没落貴族の愛され方

シオ

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 奇跡が起こり、俺とセナの間に子が出来てから既に半年が過ぎた。

 培養球の中で少しずつ大きくなる胎児を眺め、生命を神秘を感じた半年間だった。胎児が成長するにつれて、それと比例するように培養液が減っていく。セナの魔力だけではなく、培養球の中に満ちた培養液も摂取してこの子は成長しているのだ。

 ソファの上に培養球が置かれ、培養球の周りには毛布やらクッションやらが置かれて、温かくされている。俺はそれを見守りながら、キッチンから香る良い匂いを堪能する。セナの体調が優れない時の食事は、俺が下手なりに努力をしたり、買ってきたもので済ませたりしていたが、そうではない時はセナが自ら作ってくれた。

 無理をさせたくはないが、本人にとってはいい気分転換なのだそうだ。子が出来てからセナはずっと家にこもりっぱなしだった。研究室にも行けず、外との接触が少なくて、本人は酷く退屈だったことだろう。だからこそ俺は、可能な限りセナと共にいることにした。

 シェイナ綜合警備保障会社の北方支部の支部長となった今では、実戦に赴くよりも事務仕事の方が多くなってしまった。重要な任務や、危険度の高い任務などには参加するが、それ以外の仕事の方が最早多い。そういった仕事はすべて自宅で出来るようにし、この半年間、俺はセナの傍を離れなかった。

 セナは、生まれてくるこの子をエリアス城で育てたいと考えているらしい。確かに、あそこは緑も多く、長閑で、落ち着いた場所だ。子育てには相応しいだろう。このアパルトマンはタウンハウスとして維持して、生活の拠点をエリアス城に移す計画を練っていた。

 その直後。
 キッチンの方から、何かが割れる大きな音がした。

「セナ!?」

 キッチンに立っていたセナの姿を探す。だが、そこにはセナの姿が無かった。慌てて培養球を抱えてキッチンへ向かう。そこには、床に伏したセナと、落ちて割れた皿があった。

「セナ! セナ、大丈夫か!」

 セナは苦しそうな顔でうっすらと瞳を開くが、何の言葉を発せないようで小さく口を動かすに終始した。セナに触れて驚いてしまう。相当量の魔力が抜けていたのだ。生命を維持するのに最低限の魔力しか体内に残っていない。一体、突然どうしたというのだ。

 培養球をセナの膝の上に置くと、セナが弱弱しい腕で、それでも確かに培養球を抱えた。それを見て、俺はセナを抱き起こし唇を重ねる。それだけでセナが魔力を奪っていくのを感じた。俺が送るまでもないほどに、セナは魔力に飢えている。

「……もしかして、生まれるのか」

 突然の魔力の喪失など、それくらいしか思い浮かばない。最後の最後で、我が子が思い切り母親から魔力を奪い取っているのだ。その魔力を原動力に、目を覚ますのだろう。俺の問いに、セナが小さく頷いた。

「ロキ!!」

 大声でロキを呼ぶ。声だけを階下に移動させたのだ。それを聞いて、慌ててロキがやって来た。そしてこの状況を見て、酷く驚きながらも冷静な判断を下す。

「教授を呼んでくる」
「頼んだ。それと、セナの魔力が枯渇が激しいと伝えてくれ」
「分かった」

 そして、ロキの姿が消えた。移動魔法を駆使して、研究室まで急いでくれているのだろう。セナを見下ろせば、苦しそうに荒い呼吸をしていた。額には汗が浮かんでいる。唇を重ねて、俺はひたすらに魔力を送りこむ。

 セナの体は酷く熱かった。魔力の通り道である流脈が稼働しすぎているのだ。俺から大量の魔力を受けて、それをそのまま我が子へと送り続けている。それによって流脈が炎症を起こしているのだろう。良くない状態だった。

「セナ……っ、頑張れ!」

 応援することしか出来ない己が、あまりにも無力だった。苦しそうに何度も頷くセナは、ただ真っ直ぐに培養球を見ている。培養球の中の培養液がみるみるうちに減って行き、底をつきそうだった。

「……フ、ラーフ……ッ」

 セナが大きく息を吐きながら俺の名を呼んだ。その青白い手をぎゅっと握ると、それ以上の力でセナが俺の手を握り返した。こんな力がセナにあったのかと驚くほどの力だ。そんな力で力んでしまうほどに、苦痛を感じているのだろう。

「ラーフ!! 連れてきたぞ!!」

 ロキの突然の声と共に、レイゲン教授が現われた。復路も移動魔術で急いできたらしい。レイゲン教授はセナの様子を見るとすぐに駆け寄って、大きな鞄の中から水が入ったパックを取出した。

「セナ、頑張れ! 今、魔力の薬剤を持ってきたから! 少し楽になるからね!」

 大きな声でセナに語りかけながら、教授はセナの腕に点滴を処置した。全身に張り巡らされている流脈の太い箇所に針を差し、液体の状態にされた魔力を投与した。

「凄い炎症だ、抗炎症薬も持ってきておいて良かった」

 魔力を投与した腕の、別の場所にもう一つ針を刺す。痛々しい光景だったが、これで少しでもセナが楽になるのであれば、それに越したことはない。

「凄い量の魔力を持って行くね。これ、セナじゃなきゃ魔力不足で死んでるよ」
「……どうして、最後の最後にこれほどの魔力を持って行くんですか」
「おそらくだけれど、生まれるための起爆剤にするんだろうね。勢いづけるためだ」

 だからといって、母親であるセナをここまで苦しめなくても良いのではないか。そんな恨めしい気持ちになるが、この子に恨み言を言っても仕方がない。本来の出産ではこれ以上の苦痛と疲労を味わうことになるのだから、まだマシだったと思うしかなかった。

「……この子、自分で、培養球を割って出てくるつもりです」

 依然として苦しそうなセナが腕の中の培養球を抱きしめながらそう言った。我が子の意思が、セナには分かったのだ。ついに、誕生のときが来た。

「私たちが手で取り出さない方がいいってことかな?」
「触れると……、一気に魔力を、持って行かれてしまいます」
「なるほどね、この子に魔力を持って行かれたら死んじゃうな。準備が整うまで触るなってことだね」

 セナが頷く。少しばかり顔色が良くなったが、それでも苦痛は激しいようで唇を噛みしめていた。魔力を液体で摂取して、魔力不足は改善されたが、体の炎症は未だに引いていない。セナの体を支える俺の腕には、強い熱が伝わってきた。

「殻を割って出て来るなんて、鳥みたいだ」

 喜々として、この出産の光景を眺める教授に、真剣にやってくれと怒鳴りたい気持ちになるが、セナの安静のためにぐっと我慢をした。確かに、丸い培養球は卵のようであって、それを割って出来るなど雛さながらだ。

「この培養球の破片で、この子が傷つくことはないんですか」
「大丈夫、これは特殊なプラスチックでね、魔法が編み込まれている。割れた瞬間に、破片は消滅するよ」

 俺の不安は杞憂であったようだ。セナは薄く開いた瞳で、我が子を見続けている。我が子も、セナの顔を見るような体勢になっていた。俺には聞こえないが、二人の間にはもしかしたら会話があるのかもしれない。

「あ! 割れるぞ!」

 ピシ、と培養球にひびが入った。教授が歓喜の声をあげている。俺は、あまりにも神秘的な光景に言葉が出なかった。セナは、涙を流している。汗と涙で濡れた顔で、我が子を見つめていた。ひびはどんどんと大きくなり、天から地へと真っ直ぐに線が入る。そして、その時が来た。

 産声が、響き渡った。

 セナの腹の上に、僅かに残った培養液が零れ、その上に赤ん坊が乗っている。割れた培養球はきらきらと煌めいて塵となり消えていった。逞しい泣き声だった。ロキは雄叫びを上げ、教授はこの光景をカメラで撮影していた。半年間、硝子越しに抱きしめ続けていた我が子を、セナが直に抱きしめる。

「セナ、よく頑張った」

 熱く込み上げるものがあった。目頭が熱い。子供の誕生とは、こんなにも感動的なのか。我が子を抱きしめるセナを、抱きしめた。小さな体から、とても大きな声が響く。

「ラーフ、良かった……無事に生まれてくれて、本当に良かった」
「あぁ、俺とセナの子だ。俺に、息子を与えてくれてありがとう」

 濡れた頬に口付けをする。そして、今度はセナが俺の唇にキスをした。セナの魔力を感じる。息子への魔力の譲渡が終わり、セナ自身の魔力がセナの体に満ちていた。

「……ねぇ、ラーフ。この子の名前を教えて」

 ロキが差し出したタオルに赤子を包んで、セナは赤ん坊を抱っこをしていた。真っ赤で皺くちゃな顔の赤ん坊を見下ろしてセナはとても幸せそうな顔をしている。とても美しい表情だった。

「イリスだ」
「……イリス」
「そう。イリス・フィルリア=シェイナ」

 必死になって考えた名前を告げる。セナは何度か、イリス、と繰り返していた。

「フィルリア家の始祖、魔術王の名前だね」
「あぁ。偉大な魔法使いの名を継ぐに相応しい子だろう? この子は」
「うん、そうだね。……イリス、お父さんが良い名前をつけてくれたね」

 セナに、お父さん、と言われてどきりとした。そうだ。俺はもうお父さんなのだ。イリスの父親として、セナの夫として、家族を守っていかなければならない。訪れた使命感と、それに伴う多幸感で胸が苦しくなった。

 それからは、専門の産科医を呼び、イリスの様子を看てもらった。セナは、流脈の炎症がなかなか収まらず、薬剤を投与しながらの絶対安静を命じられる。ベッドの上で、イリスを抱きしめながら微笑むセナは、聖母のように美しかった。

 魔法使いの母親は、母乳を赤子に飲ませることで濃厚な魔力を分け与えるが、セナにはそれが出来ない。そのため、経口での譲渡となった。イリスの小さな口が、セナの口付けを受けている。何度か魔力を与えている間に、イリスは目を見開いた。セナと同じ紫水晶の瞳だった。

「可愛いね……、赤ちゃんって、こんなに可愛いんだ」

 愛おしそうにイリスを見つめるセナの表情は、完全に母親のそれだった。俺はセナに手を伸ばし、イリスに奪われていたセナの唇を堪能する。魔力の譲渡は伴わない、単純に愛し合うための口付けだった。

「イリスも勿論可愛いけど、俺にとってはセナが一番可愛いよ」

 素直な気持ちを伝えると、セナは困ったように笑った。どれだけ可愛らしい子供が生まれたとしても、セナにそっくりな子だったとしても、俺にとって何よりも大切なのはセナなのだ。セナとの間の子供は、当然可愛い。けれど、その感情がセナに向けるものを凌駕することはなかった。
 もし、この子が産まれるためにセナが命を犠牲にしなければならないような事態に陥ったなら、俺はこの子の命を絶っただろう。どれだけセナに呪われても、恨まれても、その選択は揺るぎないのだ。

「愛してる。誰よりも、何よりも。セナ以外の全てが霞むくらい、愛してる」

 半年の間、一度も切ることなく伸ばされたセナの髪は、肩よりも少しばかり下に達する。細く白い首筋に黒髪が流れていて、とても扇情的だった。首を撫で、髪に触れ、そっと抱き寄せて唇を重ねた。深く、深く、食んでいく。セナの全てを手に入れたかった。
 愛おしすぎて怖くなる。何度口付けを交わしても、何度抱いても、まだ足りない。子供を作って、俺から離れられなくしてもなお、物足りない。いつまで、この飢餓感を味わうのだろう。俺は、満足することがないのだろうか。

「ありがとう、俺をこんなにも幸せにしてくれて」

 セナが美しく微笑んだ。胸の中が熱くなる。込み上げてくるものの名は、幸福だった。抱きしめて、首筋に鼻先を埋める。全身でセナを感じていた。俺とセナの間にいるイリスは、ぐっすりと眠っている。この瞬間のセナは、イリスの母親ではなく、俺の奥さんだった。なんという幸せなのだろう。

「それは、俺の台詞だよ。たくさんの幸せをありがとう、セナ」

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