没落貴族の愛され方

シオ

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 魔法使いが、賢者として崇められたのはもう随分と昔の話だった。

 全人口の一割にも満たない魔法使いが、世界を牛耳っていたのは俺が生まれる少し前までのこと。近年、急激な成長を遂げている科学技術の分野。それは、魔法使いである俺から見ると、非魔法使いが使う魔法に見えた。

 世界を支配し、王や貴族として非魔法使いを統治していた魔法使いたちは今、没落の一途を辿っている。数百年前は大貴族であったらしい俺の生家、フィルリア家も今ではその権勢を失い、家が取り潰されないように私財をやりくりするのに必死だった。

 科学技術が台頭しても、生き残っていける魔法使いたちもいる。それは主に闘性魔術師と呼ばれる者たちだ。戦うことに特化した彼らは、ボディーガードとして雇われたり、国の防衛部門で登用されたり、と活路を見出している。

 けれど、俺はだめだった。

 フィルリア家は、医療魔法の系統なのだ。戦うだとか、新たな技術を生むだとか、そういった今の世の中でも活躍出来そうな魔法が一切使えない。魔法とは、血筋が全てだ。その血に宿る力で、魔法が発現される。医療魔法に特化し過ぎた俺の血では、今更、闘性魔法を体得できない。

 医療魔法は、かつては相当重宝されたらしい。俺の家の祖は、医療魔法のみで王にまで求められた逸材だった。魔法使いたちも、非魔法使いたちも、皆して俺の家を頼った時代もあったそうだ。

 だが今では、科学的な医術が好まれる。医療魔法など、今の非魔法使いからしたら、まじないのような胡散臭いものにしか見えないらしい。魔法使いたちからは今でも治療を頼まれることがあるが、如何せん、魔法使いは総人口の一割以下なのだ。一割以下の人々への治療だけで生計を立てるのは、酷く困難なことだった。

「セナ、そこの棚は終わったかい?」

 名を呼ばれ、はっとする。随分と思考が深いところまで落ちていたようだ。周囲を見渡して、ここが学校の薬室であったと思い出す。

 魔法使いの子供たちが通う魔法学校。十五歳から二十歳までの学生が在学している。歴史を感じさせる石造りの、城と呼ぶのが相応しい校舎。その校舎の中に、薬室があった。日当たりの悪い暗がりの部屋。日中であるというのに、蝋燭が必要になるほどに暗い。

「はい、終わりました。教授」
「いつも仕事が早くて助かるよ。ありがとう、セナ」

 薬学の教授の手伝いで、薬草棚の整理を行っていたのだ。教授からそういった手伝いを頼まれることはしばしばあり、手慣れてきたことも相まって作業を素早く完遂させることが出来た。

 この学校の教授は年配が多いが、薬学のアラウド教授は随分と若かった。他の教授たちより、俺達の方が年が近いのは確実だろう。三十代の半ばくらいだろうか。顔立ちも整っているため、女子生徒からの人気もある。

 アラウド教授は俺と同じ医療魔法系統の血筋だ。優秀な医療魔術師なのだが、専門職には就かず教授になっている。今の世の中では、教育職くらいしか就職先がなかったのかもしれない。教授の姿を見て、ついつい己の将来を悲観してしまう。

「さて、そろそろ出ようか」

 片付けを終わらせ、教授と共に薬室を出た。太陽の光は眩しくて、目が痛い。明順応が完了するまでの間、世界は真っ白に染まっていた。薬室から続く石畳の廊下を進む。下級生たちが授業を受ける風景が、廊下からは見えた。

「セナは進路、どうするんだい」

 歩きながら教授が問いを投げかけた。最上級生であり、今年卒業を迎える俺にとって進路というのは非常に重い問いかけだった。最上級生の殆どは、すでに必要な単位を取得しており、各々好きなように学校での時間を使っている。進学のため勉強するものや、就職のため己の技能を磨くものなど様々だった。

「まだ……決めてなくて」
「大学校には?」
「たぶん、進まないです」
「勉強が嫌い?」
「いえ、好きです。可能なら……、学びたい」

 学生の殆どが大学校に進学するか、己の魔術を活かした職へ就職する。けれど俺はまだ自分の未来を決められずにいた。本音を言えば、大学校へ行きたい。更なる勉学に励みたい。

「でも……、家の状況が」

 思わず言葉を濁す。正直なところ、今、学校に通えていることすら奇跡だった。金策に苦しむ父が、無理を押して学校へ通わせてくれているのだ。そんな状況であるのに、さらに学費のかかる大学校へ行きたいなどとは口が裂けても言えなかった。

「そうだったのか……。セナ、もしよければ私が、」

 教授が言葉と共に、隣に立つ俺の肩に手を置いた。腕を回しながら肩を抱くような形になって、体が密接している。その近さに疑問を抱く程だった。だが、続く言葉が気になって、腕を払うことが出来ない。

「セナ」

 その声は、教授とは違う声だった。声は俺の前方から聞こえる。前を見れば、そこには見知った姿があった。

「……ラーフ」

 全てを巻き込んで燃やし尽くすような焔の髪色と、淡い琥珀の瞳。ラーフの色彩が俺の目を奪う。俺は地味な黒髪で、黒い制服のローブと相まって陰気な雰囲気に包まれていた。だが、ラーフは違う。いつだって人々の中心にいて、いつだって人々の関心を惹きつける。そんな彼がひとりで、俺と教授の前に立っていた。

「さっき、武闘訓練で怪我したんだ。治してもらえないかな」

 差し出された腕には、縦に走る擦過傷が。血は出ていないが、薄い皮膚が抉れ真皮が晒されている。確かに、これでは風が撫でるだけでもひりひりとした痛みが走ることだろう。

「そ……、それくらい、医務室に行けばいいだろ」
「俺はセナに治してもらいたいんだよ。昔はよく、手当てしてくれたじゃないか」

 俺とラーフは所謂、幼馴染というやつだった。

 今はこうして一人で佇んでいるが、常に人垣の中心にあって人々の喝采をひとりで集めるラーフというこの男は、未だに大貴族の貫禄を保持するシェイナ家の次期当主だった。シェイナ家は闘性魔法によって、古より名を広めてきた家系だった。その名は今も轟き、現代に適応することのできた完全なる勝ち組の一族だ。

 怪我の絶えない闘性の魔法使いと、怪我や病を治すことに特化した医療の魔法使いは協力関係を築くことが多い。ラーフは闘性魔法の修行をし、その修行で怪我を負う彼を癒すのが俺の医療魔法の修行となっていた。その協力関係のため、俺達は幼い頃は共に生活をしていたのだ。

 修行の場所は、フィルリア家の保有するエリアス城。小さな剣を振るうラーフと、その姿を見守る俺。エリアス城の庭園で修行を繰り返した日々。あの日々だけは、いつ思い出しても美しくて、輝いている。思い出すたびに胸が苦しくなって、涙が溢れそうになるのだ。

「セナは便利に扱える治療者じゃない。セナの言う通り、医務室に行くべきだろう」

 俺の肩を抱く教授の手に力が込められた。言葉が詰まって、何も言えなくなってしまう。そんな俺の唇が再び開くのを待たずに、教授が返答した。

「便利に扱える治療者、なんて思っていませんよ。セナの医療魔法の腕を信じているからこそ、セナに治療してもらいたいだけです。それに、セナを便利に使っているのは教授なのでは? いつもいつも、薬室の整理をセナに手伝わせていますよね」
「そんな風に言われるのは心外だな。私は、同じ医療魔法の血の者としてセナを弟子のように大切に想っているだけだ。整理だけを押し付けているのではなく、整理と共に薬剤についての知識も授けている」
「しかし、いくら弟子のように思ってるとはいえ、一人の生徒だけに目を掛けるのは教育者として公平性に欠けると思いませんか」
「昨今、医療魔術は軽んじられ、医療魔法の学徒が減っているからね。セナのように熱心に学ぶ生徒は少ない。だからこそ、私の熱意がセナ一人に傾倒するというのも仕方のないことだとは思わないかい。セナの勉学への情熱を絶やさぬためにも私は彼に進学を、」
「教授!」

 二人が饒舌に語りだし、その応酬をぼうっと聞いていたけれど、教授の言葉が進学に触れた瞬間に俺は叫んでしまっていた。その話は、ラーフの前ではして欲しくないのだ。

「そのことは、俺と教授だけの秘密にしてください」
「秘密……か、悪くない響きだ」

 教授はどこかご満悦で、その理由が分からなかったが、口を閉じてくれたのならそれでいい。俺は一歩踏み出して、ラーフの手首を掴んだまま乱暴に歩き出す。

「治してやるから、こっち来い」

 ラーフは抗うことなく俺にひっぱられて歩いた。身長差が頭一個分ほどあるため、ラーフは随分と歩きにくそうだが、俺は気にせず歩を進める。目的地など特にない。教授から離れて、人の少ないところを目指した。

「ねぇ、セナ。秘密って何? どうして俺には教えてくれないの?」
「……ラーフには関係ないからだ」
「セナは大学校へ進学するんだよね? どこに行くか、教えてよ」

 矢継ぎ早に質問が飛んでくる。それらを無視してやり過ごした。俺は急に足を止めてラーフを振り返った。そして、その傷のある腕を見る。その傷を癒すことに専念し、己の手の内に意識向けた。
 魔法とは、己の内にあるエネルギーを放出する能力を指す。それが精製に向く者もいれば、武闘に向く者もいる。俺はそれが治癒であったのだ。もともと浅かった傷はすぐに修復され、元通りの肌になる。

「ほら、これでいいだろ」
「ありがとう。流石だね、セナ」

 こんなの、全然大したことはない。医療魔法を極めた者は、不死性すら手に入れるという。そんな生命の究極を、俺は大学校で研究してみたかった。それはもはや叶わぬものとなったが。

「これからはちゃんと医務室に行った方が良い」

 幾ら軽度な怪我であるとはいえ、医務室には本職がいるんだから、そっちを頼った方が安全に決まっている。俺はそれだけ言い残して立ち去ろうとした。だが、出来なかった。今度はラーフが俺の手首を掴んだのだ。

 熱い掌に捕らえられて、俺は一歩も進めなくなる。


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