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「落ち着くところに落ち着いた、という感じかな?」
庭園に向かい、そこで庭仕事をしていた父さんとロキの前に並んで立つ。その時の俺の表情を見て、父さんはにっこりと微笑んだ。庭の一部に特殊な結界を張り、その範囲内は年中暖気に満ちるようになっている。周囲を見れば、ちらちらと雪が舞っているというのに、この空間だけは初夏のように温かかった。
「お騒がせして申し訳ありませんでした、御当主」
「いやいや、気にしないでくれ。君たちももう成人を迎えるわけだし、幼い子供ではないんだ。自分たちのことは自分たちで解決できる。そして、解決したのなら私に詫びる必要はないよ」
頭を下げて詫びたラーフを見て、驚いたような顔を見せた後、父さんはゆっくりと微笑んだ。
「……あの、それで……ご報告なのですが」
ラーフのその宣言に、父さんも真剣な面持ちとなる。しゃがみこんで土を触っていた姿勢を改め、立ち上がり、土を払う。真っ直ぐにラーフを見つめ返していた。
「俺はセナを心から愛しています。セナも同じ気持ちを返してくれました。……御当主は、我々の交際を認めて頂けますか?」
報告しに行こう、と言ったのは俺だったのに結局はラーフに言わせてしまった。けれど、俺だってラーフと同じ気持ちなのだ。伝えたい言葉は全てラーフが言ってしまったというだけで。妙に緊張してしまう。父さんは口元を緩めて微笑んだ。
「勿論だとも。二人が想いあっているのなら、何も問題は無い」
体に入った力が一気に抜ける。ラーフも同様の有様になっていた。互いに見つめ合って微笑み合う。ロキがラーフに向けて小さくガッツポーズを取っていた。
「それで、ラーフ。君はどこまで考えているんだい?」
「俺は……、セナとの婚姻までを視野に入れています」
ラーフの発言に驚いてしまった。そういった希望はラーフからは聞いていたが、それをこのタイミングでもう父さんに伝えてしまうとは。けれど、驚きと共に嬉しさもある。ラーフの気持ちは変わらないのだ、という。俺と本当に結婚を望んでくれているのが、嬉しいのだ。
「私はそれでも構わないよ。セナが望む相手と結ばれてくれれば、問題は無い。フィルリア家はこれで幕引きだと、私自身も思っていたことだしね。……ただ、ウォルフがどう言うか」
「父は、俺が説得してみせます」
父さんの言う通り、ラーフの父であるシェイナ侯爵様がなんと言うか。ラーフは説得を試みてくれるというが、そこで拒まれれば、俺は引き下がるしかない。シェイナ家の面倒事の種にはなりたくないのだ。
君たちを、心から祝福しているよ。父さんは最後にそう言った。もし万が一、結婚が許されてラーフの一家と家族になれたなら、父さんのこれからの人生が少しは華やかになるだろうか。俺とふたりぼっちの家族よりも、寂しさは減るだろうか。
「……なぁ、セナ。このまま、父さんに会ってくれないか」
手を繋いで歩き出すと、すぐにラーフがそんなことを口にした。後ろからはロキがついて来ている。俺はラーフの発言に驚いてしまった。だが、自分だって父さんに報告しようと言い出したのだから、ここで尻ごみをしてはいけない。
「わ、わかった」
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
そうは言うが、俺の父さんとでは迫力が全く違う。しかも、シェイナ家の御当主として当然男の俺との婚姻には反対されるはずだ。気が重くなっても仕方のないことではある。
「……本当にラーフは、俺と結婚したいんだな」
「当然だろ。愛する人と結婚したくないやつなんていないよ」
「それは……そうだけど」
「今日のことは、本当にごめん。あまりにも軽率なことをした。……詫びて済む話じゃないけど、本当にごめん。一生を掛けて償わせてほしい」
「……その事はもういいよ」
俺が言い淀む理由を、今日の女性とのまぐわいが原因だと思ったのか、ラーフが再び詫びる。だが、俺はその件で心を曇らせているわけではない。そもそも、今までの学校生活においてラーフが女性と交際している話は聞いたことがあるし、そのシーンを見たこともある。
今日は驚きのあまり、泣いて逃げ出したが、ラーフほどの人が男の俺を相手にしていることの方が不思議に思えるくらいで俺としては、可笑しな話だが、妙にあの光景に納得してしまっていたのだ。その納得を超えて、ラーフが俺を望んでくれるというなら、それはそれで嬉しい。手を繋ぎながら、ラーフはここに来るために乗ってきた車に俺を導く。本当に今から御当主に会いに行くんだ、と実感がじわじわやってきた。
「俺と結婚……したくなかった?」
「……したいよ。ずっと一緒にいるっていう権利が欲しい」
「ありがとう、セナ。きっと、父さんも許してくれるよ」
こうして、俺たちはシェイナ邸へ向かう。本日二度目のシェイナ邸は、随分と重い気持ちを携えての訪問となった。車の中でも、碌にラーフと会話が出来なかった。緊張しすぎて、何も頭に入ってこないのだ。
ラーフが言葉を掛けてくれていたが、殆ど言葉は右から左に流れていくだけで、ちっとも思考をしていない。相槌を打つか頷くかのどちらかしかしてなかった。ラーフは何度も、大丈夫だよ、と言って額に口付けを落としたが、俺の心は少しも落ち着いてはくれなかった。
「セナと、……結婚?」
シェイナ侯爵様は、訝しげな眼でこちらを見た。公爵様の私室を訪れ、対峙する形でソファに座る。俺とラーフは隣り合って座っていた。
「俺たちは互いに思い合っていて、同性婚は違法ではない。でしたら、何の問題もないはずです」
「継嗣はどうする」
「姉や妹たちの子を養子にして、シェイナ家の跡継ぎとして育てれば良いだけの話です」
「お前の血を組むということが肝要なのだ。第二夫人を持つ、というのでは駄目なのか」
「駄目に決まってます」
第二夫人。俺の父さんにはそんな人はいなかったけれど、シェイナ公爵様には何人かの夫人がいらっしゃった。子を作る為に第二夫人を持て、という公爵様の言葉に対しラーフはすぐに拒否の言葉を口にした。それが素直に嬉しい。
魔法使いの世界では、愛人のような存在が公然と許される風潮がある。皆、強い血を持つ子を生むため、利害の絡んだ結婚をし、そこに愛が宿らないことも多い。逆に、愛し合っているのに血の強い子が生まれない場合は、強い血を持つ者を公妾にして子を作ることがある。
愛が絡んでいなくても、理由があれば体を重ねる。強い子を生むため、性欲の処理のため、家と家の結び付きを得るため。魔法使いのそういった価値観は、ときに非魔法使い非難されることがあった。
「……公爵様がお許し下さるのなら、一時的に私が性別を転換させ、子を産みます」
「セナ、それは駄目だ。あの術はセナの大きな負担になる」
「でも、ラーフ」
「そんなことをするくらいなら、俺はこの家を出る」
どれほど危険な術であったとしても、必要に迫られれば俺はその手段を選ぶ。ラーフがシェイナ家から出奔するなど絶対に許せない。俺との未来を選ぶために、家を捨てることなど許してはいけない。シェイナ公爵様は、深いため息を一度吐き捨てた。
「少なくとも、学生の間は婚姻を認めない。二人が大学校を卒業する時に、もう一度話し合う」
「俺は、セナと婚姻するつもりでこれからの時間を過ごします。婚約者はセナひとりです。それ以外は全て断りますよ」
「今だって断り続けているくせに、敢えて宣言する必要があるのか?」
肩を竦めて、口元に呆れたような小さな笑み。その表情がとてもラーフに似ていたので、驚いてしまう。親子なのだから似ているのは当然なのだけれど、普段はそこまで似ていると思わなかったのだ。だが、こうしてふいに見せる表情や仕草がとても似ていた。
「ラーフの血を継ぐ子のことも、これからの時間を使って考えて参ります。どうか、私たちのことをお許しください」
俺とラーフの間に子をもうけるためには、他の女性を頼らなければならない。それを拒むのであれば、俺が性を転換させるしかなかった。だがきっと、どこかに第三の手段はあるはずだった。俺はそう信じる。
「……母親に似て、強い眼差しだ」
公爵様が俺を見つめてそう呟いた。俺を見ているようで、その実、その瞳は母を見ている。俺を通して、俺の中に見え隠れする母の面影を見つめているようだった。ユリアとヨウランの子が、俺の子と結ばれるとはな。小さくそう呟かれた言葉を、俺もラーフも聞き逃さなかった。
「暫くは、自由に生きると良い。いずれ来るその時に、良い解決案が挙がればなお良いが」
「有難うございます、父上」
それは、事実上の容認だった。俺はまっさきに頭を下げて、それに続いてラーフも頭を下げた。まさか、こんな風に受け入れられるとは思っていなかった。手酷く拒否され、ラーフに近付くなと言われるところまで想定していたくらいだったのだ。
公爵様の部屋を出て、ラーフの部屋へと導かれた。ラーフの部屋で、俺はラーフに強く抱きしめられる。首筋に顔を埋められて、くすぐったい。けれど、ラーフの喜ぶ気持ちが伝わってきたので、俺も抱き返して応える。抱擁が解かれると、ラーフが顔を寄せてきたので、口付けをした。手を握り合ってのキスは、とても優しい気分になる。
「きっと、なにか方法があるはずだよ。今、魔法使いの世界では少子化が危急の問題だから、きっと何か新しい手立てがあるはずだ。危険性の低い性転換の術とか」
俺の必死な言葉を、ラーフがうんうんと頷いて聞いている。俺は真剣な気持ちで言っているのに、ラーフは俺を見て微笑んでいるだけで真剣みに欠けているように見えた。
「俺、大学校でそういった方面をしっかり勉強するから」
「そこまで深刻に考えなくてもいいと思うけどなぁ」
「でも……、公爵様が継嗣のことを危惧されているわけだし……」
「とりあえず、ちょっと厳しいことを言ってみようかなっていう感じじゃないかな」
「そう……なのか?」
ラーフはそんなことを言うが、俺には公爵様の本当の気持ちが分からなかった。俺たちを全面的に受け入れてくれているのか、部分的に受け入れているのか。悩んでいる俺はそっちのけで、ラーフは俺を抱き上げて抱えると、ソファの上にそっと下した。
「父さんも、きっと喜んでくれてるよ。大好きだったユリア様の息子が、自分の義理の息子になるんだから、嬉しいはず」
ソファの上に横たえられて、その上にラーフが覆いかぶさる。俺の体は完全にラーフの影の中にあった。大きな手が頬に当てられて、親指が俺の頬をそっと撫でる。とても温かい手だ。
「……そういうものかな」
「俺には分かる。もしセナが女の子だったら、自分の何番目かの夫人にしてたと思うよ」
「そんなまさか」
いくらなんでも、息子と同い年の女性を妻にするなど考えにくいが、貴族の世界においては稀にそういったことが起こりうる。もしかしたら、俺とラーフは同い年の義母と義理の息子になっていた可能性があったようだ。
「認めてもらえたらいいね」
「大丈夫だよ、セナ。必ず認めさせる」
そうして、再びキスをした。唇と唇をつけるというだけの行為で、どうしてこんなにも幸福な気持ちになるのだろうと思うことがある。愛する人との口付けには、癒しの効果があるのかもしれない。
「そろそろ卒業だし、本格的に生活の拠点をユギラに移さないとね」
「もうそんな時期か」
「セナとの二人暮らしなんて、本当に夢のようだよ」
「大袈裟なやつだなぁ」
大袈裟なんかじゃないと、と最愛の人が笑いながら言った。
庭園に向かい、そこで庭仕事をしていた父さんとロキの前に並んで立つ。その時の俺の表情を見て、父さんはにっこりと微笑んだ。庭の一部に特殊な結界を張り、その範囲内は年中暖気に満ちるようになっている。周囲を見れば、ちらちらと雪が舞っているというのに、この空間だけは初夏のように温かかった。
「お騒がせして申し訳ありませんでした、御当主」
「いやいや、気にしないでくれ。君たちももう成人を迎えるわけだし、幼い子供ではないんだ。自分たちのことは自分たちで解決できる。そして、解決したのなら私に詫びる必要はないよ」
頭を下げて詫びたラーフを見て、驚いたような顔を見せた後、父さんはゆっくりと微笑んだ。
「……あの、それで……ご報告なのですが」
ラーフのその宣言に、父さんも真剣な面持ちとなる。しゃがみこんで土を触っていた姿勢を改め、立ち上がり、土を払う。真っ直ぐにラーフを見つめ返していた。
「俺はセナを心から愛しています。セナも同じ気持ちを返してくれました。……御当主は、我々の交際を認めて頂けますか?」
報告しに行こう、と言ったのは俺だったのに結局はラーフに言わせてしまった。けれど、俺だってラーフと同じ気持ちなのだ。伝えたい言葉は全てラーフが言ってしまったというだけで。妙に緊張してしまう。父さんは口元を緩めて微笑んだ。
「勿論だとも。二人が想いあっているのなら、何も問題は無い」
体に入った力が一気に抜ける。ラーフも同様の有様になっていた。互いに見つめ合って微笑み合う。ロキがラーフに向けて小さくガッツポーズを取っていた。
「それで、ラーフ。君はどこまで考えているんだい?」
「俺は……、セナとの婚姻までを視野に入れています」
ラーフの発言に驚いてしまった。そういった希望はラーフからは聞いていたが、それをこのタイミングでもう父さんに伝えてしまうとは。けれど、驚きと共に嬉しさもある。ラーフの気持ちは変わらないのだ、という。俺と本当に結婚を望んでくれているのが、嬉しいのだ。
「私はそれでも構わないよ。セナが望む相手と結ばれてくれれば、問題は無い。フィルリア家はこれで幕引きだと、私自身も思っていたことだしね。……ただ、ウォルフがどう言うか」
「父は、俺が説得してみせます」
父さんの言う通り、ラーフの父であるシェイナ侯爵様がなんと言うか。ラーフは説得を試みてくれるというが、そこで拒まれれば、俺は引き下がるしかない。シェイナ家の面倒事の種にはなりたくないのだ。
君たちを、心から祝福しているよ。父さんは最後にそう言った。もし万が一、結婚が許されてラーフの一家と家族になれたなら、父さんのこれからの人生が少しは華やかになるだろうか。俺とふたりぼっちの家族よりも、寂しさは減るだろうか。
「……なぁ、セナ。このまま、父さんに会ってくれないか」
手を繋いで歩き出すと、すぐにラーフがそんなことを口にした。後ろからはロキがついて来ている。俺はラーフの発言に驚いてしまった。だが、自分だって父さんに報告しようと言い出したのだから、ここで尻ごみをしてはいけない。
「わ、わかった」
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
そうは言うが、俺の父さんとでは迫力が全く違う。しかも、シェイナ家の御当主として当然男の俺との婚姻には反対されるはずだ。気が重くなっても仕方のないことではある。
「……本当にラーフは、俺と結婚したいんだな」
「当然だろ。愛する人と結婚したくないやつなんていないよ」
「それは……そうだけど」
「今日のことは、本当にごめん。あまりにも軽率なことをした。……詫びて済む話じゃないけど、本当にごめん。一生を掛けて償わせてほしい」
「……その事はもういいよ」
俺が言い淀む理由を、今日の女性とのまぐわいが原因だと思ったのか、ラーフが再び詫びる。だが、俺はその件で心を曇らせているわけではない。そもそも、今までの学校生活においてラーフが女性と交際している話は聞いたことがあるし、そのシーンを見たこともある。
今日は驚きのあまり、泣いて逃げ出したが、ラーフほどの人が男の俺を相手にしていることの方が不思議に思えるくらいで俺としては、可笑しな話だが、妙にあの光景に納得してしまっていたのだ。その納得を超えて、ラーフが俺を望んでくれるというなら、それはそれで嬉しい。手を繋ぎながら、ラーフはここに来るために乗ってきた車に俺を導く。本当に今から御当主に会いに行くんだ、と実感がじわじわやってきた。
「俺と結婚……したくなかった?」
「……したいよ。ずっと一緒にいるっていう権利が欲しい」
「ありがとう、セナ。きっと、父さんも許してくれるよ」
こうして、俺たちはシェイナ邸へ向かう。本日二度目のシェイナ邸は、随分と重い気持ちを携えての訪問となった。車の中でも、碌にラーフと会話が出来なかった。緊張しすぎて、何も頭に入ってこないのだ。
ラーフが言葉を掛けてくれていたが、殆ど言葉は右から左に流れていくだけで、ちっとも思考をしていない。相槌を打つか頷くかのどちらかしかしてなかった。ラーフは何度も、大丈夫だよ、と言って額に口付けを落としたが、俺の心は少しも落ち着いてはくれなかった。
「セナと、……結婚?」
シェイナ侯爵様は、訝しげな眼でこちらを見た。公爵様の私室を訪れ、対峙する形でソファに座る。俺とラーフは隣り合って座っていた。
「俺たちは互いに思い合っていて、同性婚は違法ではない。でしたら、何の問題もないはずです」
「継嗣はどうする」
「姉や妹たちの子を養子にして、シェイナ家の跡継ぎとして育てれば良いだけの話です」
「お前の血を組むということが肝要なのだ。第二夫人を持つ、というのでは駄目なのか」
「駄目に決まってます」
第二夫人。俺の父さんにはそんな人はいなかったけれど、シェイナ公爵様には何人かの夫人がいらっしゃった。子を作る為に第二夫人を持て、という公爵様の言葉に対しラーフはすぐに拒否の言葉を口にした。それが素直に嬉しい。
魔法使いの世界では、愛人のような存在が公然と許される風潮がある。皆、強い血を持つ子を生むため、利害の絡んだ結婚をし、そこに愛が宿らないことも多い。逆に、愛し合っているのに血の強い子が生まれない場合は、強い血を持つ者を公妾にして子を作ることがある。
愛が絡んでいなくても、理由があれば体を重ねる。強い子を生むため、性欲の処理のため、家と家の結び付きを得るため。魔法使いのそういった価値観は、ときに非魔法使い非難されることがあった。
「……公爵様がお許し下さるのなら、一時的に私が性別を転換させ、子を産みます」
「セナ、それは駄目だ。あの術はセナの大きな負担になる」
「でも、ラーフ」
「そんなことをするくらいなら、俺はこの家を出る」
どれほど危険な術であったとしても、必要に迫られれば俺はその手段を選ぶ。ラーフがシェイナ家から出奔するなど絶対に許せない。俺との未来を選ぶために、家を捨てることなど許してはいけない。シェイナ公爵様は、深いため息を一度吐き捨てた。
「少なくとも、学生の間は婚姻を認めない。二人が大学校を卒業する時に、もう一度話し合う」
「俺は、セナと婚姻するつもりでこれからの時間を過ごします。婚約者はセナひとりです。それ以外は全て断りますよ」
「今だって断り続けているくせに、敢えて宣言する必要があるのか?」
肩を竦めて、口元に呆れたような小さな笑み。その表情がとてもラーフに似ていたので、驚いてしまう。親子なのだから似ているのは当然なのだけれど、普段はそこまで似ていると思わなかったのだ。だが、こうしてふいに見せる表情や仕草がとても似ていた。
「ラーフの血を継ぐ子のことも、これからの時間を使って考えて参ります。どうか、私たちのことをお許しください」
俺とラーフの間に子をもうけるためには、他の女性を頼らなければならない。それを拒むのであれば、俺が性を転換させるしかなかった。だがきっと、どこかに第三の手段はあるはずだった。俺はそう信じる。
「……母親に似て、強い眼差しだ」
公爵様が俺を見つめてそう呟いた。俺を見ているようで、その実、その瞳は母を見ている。俺を通して、俺の中に見え隠れする母の面影を見つめているようだった。ユリアとヨウランの子が、俺の子と結ばれるとはな。小さくそう呟かれた言葉を、俺もラーフも聞き逃さなかった。
「暫くは、自由に生きると良い。いずれ来るその時に、良い解決案が挙がればなお良いが」
「有難うございます、父上」
それは、事実上の容認だった。俺はまっさきに頭を下げて、それに続いてラーフも頭を下げた。まさか、こんな風に受け入れられるとは思っていなかった。手酷く拒否され、ラーフに近付くなと言われるところまで想定していたくらいだったのだ。
公爵様の部屋を出て、ラーフの部屋へと導かれた。ラーフの部屋で、俺はラーフに強く抱きしめられる。首筋に顔を埋められて、くすぐったい。けれど、ラーフの喜ぶ気持ちが伝わってきたので、俺も抱き返して応える。抱擁が解かれると、ラーフが顔を寄せてきたので、口付けをした。手を握り合ってのキスは、とても優しい気分になる。
「きっと、なにか方法があるはずだよ。今、魔法使いの世界では少子化が危急の問題だから、きっと何か新しい手立てがあるはずだ。危険性の低い性転換の術とか」
俺の必死な言葉を、ラーフがうんうんと頷いて聞いている。俺は真剣な気持ちで言っているのに、ラーフは俺を見て微笑んでいるだけで真剣みに欠けているように見えた。
「俺、大学校でそういった方面をしっかり勉強するから」
「そこまで深刻に考えなくてもいいと思うけどなぁ」
「でも……、公爵様が継嗣のことを危惧されているわけだし……」
「とりあえず、ちょっと厳しいことを言ってみようかなっていう感じじゃないかな」
「そう……なのか?」
ラーフはそんなことを言うが、俺には公爵様の本当の気持ちが分からなかった。俺たちを全面的に受け入れてくれているのか、部分的に受け入れているのか。悩んでいる俺はそっちのけで、ラーフは俺を抱き上げて抱えると、ソファの上にそっと下した。
「父さんも、きっと喜んでくれてるよ。大好きだったユリア様の息子が、自分の義理の息子になるんだから、嬉しいはず」
ソファの上に横たえられて、その上にラーフが覆いかぶさる。俺の体は完全にラーフの影の中にあった。大きな手が頬に当てられて、親指が俺の頬をそっと撫でる。とても温かい手だ。
「……そういうものかな」
「俺には分かる。もしセナが女の子だったら、自分の何番目かの夫人にしてたと思うよ」
「そんなまさか」
いくらなんでも、息子と同い年の女性を妻にするなど考えにくいが、貴族の世界においては稀にそういったことが起こりうる。もしかしたら、俺とラーフは同い年の義母と義理の息子になっていた可能性があったようだ。
「認めてもらえたらいいね」
「大丈夫だよ、セナ。必ず認めさせる」
そうして、再びキスをした。唇と唇をつけるというだけの行為で、どうしてこんなにも幸福な気持ちになるのだろうと思うことがある。愛する人との口付けには、癒しの効果があるのかもしれない。
「そろそろ卒業だし、本格的に生活の拠点をユギラに移さないとね」
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