没落貴族の愛され方

シオ

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「セナ!!」

 ラーフと共にシェイナ邸へ戻るとその玄関ホールには、何故か父さんがいた。俺の姿を認めると、慌ててこちらに駆け寄ってくる。ラーフに支えられながら歩いていた俺を、父さんが思い切り抱きしめた。

「どこに行っていたんだっ、こんなに心配させて……っ」
「……父さん、ごめん」

 父さんは泣いていた。父さんには、もう俺しかいないのだ。俺には父さんしか家族がいないように。唯一の親族が行方不明になれば、誰だって冷静ではいられなくなるだろう。

「御当主、今夜、セナを我が家に預けて頂けませんか」

 俺を支えながら、ラーフが父さんに言う。どうやら、父さんは全ての状況を把握しているらしかった。誕生日会で起こったこと、俺が突然いなくなったこと、それをラーフが探し出したこと。暫し黙考して、父さんは小さく頷いた。

「……ラーフに託そう」

 父さんの横に立っていたシェイナ侯爵様が、お前も今日は泊まっていったらどうだ、と父さんに声をかけていた。父さんは、そこまで迷惑をかけられないよ、と言って断る。明日はちゃんと帰ってくるんだぞ、と言って父さんは俺に分かれを告げ、シェイナ邸をあとにした。

「セナ、こっちだよ」

 ラーフに手を引かれて歩き出す。ラーフの手はとても熱かった。俺の体が冷えているのだろうか。その両方かもしれない。ラーフの熱い手が俺の冷えた手を引いていく。

「……ラーフ、誕生日会のこと、本当にごめん」
「もういいんだよ、何も気にしないで。それに、セナが謝ることなんてひとつもない」
「でも……」
「それより、突然いなくなったことは謝ってほしい」

 少し困ったような顔をして笑っているが、ラーフが心底心配してくれていたということを俺は理解している。心配させてしまったし、その結果怒られた。俺はその事実を重く受け止めなければならない。

「ごめんね、ラーフ」

 握られた手を、握り返す。ラーフの手は、俺よりも大きくて立派だった。どうやら、ラーフは俺を自分の部屋に連れて行こうとしているようだった。歩くたびに廊下に水滴を落としてしまうことを、申し訳なく思う。

「セナがいなくなったって聞いて、生きた心地がしなかったよ」
「……ごめん」
「もう二度としないでね」

 うん、と頷いて返せば、絶対にだよ、とラーフが念押しをする。生きた心地がしなかった、なんて。俺がいなくなって、そんなふうに思ってくれるひとがこの世界に一体何人いることだろう。その一人としてラーフが存在してくれることを、嬉しく思った。

「とりあえず、まずはシャワーを浴びた方が良い」

 ラーフの部屋に辿り着き、シャワールームに案内された。自分の部屋にシャワールームがついているなんて、流石だなぁと感心する。俺の部屋にも昔あったけれど、土地の縮小に伴って撤去された。魔法使いは己の家を容易く再構築出来るため、部屋の拡大や縮小は日常茶飯事だった。

「着替えも用意させておくから、ゆっくり温まって」

 それだけを言ってラーフが去っていく。広すぎるシャワールームは、今の我が家のキッチンほどもあった。とりあえず濡れそぼった服を脱ぎ、脱衣籠に入れる。シャワーのボックスに入り、コックをひねった。温かいお湯が全身を包む。少しずつ体温を取り戻していくようだった。

「……とんでもないことしちゃったんだ」

 気が動転していたとはいえ、何もかも思い切りが良すぎた。シェイナ邸を飛び出したり、ラーフに別れを告げたり、家に帰らなかったり、エリアス城へ行こうとしたり、見知らぬ男に体を差し出そうとしたり。

「父さんを悲しませて、……ラーフにも怒られた」

 父さんを悲しませるつもりはなかった。心配をかけない時間内に戻って、いつも通りの日常を始めるつもりだったのだ。父さんには、明日、もっともっと謝らなければならない。その一方で不謹慎ではあるのだが、ラーフに怒られて嬉しかった。心配してもらえているのが肌で感じ取れて、何故だか安堵したのだ。どうしてこんなふうに思うのか、いまいち自分の心を掴みきれなかった。

 体が温まったところで、シャワーを止める。出た先には、バスローブが用意されていた。人の気配は感じなかったから、きっと移動魔法でここに届けられたのだろう。下着の類がおいてなかったので、バスローブのみを纏った。ほかほかとした体でシャワールームを出る。すぐに、ソファに腰かけるラーフがこちらに気付いた。

「セナ、こっちにおいで」

 ソファに座っていたラーフは俺を手招いて、己の隣に座らせた。ソファの前には暖炉が。薪がくべられていて、とても暖かい。ラーフの腕が俺の肩を抱いて、体が密着している。とても落ち着く。

「頭も乾かさないとだめだよ」

 暖気を纏わせた手で、ラーフが俺の頭を撫でる。そうして濡れた頭を乾かしてくれているのだ。優しいその手が、何度も俺の頭を撫でるので、少しうとうととしてしまう。暫くそうしたあとに、ラーフがはっとしたような顔をして問いかけた。

「……セナ、下着は?」
「置いてなかったけど……」

 ロキの奴、とラーフが唸る。どうやら、下着を着用しないという状況はラーフが望んだわけではないようだった。だが、バスローブは裸でも着るものだし、少々横着ではあるがバスローブのまま寝てしまうこともままある。

「足の調子はどう?」
「もう大丈夫だよ。ラーフが治療してくれたおかげだ」

 ラーフは話題を変えて、俺の足を見た。少しばかり傷跡は残っているが、日にちが経てば薄れて行く程度のものだ。魔力の注入だけでここまでの治癒が叶っているのは、ラーフの魔力が濃いことと、俺とラーフの魔力の波長が合うということを示している。

「迷惑ばっかりかけてごめん」
「もういいんだよ」

 髪はもう乾いたけれど、ラーフはずっと俺の頭を撫でている。慈しみの込められた優しい手に、公園で告げられた言葉を思い出していた。思い返すだけで顔が熱くなる。一度、大きく唾を嚥下して口を開いた。

「ラーフ、あの、さっき俺のこと……あ、あいし」
「愛してるって、言ったこと?」
「あれ……本気なのか」
「勿論。本気だよ」

 ラーフはまったく動じていない。照れてもいないし、恥じてもいない。堂々として、当然だという顔をしている。その態度に、逆に俺が照れてしまうほどだった。

「俺たち……男同士なのに」
「そんなのは関係ないよ。俺は男が好きなわけじゃない。男だとか女だとか、そういうことは関係なくて、ただ、セナが好きなんだ」

 真っ直ぐに向けられる好意と眼差しに、胸が熱くなった。体の奥底からぶるぶると震えて、目頭が熱くなる。気付いたときには、目尻からぽろぽろと涙が零れていた。

「どうして泣くの? 嫌だった?」
「嫌じゃない」

 ラーフが優しい手つきで俺の涙を拭っていく。そして、ぎゅっと抱きしめてくれた。ラーフの胸に額を押し付けて、俺は泣きじゃくる。逞しい胸板に抱きとめられて、安堵感が増す。

「嫌じゃないけど……、ラーフの好意を、どう受け止めればいいのか分からないんだ」
「それでいいよ」
「よくないよ、応えないのは不誠実だ。……ちゃんと、返事をしたいのに」
「焦らなくていい。ゆっくり考えて欲しいんだ」

 背中を撫でるラーフの手が俺を落ち着かせる。ラーフの手はどんな薬草よりも鎮静効果があった。ラーフの腕に抱かれたまま、眠ってしまいそうだ。少しずつ瞼が重たくなってくる。

「ただ、覚えておいてほしい。俺がセナを愛してるってこと」
「……分かった、覚えとく」

 そっと、ラーフが額に口付けをもたらした。おやすみをする前に、母がしてくれたような優しいキスだった。愛情深いその口付けに、本当にラーフは俺のことが好きなんだと思い至る。

「……ラーフは、いつから俺のこと……」
「ずっと昔からだよ」
「ずっと昔?」
「そう。セナが、俺を膝枕しながら傷を治してくれた時から」
「そんなに前から……?」
「ずっと好きだった」

 少なくとも、十年は前の話だ。当時の俺は、愛なんて高尚なものを理解してすらいなかった。ラーフや父母と一緒に過ごす時間が楽しくて、ただそれだけだったのだ。そう考えると、ラーフは早熟で聡明な子供だったのだろう。

「俺は、乳母に育てられたし、他の弟や姉妹から離されて育ってた。次期当主としての教育を受けるために」

 ラーフには、母親の異なる弟と姉妹が多い。たしか、お姉さんや妹さんたちは皆、どこかへ嫁いでいってシェイナ家の基盤を盤石なものにしているのだとか。弟たちも、名だたる寄宿学校に入っていて、そこで魔術を磨いているのだそうだ。ラーフはいつもひとりだった。

「母親の愛情なんて知らないし、父親からも期待はされてたけど、愛されていた自覚はない。俺に初めて愛情っていうものを理解させてくれたのは、セナだったんだ。……俺にとって、愛情っていうのはセナから与えられるものなんだよ。それ以外はいらない」

 語られる想いに耳を傾ける。一人っ子で、両親の愛を目一杯に受けて育った俺とは、少し異なる幼少期だった。ラーフは愛に飢えていたのだろう。そんな彼に愛情を与えたのが俺だったというのだ。もしそれが、違う人物だったらラーフは俺など歯牙にもかけず、その人物を愛するのだろうか。それは嫌だな、と素直に思った。

 ラーフから向けられる愛情に、応える言葉を探して戸惑っていたくせに、ラーフの愛情が自分から逸れるのは嫌だという。なんて我儘なことだろう。そんな感情を抱くと言うことは、俺は己の心を理解しているのではないだろうか。

「……そんなに前から愛されてたなんて、知らなかった」
「本当に? 俺は相当分かり易い態度をしてたと思うけど」
「……友情の延長線だと思ってた」
「それはちょっと、鈍感すぎるよ」

 そう言って、ラーフは少し笑った。優しい笑みだ。普段のきりっとしたラーフの顔は格好いいと思うけれど、俺が好きなのはこういった優しい表情だった。目が少し細くなって、眉が下がって。口元は弧を描く。そんな優しくて温かいラーフが好きだった。

「そんなセナが好きなんだけどね」

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