没落貴族の愛され方

シオ

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 五年間通い続けた学校に別れを告げる日が来た。

 セナと同じ学校に通い始め、俺は幸せでいっぱいだった。それが少しずつ変わっていったのが、フィルリア家の衰退に歯止めが効かなくなり、爵位を落とし始めた頃だった。気付いた時には、セナは俺を避け、周囲の者たちは公爵家の俺には相応しくないとセナを影で責めたてるようになっていた。

 四年生になった時期にはもう、セナに話しかける機会はほぼ無く、魔術系統が異なるため授業が被ることもなくなっていた。あの日々は本当に、何もかもが色彩を失っていたように思う。何をしても楽しくなく、嬉しくなく、無味乾燥の歳月だった。

 セナは俺を避けるが、俺は必死にセナを追いかけた。それが気に食わない俺の取り巻きとやらが、セナに嫌がらせをすれば、俺は目立たぬようにその者に制裁を加えた。

 身の程知らずにも、セナの恋心を抱くような連中は、男であれ女であれ容赦はしなかった。何かしらの理由をつけて、彼らには学校を去ってもらったのだ。気安くセナに近付いて、恋心を抱くような者など、見過ごせるわけがなかった。

 セナに接触を断たれていたその日々に、いやというほど理解したのだ。俺には、セナが必要なのだ。セナがいない世界に意味などないと。

 五年生になってからは、なんとかもう一度セナと接点を作ろうと俺は躍起になった。疎まれようと、避けられようと、機会があればセナに話しかけた。突然なんなのだ、という顔をされたこともあるが、気にしないように努めた。

 そうした努力の結果、セナとの関係が修復され、それどころかセナが俺の想いを受け入れてくれた。この一年の、否、この数か月の出来事には驚くことしか出来ない。触れることすら出来なかったセナに、今では容易くキスが出来る。

 明日からは二人暮らしも始まるのだ。将来の約束もした。互いの両親にも一応の承諾は得た。俺はもうセナを手に入れたのだ。心穏やかに、セナと生きていける。のだが、どうにも今は心が穏やかではない。

「卒業おめでとう、セナ」
「ありがとうございます、教授」

 アラウド教授とセナが、がっしりと抱擁をしているからだ。そんな風に腰に手を回す必要があるだろうか。教授のセナに触れる手がどうにも卑猥に思える。今すぐ二人を引きはがしてやりたいが、そんなことをすればセナに怒られるのが分かっているので、ぐっと堪えていた。

「一応、ラーフも。卒業おめでとう」
「……ありがとうございます」

 取り繕ったような、後付けの祝辞。俺は半ば睨むような勢いで、返礼を口にした。きっと教授だって心から祝っているわけではないのだ。教授にとって大切なのはセナだけ。腹が立つほど、この男からはセナへの愛情が見えている。
 いくらお気に入りの生徒だからといって、既にもう廃れた奨学生制度などという過去の遺物を引っ張り出して、セナを助けたりするだろうか。
 絶対に見返りを求めていたはずだ。学校に入れてやるのだから抱かせろ、くらいは思っていたに違いない。なんという極悪教師だろうか。セナが懐いていなければ、すぐにでも学校から追い出してやったのに。

「可愛い生徒が旅立ってしまって悲しいよ」
「本当に、たくさん良くして頂いて……教授がいらっしゃらなかったら、こんなに晴れやかな気持ちで、今日ここに立っていられませんでした」

 少し目を潤ませてセナが教授を見上げている。そんなに可愛い顔をして見つめたら危険だと叫びたい。どうしてセナはこんなにも無防備で、簡単に男を誘うのか。無自覚なのが恐ろしい。常に俺が守らなければいけないようだ。

「ずっと黙っていようと思っていたことがあってね。告げるにしても、それは君が卒業する日だと、己に戒めていたことがあるんだ」

 ハッ、何をいまさら。そんな風に鼻で笑ってやりたくなる。何を告げるか、俺にははっきりと分かるぞ。セナが好きだったとかそういうことだろう。今日で生徒と教授の関係が終わるから打ち明けようとでも言うのだろう。残念だな、セナはもう俺と将来を誓い合った関係なのだ。今更何を言おうが、状況は何も変わらない。

「私はね、かつてフィルリア家にお仕えしていたんだよ」
「……え!?」

 思わず俺も声を出して驚いてしまう。全く予想していなかった言葉だったのだ。散々胸中で悪態をついていたが、あれは一体なんだったのだと思えてくる。

「ずいぶんと昔のことだ。私たちは、フィルリア家で薬草園の管理を任されている一族だった。セナはまだ子供だったから覚えていないと思うけれどね。……私は当時学生で、たまにしか顔を合わせていなかったけれど、とても可愛らしい次期当主に夢中だったよ」

 フィルリア家は五百年以上続く最古の血のひとつだ。その血から王を何人も輩出し、かつては公爵の地位にあって大きな邸宅をいくつも有していた。使用人も多く、その数は今のシェイナ家を遥かに凌駕するだろう。
 その使用人の中のひとつが、教授の一族だったというのだ。

「いずれ、次期当主が当主の座についたときには、私に薬草園の管理を任せてもらいたいと思って必死で勉強していた。その頃に、フィルリア家が傾き始め、私たちの一族は御役御免となったわけだ」

 家の没落と共に、持っていた土地や城を手放し、次は使用人を解雇していくはめになった。教授の一族は、その荒波に巻き込まれてフィルリア家から離れてしまったのだ。

「薬草のニンフィアも、昔は我が一族がお世話していたんだよ」
「そんな……、こんなことが……、驚きすぎて、何と言ったらいいのか」
「その気持ちはよく分かるよ。成長した君が私の前に現われた時、私もとても驚いた。言葉を交わすのも最初は緊張したくらいだ。少しずつ慣れていくと、セナがとても繊細な子になっていることに気付いた。周囲の視線に怯えて、自分に自信がなくて。そんな君を、ただ守りたかった」
「たくさん、守っていただきました。教授がいなかったら、乗り越えられなかったことが、たくさんありました」

 教授に詰め寄って、必死でそう語るセナは泣きそうだった。俺がそばにいられない時に、この教授がセナを支えていたことは知っている。陰口から意識を逸らすため、薬室の手伝いをさせたり、休み時間でも頻繁に声をかけて孤独を感じさせないようにしていたのだ。

「でも、私が見守れるのもここまでだ。この五年の間、セナを近くで見守ることが出来たのは、本当に僥倖だった」

 突然、教授が跪いてセナの手を取った。そして恭しく、その手の甲にキスを落とす。従者が主人に贈る親愛の証だ。だがそれはどちらかというと、女性の主人に贈るものであるが。

「セナ様、どうかお幸せに」

 この瞬間だけは教授ではなく、フィルリア家に仕えるハーヴェイ家の者として教授は存在していた。セナは大きく頷いて教授の手を握る。

「ありがとうございます、教授」

 そうして立ち上がると、涙目のセナの頭を撫でた。こうして頭を撫でるのも、教授の記憶の中にあったセナの幼い姿だったからなのかもしれない。

「御当主様は私の存在に気付いたようでね、一度私のところに手紙が来た。私の一族への謝罪と、セナのことを宜しく頼むというような内容だった」
「父さん……知ってたんだ」
「あのお方は、セナのためにたくさんのことを把握しようとされているよ」

 フィルリア家の御当主は、のほほんとしているように見えて、とても思慮深く非常に聡い御方だ。セナに降りかかる危険は全て取り除く。近づいてくる者に対しても、注意をしているのだろう。周囲との関係や、恋の悩みといった年相応の悩みには、御当主は関与しないが、その範疇を超えるものは徹底的に排除していた。御当主もなかなかに過保護でいらっしゃるのだ。

「見守る役は、これからは彼が負うのかな」

 そう言って、教授は俺を見た。つられてセナもこちらを見る。余裕ぶったその目が不愉快だった。少しばかり年上で、立ち位置が教授というだけで、セナの保護者面をされるのは度しがたいことだ。

「俺は今までだってセナを守ってましたよ」
「守りつつ、困らせつつ、泣かせつつ、だろう?」

 少し揶揄するような響きを持たせた言葉で、教授はそんなことを言った。俺は反論する気すら失せて、ふいと顔を逸らす。そんな瞬間だった。腕を引っ張られて、何かに包まれる。見れば、俺とセナはまとめて教授に抱擁されていた。
 親しくもない男に男に抱擁をされるなど不愉快だったが、セナが嬉しそうな顔をしていたので暫くの間我慢することにした。

「君たちの進む道に、より多くの幸福が訪れますように」

 祝福と祈りを込めて、教授が俺たちの耳元で囁く。
 こうして俺たちは五年を過ごした学校を卒業し、大学校へと進学した。

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