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「ロキ、今日はセナも乗るから安全運転で頼むよ」
いつもとは異なる時間に、ラーフから連絡が来たことに驚きながらも俺は迎えに行くため車を走らせる。送迎に使用しているクラシックカーの運転にも随分と慣れた。古い車を、科学技術と魔法を用いて長持ちさせ、その技術力を見せつけるというのが貴族たちの流行だった。俺は学校には通わず、従者として必要な知識全般をシェイナ邸で他の先輩従者から習った。その中に運転技術があったのだ。
そして、乗り込んできたラーフの姿に驚いたのが数秒前。否、正確に言うのであれば、ラーフと共に入ってきた人物に度肝を抜かれたのだ。セナ様が乗り込んできた。困惑しているセナ様のおもてを見るに、どうやらラーフが無理やり連れてきたようだった。
「……俺が安全運転じゃなかったことなんて、無いだろ」
落ち着いてそんな軽口を返すが、正直なことを言えば内心では冷静さを欠いていた。なんでセナ様が乗り込んでくる。ラーフの手はセナ様の肩に回り、セナ様を軽く抱き寄せていた。どういう状況なのだ。車を発進させながら、車内のミラーで後部座席の様子を伺う。
「ラーフ、ちゃんと説明してくれ。大学校の寮のこと」
セナ様がラーフを見て問いかけた。大学校のこと。それは最近、俺もラーフに色々と調査を命じられていた。どうやらセナ様がその大学校に進学するのが濃厚になっているらしく、ラーフも色々と動き出したのだ。
「ユギラ大学校の近くにシェイナの別邸があるから、そこに住むのはどうかなと思って。別邸といっても、タウンハウス並みのこじんまりとしたものだから、少し手狭かもしれない。けど、二人で住むなら丁度いいかな?」
「……別邸? 二人で住む? ……ラーフ、何言ってるんだよ。俺にも分かるように、ちゃんと説明してくれ」
地方都市であるユギラにあるシェイナ家の別邸は、ラーフに命じられていた調査のひとつだった。大学校から少しばかり離れた場所に、シェイナのタウンハウスがあるのだ。手狭などと言っていたが、それは激しく市民感覚から乖離している。
俺は最初から、そこで二人で住むのだとラーフから説明されていた。二人というのは当然、ラーフとセナ様だ。そういうことに落ち着いたのか、と俺は安堵していたのだが、全くもって状況は違った。セナ様は何も聞かされていなかったのだ。ラーフが勝手に決めていたことだった。
「困らせてごめんね、セナ。だから、そんな顔しないで」
突然、一緒に住むなどと言われれば誰だって困惑するだろう。セナ様は戸惑うように眉を下げて、愕然としながら目を伏せた。なんという悲壮な表情だろうか。慌ててラーフがセナ様を抱きしめてその背中をさする。慰めているつもりなのだろうが、セナ様を悲しませているのは他でもないお前だ。
「俺もセナと一緒にユギラ大学校に行くよ。それで、大学校の近くで一緒に住もう」
「……ラーフも、ユギラに行くのか?」
「うん、そうだよ」
「俺が、ユギラに行くからか?」
そうだよ、とラーフは軽く頷いているが、別に入学が決定しているわけではない。とはいえ、シェイナ家の次期当主を迎えられるのであれば、どこの大学校も歓迎することだろう。
「どう答えてもセナに怒られそうだから素直に言うけど、セナが行くと決めた大学校に進学するつもりだった。それがユギラに定まったようだから、俺もそこに行くことにした」
「……そんな、……そんなことで進学先を決めるなんて」
「俺は、どこの大学校でも良かったんだ。闘性魔術師としての知識を得ることも、鍛練することも、家で出来るし、実際、俺はずっと自宅で研鑽を積んできた。敢えて大学校に行って学ぶことは無い。でも、父さんが一応大学校は卒業しておけっていうから、だから進学する。その程度の気持ちなんだ」
セナ様のように、特殊な知識を蓄えなければならない医療魔術師とは異なり、闘性魔術師は実力が全てだ。強ければそれでいい。当然、魔法理論などを学べばそれなりの補助にはなるが、闘性魔術師の本質的には能力が高ければそれでいいのだ。ラーフが大学校で有益な学びを得ることは、限りなく少ないだろう。
「どこの大学校に行ったとしても、そこで得る知識や技術は、今俺が持つものより低いレベルだと断言できる。大学校なんて、どこでも良かった。それなら俺は、セナと同じところに行きたい」
ラーフは、セナ様の前だと随分と愚かになるが、それでも奴自身は歴代最強の名を恣にする闘性魔術師だ。頭脳は明晰であり、技術は随一である。冷酷な任務を命ぜられても、冷酷なまま果たすことが出来る性質も闘性魔術師に向いていた。
ラーフは、闘性魔術師になるべく生まれ、その通りに育ち、結果、最強の闘性魔術師となった。その真っ直ぐすぎる生きざまは、異常ですらある。そんな異常者を、ただの男にすることが出来るのが、セナ様だった。
「……怒った?」
随分と不安そうな瞳でラーフがセナ様を見た。こんな目は、セナ様の前でしか見ることが出来ない。セナ様に怒られないだろうか、嫌われないだろうか、と不安でいっぱいの表情だった。紫に輝く瞳にかかる黒い前髪を、ラーフの指先がそっと払う。
「怒るもなにも……、驚いていいのか、呆れていいのか、よく分からない」
それが、セナ様の一番素直な感想だった。気疲れしたようで、シートに深く凭れ掛かっている。小さくため息を吐いていた。その気持ちがよく分かる。ラーフの周囲の人間は、ラーフに振り回されるのだ。俺もよく、気付かぬうちに溜息を吐き捨てている。
「とりあえず、ラーフがユギラに進学するっていうのは理解した。で、もう一つの二人で住むっていうのは?」
「セナが寮を探してるってことは、貴族街の邸宅を出て一人暮らしを考えてたっていうことだろう? それなら、一緒に暮らせる物件があるから、一緒に住もうという話」
「なんでそこまで話が進んでるんだよ」
「もう遅いくらいだよ。セナ、俺たちあと四か月で卒業なんだよ?」
魔法使いの学生たちは、最終学年の半年が過ぎた頃には進路が決まり、そのあとで卒業試験があって、そのあとは各々、次のステップへ向けた準備期間になる。今はまさにその準備期間にあたる時だった。その時期になって進学先が決まったセナ様は、確かに遅すぎる方だった。
準備を進めなければ、というラーフの言葉は正しいが、おそらく、セナ様が言いたいのはそういうことではないのだ。何故、勝手にそこまで決められているのだという憤りをセナ様はラーフに分かってもらいたいのだろう。
「セナは俺と一緒に住むのが嫌?」
「嫌じゃ、ないけど……でも、シェイナ家の別邸なんて」
「学生寮って言ったって、有償だろう? でも、俺の家の別邸ならお金は取らないよ」
学生寮は確かに料金がかかる。とはいえ、学生の財布に配慮された破格の値段だ。だが、値段云々の話の前に、貴族街に邸宅を有するフィルリア家の次期当主が、安い学生寮にいるということが、あまりにも異質だった。当然、フィルリア家の没落ぶりは世間も承知しているが、大学校では嫌な意味で目立ってしまうだろう。
ラーフの行動に正当性を持たせるわけではないが、学生寮に行くくらいならシェイナの別邸で過ごした方が良いのではないかと俺も考える。考えるだけで、口には出さない。口出しすれば、たとえラーフにとっての援護射撃であっても睨まれる可能性が高いのだ。二人の会話は、邪魔をしないに限る。
「お金は取らないとか……、そういうのが嫌だって言ってるだろ」
「セナがそう言うと思って、俺は対価を考えたんだ。一緒に住む場所と、生活に必要な資金は全て提供するから、家事をお願いしてもいい?」
予想されたセナ様の反応に、ラーフが対抗策を用意していた。対等であることに強いこだわりを持つセナ様が、ラーフからの施しを嫌うということをラーフも学習していた。だからこそ、家賃の対価として労働を求めたのだ。セナ様が、家事をなんでもこなせるというのは俺たちですら知っていることだった。
「うーん……」
セナ様が悩んでいる。その時点でラーフの勝利は確定していた。セナ様は、嫌なことは嫌だとはっきり言う人だ。家賃の対価に労働を、という図式に拒否反応を示すのであれば、即座に切って捨てていたはず。であるのに、悩んでいる。これは半ば受け入れているが、気持ちに踏ん切りがつかないという状態の現われだった。
「……それなら、良いけど」
こうして、セナ様が折れた。二人の来年の姿が決まる。共にユギラ大学校へ進学し、その近辺にあるシェイナの別邸で二人暮らしを始めるのだ。そのために必要な手続きと、新たな警護体制の編成、必要物資などの計画を頭の中で立てて行く。
「本当に!? ありがとうセナ!」
「それを言うのは……俺の方だよ」
二人の今後について了承したセナ様に対し、ラーフは体全体で喜びを表現していた。まさか、ここまで急激に二人の関係が動くとは。
少し前までは、学校の中でも避けられて、近づこうものなら睨まれる、とめそめそしていたラーフだったが、今はその時の曇りも晴れて、満面の笑みを見せていた。やはり、エリアス城をセナ様のために購入したのが好転のきっかけだったと思う。
「ありがとう、ラーフ」
ミラー越しでも、これはまずいと思った。セナ様の笑った笑顔があまりにも美しかったのだ。憂いが消えて、何のわだかまりもなくセナ様が微笑む。男に興味のない俺ですら、その笑顔に触れたいと願ってしまう。そのような笑みにラーフが耐えられるわけがなかった。
「……っ!!」
セナ様の息をのむ音がして、そのあとは苦しそうに鼻から抜ける声が。ラーフはセナ様をシートに押し付けて、その口を強引に塞いでいた。俺からはラーフの背中しか見えないが、小動物が獰猛なライオンに捕食されているようにすら見える。
だが、ラーフもよく我慢している方だと思う。男も女も、欲望のまま手にできるラーフが、たったひとり愛するひとに手を出せず、耐えている。たまにはこうして、ガス抜きをさせてやってください、と心の中でセナ様に土下座した。小さな拳が何度かラーフの背中を殴って、やっとラーフはセナ様を解放する。
「ラーフ! なんで、こんなこと……っ」
「ごめん、凄く嬉しくて、つい」
「嬉しくてって……そんな、嬉しいからって、……急にこういうことしちゃだめだ!」
「うん、ごめんね、セナ。許して」
突然のことに驚いたのか、セナ様は顔を真っ赤にして怒っていた。そんなセナ様を抱きしめて、嬉しそうに怒られているラーフの顔は、いつにも増してだらしがなかった。
いつもとは異なる時間に、ラーフから連絡が来たことに驚きながらも俺は迎えに行くため車を走らせる。送迎に使用しているクラシックカーの運転にも随分と慣れた。古い車を、科学技術と魔法を用いて長持ちさせ、その技術力を見せつけるというのが貴族たちの流行だった。俺は学校には通わず、従者として必要な知識全般をシェイナ邸で他の先輩従者から習った。その中に運転技術があったのだ。
そして、乗り込んできたラーフの姿に驚いたのが数秒前。否、正確に言うのであれば、ラーフと共に入ってきた人物に度肝を抜かれたのだ。セナ様が乗り込んできた。困惑しているセナ様のおもてを見るに、どうやらラーフが無理やり連れてきたようだった。
「……俺が安全運転じゃなかったことなんて、無いだろ」
落ち着いてそんな軽口を返すが、正直なことを言えば内心では冷静さを欠いていた。なんでセナ様が乗り込んでくる。ラーフの手はセナ様の肩に回り、セナ様を軽く抱き寄せていた。どういう状況なのだ。車を発進させながら、車内のミラーで後部座席の様子を伺う。
「ラーフ、ちゃんと説明してくれ。大学校の寮のこと」
セナ様がラーフを見て問いかけた。大学校のこと。それは最近、俺もラーフに色々と調査を命じられていた。どうやらセナ様がその大学校に進学するのが濃厚になっているらしく、ラーフも色々と動き出したのだ。
「ユギラ大学校の近くにシェイナの別邸があるから、そこに住むのはどうかなと思って。別邸といっても、タウンハウス並みのこじんまりとしたものだから、少し手狭かもしれない。けど、二人で住むなら丁度いいかな?」
「……別邸? 二人で住む? ……ラーフ、何言ってるんだよ。俺にも分かるように、ちゃんと説明してくれ」
地方都市であるユギラにあるシェイナ家の別邸は、ラーフに命じられていた調査のひとつだった。大学校から少しばかり離れた場所に、シェイナのタウンハウスがあるのだ。手狭などと言っていたが、それは激しく市民感覚から乖離している。
俺は最初から、そこで二人で住むのだとラーフから説明されていた。二人というのは当然、ラーフとセナ様だ。そういうことに落ち着いたのか、と俺は安堵していたのだが、全くもって状況は違った。セナ様は何も聞かされていなかったのだ。ラーフが勝手に決めていたことだった。
「困らせてごめんね、セナ。だから、そんな顔しないで」
突然、一緒に住むなどと言われれば誰だって困惑するだろう。セナ様は戸惑うように眉を下げて、愕然としながら目を伏せた。なんという悲壮な表情だろうか。慌ててラーフがセナ様を抱きしめてその背中をさする。慰めているつもりなのだろうが、セナ様を悲しませているのは他でもないお前だ。
「俺もセナと一緒にユギラ大学校に行くよ。それで、大学校の近くで一緒に住もう」
「……ラーフも、ユギラに行くのか?」
「うん、そうだよ」
「俺が、ユギラに行くからか?」
そうだよ、とラーフは軽く頷いているが、別に入学が決定しているわけではない。とはいえ、シェイナ家の次期当主を迎えられるのであれば、どこの大学校も歓迎することだろう。
「どう答えてもセナに怒られそうだから素直に言うけど、セナが行くと決めた大学校に進学するつもりだった。それがユギラに定まったようだから、俺もそこに行くことにした」
「……そんな、……そんなことで進学先を決めるなんて」
「俺は、どこの大学校でも良かったんだ。闘性魔術師としての知識を得ることも、鍛練することも、家で出来るし、実際、俺はずっと自宅で研鑽を積んできた。敢えて大学校に行って学ぶことは無い。でも、父さんが一応大学校は卒業しておけっていうから、だから進学する。その程度の気持ちなんだ」
セナ様のように、特殊な知識を蓄えなければならない医療魔術師とは異なり、闘性魔術師は実力が全てだ。強ければそれでいい。当然、魔法理論などを学べばそれなりの補助にはなるが、闘性魔術師の本質的には能力が高ければそれでいいのだ。ラーフが大学校で有益な学びを得ることは、限りなく少ないだろう。
「どこの大学校に行ったとしても、そこで得る知識や技術は、今俺が持つものより低いレベルだと断言できる。大学校なんて、どこでも良かった。それなら俺は、セナと同じところに行きたい」
ラーフは、セナ様の前だと随分と愚かになるが、それでも奴自身は歴代最強の名を恣にする闘性魔術師だ。頭脳は明晰であり、技術は随一である。冷酷な任務を命ぜられても、冷酷なまま果たすことが出来る性質も闘性魔術師に向いていた。
ラーフは、闘性魔術師になるべく生まれ、その通りに育ち、結果、最強の闘性魔術師となった。その真っ直ぐすぎる生きざまは、異常ですらある。そんな異常者を、ただの男にすることが出来るのが、セナ様だった。
「……怒った?」
随分と不安そうな瞳でラーフがセナ様を見た。こんな目は、セナ様の前でしか見ることが出来ない。セナ様に怒られないだろうか、嫌われないだろうか、と不安でいっぱいの表情だった。紫に輝く瞳にかかる黒い前髪を、ラーフの指先がそっと払う。
「怒るもなにも……、驚いていいのか、呆れていいのか、よく分からない」
それが、セナ様の一番素直な感想だった。気疲れしたようで、シートに深く凭れ掛かっている。小さくため息を吐いていた。その気持ちがよく分かる。ラーフの周囲の人間は、ラーフに振り回されるのだ。俺もよく、気付かぬうちに溜息を吐き捨てている。
「とりあえず、ラーフがユギラに進学するっていうのは理解した。で、もう一つの二人で住むっていうのは?」
「セナが寮を探してるってことは、貴族街の邸宅を出て一人暮らしを考えてたっていうことだろう? それなら、一緒に暮らせる物件があるから、一緒に住もうという話」
「なんでそこまで話が進んでるんだよ」
「もう遅いくらいだよ。セナ、俺たちあと四か月で卒業なんだよ?」
魔法使いの学生たちは、最終学年の半年が過ぎた頃には進路が決まり、そのあとで卒業試験があって、そのあとは各々、次のステップへ向けた準備期間になる。今はまさにその準備期間にあたる時だった。その時期になって進学先が決まったセナ様は、確かに遅すぎる方だった。
準備を進めなければ、というラーフの言葉は正しいが、おそらく、セナ様が言いたいのはそういうことではないのだ。何故、勝手にそこまで決められているのだという憤りをセナ様はラーフに分かってもらいたいのだろう。
「セナは俺と一緒に住むのが嫌?」
「嫌じゃ、ないけど……でも、シェイナ家の別邸なんて」
「学生寮って言ったって、有償だろう? でも、俺の家の別邸ならお金は取らないよ」
学生寮は確かに料金がかかる。とはいえ、学生の財布に配慮された破格の値段だ。だが、値段云々の話の前に、貴族街に邸宅を有するフィルリア家の次期当主が、安い学生寮にいるということが、あまりにも異質だった。当然、フィルリア家の没落ぶりは世間も承知しているが、大学校では嫌な意味で目立ってしまうだろう。
ラーフの行動に正当性を持たせるわけではないが、学生寮に行くくらいならシェイナの別邸で過ごした方が良いのではないかと俺も考える。考えるだけで、口には出さない。口出しすれば、たとえラーフにとっての援護射撃であっても睨まれる可能性が高いのだ。二人の会話は、邪魔をしないに限る。
「お金は取らないとか……、そういうのが嫌だって言ってるだろ」
「セナがそう言うと思って、俺は対価を考えたんだ。一緒に住む場所と、生活に必要な資金は全て提供するから、家事をお願いしてもいい?」
予想されたセナ様の反応に、ラーフが対抗策を用意していた。対等であることに強いこだわりを持つセナ様が、ラーフからの施しを嫌うということをラーフも学習していた。だからこそ、家賃の対価として労働を求めたのだ。セナ様が、家事をなんでもこなせるというのは俺たちですら知っていることだった。
「うーん……」
セナ様が悩んでいる。その時点でラーフの勝利は確定していた。セナ様は、嫌なことは嫌だとはっきり言う人だ。家賃の対価に労働を、という図式に拒否反応を示すのであれば、即座に切って捨てていたはず。であるのに、悩んでいる。これは半ば受け入れているが、気持ちに踏ん切りがつかないという状態の現われだった。
「……それなら、良いけど」
こうして、セナ様が折れた。二人の来年の姿が決まる。共にユギラ大学校へ進学し、その近辺にあるシェイナの別邸で二人暮らしを始めるのだ。そのために必要な手続きと、新たな警護体制の編成、必要物資などの計画を頭の中で立てて行く。
「本当に!? ありがとうセナ!」
「それを言うのは……俺の方だよ」
二人の今後について了承したセナ様に対し、ラーフは体全体で喜びを表現していた。まさか、ここまで急激に二人の関係が動くとは。
少し前までは、学校の中でも避けられて、近づこうものなら睨まれる、とめそめそしていたラーフだったが、今はその時の曇りも晴れて、満面の笑みを見せていた。やはり、エリアス城をセナ様のために購入したのが好転のきっかけだったと思う。
「ありがとう、ラーフ」
ミラー越しでも、これはまずいと思った。セナ様の笑った笑顔があまりにも美しかったのだ。憂いが消えて、何のわだかまりもなくセナ様が微笑む。男に興味のない俺ですら、その笑顔に触れたいと願ってしまう。そのような笑みにラーフが耐えられるわけがなかった。
「……っ!!」
セナ様の息をのむ音がして、そのあとは苦しそうに鼻から抜ける声が。ラーフはセナ様をシートに押し付けて、その口を強引に塞いでいた。俺からはラーフの背中しか見えないが、小動物が獰猛なライオンに捕食されているようにすら見える。
だが、ラーフもよく我慢している方だと思う。男も女も、欲望のまま手にできるラーフが、たったひとり愛するひとに手を出せず、耐えている。たまにはこうして、ガス抜きをさせてやってください、と心の中でセナ様に土下座した。小さな拳が何度かラーフの背中を殴って、やっとラーフはセナ様を解放する。
「ラーフ! なんで、こんなこと……っ」
「ごめん、凄く嬉しくて、つい」
「嬉しくてって……そんな、嬉しいからって、……急にこういうことしちゃだめだ!」
「うん、ごめんね、セナ。許して」
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