没落貴族の愛され方

シオ

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「おはよう」

 ゆっくりと目を開いたとき、ぼやけた視界の先に太陽があるのだと思った。眩くて、温かい。けれど、それは太陽ではなくラーフだった。燃えるような赤毛と、甘やかな琥珀の瞳。双眸は優しく弧を描いて、こちらを見ている。

「……おはよう」

 挨拶を返しながらも、状況がなかなか理解出来なかった。どうしてラーフが目の前にいるのだろう。ここはどこだっただろうか。
 
 ゆっくりと頭が動き出して、ここがラーフの部屋のベッドであることを思い出す。俺たちは顔を向き合わせながら寝ていたのだ。ラーフは肘をついて、ベッドの上に頬杖をつく形で横になっている。どうやら俺を眺めていたらしい。

「……いつから起きてたの?」
「少し前だよ」
「起こしてくれたら良かったのに」
「気持ちよさそうに寝ててたから。……それに、ずっと眺めていたい寝顔だったし」

 寝顔なんて、絶対に間抜けに決まってる。そんな顔を眺めていたいなんて、ラーフは変わってるやつだ。小さく欠伸をする俺を見て、彼は微笑んでいた。カーテンの隙間からは、まだ弱い光しか差し込んでいない。夜明けの直後だろうか。部屋の中も薄暗くて、近い距離にいないと互いの姿が影に溶けて行くほどだった。

「おはようのキスをしてもいい?」

 そんな風に許可を求められると、とても恥ずかしくなる。けれど、俺だって昨日はラーフにキスをねだったのだ。忘れてしまいたいほどに恥ずかしい記憶が蘇って、それと同時にとても心地よかった口付けを思い出した。あんなキスがもたらされるのだろうと思って、胸がどきどきする。

「……いいよ」

 覚悟を決めてラーフを待てば、優しい感触は額に落ちた。ラーフは、おはようのキスを額にしたのだ。思わず戸惑ってしまう。この瞬間の俺は、随分と間抜けなきょとんとした顔でラーフを見上げていたことだろう。

「どうかした?」
「あ、いや、額なんだ……と思って……って、うそ! なんでもない!」

 思わずそんなことを口走ってしまって、慌てて否定する。しかし、時すでに遅し、だった。ラーフは嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、俺と唇を重ねた。どうしてこんなにも、ラーフの口付けは甘いのだろう。ラーフの魔力自体が甘いのだろうか。ゆっくりと離れて行くときも、名残惜しさが募って、胸が切なくなる。こんな感情、今まで俺は知らなかった。ラーフが教えてくれた。

「ご期待に添えたよ」
「期待してたわけじゃない」

 そんな素直じゃないことを言って、可愛くないやつだと俺自身でも思う。けれど、ラーフはにこにこと微笑んでいた。そして、ベッドに背を付けて寝転がると俺の体を持ち上げて、ラーフの体の上に俺の体を乗せる。寝転んだまま、俺たちは重なっていた。そのままぎゅっと抱きしめられる。多少俺の方が軽いだろうが、人一人を腕の力だけで持ち上げるなど、闘性魔術師の腕力は無茶苦茶で法外だった。

 ラーフのベッドは大きくて、二人で寝転がっていても全く窮屈さを感じない。ラーフのような大きさの人間が二人は並べないだろうが、俺が小柄であるため、二人でも横になることが出来た。だというのに、ラーフは敢えて俺を自分の上に乗せて楽しんでいる。

「あー、幸せ。セナを抱きしめられるし、セナにキスできる」
「前だってしてた」
「気持ちが全然違うよ」

 確かに、以前と比べてラーフは満面の笑みを見せることが増えたように思う。ラーフの、そんな屈託のない笑みが好きだった。ラーフが、体の上にひっついている俺の首筋に顔を埋める。鼻から漏れる吐息が首筋にかかってくすぐったい。

「細い首筋。簡単に折れちゃいそうだ」
「怖いこと言うなよ」
「俺が守らなきゃって思っただけだよ」

 ラーフの鼻先が首筋を撫でてくすぐったい。首筋を撫でて、鎖骨のくぼみへ。骨に沿うように動いて行った。何度か、軽くラーフの唇が俺の首を啄んで音をたてていた。小鳥の鳴き声のような音を響かせて、軽く俺に触れて行くラーフ。そんなことをされ続けていると妙な気持ちになってしまうから、あまりそのあたりに触れないで欲しかった。

 俺は、ラーフの胸板に手を置く。ベッドの中で、ラーフは上半身に何も纏っていなかった。下半身はルームウェアを着ているが、上は一切何も着ていない。火の属性を持つ者は暑がりであることが多いが、ラーフもその類のようだった。引っ付いていると、とても気持ち良くなる。寒がりの俺には、ラーフの熱が丁度良かった。

「ラーフは逞しい」
「闘性魔術師の中では細い方だよ」
「でも、無駄な贅肉がついてなくて、格好いい」

 割れた腹筋に手を這わせる。こういう筋肉には、男の俺も憧れる。俺の腹といてば、ぽちゃぽちゃとしていて幼子のようなのだ。筋肉など欠片も無い。贅肉で包まれた薄い腹部だった。どれだけ鍛えても筋肉はつかず、体質のせいにして長年、体作りから逃げている。

「こういう筋肉に、女性は惚れ惚れするんだろうなぁ」
「セナは?」
「え?」
「俺に惚れ惚れしてくれないの?」

 何を下らない事聞いてるんだ、と笑ってやりたかったのに、ラーフがあまりにも真剣な顔でこちらを見ているから笑えなくなった。逞しい筋肉に、細身の腰。面貌も際立っていて、何もかもが完璧な肉体だった。どうしてこんなに完璧な男が俺に執着するのだろう、とそんな疑問すら抱く。

 宝の持ち腐れ、というのも可笑しな言い方だが、俺がラーフを独占しているということが、世の女性に対し、とんでもなく悪いことをしているような気になる。でも、だからこそ、そんなラーフが俺を選んでくれたことがたまらなく嬉しいのだ。その気持ちは確かにこの胸にある。その感情が、ラーフが抱くものと同等であるかどうかは、まだ分からないが。

「……少しくらいは、するかも」

 少しくらいは、なんてものではない。ラーフに惚れてばかりいる。いつだって俺のことを優先してくれる幼馴染が、愛おしくないわけがないのだ。ラーフの胸に耳を当てて、心臓の音を聞く。若干脈が速い。緊張して、鼓動が平時より早く脈打っているのだ。

「ラーフは、俺とどうなりたいの?」
「幸せになりたい」
「具体的に言うと?」
「一緒に暮らしたい」

 ラーフの返答は素早くて、その考えが常に彼の中にあるということを理解する。一緒に暮らす、ラーフと一緒に。想像しただけで、俺の心は幸せに包まれた。二人で穏やかに過ごせる日々があるのであれば、それはどれほど幸福な日々だろうか。

「永遠に、一緒にいたい」
「永遠にって……」
「世間一般では、そういう関係を夫婦っていうのかな」
「結婚したいってこと?」

 ゆっくりと、そして確かに、ラーフは一度頷いた。結婚。ラーフは、そこまで考えていた。俺なんか、まったく将来についての展望ながないというのに、ラーフは俺との未来を考えてくれていたのだ。ラーフが、伸ばした手で俺の頬を撫でなる。優しい手つきに、体の全てが弛緩していくのが分かった。

「……結婚、かぁ」
「急にそこまで考えなくていいよ。セナは熟考の結果、悪い方向に行くことが多いからね」
「失礼なことを言うな」

 あまりにもひどい発言に憤慨するが、ラーフは楽しそうに笑っていた。その笑顔にほだされて、失礼な言葉を許してしまう。

「とりあえず、俺がセナを愛していて、それをセナが拒まない、っていうこの関係性で俺は満足」

 今は満足でも、環境と状況が変われば、俺たちもきっと選択を迫られるのだ。今はまだ学生で、背負う責任も少ない。けれど、ラーフが当主の座を継ぐときに、俺はラーフのそばにいても良いのだろうか。二人の願いは共通している。一緒にいたい。ただ、それだけ。幼稚な願いではあるが、それを叶えるのは酷く難しくて、容易いことではない。

「……結婚って、難しいよな。同性だから、周りからは嫌な目で見られるだろうし」
「周りのことなんて気にしたらだめだよ。俺たちに難癖付けたい連中なんて山ほどいるんだから」
「でもさ……俺が女だったら、何もかもが簡単だったのにな」

 またしても、この気持ちにぶつかる。俺が女であったなら、何もかもが上手く行ったのではという、どうしようもない気持ちだ。フィルリア家の存続を父が望んでいない以上、俺の性別などどちらでも良かったのだ。

 否、現実的なことを言えば、女であった方が良かった。そうすれば、どこかへ嫁いでいけた上に、フィルリアの血を後世に繋ぐことが出来たのだ。数百年紡ぎ続けたフィルリアの血が絶えることは、とても口惜しいことだった。

「何もかも簡単だった、なんて思わないけどね。俺は」
「なんで?」
「セナの競争率があがるだろ」
「……まぁ、利用価値の高い血だからね」
「血のことだけじゃないよ。こんなに可愛らしい娘さんを、誰も放っておかないってこと。男のセナがこんなに可愛いんだから、女の子だったらもう男たちが血で血を洗う争いをするよ」

 そんな恥ずかしいことを真面目な顔で言わないで欲しい。どんな顔でラーフを見つめ返せばいいのか分からなくなる。堪らなくて、俺は顔を逸らした。母親に顔が似たため、確かに中性的な印象を持たれることが多い。だが、それでも俺は男なのだ。可愛いなんて言われても嬉しくない。嬉しくないはずなのだが、何故だか少し嬉しい。ラーフに可愛いと言われて、恥ずかしいことに俺は喜んでいた。

「……母さん、モテモテだったんだろうなぁ」
「みたいだね」
「俺も女の子だったら、モテモテだったのかな」
「絶対そうだよ。でも、セナが選ぶのは俺だよね?」
「……たぶんね」

 たぶんじゃなくて、絶対、だよ。とラーフが言葉を続けていた。けれど、音が遠い。温かいひと肌と、耳に伝わる心音が俺を再び眠りへと誘っていたのだ。うとうととしている俺に気付いたのか、ラーフの手が優しく俺の背中を撫でる。まるで子供をあやすようだ。

「もう少し寝る?」
「うん……眠たい」
「いいよ、ゆっくり眠って。セナの安眠は俺が守るから」

 心地よい声が俺の鼓膜を震わせる。瞼が重たくて、意識が遠のいていくのが分かった。ラーフの上で、ラーフの熱を感じながら目を閉じる。恐らくここは、俺にとって世界一安全な場所だった。

「おやすみ、セナ」

 おやすみ、ラーフ。再び目を開けた時、またそこに俺の太陽がいてくれますように。


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