没落貴族の愛され方

シオ

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「待って、行かないで。少し話そうよ」
「……話すことなんて俺にはない」
「でも、俺にはある。最近、仲良かった奴らとも距離置いてるみたいだけど、なんで? 俺もそいつらと一緒に疎遠にされるの?」

 何でそんなこと知ってるんだ、と言いたくなるのをぐっと堪える。確かに、俺は今、周囲と距離を置いてる。それは、どこでも皆、進路の話ばかりをして聞いているのが苦しいからだった。進学の道も、就職のつてもない俺には、聞くに堪えない話題だった。

「疎遠にするもなにも、学校でラーフと一緒にいることなんて、殆どなかっただろ」
「いくら、組が違って授業が異なってたにしても、休み時間は一緒にいられたのに。それを嫌がったのはセナじゃないか。俺は一緒にいたかったよ」
「ラーフの周りにはいつだって取り巻きが大勢いた。あんな五月蠅い連中を引き連れてる奴と一緒にいられるか。俺は静かにのんびりと学校生活が送りたかったんだ」
「回りに集まってくる人だって、別に俺が集めたわけじゃない。勝手についてくるんだ。それは俺のせいなの?」

 ラーフは、魅力的だった。今もなお栄える大貴族の次期当主で、容姿は整い、人気のある闘性魔術師だ。本人にその気が無くても、自然に人はラーフの周りに集まる。まるで誘蛾灯のように。
 捨てられた犬に似た、しょんぼりとした顔を見せるラーフ。俺は昔からこの顔に弱い。

「……ごめん、言い過ぎた」

 詫びたのは俺だった。情けないことに、俺はコンプレックスの塊なのだ。没落貴族の跡取りで、小柄な矮躯で、必要とされない医療魔術師。何もかもがラーフの対極だ。ラーフを羨ましいと思えば思うほど、自分が嫌いになる。だから、ラーフに近付きたくないのだ。

「ラーフから距離を取ってるのは事実だ」
「俺、セナに嫌われるようなことした? もしそうだったら、何が嫌だったか教えて。謝るし、改めるから」

 あまりの必死の形相に驚く。両肩を掴まれて、至近距離でラーフの顔を見た。こんなに近いのは久々だ。相変わらず、綺麗できらきらとした琥珀の瞳は大きくて、まっすぐに俺を見ている。

「ラーフは何も悪くない」
「じゃあ、どうして?」

 どうしてと問われても、上手く答えられない。お前の存在が俺のコンプレックスを刺激するからだ、なんて言えるわけがない。でも、このまま黙っているだけではラーフは納得しないだろう。

「……俺は、たぶん進学しない」
「え? でも、セナ、勉強好きだろう?」
「そうだよ。本当は行きたい。でも……行けない。だから、進学について楽しそうに話す皆がちょっと憎らしくて。それで距離を取ってたんだ。だから、ラーフは何も悪くないよ」
「そんな……行きたいのに、行けないって」

 金策で苦しむはずもないシェイナ家のラーフには理解出来ないことだろう。恥ずかしいことに、俺の家の没落の度合いはそこまで来ているのだ。

「それって……、お金がないってこと?」
「……はっきり言うなよ」
「ごめん、でもそれなら、俺が援助するよ」
「は……?」
「学費は俺が出すから、セナは好きな大学校に進めばいい。俺もセナと同じところに進学する。それがいい! そうしよう!」

 勝手に盛り上がっているラーフを前に、俺は愕然とする。こいつは本気でそんなことを言っているんだ、と呆れを通り越して怒りが湧いた。目頭が熱い。涙が零れそうだ。

「……いい加減にしろよ」
「セナ?」
「お前の施しで学校に行けっていうのか」
「施しって、そんなつもりじゃ」
「そんなことされて、俺が喜ぶとでも思ったのかっ! 馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「セナ、落ち着いて」

 大声を出して吠える俺を落ち着かせようと、ラーフは俺の肩に手をおいて宥めすかすが、それを勢いよく振り払ってラーフの体をドンと押し退けた。大きな体で、胸板も厚い。大した抵抗にはならなかったが、それが俺の全力だった。
 肩で息をしながらラーフを見る。視界が歪んでいた。涙のせいだとは気付きたくなかった。

「……お前が簡単に出せる金額で苦しんでるんだって思うと、本当に情けなくて腹が立つ」

 子供の頃は同じような状況だったのに、あれから約十年が過ぎて、俺たちの立ち位置は随分と変わってしまった。手足が震えている。涙が頬を伝って落ちて行った。

「ごっ、ごめん、セナ、俺、怒らせるつもりじゃ……泣かせるなんて、思ってなくて」
「ラーフに悪気が無いのは分かってる。でももう、俺はお前と話したくない」
「やだ、ごめん、本当にごめん、セナっ、話したくないなんて言わないで」

 泣いてるのは俺なのに、ラーフはもっと泣きそうな顔をしていた。俺の手首を強く握る手は大きくて、その握力は骨が軋むほどだ。それほどの力を込めて握っていることに、本人は気付いていないのだろう。

「離せ」
「いやだっ」
「離せって言ってるだろ!」

 俺は指先に力を込めて、そこで魔術を紡ぐ。その状態で俺の手を掴むラーフの手首に触れた。瞬間、ラーフの体には脱力が起こる。医療魔術師が得意とする四肢の力を奪う魔術だ。医療においては、麻酔のような用途で用いられる。
 通常の闘性魔術師は、己の中の抗魔力を高めてこのような手法に抗うが、ラーフは今、冷静ではないようで抗魔力が随分と低かった。

「……ごめん、ラーフ。でももう、俺のことは放っておいて」

 力無く地面に伏すラーフが、目だけで必死に俺を追いかける。瞬間的に強力な神経麻痺を起しただけで、少し放っておけば自然に消えていく程度のものだ。このまま、ラーフが倒れている間に俺は逃げることにした。
 一歩踏み出して、体が後方へ引っ張られる。何事かと思って見れば、ラーフが俺のローブの裾を掴んでいたのだ。

「ラーフ、麻痺しているのに無理に動かすと神経を痛める。手を離せ」
「いや、だ」

 痺れる手と、舌先を酷使してラーフが俺を引き留める。そんな姿に俺は溜息を吐いて、何かをあきらめた。

「……ごめん、やりすぎた」
「これくら、い、だいじょ、ぶ」

 笑ってラーフは許してくれたが、本来は許されることではない。医療魔術のひとつではあるが、使用方法によっては危険な術だ。ラーフに詰られても仕方ないことをした。
 俺はその場に正座して、倒れたラーフの体を掴んで引き寄せた。そのまま、俺の膝の上にラーフの頭を置く。下が芝生で良かった。石畳でラーフが脱力していたら、頭部を打撲していたかもしれない。本当に考えなしなことをしてしまった。

「セナの、ひざまくら、ひさしぶりだ」
「昔はよくしてやったな」
「すごく、すきだった。ずっと、こうしててほしい」
「何言ってる。痺れが取れるまでに決まってるだろ。……誰かに見られでもしたら、大変だ」
「べつに、見られたっていい」

 幼い頃の修行で、よくこの体勢になっていたのだ。この状態で、ラーフの頭に出来たこぶを治療していたりした。懐かしい記憶が蘇る。
 今、俺たちがいるのは中庭の端で、人影はないがいつ人が通りかかっても可笑しくはない。大貴族の息子と、没落貴族の息子が膝枕をしているなんて、奇怪な光景は誰にも見られたくなかった。

「セナ、俺は施しがしたいんじゃないよ」

 痺れが随分と取れてきた口ぶりだった。俺は何の言葉も返さず、ラーフの声を聞く。

「セナと同じ大学校に通いたいっていう、俺の我儘だよ」
「……それでも、お前から金をもらってまで俺は進学するつもりはない」
「じゃあどうするの? 就職するの?」
「いまどき、医療魔術師を雇うようなところがないことくらい、お前だって分かってるだろ」
「それなら俺が雇うっていうのは? 俺専属の医療魔術師! それなら良いでしょ!? 俺はそれが最高だと思うなー」
「……もう一回麻痺したいみたいだな」

 つい先ほど俺が怒ったことと、言葉を変えただけではないか。医療魔術師として雇われるには、最低でも大学校の知識レベルに達しなければならない。それであるのに、学生の知識しか持っていないような俺を専属で雇うなんて、施しの同義ではないか。
 俺の怒りに再び触れたと理解したのか、ラーフが口を閉ざす。

「俺はただ、セナと一緒にいたいだけなんだ」

 あまりにも真剣な顔でそんなことを言うので、驚いてしまう。そして顔が熱くなった。何故俺が照れなければならないのか。

「そ、そういうことは俺じゃなくて、恋人とか、婚約者とかに言うものだろう」
「そんなのはいないし、俺が一緒にいたいのはセナだけだよ」

 そんなわけあるか、とつっこみたくなる。お前みたいに人気者で、女子生徒からの好意を集めまくって、より取り見取りな分際で、恋人がいないだと。しかも、大貴族の次期当主だ。婚約者がいても可笑しくない。否、いないことの方が可笑しい。
 それが分かっているのに、向けられる真っ直ぐな感情に戸惑う。顔が熱くて仕方がない。

「お、俺はもう行く!」
「痛い!」

 突然立ち上がったせいで、ラーフは受け身も取れず頭を地面に打ち付けた。だが、俺にはそんな彼を気遣う余裕が無い。足早に立ち去る。

「あ! 待って、セナ! これからは、もっと話しかけて良い!? 避けたり、逃げたり、嫌がったりしないで話してくれる!?」

 大声でそんな恥ずかしいことを聞くなと言ってやりたいが、俺は今すぐにでもこの場を離れたくて手短に返答をした。

「好きにしろ!」

 背後からは喜ぶ声がしたが、俺は許した訳では無い。好きにしろと言っただけだ。それなのにあの喜びよう。可笑しくて何だか笑えてしまう。それでも俺は、顔が熱い理由を知りたくはなかった。


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