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膝の上に培養球を置き、ソファに体を預ける。どんどんと魔力が奪われているのを感じた。
胎児としての形が定まり、数分であれば培養球の傍から離れられるようになった。これでトイレに行ったり、シャワーを浴びたりということが何とか出来るようになったのだ。だが、必要最低限の時間以外は培養球に触れて魔力を注ぎ込むのが好ましい。だから俺は一日中、殆ど身動きを取らず、培養球に魔力を送り続け、不足すればラーフから貰うというように過ごしていた。
「セナ!」
俺たちのアパルトマンに、突然の来訪者が。勢いよくドアが開かれる。その音に俺は驚いたが、ラーフと後方に控えているロキには特に驚きが無い。恐らくは、来訪者のことを知っていたのだろう。
「父さん!?」
やって来たのは、俺たちの父親だった。俺の父と、ラーフの父であるシェイナ侯爵もいる。連絡を入れておいたから、そのうちやってくるとは思っていたが、早すぎる。昨日連絡をしたばかりだ。
「随分と早く来れたんだね」
「実は、ウォルフが車でここまで連れてきてくれたんだ」
「なるほど」
特急列車でも、ユギラまでは来れるが、ユギラ駅まで来る線は停車駅が多く、丸一日列車に揺られなければならない。だが、車で来たのであれば貴族街から最短である直線ルートで移動が出来る為、数時間でユギラに到着出来る。
「公爵様、御無沙汰しております」
「あぁ、セナ。……これが、例の子か?」
ソファの上で姿勢を正すも、膝の上に培養球があり上手く体が動かせなかった。そんな俺を手で制止させ、公爵様がそのままで良いと優しく口にする。そして、公爵様の目はそっと培養球に向けられた。
「はい。私とラーフの魔力から生まれた子です」
「……なんということだ」
公爵様のその言葉は、悲嘆とも感嘆とも取れて、戸惑う。喜んでもらえなかったらどうしよう。それどころか、そんな子はいらないと切り捨てられたら。そんな不安が一瞬で募った。
「よくやった、セナ。このような奇跡を成すとは、流石フィルリアの血だな」
「……お喜び、頂けるのですか」
「当然だろう。シェイナとフィルリアの血を継ぐ子だ、喜ぶ以外にない」
「通常とは異なる生まれ方ですが……」
「性転換してまで生むと言っていたのは、セナだが?」
予想しなかった展開に拍子抜けしてしまう。公爵様はかつての俺の言葉を持ち出して、軽く揶揄するほどだった。とにかく、この子が望まれている子だと分かった。それだけで十分だった。急に体が軽くなる。
父が歩み寄って、俺の隣にそっと腰かける。
「勿論この子が生まれてくれたら、私もウォルフも大喜びだ。でも、セナ。無理をしてはいけないよ。常に流脈が最大稼働して、体中が痛いんじゃないのかい?」
「うん……でも、この状態もあと一週間で終わるんだ。それまでの辛抱だよ」
「代わってあげられたらいいんだが……」
「これは母親になった俺の役目だから」
核が安定し、胎児となっていけば、今ほどの魔力は吸い取られないという仮説が現状最も支持されている。それを信じるならば、今の過酷な状況はあと一週間ほどで終了することになるのだ。
「この子が男児であれば、シェイナ家の跡継ぎと認めてくれますか」
俺が問いたかったことを、代わりにラーフが公爵様に尋ねた。その問いかけの瞬間、俺の緊張が急激に高まる。早く脈打つ鼓動が聞こえるようだった。
「勿論だとも。フィルリアの血を組むシェイナの子など、願ってもいない僥倖だ」
ゆっくりと頷いたシェイナ公爵様を見て、体の力が抜けていく。俺とラーフの結婚には、跡継ぎというものが大きな問題になっていた。俺とラーフの間に跡継ぎが産まれなければ、ラーフは子を作る為に第二夫人を設けなければならなかっただろう。
家督を長男にしか譲らない、などというのは随分と古びた考えに思えるが、そういった古から続くものを継承し、発展していくのも魔法使いの役目だった。
大きく安堵した俺の頭を父さんが撫でる。良かったね、と微笑んでいた。
「私の初孫だね、セナ。家族を増やしてくれて、ありがとう」
父さんにそう言われて、思い知った。そうだ。子供が生まれるということは、家族が増えるということなのだ。父と子の二人だけで生きていた時には考えもつかなかった。俺とラーフが結ばれて、家と家がひとつに繋がった。そして今、新たな命が産まれ、その系譜を継いでいくのだ。
これからのことを話し合って、二人の父親は三時間ほど滞在していた。そして、これ以上二人がここにいると俺が疲れてしまう、というような主旨の発言をラーフがし、二人は帰って行く。
二人きりになったリビングルーム。相変わらず、俺はソファの上にいた。膝の上に培養球を置いて目を瞑る。ソファにもたれ掛り、ゆっくりと瞳を開いた。
「……俺が、この子を誕生まで導けなかったら、たくさんの人が悲しむ」
二人の父たちの、喜びに満ちた顔が頭から離れない。この子が産まれてこれなかったら、あの顔はどのように歪むのだろう。レイゲン教授だって、がっかりするはずだ。せっかく長年の研究が実を結びそうだというのに、それが台無しになってしまったらきっと悲しむ。
「セナ、そんなことは考えない方が良い。どうなるかは誰にも分からない。期待する人たちには、勝手に期待させておけばいいんだ。その期待まで背負い込む必要はないよ」
「……うん」
ラーフが俺の横に座り、横から俺を抱きしめた。優しい抱擁に包まれて、少しばかり不安な気持ちが和らぐ。けれど、不安なことには変わりがない。少しずつ大きくなっていく我が子が、ちゃんと誕生を迎えられるのかどうか。それは誰にも分からない。誰も歩んだことのない道を、今、俺たちは進んでいるのだ。
「でも、産んであげたい。この手で抱きしめたい。……この子が産まれなかったら、一番悲しむのはきっと俺だ」
「うん、そうだね。もちろん、俺も同じくらい悲しいよ」
「……怖いよ、ラーフ。一人で守りきれないかもしれない」
「俺がずっとそばにいる。セナが、その子に魔力を送れるように、俺がセナに与え続けるから。何も怖くない。大丈夫」
ラーフがたくさんの言葉をかけて俺を励ました。気分は浮上したり降下したりと繰り返して落ち着かない。けれど、ラーフに触れて、ラーフの言葉を聞いていないと不安に押しつぶされそうだった。
世の母親たちは、これ以上の不安と苦痛を耐えぬいて子供を産むのだから、全くもって頭が下がる。今更ながら、俺を生んでくれたことを母さんに感謝した。
それからひと月が過ぎた頃には、随分と人らしい形になった赤ちゃんが培養球の中に浮かんでいた。赤ちゃんが大きくなるにつれて、離れていられる時間も増えて行った。以前は、トイレに行くときとシャワーに行くとき以外は必ず培養球を抱きかかえて動いていたが、今では食事や洗濯などが出来るようになった。
「この子の魔力が足りなくなると、なんとなく体がざわざわするんです」
少し離れている時の感覚を、レイゲン教授に伝える。今日は、二週間に一回の健診の日だったのだ。培養球の写真や映像は毎日自宅で撮って、レイゲン教授のパソコンにデータで送っている。教授は、毎日届くデータを見ては、健康にすくすく育っているね、とメールを送ってくれるのだ。
今日は、俺たちの家に教授がやって来ている。培養球をじっくりと眺めながら、俺たちに聞き取り調査をしていた。
「ほうほう。ラーフはそういうの伝わってくる?」
「いえ、全く」
「つまり、女性核となった側の魔力とリンクするわけだ」
俺が感じるものを、ラーフは全く感じ取れないと言う。やはり、この子にとっての母親は俺なのだ。
「少しずつ、この子が俺から持って行く魔力の量も減ってきたような気がして、体が楽になりました。ひと月前までは眠るのも怖くて、随分と寝不足で。今では抱きしめ安眠しているだけで、この子が勝手に俺から魔力を奪っていくのが分かるんです」
「なんと。すごいなぁ、神秘だなぁ」
感動しながら、教授がノートの上で素早くペンを走らせる。最新の電子機器等も研究に取り込んでいる教授だが、そういったところは未だにアナログだった。
「セナの食事量は増えた? 魔力を大量に消費しているわけだから、食欲が湧くと思うけど」
「えーっと、俺は……ラーフから魔力をたくさんもらっているので、普段と変わらないです」
「俺の食事量は増えてます」
「あー、なるほどね。仲がよろしいことで」
質問に答えただけなのに、何故だろうか。冷やかされたような気持になる。
俺の魔力の殆どは赤ちゃんへと明け渡してしまっているため、俺の魔力切れをラーフの魔力で補っている。ラーフは己の魔力切れを、食事をすることで防いでいるのだ。摂取したエネルギーを、己の魔力に変換する能力には個人差があり、闘性魔術師はこの変換効率が良い者が多い。中でも、ラーフの変換率は当代随一だろう。俺がちまちま食事をして、魔力を蓄えるよりも、ラーフが食事をしてそれを魔力に変換し俺に譲渡する方が早いのだ。
「だいぶ人っぽくなってきたなぁ。やっぱり、普通の妊娠とは速度が異なっているようだね」
培養球の中を覗き込みながら、教授がつぶやく。赤ちゃんは、完全に人の形を取っていて、数週間で産まれてくるのではと思ってしまう。
「そうなると、誕生したあとも老化速度が高かったりするんでしょうか」
「それは私も考えたけど、その可能性は低いんじゃないかな。今は、セナの濃い魔力を貰って、高品質なものを食べてもりもり育ってるけど、培養液から出たら普通の魔法使いと同じ生活が始まる。そうなれば、普通の速度で成長する、と私は考えてる」
「……というと?」
「つまりさ、同じ性能の車が二台あったとして、その二つの車が燃料が空っぽなわけだ。その中に燃料を注ぐのに、バケツでざばざば注いでるのがセナ。小さな杓子でちょろちょろ注いでいるのが通常の妊婦。燃料が満タンになるのは、セナの方が早いから、車が走り出すのはセナの方が早い。つまり、誕生の時期はセナの方が早い。だけど、車の性能は一緒なんだから、走れる速度、今後の成長速度は同じってこと。伝わる?」
「なんとなくは」
急激に成長をしているが、その後は通常の幼児と同様に育っていくだろう。つまりは、そういうことだった。十月十日で生まれてくるという赤ちゃんだが、俺の子は約半年で出生を迎えるだろうと目されている。
「んー……? あれ、これって性別がはっきりしちゃってるんじゃないかなぁ」
「え! 本当ですか!」
「ここ、ここ見て。男の子のシンボルがある」
培養球の中を虫眼鏡を使って眺めていた教授が、それに気づいた。閉じられた足と足の間。股の部分に、小さいながらも男のものがひっついていたのだ。
「男の子……男の子だ、良かった……ラーフ、これで公爵様に認めて頂ける……!」
安堵と歓喜で体から力が抜けた。ソファの上に座っていたから、崩れ落ちるようなことはなかったが、体がふらりと揺れた。そんな俺をラーフが支えてくれる。そうして、強く抱きしめられた。
「本当にありがとう、セナ」
俺の勘違いかもしれないが、ラーフの声は少しばかり震えているように聞こえた。あらゆる問題を、この小さな命が解決してくれる。俺たちの結婚は祝福され、シェイナ家の将来も安泰だ。この子は、俺たちに奇跡を齎した。
いずれシェイナを継ぐ幼子が、静かに培養球の中で眠っていた。
胎児としての形が定まり、数分であれば培養球の傍から離れられるようになった。これでトイレに行ったり、シャワーを浴びたりということが何とか出来るようになったのだ。だが、必要最低限の時間以外は培養球に触れて魔力を注ぎ込むのが好ましい。だから俺は一日中、殆ど身動きを取らず、培養球に魔力を送り続け、不足すればラーフから貰うというように過ごしていた。
「セナ!」
俺たちのアパルトマンに、突然の来訪者が。勢いよくドアが開かれる。その音に俺は驚いたが、ラーフと後方に控えているロキには特に驚きが無い。恐らくは、来訪者のことを知っていたのだろう。
「父さん!?」
やって来たのは、俺たちの父親だった。俺の父と、ラーフの父であるシェイナ侯爵もいる。連絡を入れておいたから、そのうちやってくるとは思っていたが、早すぎる。昨日連絡をしたばかりだ。
「随分と早く来れたんだね」
「実は、ウォルフが車でここまで連れてきてくれたんだ」
「なるほど」
特急列車でも、ユギラまでは来れるが、ユギラ駅まで来る線は停車駅が多く、丸一日列車に揺られなければならない。だが、車で来たのであれば貴族街から最短である直線ルートで移動が出来る為、数時間でユギラに到着出来る。
「公爵様、御無沙汰しております」
「あぁ、セナ。……これが、例の子か?」
ソファの上で姿勢を正すも、膝の上に培養球があり上手く体が動かせなかった。そんな俺を手で制止させ、公爵様がそのままで良いと優しく口にする。そして、公爵様の目はそっと培養球に向けられた。
「はい。私とラーフの魔力から生まれた子です」
「……なんということだ」
公爵様のその言葉は、悲嘆とも感嘆とも取れて、戸惑う。喜んでもらえなかったらどうしよう。それどころか、そんな子はいらないと切り捨てられたら。そんな不安が一瞬で募った。
「よくやった、セナ。このような奇跡を成すとは、流石フィルリアの血だな」
「……お喜び、頂けるのですか」
「当然だろう。シェイナとフィルリアの血を継ぐ子だ、喜ぶ以外にない」
「通常とは異なる生まれ方ですが……」
「性転換してまで生むと言っていたのは、セナだが?」
予想しなかった展開に拍子抜けしてしまう。公爵様はかつての俺の言葉を持ち出して、軽く揶揄するほどだった。とにかく、この子が望まれている子だと分かった。それだけで十分だった。急に体が軽くなる。
父が歩み寄って、俺の隣にそっと腰かける。
「勿論この子が生まれてくれたら、私もウォルフも大喜びだ。でも、セナ。無理をしてはいけないよ。常に流脈が最大稼働して、体中が痛いんじゃないのかい?」
「うん……でも、この状態もあと一週間で終わるんだ。それまでの辛抱だよ」
「代わってあげられたらいいんだが……」
「これは母親になった俺の役目だから」
核が安定し、胎児となっていけば、今ほどの魔力は吸い取られないという仮説が現状最も支持されている。それを信じるならば、今の過酷な状況はあと一週間ほどで終了することになるのだ。
「この子が男児であれば、シェイナ家の跡継ぎと認めてくれますか」
俺が問いたかったことを、代わりにラーフが公爵様に尋ねた。その問いかけの瞬間、俺の緊張が急激に高まる。早く脈打つ鼓動が聞こえるようだった。
「勿論だとも。フィルリアの血を組むシェイナの子など、願ってもいない僥倖だ」
ゆっくりと頷いたシェイナ公爵様を見て、体の力が抜けていく。俺とラーフの結婚には、跡継ぎというものが大きな問題になっていた。俺とラーフの間に跡継ぎが産まれなければ、ラーフは子を作る為に第二夫人を設けなければならなかっただろう。
家督を長男にしか譲らない、などというのは随分と古びた考えに思えるが、そういった古から続くものを継承し、発展していくのも魔法使いの役目だった。
大きく安堵した俺の頭を父さんが撫でる。良かったね、と微笑んでいた。
「私の初孫だね、セナ。家族を増やしてくれて、ありがとう」
父さんにそう言われて、思い知った。そうだ。子供が生まれるということは、家族が増えるということなのだ。父と子の二人だけで生きていた時には考えもつかなかった。俺とラーフが結ばれて、家と家がひとつに繋がった。そして今、新たな命が産まれ、その系譜を継いでいくのだ。
これからのことを話し合って、二人の父親は三時間ほど滞在していた。そして、これ以上二人がここにいると俺が疲れてしまう、というような主旨の発言をラーフがし、二人は帰って行く。
二人きりになったリビングルーム。相変わらず、俺はソファの上にいた。膝の上に培養球を置いて目を瞑る。ソファにもたれ掛り、ゆっくりと瞳を開いた。
「……俺が、この子を誕生まで導けなかったら、たくさんの人が悲しむ」
二人の父たちの、喜びに満ちた顔が頭から離れない。この子が産まれてこれなかったら、あの顔はどのように歪むのだろう。レイゲン教授だって、がっかりするはずだ。せっかく長年の研究が実を結びそうだというのに、それが台無しになってしまったらきっと悲しむ。
「セナ、そんなことは考えない方が良い。どうなるかは誰にも分からない。期待する人たちには、勝手に期待させておけばいいんだ。その期待まで背負い込む必要はないよ」
「……うん」
ラーフが俺の横に座り、横から俺を抱きしめた。優しい抱擁に包まれて、少しばかり不安な気持ちが和らぐ。けれど、不安なことには変わりがない。少しずつ大きくなっていく我が子が、ちゃんと誕生を迎えられるのかどうか。それは誰にも分からない。誰も歩んだことのない道を、今、俺たちは進んでいるのだ。
「でも、産んであげたい。この手で抱きしめたい。……この子が産まれなかったら、一番悲しむのはきっと俺だ」
「うん、そうだね。もちろん、俺も同じくらい悲しいよ」
「……怖いよ、ラーフ。一人で守りきれないかもしれない」
「俺がずっとそばにいる。セナが、その子に魔力を送れるように、俺がセナに与え続けるから。何も怖くない。大丈夫」
ラーフがたくさんの言葉をかけて俺を励ました。気分は浮上したり降下したりと繰り返して落ち着かない。けれど、ラーフに触れて、ラーフの言葉を聞いていないと不安に押しつぶされそうだった。
世の母親たちは、これ以上の不安と苦痛を耐えぬいて子供を産むのだから、全くもって頭が下がる。今更ながら、俺を生んでくれたことを母さんに感謝した。
それからひと月が過ぎた頃には、随分と人らしい形になった赤ちゃんが培養球の中に浮かんでいた。赤ちゃんが大きくなるにつれて、離れていられる時間も増えて行った。以前は、トイレに行くときとシャワーに行くとき以外は必ず培養球を抱きかかえて動いていたが、今では食事や洗濯などが出来るようになった。
「この子の魔力が足りなくなると、なんとなく体がざわざわするんです」
少し離れている時の感覚を、レイゲン教授に伝える。今日は、二週間に一回の健診の日だったのだ。培養球の写真や映像は毎日自宅で撮って、レイゲン教授のパソコンにデータで送っている。教授は、毎日届くデータを見ては、健康にすくすく育っているね、とメールを送ってくれるのだ。
今日は、俺たちの家に教授がやって来ている。培養球をじっくりと眺めながら、俺たちに聞き取り調査をしていた。
「ほうほう。ラーフはそういうの伝わってくる?」
「いえ、全く」
「つまり、女性核となった側の魔力とリンクするわけだ」
俺が感じるものを、ラーフは全く感じ取れないと言う。やはり、この子にとっての母親は俺なのだ。
「少しずつ、この子が俺から持って行く魔力の量も減ってきたような気がして、体が楽になりました。ひと月前までは眠るのも怖くて、随分と寝不足で。今では抱きしめ安眠しているだけで、この子が勝手に俺から魔力を奪っていくのが分かるんです」
「なんと。すごいなぁ、神秘だなぁ」
感動しながら、教授がノートの上で素早くペンを走らせる。最新の電子機器等も研究に取り込んでいる教授だが、そういったところは未だにアナログだった。
「セナの食事量は増えた? 魔力を大量に消費しているわけだから、食欲が湧くと思うけど」
「えーっと、俺は……ラーフから魔力をたくさんもらっているので、普段と変わらないです」
「俺の食事量は増えてます」
「あー、なるほどね。仲がよろしいことで」
質問に答えただけなのに、何故だろうか。冷やかされたような気持になる。
俺の魔力の殆どは赤ちゃんへと明け渡してしまっているため、俺の魔力切れをラーフの魔力で補っている。ラーフは己の魔力切れを、食事をすることで防いでいるのだ。摂取したエネルギーを、己の魔力に変換する能力には個人差があり、闘性魔術師はこの変換効率が良い者が多い。中でも、ラーフの変換率は当代随一だろう。俺がちまちま食事をして、魔力を蓄えるよりも、ラーフが食事をしてそれを魔力に変換し俺に譲渡する方が早いのだ。
「だいぶ人っぽくなってきたなぁ。やっぱり、普通の妊娠とは速度が異なっているようだね」
培養球の中を覗き込みながら、教授がつぶやく。赤ちゃんは、完全に人の形を取っていて、数週間で産まれてくるのではと思ってしまう。
「そうなると、誕生したあとも老化速度が高かったりするんでしょうか」
「それは私も考えたけど、その可能性は低いんじゃないかな。今は、セナの濃い魔力を貰って、高品質なものを食べてもりもり育ってるけど、培養液から出たら普通の魔法使いと同じ生活が始まる。そうなれば、普通の速度で成長する、と私は考えてる」
「……というと?」
「つまりさ、同じ性能の車が二台あったとして、その二つの車が燃料が空っぽなわけだ。その中に燃料を注ぐのに、バケツでざばざば注いでるのがセナ。小さな杓子でちょろちょろ注いでいるのが通常の妊婦。燃料が満タンになるのは、セナの方が早いから、車が走り出すのはセナの方が早い。つまり、誕生の時期はセナの方が早い。だけど、車の性能は一緒なんだから、走れる速度、今後の成長速度は同じってこと。伝わる?」
「なんとなくは」
急激に成長をしているが、その後は通常の幼児と同様に育っていくだろう。つまりは、そういうことだった。十月十日で生まれてくるという赤ちゃんだが、俺の子は約半年で出生を迎えるだろうと目されている。
「んー……? あれ、これって性別がはっきりしちゃってるんじゃないかなぁ」
「え! 本当ですか!」
「ここ、ここ見て。男の子のシンボルがある」
培養球の中を虫眼鏡を使って眺めていた教授が、それに気づいた。閉じられた足と足の間。股の部分に、小さいながらも男のものがひっついていたのだ。
「男の子……男の子だ、良かった……ラーフ、これで公爵様に認めて頂ける……!」
安堵と歓喜で体から力が抜けた。ソファの上に座っていたから、崩れ落ちるようなことはなかったが、体がふらりと揺れた。そんな俺をラーフが支えてくれる。そうして、強く抱きしめられた。
「本当にありがとう、セナ」
俺の勘違いかもしれないが、ラーフの声は少しばかり震えているように聞こえた。あらゆる問題を、この小さな命が解決してくれる。俺たちの結婚は祝福され、シェイナ家の将来も安泰だ。この子は、俺たちに奇跡を齎した。
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