道路を走り、一時間ほどでO県の北部に辿り着いた。
そのまま四駆を走らせて市街地に入ると、ちょうどお腹も空いてきたこともあり、沿道沿いにあったファーストフード店に入った。
今は日本にO県にしかないファーストフード店だ。駐車場に四駆を止めると、ドライブインと呼ばれるシステムで、備え付けのインターホンから注文する。
料理が出来上がるのを待つ中、オレは少しばかり悩んだ。このままここで食べることもできるが、それでは少々味気ない。
暫くすると、黒い人の店員が料理の入った紙袋とドリンクに、0円のレシートを持ってきた。
オレはそれを礼を言って受け取ると、四駆を走らせる。
ファーストフード店から少し先に行ったホームセンターに入り、アウトドアチェアと大きめの傘を購入した。
再び四駆を走らせて、直ぐ近くの海岸に面した道路脇に止める。
車から降りると、強い日差しと潮のにおいを感じた。
料理の入った紙袋とアウトドアチェアに大きめの傘を抱え、傍の防波堤に上がる。
目の前には雄大な青い海。少し潮が引いてて波が強いが、悪くない景色だ。
大きめの傘を差し、熱々の防波堤の上にアウトドアチェアを置いて腰かける。
適当に風が吹いているおかげで、割と涼しく感じた。
紙袋から揚げたてのポテトフライを取り出し、溝の入った透明なソースカップにケチャップを入れ、ポテトフライにケチャップをつけて、口に運んだ。
パンのような独特な食感のポテトフライだが、これが実に美味い。M社のこれぞポテトフライといった奴も好きだが、個人的にはこちらの方がより好みである。
オレはポテトフライを一気に平らげると、今度は紙袋の中のハンバーガーに手を伸ばした。
白ゴマがついたバンズにベーコン、タルタルソースみたいな白いソースにパティとスライスチーズが2枚という、シンプルな作りのハンバーガーだ。
オレはハンバーガーにかぶりついた。
こちらも美味い。肉の味が強く作りと同じくシンプルな味わいに、白いソースのアクセントが効いている。
ハンバーガーも一気に平らげると、車からドリンクを持ってきた。
やたらと甘いオレンジジュースだが、中の氷が解けていい具合になっている。
ドリンクを一飲みし、煙草を咥えて火を点けた。
深く吸って、大きく吐き出した煙草の煙が、風に吹かれてかき消されていく。
漠然と目の前の雄大な青い海を眺めながら、オレは思った。
マジで天国みたいだな。
20XX年6月24日
中学校の校舎の中は、エアコンが稼働しているおかげで涼しく感じた。
それでも額から汗が垂れ、背中は濡れていた。
恐らく緊張して、気が張っているせいだろう。
顔をドットサイトの間近にもっていき、猫背のような姿勢でサブマシンガンを構え、周りを注視しながらゆっくろと歩を進める。
動くものは見当たらず、妙に静かだ。電子イヤーマフ越しからも、エアコンの稼働音しか聞こえない。
そんな中、オレはこんなに小さかったっけ? と思った。
机もイスも黒板も木製の棚もスライド式のドアも天井も廊下も階段も、オレが学生の頃よりも小さいような気がする。
だが、よくよく考えてみれば、校舎は建て替えがあったので、あの頃の物とは違うハズだ。
そのせいで小さく感じるのか? いや、なんか違う気がする……。
周りに気を配りながら廊下を歩く中、3メートルほど先の教室のスライド式のドアが勢いよく開かれ、中から黒い物体が出てきた。
それは人の形を模した黒い色の風船で、銃を構えている。
オレは即座にドットサイトに黒い色の風船を合わせ、引き金を引いた。
サブマシンガンの銃口が立て続けに三回火を噴き、黒い色の風船が破裂して飛び散った。
オレは警戒しながら廊下の窓に近寄って、教室内を確認する。
教室内にはまだ、二体の黒い色の風船が残っていた。
オレはすかさず廊下の窓越しから二体の黒い色の風船を狙い、サブマシンガンを連射させた。
次々と廊下の窓ガラスに小さな穴が空き、無数に亀裂が入って細かく飛び散る。
教室内の黒い風船も、直ぐに破裂して飛び散った。
他に異常は見当たらない。辺りに硝煙のにおいが漂っていた。
オレは新たな獲物を求めて、また歩き出した。
……………………。
……………………。
……………………。
体育館に戻ってきたオレを見て、サージェントは開口一番に、評価をお絵かきボードに書いて見せた。
『70点ですね。ギリギリ及第点といったところです』
「一応、合格は合格ってことで?」
『合格は合格ですけど、指摘したいところが幾つかあります。まず最初に――』
『――ということですね。わかりましたか?』
「へ~イ」
『それじゃあ、もう一度行いましょうか?』
「え~⁉ また~?」
『継続は力なりです。努力の積み重ねこそが確かな実力を養い、揺るぎない地力をつけるのです。貴方だってゲームで死にたくはないでしょ?』
「ウグゥ……了解です」
『では、フィールドをリセットします』
サージェントが長テーブルの上に置いてあった、クイズ番組で見るような赤いボタンを押した。
「それで全てが元通りになるんだから、スゴイですよね。一体どんな原理なんですか?」
『原理的にはN.E.P.に近い感じですね。大変便利ではありますが、短い間隔で何回もリセットしますと、世界が崩壊する恐れがあります。ま、それは些細なことなので、気にしないでください』
「いや、全然些細なことではないし、非常に気にしますよ! もう随分と何回もリセットしているじゃないですか! そんなんで大丈夫なんですか?」
『まあ、大丈夫と言えば大丈夫だし、大丈夫じゃないと言えば大丈夫じゃないです』
「えーーーーっ⁉」
20XX年6月27日
その日は訓練が終わると、サージェントが改まった態度を見せた。
『本日で初等訓練は終了となります。今までありがとうございました』
「あ、どうも、こちらこそありがとうございます」
『とは言いましても、これからも訓練所自体はいつでもご利用できますし、ワタクシも常在しておりますので、何かご用の際は遠慮なくおっしゃってください』
「お気遣い感謝!」
『どうでしょうか自信のほどは? ゲームをクリアできそうですか?』
「あ~どうでしょね? こればっかりは実際にゲームをしてみないと、わかんないかなー」
『百聞は一見に如かずと言いますからね。訓練はあくまでも訓練ですので、実戦とはやはり違います。実際、訓練では良い成績を収めていた方が、初戦であっさりとお亡くなりになったこともありますし、逆に訓練ではあまり良い成績ではなかった方が、しぶとく生き残ったこともありました』
「そんなこと言ったら、訓練の存在意義がなくなりません?」
『そういった方たちはなんだかんだ言って、訓練に積極的ではありませんでしたよ。成績が良かったから訓練はもういいやとか、訓練の成績が悪かったら悪かったでも、もういいやと言ってまともに来なくなりました』
サージェントが手早くお絵かきボードを書き直す。
『貴方のように時間通り訓練所に毎日来て、積極的に訓練を受けられた方は少なかったですが、そういった方はもれなく直ぐにお亡くなりになるようなことはなく、長い間頑張って生き残っておりました。貴方にも同じように、頑張って生き残っていただきたいと思っております』
「ハイ、ガンバって生きます」
『ま、そうは言いましても、最終的には皆さん、全員お亡くなりになったんですけどね』
「ヤナこと言うな~」
20XX年6月30日
今日で準備期間は終了し、明日からゲームが始まる。
装填済みのマガジンや予備の弾薬、その他の装備品などを四駆に積み込んだ。
とりあえず用意できる物は、全て用意したつもりだ。
特に緊張しているとか、不安な気持ちはない。
元々がおかしな世界のせいか、妙に現実感がなかった。
それは兎も角として、オレはバイクで出かけた。
工事予定で草が刈り取られた土が露出する広い敷地に、バイクを乗り入れる。
でこぼこした地面にショベルカーで掘られた穴、うまい具合に土が隆起していて、さながらオフロードコースのようだ。
元の世界では絶対にできないことだが、オレはそこをバイクで走った。
本来はオフロード仕様のバイクが、オレの生き様を見よと言わんばかりに、唸り声を上げる。
盛られた土をジャンプ台にして飛び、ショベルカーによってできた切り立った斜面の土を下り、柔らかな土にタイヤを取られて転ぶ。
ただただ、楽しくてしょうがない。
オレは存分に不認可のオフロードコースを楽しんだ後、今度は近くの砂浜にバイクを乗り入れた。
これまた元の世界ではできないことだが、波打ち際をタイヤで轍を作りながらバイクを走らせる。
ちょうど夕方の時刻ということもあり、太陽が顔を真っ赤にさせて、水平線の向こうに隠れようとしていた。
強い潮風が吹いていて、火照った体に気持ちいい。
波が幾重にも手を伸ばし、バイクが走った痕跡を消していく。
柄でもないが、映画の主人公にでもなったような気分だ。
〇ゲーム概要
本ゲームは拠点の制圧を目指す、リアル戦略シミュレーションゲームです。
拠点は日本全国に点在し、各都道府県ごとに最低でも三つ以上存在します。
プレイヤーは一人、残機はありません。
47都道府県に存在する全ての拠点を制圧すれば、ゲームクリアとなります。
ゲームをクリアしプレイヤーには、報酬として三十億円が進呈されます。
〇ゲーム要項
20XX年7月1日の0時より、ゲームを開始いたします。
拠点の制圧判定は、拠点に設置されているフラッグを、プレイヤーが取得することで拠点の制圧とみなします。
制限時間はありません。ただし、拠点を守備するエネミー(敵)は、連日0時ごとにリスポーン(復活)いたします。
ゲームの開始とともに、貨幣制度は円からポイント制へ移行されます。
ポイントは専用アプリ「WWGTT」にて管理され、プレイヤーがエネミーを倒した際、自動的に加算され、使用する際はバーコードを表示して、決算いたします。
ゲーム期間中は武器、弾薬に通信費、光熱費と医療費と旅費(ガソリンや旅券など)は、無料で提供されます。
キャンペーン期間中は、キャンペーン専用の要項が追加されます。
各都道府県は個々に幾つかのエリアに分けられて管理されており、エリア内は以下によって構成されています。
〇フィールド
エネミーフィールド:
拠点を中心にエネミーが常駐し、活動している。
セーフティフィールド:
エネミーが絶対に侵入してこない安全地帯。
フリーフィールド:
状況によってエネミーが侵入してくるが、常駐はしていない。
アウトフィールド:
進入禁止区域の為、プレイヤー、エネミーともに立ち入ることができません。
〇拠点
最重要拠点:
各都道府県に一つ、エリアの制圧状況によって、戦力が増減します。他の拠点の制圧状況に関係なく、制圧すればその都道府県はクリアとなります。
重要拠点:
各エリアごとに一つ、エリア内の拠点の制圧状況によって、戦力が増減します。他の拠点の制圧状況に関係なく、制圧すればそのエリアはクリアとなります。
通常拠点:
エリアごとに設置されている拠点。
ユニーク拠点:
ゲームのクリア条件には入らないが、制圧すれば特殊なアイテムを取得することができます。
その他、追加要項及び変更が生じましたら、専用アプリ「WWGTT」にご登録いただきましたメールアドレスの方へご連絡いたします。その際、メールの受信設定によっては、迷惑メールとして扱われることがありますので、設定のご確認のほどよろしくお願いいたします。
20XX年7月1日
植物園の広々とした駐車場の、日陰のところに四駆を停めた。
元の世界ではいつも多くの観光バスで賑わっていたが、今は駐車する車は一台も無く、閑散としている。
四駆から降りると、額やワキ、背中から汗が滲み出てきた。
時刻は午前11時。空は雲一つなく晴れていて、気温は30℃を超えていた。
煙草を咥えて、火をつける。
車載用の灰皿を持って四駆の後ろに回り、バックドアを開いた。
四駆のトランクには、今日の為に用意した品々が積み込まれていた。
オレは煙草を吸いながら、今着ているグリーンの迷彩服の上から肘に膝、脛にプロテクターをつけ、胴体にタクティカルベストを着込み、ホルスターやマガジンポーチが付随したベルトキットを腰に付ける。
装填済みのマガジンをタクティカルベストやベルトキットに付随するマガジンポーチに入れ、スマホの入ったアームバンドを左の前椀に付けた。
バイクのとは違う軍用のヘルメットを被り、シューティンググラスをかけて、電子イヤーマフを耳に付ける。
根元まで火がきた煙草を灰皿に押し込め、新たな煙草を咥えて、また火を点けた。
自分でもびっくりするほど、淡々としていた。
ひと時ぼんやりと空を見上げながら煙草を吸い、灰皿に押し込んだ。
オートマチックのピストルにマガジンを装填し、右のホルスターに入れた。
サブマシンガンを手に取り、マシンガンを装填し、コッキングハンドルを叩くようにして、ボルトを閉鎖する。
ちょっと手が痛かった。先にしておけば良かったと思いながら、グローブを手にはめた。
虫よけスプレーを体中に振りまき、四駆のバックドアを閉める。
オレは力強く歩き出した。
O県は三つのエリアに分かれていて、オレの家がある付近は、セーフティフィールドになっていた。
そして、そこから一番近い通常拠点が、これから向かう先だ。
だが、オレは歩いて早々に後悔した。
暑い。兎に角暑い。もっと朝早い時間に来れば良かった。
歩く道路の先に、陽炎が見える。日差しも強ければ、気温も高い。おまけに夏場に着るには狂ってるとしか思えない重装備だ。
いや、これはちょっと……ね。流石にアレだよ……ね。
オレは現在の状況と自分のへなちょこ具合を考慮して、一度帰って仕切り直そうと思った。このままでは何も始まらないうちに、体力が尽きてしまう。
しかし、ここまで重装備に準備して、ただ帰るのはあまりにも惜しい。とりあえず現場を見るだけでも見ようと思い、足を進めた。
オレは炎天下の中を15分ほど歩き、立ち止まった。
額から滝のように汗が流れ、既に呼吸が荒い。
目の前には小さな十字路があった。
オレは左の前椀に着けていた、アームバンドに目を向ける。
スマホにはWWGTTアプリのマップが表示されていた。黒い下地に黄色い蛍光色の線だけの、シンプルなものだ。
マップにはオレのことを示す青い三角形のマークの鼻先に、赤い蛍光色の線で強く区切られ、透き通った薄い赤で塗られたゾーンがあった。
そのゾーンが、エネミーフィールドだ。
つまり、目の前の十字路より先は、エネミーが活動する危険地帯ということになる。
マップをスクロールさせて十字路の先を確認すると、赤い逆三角形のマークが見えた。エネミーフィールドの中に全部で15個ある。
それが、エネミーだ。
オレは周りを見渡してみたが、背の高いブロックとガードレールをはみ出すほど元気な草木があるだけで、何も変わったものは見られない。
「ここからじゃあ、何もわかんねぇな……」
オレはヘルメットを取って汗を拭い、暫く考えた。
そして、再びヘルメットを被ると、十字路を通り抜けた。
つまり、エネミーフィールドに中に入った。
エネミーとは敵と言われていたが、それがどんなものなのかはさっぱりわからない。せっかくここまで来たんだし、一目でいいからそのお姿を、拝見しようと思ったのだ。
5分ほど歩くと、道の先に黒い者が見えた。
オレは咄嗟に、道の傍の茂みにしゃがんで身を隠した。
スマホを確認すると、マップの赤い逆三角形のマークの位置と合致する。こいつがエネミーで間違いないだろう。
う~ん、ちょっと遠くてよく見えない……。あ~! 双眼鏡とか持ってくれば良かったか。
今更大事なことに気付いたところで、無いものは無い。
オレは茂みに身を隠しながら、ゆっくりと前に進んだ。
無遠慮に身を伸ばして邪魔をする雑草や、進むごとに騒ぎ立てる小さな虫たちがうっとおしい。強い日差しに焼かれたアスファルトの道が、バカみたいに熱い。冗談抜きで焦げたにおいがする。
それでもどうにか我慢して前に進み、エネミーを明白に目で捉えた。
目や鼻や口がなくのっぺりとしているので、一見、黒い人たちのように見えるが、輪郭はハッキリとしていて、何よりも醸し出す雰囲気が違う。黒い人たち全てに通じるどこかとぼけた感じが一切なく、周りを威圧する雰囲気があり、明確な殺意を感じる。
そいつは何故か道の真ん中でヤンキー座りし、黒く大きな出刃包丁を握りしめていた。
……こいつがエネミーか。あんな所に座っていて、熱くないのかな? もしかして痛みとかそういうのを感じないタイプ? そういう奴だとちょっとヤダなぁ……。
そんなことを考えながらエネミーを眺めていると、目が合った。いや、そもそも黒い人やエネミーは真っ黒くのっぺりしていて、目自体が見当たらないのだが、どういう訳か確信をもってそう感じた。
次の瞬間、エネミーが叫んだ。
『#$%&¥@*ーーーー‼』
それは形容しがたい声であった。
黒い人も含めて初めて声を聴いたが、人の発する声というよりも、スピーカーがハウリングするような奇声だ。
エネミーはいきなり立ち上がると、オレに向かって駆けだした。
オレは思わず悲鳴を上げた。
「ヒィ⁉」
出刃包丁を振りかざす者が、全力疾走で向かってくる姿は、マジで怖い。
しかし、恐らくエネミーの方がオレよりも足が早そうに見えるし、こちらは色々と着込んでいて重装備だ。今から走って逃げ出したところで、追いつかれてしまうだろう。
オレは覚悟を決めた。
サブマシンガンのセレクターレバーを三点バーストに合わせ、しゃがんだまま膝をつき構えた。
ストックの側面に頬をつけて後ろを肩で押さえ、サブマシンガンのお尻からドットサイトを覗き、エネミーの胸に狙いを定める。
指が自然に動いて、銃口が連続で短く火を噴いた。
狙い通りに銃弾がエネミーの胸付近に命中した。
だが、エネミーは少しよろけると、効いていないとアピールするように、また奇声を上げた。
『#$%&¥@*ーーーー‼』
エネミーは元気いっぱいに出刃包丁を振り回し、全速力で向かってくる。
オレはめげずにもう一度引き金を引いた。
今度は命中すると、エネミーは勢いよく転倒した。
そして、霧散するように消えて居なくなった。
オレはヤッターと思ったが、直ぐに新たな奇声が聞こえた。
『#$%&¥@*ーーーー‼』
声のした方を見ると、100メートルほど道の先から、エネミーがこちらに向かって駆けてくる姿が見える。
それも3匹。
電子イヤーマフを着けていたおかげで認識が甘かった。銃声はバカみたいに大きい。耳栓をしなければ、容易に聴覚に障害を及ぼすほどだ。
近くに居たエネミーが、銃声に気付いて寄ってくるのも仕方ないだろう。
オレはまたかよとげんなりしながらも、サブマシンガンを構えた。
とりあえず……先頭からA、B、Cとして……。
エネミーAに狙いを定めて、立て続けに引き金を引いた。
次々と発射される銃弾が、エネミーAに吸い込まれるように命中する。
エネミーAはバランスを崩して倒れると、そのまま霧散して消えた。
オレは直ぐにエネミーBに狙いを変える。
銃弾がエネミーBに命中していき、Aと同じように倒れて霧散して居なくなった。
あれ⁉ そういえばオレ何回撃ったっけ? 三連射してたから残りは……わからん!
オレはサブマシンガンのコッキングレバーを引くと、マガジンキャッチを押して、マガジンを抜き取った。
急いでマガジンポーチから変えのマガジンを取り出すと、サブマシンガンに差し込み、コッキングレバーを叩いて、ボルトを閉鎖する。
再びサブマシンガンを構える。
エネミーCは間近まで迫って来ていた。
「なんつー足してんだよッ!」
オレはセレクターレバーをフルオートに合わせ、狙いもそこそこに引き金を引いた。
バラまかれるように発射される銃弾。
しかし、焦っているおかげで、フルオートによって跳ねあがる銃身を上手く抑えることができず、エネミーCにクリーンヒットしない。
あっという間にエネミーCが、オレの目と鼻の先までやって来て、出刃包丁を振りかざした。
オレは振り下ろされる出刃包丁を横に飛び込んで避けると、無我夢中で引き金を引いた。
狙いも定まらずにバラまかれる銃弾。
その幾つかがエネミーCの横っ面に、上手い具合に命中した。
エネミーCが断末魔を上げることなく、霧散して消える。
「熱ッ⁉ アチ! アッチー!」
オレは強い日差しによってフライパンと化した道から立ち上がると、エネミーCが居た所に向かって捨てセリフを吐いた。
「こんな所でこんなことしてないで、オリンピックにでも出ろよ!」
巨大な水たまりに周りを取り囲む生い茂る草木、奥には展望台らしきものが見える。
パッと見は水辺の公園という感じだが、ここはO県中部の水源を賄うダムだ。
当初は一度戻り、涼しい時間帯に仕切り直すつもりでいたが、オレはせっかく倒した4匹が惜しく思い、そのまま進むことにした。
目の前には奥へと続く直線の道と、手前から右、少し進んで左に分岐する道がある。
マップを確認すると、右にはエネミーを示す赤い逆三角形のマークが二つ、左には三つ、奥には六つあった。
それと、奥の展望台付近にフラッグを示すマークがある。
「このまままっすぐ進んで、一気にフラッグを取るという手もあるけど……。ま、それはちょっと止めとこうか」
オレは一先ず右に進むことにした。
草むらの中にある細道をゆっくり下って行く、その先には小さな広場があった。
その広場には、二匹のエネミーが居た。出刃包丁を片手にヤンキー座りをし、何やら談笑している様子で、オレの存在に全く気付いていないように見える。
オレは、まあ、いいかと思い、フルオートで銃弾を見舞って、二匹のエネミーを手早く片付けた。
直ぐにマップを確認するが、エネミーマークに動きは見られない。
「う~ん、銃声を聞いて何匹か集まってくると思ったけどな。所定の場所を守っているってところかぁ……?」
オレは分岐前の道に戻ると、今度は左の道へ進んだ。
車が二台通れる幅の長い道を真ん中にして、右手には巨大な水たまり、左側は谷になっていて、底には楕円形の大きな広場があった。
「アチいなぁ……」
オレは強い日差し辟易しながら道の中ほどまで来たところで、歩む足を止めた。
左の前椀にアームバンドで括りつけていたスマホに目をやり、思わず嘆いた。
「ヤラれた……!」
マップには奥の展望台付近にあったエネミーマークの内三つが、今居る道の入口、つまりオレの歩く後方へ向かって移動している。
当然ながら歩く先にあった三つのエネミーマークも、こちらに向かって移動していた。
エネミーたちの思惑は明白だ。オレを前と後ろから挟撃する気だろう。
「チッ……後顧の憂いを断つつもりだったのに」
オレは即座に踵を返すと、サブマシンガンを構えて、速足で今来た道を戻る。
道の入り口にエネミーの姿を捉えると同時に、引き金を引いた
狙いも曖昧にバラまかれる銃弾。エネミーを倒すというよりも、威嚇してこちらに近づけない為だ。
それでも出合い頭に、先頭に居たエネミーに銃弾が当たり、一匹仕留めることができたのは幸いだった。
サブマシンガンを撃ちながらエネミーを威嚇しつつ、谷底へ続く横道に入る。
後ろ目に確認すると、道の先に居たエネミー三匹が、こちらに向かって駆けてくる姿が見えた。
「ゆっくり歩けよ……日本人か」
オレはサブマシンガンを適当に撃って威嚇しながら、全力で駆けだした。
急いで小さな駐車場を抜け、短い階段を降り、つづら折りになった坂を下る。
ある程度坂を下った所で、身にかかる慣性に必死に抗い急停止させ、踵を返して後ろに歩きながら、サブマシンガンを構えた。
その瞬間、出刃包丁を振りかぶり、飛びかかってくるエネミーの姿が視界に入った。
「オワッ!」
オレはすぐさま引き金を引いた。
サブマシンガンが唸りを上げて銃弾を吐き出し、エネミーをハチの巣にして霧散させる。
喜ぶ間もなく霧散したエネミーの後ろから、新たなエネミーが襲いかかってきた。
オレはまた引き金を引き、コイツも先程のエネミーと同じ目に遭わせてやった。
荒い呼吸を繰り返しつつも、視線を上に向ける。
「ハァ……ハァ……次は……?」
つづら折りになった坂の上に、二匹のエネミーが見えた。
次に備えて急いでマガジンを交換する。そんな中、オレの頭にある疑問が浮かんだ。
「二匹……? ハァ……もう一匹……ハァ……居たハズ……」
突然、間近でエネミー特有の奇声が鳴り響いた。
『#$%&¥@*ーーーー‼』
驚いて目を向けると、谷の上からショートカットして石造りの斜面を走り降り、勢いよく飛び上がったエネミーの姿があった。
「マジッ⁉」
オレは危機的状況に、思わず体を硬直させた。
しかし、飛び上がったエネミーは勢い余ってオレの上を通り過ぎ、そのまま谷底まで落ちていった。
当然と言えば当然だが、そのエネミーは谷底の地面に激突すると、あっさり霧散して消えた。
オレは呆気にとられながらも、つづら折りになった坂の上に目を向ける。
流石に今の事態はエネミーたちにも予想外すぎたようで、二匹のエネミーはオレのことなど忘れ、何か言いたげな様子で谷底に顔を向けていた。
オレはそんな二匹のエネミーに銃口を向けると、容赦なく引き金を引いた。
同じ元へ送ってやったんだ。これで言いたいことも言いやすくなっただろう。
傍に巨大な水たまりがあるせいで、湖風でも吹いているのか、そこは少し風が強かった。
芝生の広場の上に、白い大きな展望台が建っている。四角張った形をしていて、どこか未来的な趣があった。
その前には狛犬でも気取っているつもりなのか、出刃包丁を片手に掲げ、ヤンキー座りする二匹のエネミーが居た。不思議と展望台とエネミーが妙に似合って見える。
そんな広場の隅っこに、動くものがあった。
それは段ボールだ。
大人が一人入るほど大きな物で、上下が逆さまになり、風に煽られているのか、少しづつ展望台へ近寄ってきていた。
二匹のエネミーは、それを気にも留めていない。ただのゴミだと思っているのだろう。
それに気を良くした訳ではなかろうが、少しづつ少しづつ段ボールは、展望台に近寄っていった。
そんな中、二匹のエネミーの内、一匹のエネミーが忽然と倒れて、霧散して消えた。
何事かと立ち上がったもう一匹のエネミーも、直ぐに同じように倒れ、霧散して消える。
二匹のエネミーを手際よく銃撃し、オレは立ち上がった。
頭から被っていた大きな段ボールを、忌々し気にその場に投げ捨てる。
「アッチいんだよっまったく!」
新鮮な空気を吸いながら、広場を見渡す。
「……上手いこといったな。とその前に……」
オレはその場に捨てた段ボールを、元々あった自販機の傍に戻した。
小心者は世界が変わっても、小心者である。
改めて広場を見渡し、左の前椀にアームバンドでつけたスマホに目をやる。
目の前の展望台に、フラッグを示すマークがあった。それと、エネミーを示すマークも一つ。
「ヨシ、残りは一匹だ。ここまできたら楽勝……とまでは言わないけど、問題ないだろう」
オレは展望台の中に入った。
正面にはエレベーターに周りは窓の無い白い壁、それと右へ向かう細い通路がある。
もしかしたらと淡い希望を持っていたが、エレベーターはボタンを押しても反応せず、エアコンも動いている兆しはなかった。
仕方がないので細い通路をゆっくり進んで行くと、左への曲がり角があった。
警戒しながら角を曲がり、そこから進むとまた左の曲がり角あり、更に進むとまた左への曲がり角があった。
その曲がり角を超えると、今度は上階へ続く階段が現れた。
どうやら展望台の四角い形に沿って、螺旋状になっているみたいだ。
階段を上がり、更に進んで行く。
今までずっと野外に居たせいか、妙に閉塞感を覚える。窓もなくエアコンも動いていないので、かなり暑い。
それでもオレは進んだ。ゆっくりながらも集中力して警戒し、万全を期して歩いて行く。
幾つかの曲がり角と階段を抜けると、目の前に大きな窓が現れた。
この建物が展望台であることを考えると、恐らくここが最上階であろう。
オレは矢も楯もたまらず、目の前の窓を開けた。
窓から入ってきた風が、オレの火照った体から熱を奪い取っていく。
「ハァー涼しいー! 歩いて来た通路は窓もエアコンも無かったからな。蒸し風呂のようだったぜ」
展望台の最上階だけあって、窓からは巨大な水たまりや森林など、周りの景色がよく見えた。
「いい眺めだねぇ……。これでアイスティーと煙草でもあれば、文句はないんだけど……」
そんな心安らぐ眺めとは対照的に、オレは横目であるものを捉えた。
少し離れた曲がり角から、エネミーがひょっこりと顔だけ出して、オレのことをじーっと見ている。
「ああ、そう言えばオマエらも居たっけ。でも、この景色にはちょっと似合わないんじゃないか? まあでも、アイスティーや煙草と違って、そっちは直ぐに退場してもらえそうだ」
オレはエネミーに銃口を向けた。
エネミーは残り一匹、どうせ持っているのも出刃包丁だ。この間合いなら片づけるのに問題は無いだろう。
安易に引き金を引こうとした瞬間、意外な音が通路に鳴り響いて、指が止まった。
「んん⁉ エンジンの音……?」
顔だけ出していたエネミーが、大きなチェーンソーを手に悠然と曲がり角から姿を現した。
オレに見せつけるように、エネミーがチェーンソーの刃、ソーチェーンを高速回転させる。
「え~~っ! そんなの聞いてないよ!」
オレは止まった指を動かして、引き金を引いた。
サブマシンガンから三点バーストにて発射された三つの弾丸が、忠実にエネミーの頭部に襲い掛かる。
しかし、エネミーは瞬時にチェーンソーを横に向け、ガイドバーの広い面で銃弾をハジいてみせた。
「ウソでしょ!」
驚くオレを尻目に、エネミーは前かがみの姿勢でチェーンソーの後ろに隠れ、ガイドバーの広い面をこちらに向けてダッシュする。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
オレはセレクターレバーをフルオートに合わせ、引き金を引いた。
銃口が喧しく火を噴き、エネミーに向かって大量の銃弾が吐き出される。
だが、銃弾は先程と同じようにチェーンソーのガイドバーにハジかれ、代わりに通路の壁を穿ち、大きな窓を割った。
一気に間合いを詰めたエネミーが、オレの目の前でチェーンソーを振りかぶる。
「ヤバッ!」
オレは即座に階段の方へ身を投げ出した。
直後にチェーンソーが通路の壁を粉砕しながら、オレが居た場所を通り過ぎた。
オレは勢い余って、階段を転がるように滑り落ちる。
体の至る所が痛い。それでもエネミーと距離を取ることができたのは幸いだ。
ヨロヨロと立ち上がるオレの目に、エネミーが階段の上で、チェーンソーを頭の上に掲げる姿が見えた。
そして、エネミーはチェーンソーを持ったまま、高く飛び上がった。
「なっ⁉ マジっスか!」
オレは痛む体を押して、急いで後ろに飛び退いた。
エネミーがオレの目の前に落ちてきて、チェーンソーで床を削り取る。
危機一髪であったが、チャンスだと思った。そんなデカイ獲物では、重力にも慣性にも逆らえない。
オレは直ぐにサブマシンガンを構え、引き金を引いた。
チェーンソーが床を削るのに熱中する中、がら空きとなったエネミーの頭に銃弾が襲いかかる。
しかし、エネミーは銃弾に怯みもせずにその身を前に突き出し、多少被弾しながらも反動をつけて体ごと腕を振った。
オレは咄嗟にサブマシンガンを、盾のようにして前に出す。
チェーンソーが弧を描いてサブマシンガンに激突する。
火花を散らせながらサブマシンガンを吹き飛ばすと、チェーンソーは通路の壁にめり込んだ。
「グゥッ……」
両手に強い痛みが走ったが、オレは自分の手を確認するよりも先に、右のホルスターからオートマチックのピストルを抜いた。
エネミーに向けて腕を伸ばし、無我夢中で引き金を引く。
正確に狙いを定めてる余裕なんてない。だけど、ここまで近ければそんなもの関係なかった。
エネミーは幾つも銃弾を食らい、チェーンソーごと霧散して居なくなった。
それでもオレはマガジンが空になるまで、引き金を引き続けた。
銃弾を撃ち尽くしたころには、通路の中に硝煙が充満していた。
両手を確認すると、痛みはあったが、怪我などはしていないように見える。対照的にサブマシンガンは、折れて酷い状態であった。
「とりあえず……いっそのことにならなかったから、ヨシってことで」
念の為、オートマチックのピストルのマガジンを交換すると、最上階へ向かった。
壁や窓ガラスの破片が散らばる通路を慎重に歩き、進んだ先には黒い旗がスタンドに立てて飾られていた。
甲子園中継でしか見たことのない、大きくて立派な旗だが、黄金の縁取り以外は文字も柄もなく、えらくシンプルな物であった。
オレは黒い旗に手をかけて、スタンドから引き抜いた。
左の前椀にアームバンドでつけていたスマホが光る。
『CONGRATULATIONS! 拠点制圧完了!』
こう表示されていた画面を見て、オレは力なくその場に座り込んだ。
「ハァ……マジで疲れた……」
20XX年7月2日
昨日は夜も早々に床に就いた。
しかし、大分疲れていたようで、目が覚めたら昼前であった。
今は全くその必要はないのだが、元の世界からの日課で、起きたらとりあえずスマホを確認する。
その際に、メールが届いているのに気が付いた。
受信したのは本日の0時で、メールの内容はこうであった。
〇本日の戦果報告
☆撃破エネミー
出刃包丁:14×2=28P
チェーンソー:1×3=3P
☆制圧拠点
D拠点:600P
オールキル特典:300P
集計:931P
出刃包丁にチェーンソー……? エネミーって武器単位で区別するんだ。あれ⁉ もしかしてそっちが本体だったとか……?
まあ、いいや。とりあえず1Pが100円ぐらいって話だったよな? ってことは、9万円相当といったところか。
う~ん、イマイチ高いのか安いのかわからない。
ただ、一拠点でこれぐらい貰えるってことは、週に一回ぐらいのペースでいいのか。それなら結構イケそうな気がする。
いや、待てよ! そのペースだと一体いつ終わるんだ? いくら年を取らないとはいえ、限度ってもんがあるでしょ! 日本全国の拠点を落とすとなると、マジで100年ぐらいかかるんじゃないのか……?
いやいや、待てよ! それならそれで、いつまでもこの世界を楽しめるってことだよな? それに、煩わしい人間関係に悩まされることもないし、ある意味、自由気ままに働かなくてもいい。税金だって払わなくても構わないんだ。完全に国民の三大義務を放棄しちゃってるけど……。
う~ん、マジでどっちがいいんだろう……?
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