没落貴族の愛され方

シオ

文字の大きさ
11 / 41

11

 俺は、ラーフの従者ではあるが、ラーフに同伴して学校へ行くことはしていない。貴族の子息は、従者を学校内にまで連れて行く者も多いが、ラーフが鬱陶しいからといって俺は随伴しないことになっていた。ラーフがいない間は比較的自由に過ごし、ラーフが帰宅する頃を見計らって車を運転して学校へ迎えに行くのだ。

 今日は、車内で一言も発せないほど、ラーフが不機嫌だった。

 ラーフがこんな状態になる理由はひとつしかない。セナ様だ。ラーフは、己のことを侮辱されても、家名を貶されても気にしないが、セナ様に何かがあると別人のように豹変するのだ。こういう時は、近寄らないのが最善策だった。

 苛々としたままのラーフはシェイナ邸につくと、そのまま真っ直ぐに己の部屋に閉じこもった。普段であれば、すぐに出てきて中庭で鍛練を始めるのだが、今日はそうはなからなかった。

 部屋に引きこもり、一時間ほどが経過したがラーフは出てこない。それどころか物音すらしなかった。少し心配になり、ラーフの部屋へ向かう。ノックをしても返事はない。声を掛けながら俺は入室する。

 入室してからすぐに気付いた。部屋の中には、鼻に付くほどの雄の匂いがしたのだ。ベッドのふちに腰かけて、こちらに背を向けているラーフ。履いていた制服のスラックスの、前が寛いだ状態になっているのを見て察した。

 俺とラーフの付き合いであれば、抜いている姿を見られたところで、そして、見たところで気にはしない。そういうことだってあるだろう。だが、俺は別のことが気になった。ラーフは随分と殺気立っていて、今までに見たことがないほどに、余裕がなかったのだ。

「ラーフ、大丈夫か」

 大きな息遣いが聞こえる。達し、吐き出してから少し経っていたのだろう。ラーフは己の手を汚し、それを拭うことなく彼方を見据えていた。ラーフは、こちらを一瞥するとすぐに視線を戻す。

「……あぁ」

 ラーフの手には、白いハンカチが握られている。どうやら、それを己のものに擦り付けていたらしい。ただのハンカチ相手に、そんなことをする特殊性癖はないだろう。であるならば、そのハンカチがラーフをその気にさせた要素を持っているということだ。十中八九、セナ様関係だろう。

「そのハンカチは?」
「セナの、涙がついてる」
「……そっか」

 なるほどな、と頷く。セナ様の涙がついたハンカチで、セナ様をネタに抜いていたということだ。これはまずい、と即座に判断する。相当溜まっているのだ。普段、品行方正に振る舞うラーフだが、年頃の男なのだから熱が溜まることもある。それを上手く発散させてやらねばならない。

「女でも手配させるか」
「男にしてくれ」

 こういう時のための、後腐れ無く、そして面倒事を起こさないプロの娼婦たちがいる。彼女らの仕事相手は大抵が貴族。貴族のどうしようもない熱を受け止めるのが、彼女らの務めだった。

 ラーフが、男を求めたのは初めてだった。今までは女しか相手にしてこなかったのに、男を願った。ラーフはもう、我慢の限界を超えている。そんな状態になっても、セナ様には手を出さず、なんとか理性で抑え込んで耐えているのだ。

「黒髪で、アメシストの瞳。小柄で、愛らしい顔立ちの」
「……善処する」

 それは、完全にセナ様だった。男を用意しろ、と言いつつ、その実、セナ様を抱かせろ、と言っているのとまったく同義だった。それにラーフは気付いているだろうか。当然、気付いているのだろう。彼方を眺めるラーフの視線の先には、もしかしたらセナ様がいるのかもしれない。

「セナ様と、同性婚でもしたらどうだ。別に、違法じゃない。貴族においては珍しいってだけの話だ」
「……セナが望むなら、それもいいな」
「セナ様は、お前の気持ちに全く気付いていない。このままの調子なら、ずっと気付かれないままだ。耐えられるのかよ、お前に」

 何故、ラーフのあからさまな好意に気付かないのか、と不思議になるのだが、セナ様は本気でラーフの慕情に気付いていない。幼馴染として特別に親しくしてくれている、という程度の受け取り方なのだろう。鈍感が過ぎる。

「……セナが大切過ぎて怖いんだ。セナに結婚を申し込んで、断られるのも怖い。一歩踏み出して、今までの関係が崩れるのも嫌だ。……無理強いをして、セナに嫌われるのが本当に怖い」
「シェイナ家の次期当主が情けないこと言ってんなよ」
「セナの前ではただの、片思い中の男だ」
「……ったく」 

 少し落ち着きを取り戻してきたラーフに、少しずつ近づく。ラーフの中央に垂れ下がるものは、未だに硬度を保っていて、男の手配を急ぐことにした。スマホで、他の使用人に連絡を取り、その手のサービスを行う店にラーフの要望に合う者がいるか当たってもらった。

「この前セナに、恋人とか婚約者がいるんだろって言われた」
「あー……それは、なんというか……だな」

 セナ様を想って、ラーフは向けられる誘い全部を断ってきた。そんな健気なラーフには、その言葉は酷すぎる。未だに婚約者がいないのも、御当主がラーフの異常性を見抜いてのことだった。

 無理にでも婚約者を宛がえば、ラーフは簡単に家を捨ててセナ様のもとへ行ってしまう。それを御当主も理解していた。だからこそ、敢えて積極的に行動はせずラーフの生き方を見守っておられるのだ。

「……セナには、意中の相手がいるのかも」
「いや、いないだろ。セナ様は年不相応に超弩級の初心だからな」
「もし、そんな奴がいたら殺してしまいそうだ」

 俺は、氷塊を飲み下したかのように胃の腑が冷えた。ラーフのその言葉に対して、そんな冗談言うなよ、なんて笑えたらまだ良かったのだが、本気で実行してしまいそうで気が気ではなかった。

 その後、なんとか掻き集められたセナ様似の男娼三人を抱きつぶし、少しばかりすっきりしたラーフは、全然セナには似てないな、という感想を口にして日課の鍛練を始めていた。

 鍛練の合間に、自分のスマホを操作して、俺が撮影したセナ様の写真を眺めるラーフを見守る。本当にセナ様だけが特別なんだな、と心底に思った。なかなかに一方通行な二人の関係を、どうにか良い方向に前進させられないだろうか、とシェイナ家次期当主付き従者である俺は頭を悩ませるのであった。


感想 12

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

異世界から戻ったら再会した幼馴染から溺愛される話〜君の想いが届くまで〜

一優璃 /Ninomae Yuuri
BL
異世界での記憶を胸に、元の世界へ戻った真白。 けれど、彼を待っていたのは あの日とはまるで違う姿の幼馴染・朔(さく)だった。 「よかった。真白……ずっと待ってた」 ――なんで僕をいじめていた奴が、こんなに泣いているんだ? 失われた時間。 言葉にできなかった想い。 不器用にすれ違ってきたふたりの心が、再び重なり始める。 「真白が生きてるなら、それだけでいい」 異世界で強くなった真白と、不器用に愛を抱えた朔の物語。 ※第二章…異世界での成長編 ※第三章…真白と朔、再会と恋の物語

【完結】お願いします。探さないでください。

香澄京耶
BL
【3/19追記】番外編含め二部投稿・完結いたしました。 二部はルカ奮闘回となります。 ---- 幼馴染の勇者レオンに執着されている男、ルカ。 勢いで身体の関係を持ってしまったルカは、手紙を残して村を逃げ出した。 「お願いします。探さないでください。」 そう書き置きを残して。 だが勇者は諦めない。 逃げる商人と、執着する元勇者。 幼馴染ふたりのラブコメディ。 世界を救った勇者×村の商人 ※画像はAI生成です。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました

こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。毎日18時50分公開予定です

happy dead end

瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」 シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。