没落貴族の愛され方

シオ

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「父さん……アラウド教授が、奨学生として大学校へ行かないかって……言ってくれたんだ」

 夕食後の穏やかな時間。紅茶を淹れ、父とゆっくりお茶の香りを堪能していたその時に、俺は話を切り出すことに決めた。数秒かけて俺が発した言葉を理解したらしい父は、目を見開いて驚く。

「本当か!? 良かったじゃないか、セナ!」
「……うん」
「どうした? ……嬉しくないのか?」
「嬉しいよ、もちろん嬉しい。……でも」

 手の中にあるティーカップ。その水面に映る己の顔を見た。いつまでも童顔で、実年齢より常に低く見られる威厳の無い顔がそこにある。

「俺を奨学生として入学させてもいいって言ってくれてるのは、ユギラ大学校なんだ」
「ユギラか……どちらかというと、エリアス城に近いな」
「そうなんだよ。ここからじゃ通えない」
「寮はないのか?」
「寮のことは……聞いてないけど、そうじゃなくて、父さんいいの? 俺が家を出て行っても」
「寂しくはなるが、仕方のないことだ」

 俺の懸念を、仕方のないことだと父は流した。俺たち家族はもう二人きりで、頼れる親類ももういない。使用人だって、一人としていないのだ。俺が出て行けば、父さんは一人ぼっちになってしまう。

「家事だって、あんまり出来ないのに」
「お前が上手すぎるんだよ。私だって、大抵のことは一人で出来る」
「……でも、父さんを一人残して行くなんて」

 二人でずっと頑張ってきた。あらゆる家事を覚えて、二人で支え合って生きてきたのだ。父を置いていくことに、強い抵抗感があった。

「セナ。親はいつか子離れしなければならないし、子も親離れしなければならない。今がその時なのかもしれないね」

 父の手が、俺の頭の上に乗った。そのまま、優しく撫でられる。昔は大きく感じた掌だったが、今は随分と小さい。増えた白髪も、肌に刻まれた年輪も、父の身に降りかかった苦労の度合いを示していた。

「……ちょっと、寮のことは教授に相談してみるよ」
「そうするといい」

 父は笑っていた。心から、俺の巣立ちを喜んでいるように見える。ふいに、父が何かを思い出したかのように立ち上がり、一通の手紙を持って帰ってきた。差し出された手紙を受け取る。

「そういえば、今年もこれが来ていたよ」
「……ラーフの、誕生日会」
「今年は行ってあげたらどうだい?」

 それは、ラーフの誕生日会への招待状だった。誕生日会といっても、小規模のものではなく、シェイナ家で開かれる大きな舞踏会のようなパーティーだ。昔は俺のために父もそういったパーティを開いてくれていたが、それももう随分と昔の話だった。

「着ていくイブニングコートが無いよ」
「私が昔着ていたものでは駄目かな」
「父さんより背が低いから、きっと合わない」
「少し直せばいけるだろう。それに、新しいものを買ったらいいじゃないか」
「どっちにしても、勿体ないよ。たった一回のことなのに、随分お金が飛んでいく」

 毎年招待状が送られてくるが、少なくとももう五年は行っていない。いつも、手紙で不参加の詫びと、誕生日のお祝いの一言を書いて手紙を返送していたのだ。

「毎年招待状をくれるのに。ラーフが少し可哀そうじゃないかい?」
「ラーフを祝うひとは、たくさんいる。俺ひとりいなくても大丈夫だよ」
「じゃあ、そうやってラーフに言ってごらん」

 父が突然とんでもないことを言いだした。手に取ってしまった手紙を見て、俺はどうしようと困ってしまう。こんなことなら、父に気付かれる前に返送してしまえば良かった。

「手紙で素っ気なく、行けません、と返すのではなく。今言ったみたいに断っておいで」
「……流石に言いにくいよ」
「言いにくいことを、手紙でさらっと済ませようとするのは感心しないな」

 どうやら父は、この件で折れる気はないらしい。俺は手紙を握り締めたまま、深いため息を吐き捨てた。









 学校の中でラーフを見つけるのは簡単だった。人垣を探せばいい。その中心にラーフはいる。闘性魔術師が使う教室の前でラーフを発見した。けれど、話し掛けに行けない。あんな人波を掻き分けて、中心にいるラーフを呼ぶなんて俺には出来なかった。
 
 物陰に隠れて、ラーフの様子を伺うのが精一杯だ。身を翻して、しゃがみ込む。駄目だ。やっぱり自分から話しかけに行くなんて無理だ。ラーフに背を向けて、廊下の隅、その角で俺は腰を下ろす。

「……ラーフ」

 こういう時にスマホがあれば。スマホがいつでもネットを利用出来たら、メッセージを使って呼び出すことが出来るのに。どうしたものか。ローブの内ポケットに潜ませた招待状が、俺を今も悩ませる。

「呼んだ?」

 廊下の角に立ち、俺を覗き込んでいたのはラーフだった。俺は驚きのあまり跳ね上がるようにして立ち上がる。

「き、聞こえてたのか……?」
「セナの声は、どんなに小さくても聞きのがさないよ」

 本当に先程小さく呟いた声がラーフの耳に届いていたのだろうか。信じられない。けれど、事実ラーフは今ここにいる。

「あの、ちょっと……話があって」
「うんうん、なに?」

 ラーフは人垣を抜け、彼らを置いてやってきたが、ぞろぞろと彼らが近づいてきている足音がする。あんなのに囲まれながら落ち着いて会話が出来るわけもない。

「もう少し人のいないところに行くぞ」

 俺はラーフの手を引いて歩き出す。どこに行けばいいだろうか。やはり、中庭あたりが最適か。最近は肌寒くなってきて、中庭に行く人も減ってきている。だからこそ狙い目なのだ。

「セナに手を引いてもらえるなんて幸せだなぁ」
「何言ってるんだよ、変な奴」

 人の姿がすっかりなくなった。そこで俺はラーフの手を離し、向かい合う。ラーフは俺が掴んでいた手首を眺めていた。強く握りすぎて痛かったのだろうか。否、ラーフはどことなく嬉しそうな顔をしている。

「……あの、えっと……」
「うん?」
「これを……返したくて。ラーフ、ごめん、俺は行けない」

 ローブの内ポケットから手紙を差出し、ラーフに渡す。ラーフは素直に手紙を受け取ったが、その招待状をじっと見つめていた。

「理由を聞いてもいい?」

 当然そう言われると思っていた。昨日から用意していた理由を返す。

「恥ずかしい話だけど……着て行くイブニングコートが無いんだ。前に作ったのは七年も前で、もう着れない」
「行けない理由はそれだけ? それなら、俺がコートを贈るよ」
「え? いや、それは可笑しいだろ。お前の誕生日会なのに、なんで俺が贈り物をされてるんだよ」
「贈るコートが招待状の代わりだとでも思って」
「いや……でも、やっぱりそれは……」
「セナに贈るコートを俺が選ぶ。そして、セナは俺が贈ったコートを着て、会場に来る。それが俺にとってのプレゼントになるんだよ」
「……どうしてそれがプレゼントになるのか、よく分からない」
「それでもいいから」
「……分かったよ。ラーフがそれが良いっていうなら、そうするよ」

 どう考えても可笑しなことを言っているのはラーフだ。けれど、ラーフの誕生日会なのだから、ラーフの望むようにしてやるのが一番だという結論に達した。俺はラーフの要望を受け入れる。

「ありがとう、セナ!」

 勢い良く抱き着いて来たラーフは、尻尾をぶんぶんと振る大型犬のようだった。腰をがっちりと抱き込まれ、全く身動きが取れない状態になっている。ラーフの体を押しやって、なんとか一定の距離を保った。嬉しそうに満面の笑顔を見せるラーフのことを素直に可愛いと思ってしまう。

「今日、これからうちに来れる? テーラーを呼ぶよ。すぐに準備に取りかかろう」
「え!? 今日!?」
「そうだよ、善は急げだ!」
「ちょっ、ちょっと待って! 俺、ちょっと教授に相談したいことがあるんだ。それを済ませたらラーフの家に行くから、先に行ってて。必ず行くから」
「教授に相談って、何を相談するの?」
「進学のことだよ」
「詳しく教えて?」

 教授の名を出した瞬間に、ラーフの表情が硬くなる。最近気付いたのだが、ラーフはたぶん教授が苦手なのだ。だからいつも、不愉快そうな顔をするのだろう。
 
 ラーフの追及が厳しいのはいつものことなので、俺ももう抗わない。不愉快度が上がらないように気を付けて言葉を選び、説明する。

「……奨学生としてユギラ大学校に行けそうって話しただろ。あの件で、大学校の寮が開いてないか確認してもらうっていうだけの話だよ」
「なるほどね。それなら、俺がセナの悩みを解決できそうだ。だから、教授の所には行かなくていいよね」
「え?」
「さぁ、行こう。セナ」

 ラーフが俺の悩みを解決出来そうというのは、一体どういう意味なのだろうか。その説明もないままに、ラーフが俺の手首を掴んで走り出す。もちろん、ラーフにとってはゆっくり走っているだけなのだろうが、運動不足の俺からするとついていくのに必死な速度だった。もつれそうになる足を必死に動かして、俺は叫んだ。

「ちゃんと説明しろよっ! もう!」

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