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俺がラーフの部屋についた時には、もうセナ様の姿はなかった。
ただ、裸のラーフがソファに腰かけて項垂れている。ベッドの上には、俺が手配したセナ様似の女が戸惑いながら座り込んでいた。即座に状況を理解する。セナ様に知られ、セナ様が移動魔法でどこかに行ってしまったのだ。俺に気付いたラーフが、鬼の形相で俺を睨みつけてローテーブルに拳を叩きつけた。ミシッと音を立てて足の一脚が折れる。
「ロキお前……!!」
「し、仕方ないだろ!! セナ様の移動魔法に俺が追いつくかよ!!」
「その前に食い止められただろ!!」
「無茶言うな!!」
セナ様の訪問から嫌な予感がしていたのだ。だが、だからといって俺に何が出来たというのか。ラーフの怒りはもっともなのだが、それを俺に向けられても困る。
「くそ……っ、セナに謝りに行かないと……!」
「その前にシャワーだけでも浴びとけよ」
「言われなくても分かってる!!」
荒々しい足取りで、ラーフがシャワールームに駆けこんでいった。思わずため息を吐いてしまう。この状況を一体どうすれば良いのか。訳が分からずにベッドの上で小さくなっている女性への対処から始めることにした。
「あー……っと、ごめんね。ラーフ様の怒りが君に向く前に、出て行った方がいいと思うよ」
俺の言葉を受けて、急いで身支度を整えた彼女が身も清めずに去っていく。ラーフはここ最近、セナ様との接触が増えておおいに喜んでいたが、その反面、己の熱の処理に困っていた。ラーフに女を用意して欲しいと言われ、なんとかセナ様に似た黒髪と紫の瞳を持つ女性を見つけ出しのだ。相手は非魔法使いで、避妊しなくても非魔法使いと魔法使いの間に子供は生まれない。問題の種が生まれる可能性も摘んでおいたのだ。
そして、凶暴な熱がセナ様に向かないようにラーフがその発散をしているところをセナ様に見られてしまった、というのが事の顛末だった。いくら事情を説明したとしても、セナ様は悲しむだろう。事実、悲しんだからこそこの場を離れたのだ。
だが、なんとかラーフには謝り倒してもらってセナ様の許しを得てもらわなければ。二人の関係が破綻するところなど、俺は見たくない。シャワーを終えたラーフが魔法を行使し、全身に暖気を纏って水気を払う。すぐに新しい衣服に着替えた。
「あぁっ、くそっ、……なんでこんな日に限って」
「セナ様も、事情を知れば許してくれるって」
「無責任なことを言うな。せっかく、最近はセナから触れてくれるようになってたのに……あぁ、くそっ!」
「お前がそんなにへこんでんの、久しぶりだな」
今、ラーフの全身を浸しているのは、怒りではなく嘆きだ。嘆くゆえに、へこんでいる。身支度を整えて、すぐにラーフは部屋を出た。俺はその後ろに続く。
「……こんな下らないことでセナに嫌われたら、生きていける気がしない」
「しっかりしてくれよ、次期当主様」
項垂れたままのラーフの背中に、バシンと掌を叩きつける。普段であれば、すぐに反撃されるのだが今日は何もしてこなかった。これはまずい。ラーフは今までにないくらい落ち込んでいる。こんなに意気消沈している主人を初めて見た。俺が運転する車に乗っている時も、無言のまま俯いており、哀れに思えてくる。セナ様が許してくれることを、俺も一緒に祈っておいた。
「やぁ、ラーフ。こんにちは」
フィルリア邸に辿り着き、呼び鈴を鳴らすとフィルリア子爵が姿を見せた。五百年は続いている名家、フィルリア家の当主とは思えないほどに質素な身なりをしている。始祖は八百年前とも言われるが、それは伝説に近い部分もあり確実性は低い。ただ、五百年前から続いていることは史跡が明らかにしている。かつては、王を数多輩出し、公爵家として名を馳せていた一族が今、滅びを迎えているのを感じた。
「御無沙汰しております、御当主。あの……セナは御在宅ですか?」
「あぁ、いるけど……ラーフには会いたくないと言っていてね」
小さな邸宅で、エントランスホールと呼べる場所はない。玄関に立って、子爵とラーフが言葉を交わしている。会いたくない、という言葉がラーフの心に更なる追い打ちをかけていた。背中を見ているだけで、その絶望っぷりが伝わってくる。
「酷く泣いて戻ってきたんだけれど、喧嘩でもしたのかい?」
「な……泣いていたんですか?」
「泣いていたね」
「……大切なご子息を悲しませてしまって、申し訳ございません」
きっと今、泣きたいのはラーフの方だろう。セナ様のためにと思ってしたことが、セナ様を酷く傷つけてしまった。こんなはずではなかったと、そう叫びたいはずだ。頭を下げて詫びるラーフの肩を、子爵がぽんぽんと軽く叩く。
「君が息子をとても深く想ってくれていることは分かっているよ。だから、私はあまり気にしていない。生きていれば泣きたいことなんて何度だってあるものさ」
ここで、フィルリア子爵が烈火の如く怒ろうものなら、きっとラーフはもう二度とセナ様に会えなかっただろう。だが、子爵はどこかのほほんとした方で、笑って流していた。
「でも、あんな風に泣いているセナを見ると、昔のユリアとウォルフを思い出すね」
「父が……なにか?」
「昔ね、ユリアのことを想い過ぎたウォルフが別の女性でその熱を発散していたことがあってね。それが不運にもユリアに知られてしまって。ユリアは大泣きしてその結果、ウォルフとの縁談を蹴ったことがあったんだよ」
こんな偶然があるのか、と天を仰いでしまいたい気持ちになった。ラーフはきっと、複雑な顔をしながら、その顔は蒼白となっていることだろう。背後に立っていてラーフの顔を確認出来ないが、きっとそうなっているはずだ。そんなラーフを見て、子爵も察するところがあったのだろう。
「……まさか、ラーフ、君」
申し訳ありません、と小さな声でラーフが詫びを重ねる。そうして子爵も、ラーフが父と同じようなことをしてしまったのだと知る。子爵は困ったように笑っていた。
「恐ろしいくらいに似た親子だね」
「……その時、ユリア様は父との縁談を蹴ったわけですよね」
ラーフにとっては、父親と行動が似ているということよりも、縁談を蹴ったという言葉の方が重要であるようだった。セナ様に縁を切られるかもと怯えているのだ。今まで積み上げたものが全て無駄になってしまうような、そんな恐怖を味わっているようだった。
「縁談を蹴ったというか……うーん、縁談を蹴ったというのは語弊があったね。すまない、言い方が適切ではなかった。当時、私とウォルフがユリアの婚約者候補でね。ウォルフがその一件で株を落としたという感じかな」
その一件が無ければ、もしかしたらユリア様はシェイナ家に嫁いでいたかもしれない。そうすれば、生まれてくるラーフはラーフではなかっただろうし、セナ様だって生まれてはこない。結果論として言えば、シェイナ侯爵の失態のおかげで今こうして俺はラーフの従者として、ラーフとセナ様の行く末を見守ることが出来ているのだ。
「でも、セナがそういったことで泣くとはね。嫉妬するほどに、君に想いを募らせているということなのかな」
フィルリア子爵は嬉しそうに微笑んでいた。ご子息の気持ちをそっと見守っておられるようだった。だが、ラーフは子爵ほど楽観した見方は出来ないようで、ちらりと見えた横顔は未だに蒼白で完全に血の気が失せていた。このまま気持ちが沈んで死んでしまわないだろうか、と不安になるほどだった。
「さて。そろそろセナを呼んで来よう。お客様をいつまでも待たせてはいけない」
「えっ、あ、でもセナが会いたくないというのなら……」
「そうは言っても、あの子は君に会いたいはずだよ。素直じゃないんだ」
「そう……でしょうか」
「そうだとも。親の私が言うんだからね」
そう言って、子爵は邸内に戻っていった。セナ様をここに連れてくるつもりのようだ。ラーフの緊張が一気に増すのを感じる。魔力が弱く、気配感知も苦手な俺でも分かるほどに、ラーフの気配が緊張で昂ぶっている。ぶるぶると震えていた。
「……大丈夫か、ラーフ」
「大丈夫に見えるのか」
「見えない」
不毛な会話をしてしまった。俺の言葉は何の慰めにもならず、ただ不機嫌そうなラーフの声を聞くことしか出来ない。そうこうしているうちに、再び扉が開く。子爵が、セナ様を連れて戻ってきた。セナ様は、子爵に背を押されるようにしてラーフに近付いてくる。その目元と頬には涙のあとがくっきりと残っていて、ラーフは苦しそうだった。ここでセナ様にこっぴどく振られたら、自殺してしまいそうで怖い。
「……セナ」
ゆっくりと、紫の双眸がラーフを見る。瞳はまだ潤んでいて、つい先ほどまで泣いていたのだということを表わしていた。セナ様は口を噤んだままだ。少し睨むような視線をラーフに向けている。ラーフにしてみれば、無視されることに比べたら睨まれる方がましだろう。視線が己に向いたことに対して、ほっと安堵したようにも見えた。
「さて、ロキ。少し庭仕事を手伝ってくれるかな」
子爵のその発言が口実であることは分かっていた。シェイナ邸の庭園は庭園というより薬草園に近く、空間全体に結界が張られその中は暖気に満ちており、冬でも薬草の育成が出来る。だが、だからといってこのタイミングで俺に手伝いを求めるのはあまりにも不自然だ。つまり、俺と共にこの場から離れようという意味の言葉。さらに言えば、ラーフとセナ様にゆっくりと話をさせてあげようという配慮だった。
「承りました」
頷いて、子爵のあとを追いかける。振り向けば、ラーフとセナ様が対峙していた。お互いに視線を逸らさないし、微動だにもしない。本当に二人だけを置いていっても良いのだろうか、と不安が胸をよぎる。
「入りなよ」
いつもの何倍も素っ気ない言い方で、セナ様がラーフに入室を進めていた。二人が邸内に入っていく。こうなってしまえば、俺はラーフの武運を祈ることしか出来ない。頑張れラーフ、と心の中で応援した。
ただ、裸のラーフがソファに腰かけて項垂れている。ベッドの上には、俺が手配したセナ様似の女が戸惑いながら座り込んでいた。即座に状況を理解する。セナ様に知られ、セナ様が移動魔法でどこかに行ってしまったのだ。俺に気付いたラーフが、鬼の形相で俺を睨みつけてローテーブルに拳を叩きつけた。ミシッと音を立てて足の一脚が折れる。
「ロキお前……!!」
「し、仕方ないだろ!! セナ様の移動魔法に俺が追いつくかよ!!」
「その前に食い止められただろ!!」
「無茶言うな!!」
セナ様の訪問から嫌な予感がしていたのだ。だが、だからといって俺に何が出来たというのか。ラーフの怒りはもっともなのだが、それを俺に向けられても困る。
「くそ……っ、セナに謝りに行かないと……!」
「その前にシャワーだけでも浴びとけよ」
「言われなくても分かってる!!」
荒々しい足取りで、ラーフがシャワールームに駆けこんでいった。思わずため息を吐いてしまう。この状況を一体どうすれば良いのか。訳が分からずにベッドの上で小さくなっている女性への対処から始めることにした。
「あー……っと、ごめんね。ラーフ様の怒りが君に向く前に、出て行った方がいいと思うよ」
俺の言葉を受けて、急いで身支度を整えた彼女が身も清めずに去っていく。ラーフはここ最近、セナ様との接触が増えておおいに喜んでいたが、その反面、己の熱の処理に困っていた。ラーフに女を用意して欲しいと言われ、なんとかセナ様に似た黒髪と紫の瞳を持つ女性を見つけ出しのだ。相手は非魔法使いで、避妊しなくても非魔法使いと魔法使いの間に子供は生まれない。問題の種が生まれる可能性も摘んでおいたのだ。
そして、凶暴な熱がセナ様に向かないようにラーフがその発散をしているところをセナ様に見られてしまった、というのが事の顛末だった。いくら事情を説明したとしても、セナ様は悲しむだろう。事実、悲しんだからこそこの場を離れたのだ。
だが、なんとかラーフには謝り倒してもらってセナ様の許しを得てもらわなければ。二人の関係が破綻するところなど、俺は見たくない。シャワーを終えたラーフが魔法を行使し、全身に暖気を纏って水気を払う。すぐに新しい衣服に着替えた。
「あぁっ、くそっ、……なんでこんな日に限って」
「セナ様も、事情を知れば許してくれるって」
「無責任なことを言うな。せっかく、最近はセナから触れてくれるようになってたのに……あぁ、くそっ!」
「お前がそんなにへこんでんの、久しぶりだな」
今、ラーフの全身を浸しているのは、怒りではなく嘆きだ。嘆くゆえに、へこんでいる。身支度を整えて、すぐにラーフは部屋を出た。俺はその後ろに続く。
「……こんな下らないことでセナに嫌われたら、生きていける気がしない」
「しっかりしてくれよ、次期当主様」
項垂れたままのラーフの背中に、バシンと掌を叩きつける。普段であれば、すぐに反撃されるのだが今日は何もしてこなかった。これはまずい。ラーフは今までにないくらい落ち込んでいる。こんなに意気消沈している主人を初めて見た。俺が運転する車に乗っている時も、無言のまま俯いており、哀れに思えてくる。セナ様が許してくれることを、俺も一緒に祈っておいた。
「やぁ、ラーフ。こんにちは」
フィルリア邸に辿り着き、呼び鈴を鳴らすとフィルリア子爵が姿を見せた。五百年は続いている名家、フィルリア家の当主とは思えないほどに質素な身なりをしている。始祖は八百年前とも言われるが、それは伝説に近い部分もあり確実性は低い。ただ、五百年前から続いていることは史跡が明らかにしている。かつては、王を数多輩出し、公爵家として名を馳せていた一族が今、滅びを迎えているのを感じた。
「御無沙汰しております、御当主。あの……セナは御在宅ですか?」
「あぁ、いるけど……ラーフには会いたくないと言っていてね」
小さな邸宅で、エントランスホールと呼べる場所はない。玄関に立って、子爵とラーフが言葉を交わしている。会いたくない、という言葉がラーフの心に更なる追い打ちをかけていた。背中を見ているだけで、その絶望っぷりが伝わってくる。
「酷く泣いて戻ってきたんだけれど、喧嘩でもしたのかい?」
「な……泣いていたんですか?」
「泣いていたね」
「……大切なご子息を悲しませてしまって、申し訳ございません」
きっと今、泣きたいのはラーフの方だろう。セナ様のためにと思ってしたことが、セナ様を酷く傷つけてしまった。こんなはずではなかったと、そう叫びたいはずだ。頭を下げて詫びるラーフの肩を、子爵がぽんぽんと軽く叩く。
「君が息子をとても深く想ってくれていることは分かっているよ。だから、私はあまり気にしていない。生きていれば泣きたいことなんて何度だってあるものさ」
ここで、フィルリア子爵が烈火の如く怒ろうものなら、きっとラーフはもう二度とセナ様に会えなかっただろう。だが、子爵はどこかのほほんとした方で、笑って流していた。
「でも、あんな風に泣いているセナを見ると、昔のユリアとウォルフを思い出すね」
「父が……なにか?」
「昔ね、ユリアのことを想い過ぎたウォルフが別の女性でその熱を発散していたことがあってね。それが不運にもユリアに知られてしまって。ユリアは大泣きしてその結果、ウォルフとの縁談を蹴ったことがあったんだよ」
こんな偶然があるのか、と天を仰いでしまいたい気持ちになった。ラーフはきっと、複雑な顔をしながら、その顔は蒼白となっていることだろう。背後に立っていてラーフの顔を確認出来ないが、きっとそうなっているはずだ。そんなラーフを見て、子爵も察するところがあったのだろう。
「……まさか、ラーフ、君」
申し訳ありません、と小さな声でラーフが詫びを重ねる。そうして子爵も、ラーフが父と同じようなことをしてしまったのだと知る。子爵は困ったように笑っていた。
「恐ろしいくらいに似た親子だね」
「……その時、ユリア様は父との縁談を蹴ったわけですよね」
ラーフにとっては、父親と行動が似ているということよりも、縁談を蹴ったという言葉の方が重要であるようだった。セナ様に縁を切られるかもと怯えているのだ。今まで積み上げたものが全て無駄になってしまうような、そんな恐怖を味わっているようだった。
「縁談を蹴ったというか……うーん、縁談を蹴ったというのは語弊があったね。すまない、言い方が適切ではなかった。当時、私とウォルフがユリアの婚約者候補でね。ウォルフがその一件で株を落としたという感じかな」
その一件が無ければ、もしかしたらユリア様はシェイナ家に嫁いでいたかもしれない。そうすれば、生まれてくるラーフはラーフではなかっただろうし、セナ様だって生まれてはこない。結果論として言えば、シェイナ侯爵の失態のおかげで今こうして俺はラーフの従者として、ラーフとセナ様の行く末を見守ることが出来ているのだ。
「でも、セナがそういったことで泣くとはね。嫉妬するほどに、君に想いを募らせているということなのかな」
フィルリア子爵は嬉しそうに微笑んでいた。ご子息の気持ちをそっと見守っておられるようだった。だが、ラーフは子爵ほど楽観した見方は出来ないようで、ちらりと見えた横顔は未だに蒼白で完全に血の気が失せていた。このまま気持ちが沈んで死んでしまわないだろうか、と不安になるほどだった。
「さて。そろそろセナを呼んで来よう。お客様をいつまでも待たせてはいけない」
「えっ、あ、でもセナが会いたくないというのなら……」
「そうは言っても、あの子は君に会いたいはずだよ。素直じゃないんだ」
「そう……でしょうか」
「そうだとも。親の私が言うんだからね」
そう言って、子爵は邸内に戻っていった。セナ様をここに連れてくるつもりのようだ。ラーフの緊張が一気に増すのを感じる。魔力が弱く、気配感知も苦手な俺でも分かるほどに、ラーフの気配が緊張で昂ぶっている。ぶるぶると震えていた。
「……大丈夫か、ラーフ」
「大丈夫に見えるのか」
「見えない」
不毛な会話をしてしまった。俺の言葉は何の慰めにもならず、ただ不機嫌そうなラーフの声を聞くことしか出来ない。そうこうしているうちに、再び扉が開く。子爵が、セナ様を連れて戻ってきた。セナ様は、子爵に背を押されるようにしてラーフに近付いてくる。その目元と頬には涙のあとがくっきりと残っていて、ラーフは苦しそうだった。ここでセナ様にこっぴどく振られたら、自殺してしまいそうで怖い。
「……セナ」
ゆっくりと、紫の双眸がラーフを見る。瞳はまだ潤んでいて、つい先ほどまで泣いていたのだということを表わしていた。セナ様は口を噤んだままだ。少し睨むような視線をラーフに向けている。ラーフにしてみれば、無視されることに比べたら睨まれる方がましだろう。視線が己に向いたことに対して、ほっと安堵したようにも見えた。
「さて、ロキ。少し庭仕事を手伝ってくれるかな」
子爵のその発言が口実であることは分かっていた。シェイナ邸の庭園は庭園というより薬草園に近く、空間全体に結界が張られその中は暖気に満ちており、冬でも薬草の育成が出来る。だが、だからといってこのタイミングで俺に手伝いを求めるのはあまりにも不自然だ。つまり、俺と共にこの場から離れようという意味の言葉。さらに言えば、ラーフとセナ様にゆっくりと話をさせてあげようという配慮だった。
「承りました」
頷いて、子爵のあとを追いかける。振り向けば、ラーフとセナ様が対峙していた。お互いに視線を逸らさないし、微動だにもしない。本当に二人だけを置いていっても良いのだろうか、と不安が胸をよぎる。
「入りなよ」
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