没落貴族の愛され方

シオ

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 ユギラの街は、貴族街のある王都とは異なり、落ち着いた街並みだった。保守的な考え方の者が多く、魔法使いが街を支え、非魔法使いが魔法使いの力にあやかりつつ魔法使いを尊敬する、という古の構図がまだ生きているようだ。新しいものに不慣れで、今でも古き良き魔法使い生活をするセナには、生活しやすい街であるように思えた。

 石畳の道の両側に、背の高いアパルトマンが聳え立っている。大抵、一階部分はカフェやパン屋、雑貨店などになっており、二階から上に人が住んでいた。俺たちが目指しているシェイナの別邸というのも、アパルトマンだった。他の住人は誰もいないが、かつてはシェイナ家に仕える従者たちがここで生活をしていたらしい。

 一階から四階までがあり、一応俺に帯同してユギラに居を移すロキの住居が一階ということになっている。二階がリビングルームで、三階が寝室、四階が物置ということになっていた。建物の裏手には庭もあり、そこは俺の鍛練の場とセナの薬草園になる予定だ。

 街を散策してから、俺たちはシェイナ邸へとやってきた。鳶色を淡くしたような色合いの縦長の住居を見て、セナはチョコレートケーキみたいな家だ、と言って笑っていた。その言い方がすでにもう可愛らしい。

「街中にあって、便利だな」

 シェイナ邸の左右にも別のアパルトマンが引っ付いていて、それらの一階は全て店になっていた。騒々しく煩わしい店たちだとセナが嫌うかもと思っていたが、どうやらセナはそれらを便利であると受け取ったらしい。

「少し手狭だけどね」
「全然狭くないだろ、十分すぎるくらいだ」

 本当は、ユギラの中心から外れた郊外にも、ここより大きな邸宅があったのだが、セナが大学校に近い方が良いというので、このアパルトマンを選んだ。

 室内に入り、俺はすぐに暖炉に火を灯す。一階はロキの住居となるが、それと同時に俺とセナの玄関も兼ねている。セナが冷えないように、俺はすぐに部屋を温めた。この一階部分の暖炉を灯すと、その熱が各階に送られ、暖気によってアパルトマン全体が温まる構造になっている。ロキが薪の世話をすれば全ての部屋が温かさを維持出来るというわけだ。

 セナの背後に回り、コートを脱ぐ手伝いをする。こんな風に脱がせてもらうのは久しぶりだ、と照れて笑うセナはとても愛らしかった。許されることならば、俺がセナの従者になりたいくらいだ。コートを脱ぎ、すらりとした細い体が現われる。セナの腰は男とは思えないほどに細く、いつも魅力的で俺を誘う。俺とセナのコートを受け取ったロキが、俺たちのコートをハンガーに掛けた。

 セナの手を引いて、階段を上がろうとすると、一瞬で景色が変わった。セナが俺ごと移動魔法を使ったのだ。他人を連れての移動魔法など、俺が挑戦しても失敗するだろう。そんな高等魔法を容易く可能にするセナの魔力量は、法外なものだった。階段を昇るのも煩わしく感じるほどに、セナは色々な場所が見たくて堪らないようだった。キッチンを眺め、二人の食卓を眺め、見るからにうきうきとしている。

「美味しそうなパン屋さんもあったし、大学校にも近いし、部屋も綺麗だし、凄く良い所じゃないか」

 なんだか、そのまま飛び跳ねてしまいそうなくらいセナは浮かれていた。学校で不愉快な噂が流布して気落ちしていたセナだが、すっかりそんなことは忘れているようだ。ここに連れてきて良かった。良くない噂は、二度ととそんな話が出回らないようにとロキに命じた。ロキの手配によって、今度セナが登校する頃には、噂の一切が消えていることだろう。

「セナ、楽しそうだね」
「え、そ、そうかな……でも確かに、興奮してるかも。こんなに幸せな新生活が送れるなんて思ってなかったよ」
「セナに喜んでもらえて、本当に良かったよ」

 ありがとう、ラーフ。セナがそう言って微笑んでくれた。それだけでもう俺は十分だった。心が温かいもので包まれる。こんな感情にさせてくれるのは、セナだけだった。

 セナが俺の手を引いて、もう一度じっくり部屋の中を観察しながら歩き回った。まずはキッチン。もともとは電気やガスを使った道具が多かったキッチンだが、セナに合せて魔法道具に変えさせた。ガスコンロなどを怯えながら使うセナを見たくなかったのだ。

「キッチンも広いね」
「セナの手料理が毎日食べれるなんて、幸せだなぁ」
「色々とレパートリーを増やして、ラーフを満足させられるように頑張るよ」
「頑張らなくても、俺はもう満足だよ」

 セナの手料理というだけでもう幸せなのに、俺に食べさせるために頑張るだなんて。とてつもない僥倖だった。セナと同じ家に住んで、セナが俺のために毎日食事を作ってくれる。これはもはや、夫婦なのではないだろうか。そんなことをぼんやりと考えていると、再びセナの足が動き始める。階段を昇って三階へ。今度は移動魔法は使わなかった。三階はバスルームと寝室だ。

「寝室はひとつ?」
「そう。嫌だった?」

 辿り着いた先の寝室は、部屋としてひとつ。そしてベッドも大きなものがひとつだった。俺がそのように手配させた。大きなベッドは、二人で寝ても十分なほどの大きさだ。

「嫌じゃ……、ないよ」

 顔を赤くしながら、少し俯いてセナは同じ部屋で寝ることを許してくれた。当然、許してくれるだろうという予測があってこんなことをしたわけだが、これで万が一にも嫌だと言われたら傷つきすぎて心が砕け散っていたことだろう。

「ベッドはどうする? 二つがいい? 二つがいいなら、もうひとつ運ばせるよ」
「……ラーフは、どっちがいいの?」

 セナの指先が、俺の指先と絡まった状態で、徒に俺の指を撫でていた。それがセナの照れた気持ちの表れだと理解出来るからこそ、愛しさが募る。恥ずかしそうに俯いていたセナが、ちらりと視線だけを俺に向けた。

「俺はもちろん、ひとつがいいよ」

 手を離して、互いの正面に向き合った。そして、セナの腰の後に手を置いて、ぐっと引き寄せる。近くなった距離で、セナは俺を見上げていた。俺はセナを見下ろす。セナの視線は定まらず、色々な所を見ていた。眼球は随分と潤んでいる。俺が顔を近づけて行くことの意味を理解しているようだった。

「……じゃあ、ひとつでいいよ」

 セナの許しと共に、俺たちの唇が触れ合った。俺はセナの腰を掴んで離さないようにし、セナも俺の背中に手を伸ばして離れないようにしている。唇を触れ合わせるだけの、優しく甘い口付けだった。一度離れてから、もう一度キスをする。

「……抱きたいんだけど、やっぱり、駄目……だよね?」

 どうしても、こうやって触れ合っていると、そういった熱が芽生えてしまうのだ。セナにはこんなことがないのだろうか。腰を撫でてみるが、特に反応はない。逆に、俺がなおさら抱きたくなるだけだった。

「まだ……もうちょっと、待って」

 申し訳なさそうにセナが目を伏せる。まだその覚悟が出来ていないようだった。だが、それも理解が出来る。セナはおそらく男どころか女の経験もないはずだ。それであるのに、何もかもをすっ飛ばして男に抱かれるなど、受け入れるのに時間がかかることだろう。

「本当に、ごめん」
「いいよ、俺こそごめん。セナの気持ちが固まるまで待つって言ったのに」
「ごめん……ごめんね、ラーフ」
「大丈夫。謝らないで、セナ」

 泣きそうなセナを抱きしめて、落ち着かせる。そうさせたのは俺であるというのに。セナは、戸惑いながらも必死に俺を受け止めようとしてくれている。こうやって抱きしめあって口付けが出来るなど、以前では考えられなかったことだ。

「少し外を歩こう」

 俺のせいで可笑しな空気にさせてしまった。セナの手を握って歩き出す。一階に下りて、脱いだコートをもう一度羽織る。俺とセナがアパルトマンを出ると、ロキもついてきた。外から結界を張る。そうすることで、空間全体に鍵をかけられた。

「ずいぶんと空気が冷たいね」
「セナ、手を繋ごうよ」
「えっ、そ、外なのに」
「誰も気にしないよ」

 外に出た時に解かれていた手を、再び繋ぐ。セナは部屋の中ではどれだけでも触れ合ってくれるのに、外では一切許してくれなかった。けれど半ば強引に手を繋いで俺は歩き出す。
 
「……俺たち、周りにはどう見えてるんだろう」
「さぁ、若い同性カップルに見えてるだけじゃない?」
「そっか」
「そうそう。周りのことなんて気にしたって仕方ないよ」

 そんな風に俺が軽く言った直後だった。眩い閃光が俺たちをに襲いかかる。カシャッ、という激しい音にセナが驚いて肩を震わせた。俺はセナを抱き込むようにして、その光から遠ざける。

「……っ!!」

 写真を撮られたのだ。それに気づいたセナは顔が真っ青になっていた。どこのゴシップ誌か知らないが、舐めたことをしてくれる。写真を撮った者は勢いよく走り去っていった。そのあとをロキが追いかける。

「ロキ、良い。追うな」

 今撮られた写真も、世に出ることは無いだろう。記者も、場合によっては今の職を失うか、己の命を失うことになる。シェイナ家は父の意向により、この手のゴシップ誌に載ることを許していない。こういった事案が発生すれば、父が何かしらの対処を取ることになっているのだ。

「ラーフ、今のって……写真を撮られたのか?」
「たぶんね」
「ど、どうしよう……!」
「別に悪いことしてるわけじゃないんだし、良いんじゃない?」
「でも! シェイナ家の人たちが笑い者にされちゃうかもしれない……」
「俺たちを笑うような怖いもの知らずがいるなら、俺がなんとかするから大丈夫」

 セナが心配するようなことにはならない、と教えてあげたいが、シェイナ家の後ろ暗いところを敢えてセナに説明する気にもならなかった。あまり、悪い面は見て欲しくない。好きな相手には誰だってそういう気持ちを抱くだろう。

「……いや、でも待てよ……もしかしたら、フィルリアの御当主が今の記事を見るってこともあるのか……? それは……まずいような」

 もし、万が一にも父が今回の写真を見逃し、誌面に載るようなことがあれば。それを考えると、急に恐ろしくなった。可能性は低いが、父がうっかりこの件の対処を忘れてしまったら。そんなことが全くないと言い切れる確証はどこにもないのだ。別に、世の中に同性カップルであることを知られることはどうでもいい。だが、セナの父であるフィルリアの御当主が知ったら。

「まずいって、なにが?」
「まだお付き合いの報告もしてないのに、あんな写真を見られたら御当主から俺への心象が悪くなるんじゃ……」

 こういったことは、直接伝えなければならない。ゴシップ誌を介して知るなんて、最悪の報告方法だ。それだけは避けたい。

「大丈夫だよ、父さんはテレビも見ないし、ゴシップ誌なんてなおさら見ないから」

 セナは気楽に笑っていた。俺が、お付き合いの報告も、と言ったことには触れていない。明確に言葉にしたわけではないが、俺はもう付き合っていると思っている。俺たちは恋人だと。セナも、そう思ってくれているようで嬉しくなった。だが今は喜んでいる場合ではない。

「ラーフは変わってるな。そんなことを気にするなんて」
「そんなこと、じゃないよセナ。凄く大切なことだ。セナのお父さんにどう思われてるかってことは、凄く大切なことだよ」
「ふーん……?」

 俺の必死さは、どうやらセナにはあまり響いていない様だった。

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