没落貴族の愛され方

シオ

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「ユギラ大学校にはもう連絡をして、手続きは全て完了したよ」

 図書室の中を歩きながら、教授は俺に状況を教えてくれた。それは、薬室での手伝いを終えて教授と共に図書室の中を練り歩いているときのことだった。どうやら教授は目当ての本を探しているらしい。俺はその背中について歩いた。

「優秀な君を、たくさんの教授が奪い合っているようでね。どの教授につくかは、君が選べばいい。掛け持ちでもして吸収できる知識全てを吸収し尽くすというのも手だ」
「それは良い考えですね」
「もちろん、無理は禁物だけどね」

 せっかくの機会なのだ。学べるものは全て学んで、出来ることなら将来の何かに役立つ経験をしたい。意気込む俺を教授が優しく窘めた。教授の脚は、人気のない書庫の前で止まる。保存条件が厳しいものや、閲覧制限がかかっているものは、書架ではなく書庫にしまわれているのだ。

「この辺りの書庫は入ったことがないです」
「ここには蔵書が殆どない。今後のためにスペースを残しているんだよ。ただ、ここに入っている本に用があってね」
「なるほど」
「……ところでセナ。ポケットの中のものは何かな? 随分と甘い匂いがするね」

 教授が俺のローブにしまっておいたものに気付く。薬室には無数の匂いが存在するため、気付かれなかったのだろうが、図書室でついに教授は気付いた。ローブのポケットはぽっこりとしていて、何かを隠しているというのは一目瞭然だ。俺はポケットの膨らみの原因を取り出す。

「あ、あの……これは……、こんな些細なもので申し訳ないのですが、色々とご尽力頂いたお礼がしたくて」

 小さなビニールバッグに入れ、その口を赤いリボンで硬く結ぶ。そのようにして、しまわれているものを両手に乗せ、教授の前に差し出した。

「クッキーか。可愛らしいね。もしかして、セナが作ったの?」
「はい、家で育てている薬草を練り込んで作りました。当家に伝わる薬草で、ニンフィアという名前のものです。体の緊張を解く効果があるので、肩こりにも効きますよ」
「医療魔術の大家、フィルリア家秘伝の薬草なんて、素晴らしい。有難く頂くよ」

 喜んでもらえて良かった、と安堵する。進学の件で、教授にはたくさん助けてもらったのだ。何かお返しがしたかった。だが、高価なものは買えなかったので、自分で作ることにしたのだ。こんなもの、と鼻で笑われることも覚悟したが、実際の教授の反応に胸を撫で下ろす。俺の手の上からクッキーを持って行こうとした教授の手が止まる。

「……教授、どうかしましたか?」

 教授は目的の書庫の前に止まり、ドアの取っ手に触れて何事かを思案している。何故そのまま入らないのだろうと疑問に思った。

「内側から結界が張られて、防音魔法が展開されている。……これはもしかして」

 結界が張られているということは、こちらから入れないということだ。だが、防音魔法とは何故だろう。中で一体何が行われているのだろうか。教授には心当たりがあるようだが、俺にはまったく分からない。

 教授が魔法を展開しているのが分かった。結界を破るには、全く同じ式の結界を、同じ力で発生させてぶつけるしかないのだ。しかも教授は、同質の結界を生成しながら、同質の防音魔法も紡いでいる。そして、それらを相殺させて結界と防音魔法を破った。直後に扉が開く。

「……っ!!」

 俺は息をのんだ。そして、体が瞬間的に熱くなるのを理解する。人の来ない書庫に結界を張ったのは、中にいた男女の生徒たちだった。あろうことか、そこで二人は愛し合っていたのだ。男子生徒は前を寛げ、女子生徒はスカートを脱いでいる。女子生徒の上に覆いかぶさる男子生徒のそれは、深々と女子生徒に刺さっていた。その場の全員が固まってしまう。

「君たち、ここは学校だよ。少ししたら戻ってくるから、身支度を整えて立ち去るように。今度こんなことをしたら処罰するからね」

 それだけ言って、教授は身を翻して歩き出す。俺の肩を抱いて、歩行を手助けしてくれた。先ほどの光景が頭に焼き付いて離れない。女子生徒は、秘するべき場所を大いに晒して、男子生徒を招いているようですらあった。僅かに体が揺れていて、女子生徒は声を上げていたのだ。思い出したくないのに、今になって詳細が蘇る。

「セナ、大丈夫かい?」
「えっ、あ……あのっ、……はい、大丈夫です」
「とてもそうは見えないよ」

 顔がとても熱く、心音が早いのも自分で理解している。完全に気が動転していた。教授の手が優しく背中を押して、俺は図書室を出る。廊下は空気がひんやりとしていて気持ち良い。

「……すみません、あまりにもびっくりして」
「君は本当に初心で純真で。奇跡に近いくらい清らかだね」
「変……でしょうか。こういうことに疎くて……」
「他人と触れ合ったことは無いの? ハグをしたり、キスをしたり。それ以上のことをしたり」
「ハグは……家族や友達となら。……キスは……その、えっと……」

 キスなら、最近した。キスと言っていいのかはよく分からないが、唇を合わせるという行為はした。相手はラーフだ。あの時のことを思い出すと、余計に顔が熱くなった。

 教授の言う、それ以上のこと。先ほど、男子生徒と女子生徒がしていたこと。何故かそれをする俺とラーフを考えてしまい、驚く。慌てて顔を左右に振った。

「ごめんね、困らせすぎた」

 熱くて痛みすら感じる顔を抑えながら俯く俺の頭を、教授がそっと撫でる。悪いのは教授じゃない。勝手に変な想像をした俺が悪いのだ。

「あんた、セナに何してるんだ」

 頭の上の手が消えた。どうやら、どこからともなく現われたラーフが掴んで振り払ったようだった。どうしてそんなことをするんだ、と思いつつも声にならない。俺は今、いっぱいいっぱいなのだ。とんでもないものを見てしまって、どんでもない想像をしてしまって。混乱していた。

「君はセナの位置を把握する魔法でも開発したのかい?」

 少し笑いながら教授はそんな問いを投げた。いつもラーフは、俺がいる場所に現われている。そんな魔法を開発したのだと勘繰るのも、それは仕方のないことだった。俺としても、何故いつもラーフが俺の姿を見つけられるのかは疑問だったのだ。

「セナ、色々と驚かせてしまってすまなかったね」
「あ、いえ」
「それと、これは有難く頂いていくね」

 教授の手が俺のローブのポケットに入ってきた。先ほど、驚いた瞬間にポケットにしまっていたクッキーの包みだった。すっかりと忘れてしまっていたが、教授は覚えていてくれたようだった。

「有難う。大切に食べるよ」

 最後にそれだけ言って、微笑んで去って行った。その微笑みはとても優しくて、ざわめきたった心が少しばかり平静を取り戻す。教授はもう一度書庫に向かうようだ。あの二人の生徒は、もう立ち去っただろうか。

「セナ。何があったの?」

 その場にとどまる俺は、詰め寄るラーフに問いかけられた。その問いを投げかけられることは覚悟していたが、返すべき言葉が見当たらない。

「……言いたくない」
「お願い。教えて」
「……言いたくないって言ってるだろ」

 ラーフの手が俺の肩に伸び、そのまま壁に押し付けられる。俺の顔の真横に、ラーフの手が来ていた。ラーフによって壁に縫い付けられ、身動きが取れなくなっている。

「どうして言いたくないの?」

 優しい口ぶりではあるが、とても冷たい目をしていた。ラーフは時折、そんな目をする。俺はこの目が苦手だった。抗うことを許されていないような、そんな不自由な気分にさせられるのだ。

「……退いて」
「退いたら教えてくれる?」

 ラーフは妥協しない。俺が口を閉ざしたままでいれば、永遠とこの姿勢を保つだろう。頑固なのだ。俺以上の頑固者だと思う。俺は諦めと共に溜息を吐き捨てた。

「分かったよ、言うから退いて」

 諦めた俺の言葉に従って、ラーフは俺の上から退いた。その顔は、先程の冷たい瞳とは打って変わって優しい笑顔になっている。まるで子供だと思った。自分の思い通りにならないと拗ねて、思い通りになれば喜ぶ。そんな我儘な奴なのに、どうしても憎めない。

「さっき、図書室のあんまり使われてない書庫で、二人の生徒がいて。結界を張って、防音魔法を展開して……その……し、てたんだ」
「セックスを?」
「そんなはしたない言葉、口にしちゃダメだ!」

 ストレートに言葉を発するラーフに俺は驚いて、手を伸ばしその口を塞いだ。まったくもって意味の無い自分の行動にも驚く。だが、ラーフの口からそんな言葉を聞きたくなかったのだ。ラーフに押し当てた掌に、ぬるりとしたものが当たった。信じられないことに、それはラーフの舌先だったのだ。

「舐めるな!」

 あらゆることに驚きすぎて、心臓が痛い。ラーフが舐めた掌を、ラーフの口から退けてローブで拭く。酷いなぁ、とラーフは笑うが、何も酷くない。

「……それで、俺がびっくりしちゃっただけだよ」
「そういうことだったんだ。それは驚いちゃうよね」

 事の顛末を説明して、驚いちゃうよね、と同意を示してくれたラーフだが、全く驚いていない。それどころか、ラーフほどの人気者であれば学校内で誰かとそういうことをしている可能性もあった。

「それで、俺はもうひとつ聞きたいんだけど」

 ラーフの瞳が再び冷たいものに戻っていた。俺の手首を掴んで離さない。琥珀の瞳が俺を覗き込んで見ていた。

「教授がセナのポケットから持って行ったクッキーは何?」
「あれは、大学校の件でのお礼だよ。本当に色々お世話になったんだ」
「俺にはないの?」
「……え?」
「俺にはくれないの?」
「えっと……あれ、お礼として渡したものだけど、別に高価なものでもなんでもないんだ。俺が家で作ったものだから、味だって良いものじゃないし……」

 ラーフがあんなものを欲しがる意味が分からなかった俺は、いかにあのクッキーが陳腐なものであるかを説明した。きっとラーフは普段、上品で洗練された味の菓子を食していることだろうから、あんなものを食べては粗雑な味に驚くと思うのだ。

「手作りなんて、最高じゃないか」
「……欲しいのか?」
「勿論だよ!」

 俺の手首を掴んだまま、ラーフが手をぶんぶんと振った。とても喜んでいるように見える。料理も菓子も一通り作れるが、必要に迫られて作れるようになっただけで、作るのが好きなわけでもないし、趣味であるということもない。けれど、こんな風に喜んでもらえると、やはり嬉しいものだった。

「分かったよ、そのうち作って来てやる」
「そのうちって、いつ?」
「子供みたいなこと言うな。そのうちは、そのうちだよ」
「絶対に約束だからね」

 満面の笑みで笑うラーフは、とても可愛いと思う。凄腕の闘性魔術師に可愛いなんて不似合いだな、と思いつつも素直にそう思ったのだ。


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