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「あー……、セナと二ヶ月ぶりに話が出来たー……、嬉しい」
名誉あるシェイナ家にお仕えして早十九年。次期当主であるラーフの乳兄弟として幼少よりそのそばにいるが、これほどまでに破顔したラーフを見たのは初めてかもしれない。破顔などという表現では生ぬるい。目も当てられないほどに形の崩れたニヤケ顔、という言葉の方が適格だ。
「いくら自室の中とはいえ、シェイナ家の次期当主がそんなみっともない顔をするな」
「お前しかいないんだから、別にいいだろ」
「あのな、俺だってこんなに気安く接しててどうかと思うけど、一応は従者なんだぞ。仕える者たちの前でも凛然とせよ、って御当主によく言われてるだろ」
「他の従者の前ではちゃんとするからいいんだよ。ロキはいちいち五月蠅い。俺の今のこの幸せな気持ちを台無しにしないでくれ」
思わずため息を漏らす。乳兄弟として、幼少より共に育てられた結果、本当の兄弟のような関係になってしまった。勿論、時と場合を考えて態度は改めるが、二人きりの時は気軽な態度で接してしまう。
「久しぶりにセナに膝枕してもらって、本当に幸せだった」
「はいはい、良かったな」
「ちょっとカッとなりやすいところあるけど、すぐに謝っちゃうところが本当に可愛い」
俺の主は、幼い頃からフィルリア家のセナ様にご執心なのだ。一日の大半は、セナ様のことを考えていると思う。
「あの紫の瞳に真っ直ぐ見つめられると、たまらなく興奮する」
「……じゃあ、今度は婚約者候補に紫色の目の女性を宛がっておく」
「セナじゃなきゃ意味がない。無駄なことはやめておけよ、ロキ。父上だって俺の気持ちを理解してるから、最近は無理やり婚約者を押し付けてこないじゃないか」
「そういうわけにいくか。シェイナ家の次期当主に婚約者がいないなんて、ありえない」
ラーフが抱くセナ様への感情は理解しているが、シェイナ家のためにはなんとしてでもラーフに婚約者を宛がい、ゆくゆくは跡継ぎを作ってもらわなければならないのだ。
「嫁いだ姉や妹たちが子供を産めば、それをシェイナ家の跡取りにすればいい。それだけの話だろ」
「お前なぁ」
「それよりも、セナのことだ。セナは、大学校へ進学しないらしい……あんなに学ぶことが好きなのに」
「まぁ、正直なところ、今のフィルリア家の状態を見れば、進学は難しいだろうな」
「だから、俺が援助するって言ったんだ」
「……は? 援助って、金を出すってことか?」
「そうだ。セナの学費を俺が出すから、一緒に大学校に通おうって言った」
「そんなこと言ったら……、セナ様は怒っただろう」
「めちゃくちゃ怒られた」
「そりゃそうだ」
ラーフは何もかもに恵まれて、だからこそ他人の気持ちを推し量れないところがある。そんな発言をすれば、セナ様のプライドを傷つけるのは目に見えているというのに、それが分からないのだ。
怒られたときのことを思い出しているのか、ソファに腰かけるラーフは項垂れた。だがすぐに、にやにやとした顔になる。本当に気持ち悪いやつだ。
見目も家柄も能力も人格も、何もかも申し分ないのに、執着する唯一の相手が男だなんて、なんていう悲劇だろう。セナ様が女性だったら、何もかもうまくいくのに、と思わずにはいられない。
仮に、セナ様が女性であったなら。当然、ラーフはセナ様と結婚するだろうし、きっとセナ様の腹が休まらないほどに孕ませられるだろうから跡継ぎ問題は解消される。セナ様だって、シェイナ家の援助で、フィルリア家を再興出来て皆が幸せになれる。嗚呼、何故セナ様は男なのか。なんとも惜しいことだ。
「進学しないにしたって、最近の医療魔術師の就職先は殆どないし……セナ様は今後どうされるんだ?」
「……分からない。セナを助けたいのに、助けようとすると怒られる」
「助けられるくらいなら、破滅した方がマシだって思ってるのかもな」
「なんでそんな……破滅って、セナがそんなことになったら俺は、セナが嫌がっても、何をしてでも助けるよ」
何をしてでも、という言葉が怖い。本当にラーフは何でもしてしまいそうだ。
「……あの教授も怪しいんだよな」
「教授?」
「アラウド・ハーヴェイ」
「あぁ、薬学の。怪しいって何が」
「セナを見る目が卑猥だ。絶対によからぬことを考える。セナが被害に遭う前に解雇してやりたい」
「お前の考え過ぎだろ。同じ医療魔術師として親交がある教授と学生ってだけじゃないか」
「いいや、それだけじゃないはずだ。今日だって肩を抱いてた。俺だって滅多にそんなこと出来ないのに」
完全に嫉妬じゃないのか、それ。とは言えず、俺は何度目かの溜息を吐き捨てる。向かい合う長椅子に腰を下ろしてずっとラーフを鑑賞しているが、セナ様のことを語っている間はずっと表情がころころと変わって活き活きとしている。普段は彫像のように整った顔を微塵も崩さず、そんな表情のままで冷徹なことすら口にするくせに、セナ様のこととなったらこの様だ。
「セナに近付く奴が多くて、本当に腹立たしい」
ラーフの瞳が鈍く光る。セナ様は、目立ちにくいがとても美しい顔立ちをされていて、それに気付いたものを魅了してしまう。そうしてセナ様に好意を向ける者を、ラーフは徹底的に排除してきた。その数はもはや、両の手では足りないほどだ。
そういったひどく残酷で、危ういところがラーフにはある。
「今日はセナにたくさん触れて幸せだった」
冷たい光は瞳から失せ、ラーフはにこにこと微笑んだ。その切り替わりの早さに、俺はなかなかついていけない。
「……ったく。触れて幸せって……それがシェイナ家の次期当主の発言だなんて信じたくないな」
ラーフが望まずとも、足を開く女はごまんといる。それなのに、たった一人の男に必死になって、触れただけで幸せとは。なんとも情けない気持ちになった。俺の素直な気持ちを口にすれば、ラーフの怒りを買うことは火を見るより明らかなので、絶対に声には出さない。
「明日はもっと話しかけるぞ」
「……あんまりやりすぎて嫌われないにな」
名誉あるシェイナ家にお仕えして早十九年。次期当主であるラーフの乳兄弟として幼少よりそのそばにいるが、これほどまでに破顔したラーフを見たのは初めてかもしれない。破顔などという表現では生ぬるい。目も当てられないほどに形の崩れたニヤケ顔、という言葉の方が適格だ。
「いくら自室の中とはいえ、シェイナ家の次期当主がそんなみっともない顔をするな」
「お前しかいないんだから、別にいいだろ」
「あのな、俺だってこんなに気安く接しててどうかと思うけど、一応は従者なんだぞ。仕える者たちの前でも凛然とせよ、って御当主によく言われてるだろ」
「他の従者の前ではちゃんとするからいいんだよ。ロキはいちいち五月蠅い。俺の今のこの幸せな気持ちを台無しにしないでくれ」
思わずため息を漏らす。乳兄弟として、幼少より共に育てられた結果、本当の兄弟のような関係になってしまった。勿論、時と場合を考えて態度は改めるが、二人きりの時は気軽な態度で接してしまう。
「久しぶりにセナに膝枕してもらって、本当に幸せだった」
「はいはい、良かったな」
「ちょっとカッとなりやすいところあるけど、すぐに謝っちゃうところが本当に可愛い」
俺の主は、幼い頃からフィルリア家のセナ様にご執心なのだ。一日の大半は、セナ様のことを考えていると思う。
「あの紫の瞳に真っ直ぐ見つめられると、たまらなく興奮する」
「……じゃあ、今度は婚約者候補に紫色の目の女性を宛がっておく」
「セナじゃなきゃ意味がない。無駄なことはやめておけよ、ロキ。父上だって俺の気持ちを理解してるから、最近は無理やり婚約者を押し付けてこないじゃないか」
「そういうわけにいくか。シェイナ家の次期当主に婚約者がいないなんて、ありえない」
ラーフが抱くセナ様への感情は理解しているが、シェイナ家のためにはなんとしてでもラーフに婚約者を宛がい、ゆくゆくは跡継ぎを作ってもらわなければならないのだ。
「嫁いだ姉や妹たちが子供を産めば、それをシェイナ家の跡取りにすればいい。それだけの話だろ」
「お前なぁ」
「それよりも、セナのことだ。セナは、大学校へ進学しないらしい……あんなに学ぶことが好きなのに」
「まぁ、正直なところ、今のフィルリア家の状態を見れば、進学は難しいだろうな」
「だから、俺が援助するって言ったんだ」
「……は? 援助って、金を出すってことか?」
「そうだ。セナの学費を俺が出すから、一緒に大学校に通おうって言った」
「そんなこと言ったら……、セナ様は怒っただろう」
「めちゃくちゃ怒られた」
「そりゃそうだ」
ラーフは何もかもに恵まれて、だからこそ他人の気持ちを推し量れないところがある。そんな発言をすれば、セナ様のプライドを傷つけるのは目に見えているというのに、それが分からないのだ。
怒られたときのことを思い出しているのか、ソファに腰かけるラーフは項垂れた。だがすぐに、にやにやとした顔になる。本当に気持ち悪いやつだ。
見目も家柄も能力も人格も、何もかも申し分ないのに、執着する唯一の相手が男だなんて、なんていう悲劇だろう。セナ様が女性だったら、何もかもうまくいくのに、と思わずにはいられない。
仮に、セナ様が女性であったなら。当然、ラーフはセナ様と結婚するだろうし、きっとセナ様の腹が休まらないほどに孕ませられるだろうから跡継ぎ問題は解消される。セナ様だって、シェイナ家の援助で、フィルリア家を再興出来て皆が幸せになれる。嗚呼、何故セナ様は男なのか。なんとも惜しいことだ。
「進学しないにしたって、最近の医療魔術師の就職先は殆どないし……セナ様は今後どうされるんだ?」
「……分からない。セナを助けたいのに、助けようとすると怒られる」
「助けられるくらいなら、破滅した方がマシだって思ってるのかもな」
「なんでそんな……破滅って、セナがそんなことになったら俺は、セナが嫌がっても、何をしてでも助けるよ」
何をしてでも、という言葉が怖い。本当にラーフは何でもしてしまいそうだ。
「……あの教授も怪しいんだよな」
「教授?」
「アラウド・ハーヴェイ」
「あぁ、薬学の。怪しいって何が」
「セナを見る目が卑猥だ。絶対によからぬことを考える。セナが被害に遭う前に解雇してやりたい」
「お前の考え過ぎだろ。同じ医療魔術師として親交がある教授と学生ってだけじゃないか」
「いいや、それだけじゃないはずだ。今日だって肩を抱いてた。俺だって滅多にそんなこと出来ないのに」
完全に嫉妬じゃないのか、それ。とは言えず、俺は何度目かの溜息を吐き捨てる。向かい合う長椅子に腰を下ろしてずっとラーフを鑑賞しているが、セナ様のことを語っている間はずっと表情がころころと変わって活き活きとしている。普段は彫像のように整った顔を微塵も崩さず、そんな表情のままで冷徹なことすら口にするくせに、セナ様のこととなったらこの様だ。
「セナに近付く奴が多くて、本当に腹立たしい」
ラーフの瞳が鈍く光る。セナ様は、目立ちにくいがとても美しい顔立ちをされていて、それに気付いたものを魅了してしまう。そうしてセナ様に好意を向ける者を、ラーフは徹底的に排除してきた。その数はもはや、両の手では足りないほどだ。
そういったひどく残酷で、危ういところがラーフにはある。
「今日はセナにたくさん触れて幸せだった」
冷たい光は瞳から失せ、ラーフはにこにこと微笑んだ。その切り替わりの早さに、俺はなかなかついていけない。
「……ったく。触れて幸せって……それがシェイナ家の次期当主の発言だなんて信じたくないな」
ラーフが望まずとも、足を開く女はごまんといる。それなのに、たった一人の男に必死になって、触れただけで幸せとは。なんとも情けない気持ちになった。俺の素直な気持ちを口にすれば、ラーフの怒りを買うことは火を見るより明らかなので、絶対に声には出さない。
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