没落貴族の愛され方

シオ

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 休日を利用して、俺は父さんとエリアス城に来ていた。貴族街は首都にあるが、エリアス城は州を跨いだ場所にあり、電車とバスで移動しなければならない。

 俺も父さんも、自動車の類は運転出来ない。免許を持っていないのだ。他の貴族たちには、大抵、運転免許を持つ従者がいて、彼らが操作する自動車で移動していた。

 昔は馬車で移動するのが一般的だったし、短い距離であれば箒での移動もあった。けれど今は、箒での移動が法律で禁止され、私有地か許可された区域でしか箒には乗れない。

 俺も、もう随分と箒に乗っていない。その代わり、自転車に乗れるようになった。買い物には、自転車で行っている。

 長い間、エリアス城には来れていなかった。父さんにも俺にも、そんな余裕がなかったのだ。

 けれど、今回、ラーフが城を購入してその権利が俺へと譲渡されたことを受けて、せめてものお礼として城の清掃をしようということになった。

 城を管理する者がいなくなって、随分と経つ。庭は草が伸び放題で、城の中も埃や蜘蛛の巣、入り込んだ野生生物の排泄物や死骸でとんでもない状態になっていた。こんな状態の城を買い取ってくれたラーフには、まったくもって頭が下がる。

「父さんは少し休んでてよ」

 朝早くに城に到着して、それからずっと掃除を続けている。父は目に見えて疲労が溜まっているようだった。

 普段、家では色々な帳簿とにらめっこをしつつ、開業医として来訪してくる患者の治療も行っているのだ。のんびりと勉強だけしていればいい俺とは、日々の疲れも異なっているだろう。

「年寄扱いするな。私はまだ大丈夫だ」
「もう年寄じゃないか」

 平気だとアピールする父を、無理やりベンチに座らせて水筒を持たせる。そこで休んでて、といって俺は掃除を続けた。箒を持って城内へと入っていく。

「……懐かしいな」

 ここで生まれ、ここで育った。貴族街で開業医としての仕事をしていた父は、首都にいたが、俺と母とそしてラーフはここで生活をしていたのだ。母が死ぬまで、俺の生活の拠点はこのエリアス城だった。

「ここ……俺とラーフの寝室だったっけ」

 蜘蛛の巣を払いながら、部屋に入っていく。埃まるけのカーテンを開けると、子供用の寝台が両側の壁に沿うように一つずと置かれている。けれど、よく二人で一つの寝台で眠っていた。何もかもが懐かしい。

「こんなに小さかったんだな」

 昔は二人で眠った寝台だが、今では俺ひとりでも横になるのが難しそうだ。ラーフは、泣き虫だった。修行で傷を作っては、痛いと泣いていた。俺がその傷を必死で癒すものの、当時は力が足りなくて、治療に時間がかかっていたのだ。

 ラーフの傷に俺がキスをして、僕が痛いの食べたからもう大丈夫、なんて言ってなんとかラーフの涙を止めようとしたのだ。

「……この城を、手放さなくて良かった」

 大切な思い出がたくさん詰まっているこの城を、赤の他人に手放すなんて、やはり出来なかった。結局は、施しに近い形でこの城を譲ってもらうことになってしまったが、それでもこの城にまた来ることが出来て良かったと思う。

 ふいに、ラーフに対価として求められたものを思い出してしまう。顔が熱くなって、思わず唇に指を当てた。随分と激しい口付けだった。呼吸が上手く出来なくなるほどの。

「あいつ……なんであんなこと」

 何故、あんなことが対価になるのかはよく分からない。キスが、無性にしたかったとか、そういうことなのだろうか。だとしても、もっと可愛い女の子とか、妖艶な美女とか、そういった相手を選べばいいのに。ラーフが何をしたいのかが全くよく分からない。

「……俺が、女っぽいからかな」

 非常に不本意だが、俺はよく性別を間違われる。どちらか分かりにくいとも言われる。だから、はっきりと俺、と自分を指すが効果がないことも多々あった。女だと思われるのは嫌だ。俺は、男なのだから。

 女だと思われるくらいなら、いっそのこと、最初から女に生まれたかった。そうすれば、己の使い道が他にもあったのに。

「昔はもっと、ラーフの考えてることが分かったのにな」

 今ではさっぱりよく分からない。突然怒ったりするし、かと思えば泣きそうな顔をしたりする。俺にはラーフの行動は不可解だった。

 考えても仕方のないことだと割り切り、俺は掃除を再開する。綺麗にした寝室を、スマホのカメラで写真を撮った。

 昨日、ラーフの従者であるロキにもらったスマホだった。ロキは、もう古いものだからと言っていたが、俺からしてみると何も古いところはない。ピカピカで傷もなく、変色もしていない。

 古いというのは、数百年前に書かれた医学書のようなものを言うのだ。あれらは、湿気で紙が歪み、指垢のせいで酷く黄ばみ、その結果、触れただけで破れてしまうものもある。

 つまり、俺からすれば、もらったスマホは新品同様に見えるということだった。ロキから、充電に必要な紐のようなものをもらい、モールの喫茶店には、コンセント、というものがあるのでそこに差し込めば充電出来ると教えてもらった。ロキは本当に至れり尽くせりで色々と世話になった。

「二人には、たくさん感謝をしないと」








 貴族街の邸宅に戻ってきた頃には、陽が沈んでいた。疲れ切った父が長椅子でうたた寝を始めたので、ブランケットを持ってきてそっと掛ける。そして俺は玄関の鍵を閉め、自転車でモールへ向かう。

 スマホの充電がしたいのと、今日撮った写真をラーフに送りたかったためだ。写真を送るにはWi-Fiが必要だと学んでいたので、モールへ行かねばならなかった。

 喫茶店では、温かい紅茶を頼み、ロキにもらった紐をコンセントに差し込む。なんだか、電気を泥棒している気になってドキドキしたが、周囲には同じように紐を差し込んで何事かをしている人が多く、ロキの言う通りこれがサービスの一環なのだと理解した。

 俺のスマホには、ラーフの連絡先しか入っていなかった。ロキがそのようにしたのだ。だから何も迷うことなく、ラーフにメッセージが送れる。手紙で書いてしまえば、数秒で書けるような文章に、十分ほどかかってしまった。

 苦労してメッセージを送るが、ラーフからの返事は数秒で帰ってきた。しかも、文章量は俺の三倍くらいはある。

「……ラーフ、文字を書くのが早いんだな」

 ラーフの新たな一面に驚きつつ、あまり長居しては父が心配すると思い喫茶店をあとにする。時計を見れば、一時間ほど経過していた、。一応、父の眠るカウチのそばには、モールに行ってきます、と書置きを残している。とはいえ、早く帰るに越したことはない。

 モールを出て、自転車置き場へ向かう。その時、突然、俺の前にひとつの影が現れた。あまりにも突然のことで、俺は驚いて足を止める。見知らぬ男だった。

 野卑な表情で俺を見ていた。驚きすぎて俺は声が出せない。けれど、その男が何か良からぬことを考えているのは手に取るように分かった。慌てて、指先に力を籠める。

「……っ!!」

 俺は油断しすぎていた。背後に立つ人物に全く気付かなかったのだ。振り返った瞬間に、何かで思い切り頭を殴打される。急激な衝撃で激しい脳震盪が起こり、俺は意識を手放してしまった。

 一体何が起こったのか、まったく理解できないままに、俺は冷たい地面の上に伏してしまった。
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