ある女性に人生を変えてもらった話 改訂。オムニバス形式。

秋月翔 てすと

文字の大きさ
1 / 2
序章 看護師

長く短い春

しおりを挟む
 あまりにも長い春だった。
 同僚の内の1人が少し気取って吐いたこの言葉は、私達身内の中で流行語となった。ドラマのナレーションのような響きに全員で可笑しいと指摘し、またその反面全員が強く共感した。
 今年から晴れて社会人となった私は、国立大学の附属病院で働き始めた。子供の頃からの夢が叶った心情を言葉にするのは難しかったが、病院の中庭でそれを形容してくれているような、また祝ってくれているように咲いた満開の桜に、胸を躍らせる新スタートの春だった。
 しかし、始めの数ヶ月は院内の方針で研修期間が設けられることになった。研修期間に看護師という職業柄も相まって、先輩からの理不尽な厳しい対応を受けた。「邪魔」と何の前触れも無く、一方的に傷付けられる様はまるで自然災害のようだった。なんとしてでも「そんなことも出来ないの」とは言わせないようにと、同僚間で励まし合い、こちらに一切の非の無い罵倒に耐え、意味の無い暴言を聞き流した。
 気が付くと研修期間を終えた頃、春も終わり夏を迎えていた。研修お疲れ様会として同僚で集まった時に、同僚の言い放った先の言葉に肩の荷が降りたような軽さと、この研修期間で深めた絆の重みを覚えた。
 しかし、私にとってはあまりにも短い春でもあった。来るなと願った夏が、来てしまった。そんな気分でもあった。
 病院に就職して直ぐ、新品のナース服に袖を通すのもその匂いにも慣れない頃、院内で1人の少女とすれ違った。ラフな姿格好から、入院中の患者であろうことを認めることが出来たが、なんの不安も無い様なその顔付きと、弾むように歩く彼女に、私は目を奪われた。こちらに気付いた彼女は、今思えばわざとらしく怪訝そうな顔をした後、悪戯に舌を出し笑顔を作って言った。
「走ってもなければスキップもしてないですよ」
つられて広角が上がるのを感じた私は、慌てて言い返した。
「その言い草は前科ありだね」
彼女は人差し指を口元に当てて「正解」と頷ずいて、病室に入って行った。中庭の満開の桜を見たのはその部屋の窓からだった。
 その後院内で顔を合わせる度に、挨拶と他愛ない会話を交わすようになったが、深まるのはやはり入院中の患者だったかという確信とその元気さと豊かな表情から何故入院しているのかという謎ばかりで、どこか他人行儀な会話から仲が深まることはなかった。
 そんなある日、彼女に誘われて昼休みに一緒に昼食を取ることになった。看護師は交代で休憩を摂る為、お昼時から大きく遅れて弁当を持って中庭に出ると、彼女は頬を膨らませて迎えてくれた。満開だった桜をちらほらと地面の上で見かけた。
「遅いです」
「遅くなるって言ったわよ」
「13時に来れますかって聞いたんですよ、行けないって答えるべきです」
「会いたかったのよ、許して」
 本心だった。いつもの様に文字通りすれ違うのでは無く、待ち合わせをして会いたかった。話してみたかった。彼女は少し頬を赤らめて目を見開いた。それは初めて見る表情だった。
「お陰でお腹も空いたし、待ちくたびれました」
 私はつい嬉しくなった。そして、深まった謎が氷解した。彼女に誘われた時から少し予想していた事ではあった。
「そっか、今日の朝に退院したのね」
 彼女は更に目を見開いた。茶色い瞳には不自然さのなくまた屈託も無かった。
「なんで知ってるんですか?調べました?」
「私情でカルテを勝手に見る様なことはしないわよ、病院食が出てるはずだし、あなたの部屋からならここを観察出来たはずだからね」
「お腹も空くことは無いし看護師さんが中庭に出てきてから合流することも可能だから待ちくたびれることもないって言いたいんですね」
「そう、だから午前中に退院だったのかなって」
「正解です、でも一時退院なので夏にまた戻ってきます」
 意外な返答だった。空気が少し張り詰めたのを感じた。少しためた後彼女は言葉を継いだ。
「私余命宣告されてるんです。だから一時退院を許してもらってやりたいことをするんです」
 先程、彼女が入院中の患者にも関わらず元気だったのは、入院は形式上のもので退院が決まっていたからだと勝手に納得したばかりだった。しかしそれは誤りだった。口を開くことが出来なかった。
「なんでこの話を看護師さんにしたかって言うとね、看護師さんいつも暗い表情をしてたからなの」
 敬語の外れた彼女の言葉は自然に耳に、心に入ってきた。
「私はさ、もう何をするにも残された時間が少ないからせめて色んな表情をしようって、それなら何かアクションを起こさなくてもいつでも出来ることだし、印象も残るでしょ」
「死ぬけどさ、忘れられたくはないんだ」
 彼女の大袈裟な色々な表情が頭に浮かんだ。先程私を迎えた時も頬を膨らませていた。人が死ぬ時は人に忘れられた時だとどこかで聞いたことがある。恐らく私よりも歳下の彼女がずっと大人に見えた。
「今からさ、家に帰って会いたい人に会ってくる。出来る限り色んな人達に会ってさ、忘れられない様にしてくる。死ぬ事が決まってるんだから、会うと死んだ時余計悲しくさせちゃうかもだけど、本当に心から会いたいと思ってるから許してくれるよね」
 彼女は笑って人差し指で鼻の下を掻いた。いつからか彼女の表情は自然なものになっていた。
「そして!看護師さんにも会いたいからこの病院に帰ってくる。その時はさ、暗い表情なんかは嫌だし看護師やめてるなんてのは嫌だよ」
「分かった」
 漸く出た声は痰混じりの情けない返事だった。
「まぁ先生が看護師やめそうだったらさっき探偵業に就くことをお勧めしたから心配はしてないけどね、だから会えない人が居たら手紙を書きたいから添削を宜しくね」
 彼女は私に理由をくれた気がした。私が彼女に寄り添う理由をくれた気がした。知り合った偶然を必然だったのかもと思わせてくれた。私よりも大人な彼女にほんの少しの時間に色々な事を教わった。私は彼女に惹かれていた。もう一度、彼女と話せば変われる気がした。彼女が寄り添う理由をくれたお陰でそう思えた。彼女の数々の言葉を胸にしまい、夏が来るまで仕事に打ち込んだ。どんなに辛い事があっても苦しい事があっても、へこたれる事はなかった。同僚にはなんで研修が始まる前より明るいのよと笑われた。あんたの明るい笑顔に励まされるとも言われた。
 来るなと思っていた。夏は嫌いだった。彼女と出会ってからその気持ちは更に強くなり、少しだけそれではダメだという気持ちも芽生えた。それでも今年の夏だけは。そう願った。だが残酷に
も夏が来た。
 彼女は最期を迎える前に会えなかった人に手紙を書いた。それは私に多くを教えてくれた彼女では無かった。1人の人間として1人の女性として、彼女はペンを動かしていた。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

処理中です...