没落貴族の愛され方

シオ

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 セナの消息を辿れなくなった俺は、一度冷静にならなければと思い、自宅に戻った。そして、戻りロキが作っていたリストを眺める。

 セナを嘲笑した者、侮蔑の眼差しを向けた者、実際にセナに手を出した者の名が綴られてたリストが目の前にある。そこに並ぶ名はあまりにも多い。おそらく、招待した客の殆どの名前が並んでいるのだろう。

 如何に多くとも、それらの名前を双眸に焼き付ける。今のこの最悪な状況は、ここに名のある連中が引き起こしたものだった。思わず感情を抑えることが出来ず、そのリストを燃やしてしまう。リストのデータはロキが持っているだろうから、この出力一枚が塵になったとしても問題は無いだろう。

「……殺しても足りない」

 全員に、セナが味わった苦痛と俺が味わった絶望を体験させてから、悲痛と恐怖の果てに死を齎したかった。一度の死では物足りない。死の直前まで連れて行き、蘇生させてもう一度殺す。それを繰り返してやらないと俺の気は済まなかった。

「ラーフ落ち着け、相手は爵位持ちだぞ」
「セナだってそうだ。子爵であるフィルリア家のセナを、あそこまで愚弄する連中には罰を与えるべきだ」

 ロキの言葉に、俺は強く反論する。爵位持ちが何だと言うのか。爵位がどうのという前に、彼らの行いは品性と人間性を疑うものだった。罰せられて当然のことをしている。

 司法の場においても、セナの足にプラズマを放った一件は有罪になるだろう。魔術暴行は非魔法使いの暴行よりも重罪だ。とはいえ、この怒りの処理を司法などに託す気は毛頭ないが。

「お前が彼らを罰した事実をセナ様が知ったら、深く悲しまれるぞ」
「……本当にお前は、嫌というほど俺の弱点を理解してるな」

 セナに知られ、セナを悲しませたり、セナに軽蔑されることだけは絶対に避けたい。彼らを八つ裂きにして殺してやりたいという凶暴な欲望を必死で抑え込んだ。セナのことだけを考えて、なんとか理性を取り戻そうと努める。

 俺は彼らの死を望むが、セナはきっとそんなことは望まない。もし望むのであれば、俺はすぐにでもその骸を用意出来る。

「二度と当家での催しには招待しないという旨を連中に伝えておけ」
「分かった」
「ただし、セナの足を傷付けた者には、事故にでも偽装して足の一本や二本、吹き飛ばしてやれ」
「……ラーフ」
「俺が直接手を下しても良いんだぞ」

 窘めるように俺の名を口にするロキに、俺は脅しをかけた。本当は俺の手で奴らを罰してやりたい。だが、ロキはそれをさせたくないのだ。俺の行いが露呈した時に、シェイナ家が負う悪印象を考えているのだろう。だからこそこの脅しは通用する。悩んだ末に、ロキは一度だけ頷いた。

「それでセナ様は」
「……さよならだと言われた」

 雪の降るベンチで俺に向けて放たれた、絶望的な別れの言葉。単なる別れではない。あの言葉は、永訣だ。セナは、永遠という重い意味合いを込めて、あの言葉を口にしていた。それが表情から伝わってきたのだ。思い出すだけでも身震いするほどに、悲しい笑顔だった。

 そうか、と小さく返したロキも、苦しそうな顔をしていた。そして、ロキが籠を差し出す。それはセナがプレゼントとして持ってきてくれたものだった。中にはクッキーが入っているが、どうみても数が少ない。最初に見たときは、籠一杯に詰まっていた。それが半分程になってしまっている。

「クッキー、集められる分は集めておいた」
「あぁ、助かる。ありがとう」

 全て床に落ちてしまっていたが、それをロキたち従者が拾ってくれたのだ。砕けたりして、どうしても回収できないものがあったのだと、ロキが申し訳なさそうに言った。この件に関して言えば、ロキを責める要素はひとつとしてなかった。ロキはよくやってくれた。これだけ回収してくれただけでも有難い。素直に感謝をした。

 クッキーのひとつの手にする。星の形をしていた。籠の中には素晴らしく可愛らしい星々があった。

「こんなにたくさん、作ってくれたんだな」

 料理については全くの門外漢であり、クッキーを作るのにどれほどの手間がかかるのかを知らないのだが、これだけの量を作るのはきっと大変なことなのだろう。セナは、そんな素晴らしいものを贈ってくれた。

「どの贈り物よりも価値がある」

 部屋の隅に詰まれている下らないプレゼントたちを一瞥した。セナを弄した者たちからの贈り物は、全て廃棄することにしたのだ。そのうち俺の炎で塵に変える。今すぐ燃やしてやっても良いのだが、今はそんな些事に時間を費やしたくはなかった。セナのことを考えていたいのだ。これから、俺はどうすれば良いのだろうか。

「ラーフ」

 軽いノックのあと、俺の部屋に入ってきたのは父だった。苛立ちを隠さない俺の視線をまっすぐに受けて、少しだけ眉をひそめる。

「何か用ですか」

 今は父と話せる気分ではなかった。出来ることならば、このまま身を翻して去って欲しい。けれど、父は俺の願いに反して近づいてきた。そして、俺の向いにあるソファに腰かけて、こちらを見る。

「先程お前に言われたが、……ユリアが泣いているのに、という話だ」

 そういえば、セナがホールを出た直後にそんな話をしたのだった。セナの母であるユリア様を愛していた父に、俺の気持ちを分かり易く伝えるために、その例えを使ったのだ。

「私が、ユリアを悲しませた者を許したことは、一度としてない。力を使ってでも、権力を使ってでも罰してきた。……お前と一緒だ。私にお前を責める権利は無い。セナを苦しめた者についても、好きに対処するといい」
「……そうさせてもらいます」
「ただし、法は守れよ」
「分かってます」

 法に罰せられないように、偽装すればいい。俺は法を守る人間だが、時には法の抜け穴を見つけて法に反したりもする。父もそれが分かっていて、俺の行動に一定の理解を示すからこそ、そんなことを口にしたのだろう。

 ユリア様を今もなお想っている父が、何故ユリア様を手に入れられなかったのだろうか。当時の親たちに何があったのかは知らないが、とりあえず父とユリア様が結ばれなくて良かった。二人が結ばれていれば、セナは生まれてこなかったことだろう。そんなことは困る。セナの生まれてこない世界など、俺は望まない。

「御当主様」

 更に扉がノックされ、この邸宅の家令がやってきた。一体なんだと訝しく見ていると、家令は一度深々と頭を下げて、それから告げた。

「フィルリア家の御当主様がお越しになられておりますが」

 その言葉を聞いた瞬間、俺は走り出していた。誰よりも早く。廊下を駆け抜け、階段を一気に飛び降り玄関ホールへと向かう。そこには小柄な体の、セナの父でありフィルリア家の御当主が立っていた。御当主もこちらに気付く。

「あぁ、ラーフ、お誕生日おめでとう」
「ありがとございます、あの……どうかされたんですか、セナになにか」

 御当主は、どこか憔悴した顔をしていて、俺の中で嫌な予感が芽生える。そんなまさか。そんなことありえない。何度も己の中で否定してから、御当主に問いかけた。

「実は、セナが家に戻らなくてね」

 嫌な予感が的中した。あの雪の中での邂逅のあと、気配を負えなくなったとはいえ、セナはまっすぐ家路についたと思っていた。否、思いたかった。けれど、実際には俺が予感したとおり、悪い方に転がっていたのだ。御当主が俺の家へ探しに来るほどに、セナは家に帰っていない。

「ただ、部屋に君から送ってもらったイブニングコートが置いてあった。一度家に戻って、その後で出て行ったのだろう。あの子は移動魔術が得意だから、私が気付かないうちに一度戻って、そして何も言わずに出て行ったようなんだ」

 フィルリア邸にも警備用の結界は張られている。だが、フィルリアの血には反応しないようになっているのだろう。セナがいつどこから入室しようが、退室しようが、それは警備の範囲内のことだ。結界が侵入者排除に動くわけもない。

 御当主がセナのその行動に気付けなかったとしても、何の落ち度もないのだ。むしろ、息子の帰りが遅いことに心配し、部屋の中をうろついた結果、脱ぎ捨てられたコートを発見してしまった御当主の心中を思うと、胸が苦しくなる。

「今までこんなことは一度もなかったから……、でも、ここにもセナはいないようだね」

 そのまま身を翻し、セナの捜索に戻ろとした御当主に、お待ちください、と大きな声を掛けた。

「俺が探してきます」
「え……?」
「御当主はここでセナを待っていてください、必ず連れてきますから」

 父である御当主がセナのことを案じるのは当然だ。今すぐにでも走り出してセナを探しに行きたいことだろう。だが、どうかその役目を俺に与えてください、と頭を下げる。

 こんなことになってしまったのは俺のせいなのだと、包み隠さず全てを伝えた。セナが受けた辱めを聞き、御当主は俯く。子爵である己の息子が、大勢の前で転ばされ恥をかいたなど、屈辱でしかないだろう。御当主はセナの心を思って苦しんでいるようだった。

「ヨウラン、愚息に任せると良い。必ずと言ったのだから、ラーフは必ずセナを連れてくる」

 父も俺の援護をした。御当主は、しばし悩んで、分かったと言いながら頷いた。

「どうか、セナを宜しく頼むよ」
「お任せください」

 俺は走って自分の部屋に戻り、厚手のコートを一枚羽織って腰にベルトをはめた。そのベルトに長剣を差し、部屋の窓から外へ飛び降りる。

 そこから生体強化の魔法を紡ぎ、足の筋系を強力にし、全力で跳躍した。一気に上空へ上がる。貴族街の景観を損ねると批判されている電柱の上に着地し、嗅覚と聴覚、そして視覚の全てを鋭敏にした。体の持てる全てでセナを探す。今の俺に出来ることは、それだけだった。

 丁度その頃、雪が雨に変わった。

 夜も更けてきた世界を、雨が濡らしていく。街灯の光を受けたアスファルトがきらきらと光っていた。セナがせめて、雨風を凌げる場所にいますように、と強く願う。

 どうしてこんな寂しい夜に、一人で何も言わず出て行くなんてことをしたんだ。セナ、今日は俺の誕生日なんだ。せめて、セナと幸せな気分に浸りたかった。決して、怒りや憤りで震え、悲壮と絶望を味わう誕生日にしたかったわけじゃない。

「……セナ……っ」

 どこにいるのか、俺に教えて欲しい。
 すぐに駆けつけて、その体を抱きしめたいんだ。


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