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◆ 第二章 異邦への旅路
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私たちの寝床は、天幕の中に用意された。食事をしたところとは別の天幕で、その中には何枚もの絨毯が敷かれ、部屋の隅には大きな温石が置かれている。部屋の中は温かく、薄い襦袢のまま布団に入っても寒さを感じなかった。
「吉乃があんなに子供好きだとは知らなかったな」
揃って布団の中に潜り込んだ。燭台の灯りがゆらゆらと部屋の中を薄く照らす。その明かりの揺れる様をぼうっと見ていた私に、清玖がそっと声を掛けてきた。眠気がまだ下りてきていない私の話し相手になってくれるようだ。
「……子供、好きなのかな?」
「違うのか? 随分と幸せそうに子供たちを抱きしめていたけれど」
「どうなんだろう。あんなに小さな子供がまわりにいないから、よく分からないけれど……。でも、可愛いなと思った」
小さい子供といえば、末の弟を思う。とはいえ、蛍星も立派な年頃になっていた。幼い蛍星をどう思っていたかの記憶は無い。そもそも、外を出ることを禁じられていた時期だろうから、私は幼い蛍星を抱き上げたことすらないのだ。
「清玖は? 子供、好きじゃないのか?」
「うーん、どうだろうな……。姪っ子や甥っ子くらいしか小さな子供に接したことはないけど、……確かに可愛いが、それ以上に大変だなと思ったよ」
「大変?」
「そう。世話というか、なんというか。みんな腕白で、手に負えなかった」
「それはそれで楽しそうだ」
清玖の兄にはすでに子がおり、清玖は叔父さんという立場だった。腕白な甥、姪に手を焼く清玖を想像して、私は少し笑ってしまう。いつか、私にもそんな日が来るのだろうか。兄の子の世話で、手を焼くような日が。
「紫蘭兄上が妃を娶り、子を作られれば、私にも甥っ子が出来るんだな。……きっと、可愛いんだろうな」
私に、姪は出来ない。天瀬国王の種では、女の子は生まれてこないのだ。兄上の種から生まれてくる三貴子たち。その子たちのことを、家族だと思い、大切に思う感情が芽生えなかったとしても、嬰児を愛しいと思う心くらいは私の胸にも湧くのだろうか。
「黒闢天に祈ってみるか?」
「うん?」
「俺たちの子をくださいって」
冗談を言うような顔をして、清玖の双眸は随分と真剣みを帯びていた。私は一瞬戸惑ってしまう。清玖は子を望んでいるのだろうか、と怯えたのだ。だが、すぐに考え直す。清玖はただ子が欲しいわけではない。私との間に子が出来れば嬉しいと、そう思ってくれているだけなのだ。
「……黒闢天は、そんな願いを聞き入れてくれるだろうか」
「苦しむ吉乃を救ってこなかった天だからな。大した力は持っていないかもしれない」
「罰当たりだな」
あまりにも不遜な物言いに、私は笑ってしまった。けれど、清玖の言う通りでもある。今まで、何度も救って欲しいと思った。私が黒闢天に愛されているというのなら、助けて欲しいと祈り続けた。だが、救済の手はどこからも差し出されなかった。己が強くなることで、艱難を乗り越えてきたのだ。
「……それでも……もし、黒闢天が私に子を授けて下さるのなら、私はめいっぱいに愛すると思う。親子の情が分からずとも、それでも、愛しいと思うことは出来るはずだから」
腹を痛めなくとも、子を愛しいと思えるはず。腹を痛めて生んだ私を、母は愛してくださらなかったのだ。腹を痛めることによって愛が生まれるのではない。深く慈しむことが、きっと親子の情を生み出すのだ。そんなことを考えていると、少しずつ瞼が下がってくる。
「眠くなってきたか?」
「……少し。布団の中が温かくて、眠気を誘うんだ」
「確かに、温石の力は凄いな」
「華蛇たちは裸になって体を温め合うとラオセンは言っていたんだが……、私たちは裸ではないんだな」
「なりたかったか?」
清玖の問いかけで、僅かに眠気が吹き飛んだ。にやりと頬を緩ませて、清玖は悪童のような笑みを浮かべている。私は一瞬、大きな声を出してしまいそうになったが、ぐっと抑え込んで、押し黙りながら反論を吐き出す。
「……そういう、わけではない」
顔を反らして、小さくそう答えた私を見て清玖は、可愛い、と言った。一体何が可愛かったのか。私には理解が出来ない。ただ、そう言われたことで顔が熱くなってくる。布団の中の温石がそうさせているわけではないということは、分かっていた。
「でも、裸になって清玖と触れ合ってしまえば、それだけではすまないと思うんだ」
「確かにな。俺も、自分自身の欲を抑えられる気がしない」
「そうなると、淡月たちはきっと湯を沸かして、私を清めようとしてくれるはず。でも、ここでは湯を沸かすことにも一苦労するだろう。外は寒いし、私たちの後始末のために寒空の下で湯を沸かすのはあまりにも可哀想で」
温め合うためだといって、裸になって抱きしめ合ってしまったら、それ以上を求めてしまうことは自明だった。考えただけで、後ろの孔がきゅうと締まる。だが、そんな私たちの奔放な行為に侍従たちを巻き込むのは、あまりにも申し訳なかった。
「吉乃は侍従思いだな」
「そんなことはない。彼らの献身を思えば、この程度、思いやりにも値しない」
「そんなことはないさ。蛍星の侍従を考えれば、吉乃付きの侍従はとても大切に思われているよ」
清玖の言葉を受けて、蛍星の侍従を思った。右軍の武官となった蛍星は黒珠宮に寄り付かず、自由に過ごしている。そんな蛍星に付く侍従たちは、多くの苦労を感じていることだろう。私たち兄弟の中で、一体誰が手のかからない王子だろうか。
「蛍星だって、侍従を軽んじているわけではないと思う」
「ああ、そうだな。軽んじているわけではない。蛍星は、侍従を必要としていないんだ」
「どちらにしても、蛍星は侍従泣かせだな」
私は一度頷いた。蛍星が、紫蘭兄上に連なる七番目の王子であることは間違いないが、もしかすると蛍星は王族の生まれであることを鬱陶しいものだと思っているかもしれない。それほどに、彼は市井の者たちと似たような生活をしていた。
少々の横着があるとはいえ、毎日きちんと武官としての仕事をこなし、仕事が終われば同僚たちと酒を飲みに城下へ出掛ける。気が向けば、娼婦と連れ込み宿に入り、翌朝の仕事に向けて兵舎へ戻るのだ。王族の生活とは思えない。
そんな蛍星を思っていると、頭の中に次々に兄弟たちの顔が浮かんだ。今なにをしているのだろう。私がいないことに、少しは寂しさを覚えてくれているだろうか。
「……明日にはもう、オルドに着くんだな」
「あぁ。長い旅路だったか?」
「長かった……でも、あっという間だった」
ゆっくりとした旅だ。少し進んでは一泊して、その地を満喫して進む。その繰り返し。もう何ヶ月も旅に出ているような気がするが、その実、まだひと月すら経っていない。長く感じるが、それでも振り返れば全てが一瞬であったかのような気さえする。
「こんなところに来ておいて言う言葉ではないのだろうけど……、いまだに、清玄の外にいることが信じられないんだ」
いつだって私は夢見心地だった。自分にとって都合の良い夢を見ているだけではないのだろうかと思うこともある。随分と現実味を帯びた夢だな、と思って、ああそうだこれは夢ではないのだったと思い至るのだ。
「黒珠宮の中にずっと閉じこもっていた。外は危険だからと遠ざけられ、父の命でずっと部屋から出ることも許されなかった。姫宮になって、叔父上に世界を広げろと命じられて……そうしてやっと、外の世界を知ろうと思ったんだ」
父上は、私が外に出ることを嫌った。価値ある黒の王子に、傷がつくことを恐れたのだ。だが、父が力を弱め、紫蘭兄上が私を閉ざされた部屋から出してくれたあとも、外の世界へは行けなかった。心配性の兄上たちが、私を手厚く守って下さったからだ。
叔父上の強引さがなければ、私は永遠に守られたままでいたことだろう。兄上たちが用意してくれるぬるま湯の中から出ることが出来ず、小さな世界で生きていたと思うのだ。憎むことすらあった叔父上に、今では感謝をしている。
「そして、清玖に出会った」
清玖との出会い。それが私の全てを変えて行った。何かを感じることすら忘れかけ、人の形をした物として呼吸だけを繰り返していた私を、清玖が人間にしてくれたのだ。人を愛することを教え、運命に立ち向かう勇気をくれた。
「清玖に出会って、愛し合って……、今ではこんな、新婚旅行に出かけていて。信じられない事ばかりが起こっている。外の世界は楽しい。見たこともない景色ばかりだ。草霧で見た穀物の野原、黄原で歩いた市場に、黒猫。翠玉では、燃えるような夕日の水平線も見た。鳳水の夜景は、本当に美しかった。この華蛇の地で出会った子供たち、食べた乾酪、見上げた夜空。……何もかもを、私は一生忘れない」
立ち寄った場所の景色は、頭の中に深く刻まれている。そこで感じた匂い、人の優しさや賑わい。そういったものを全て、私は思い出の中にしまっているのだ。私は楽しい。毎日が、とても楽しい。けれど、少しだけ心配なことがあった。
「清玖は退屈じゃない? ……私ばかりが楽しいのかも、と案じているんだ。清玖はもともと、外の世界を知っていたわけだし、真新しいものなどなかったのかも。……私に付き合わせてしまって、退屈な思いをしていない?」
問えば、驚いたように目を見開いた清玖が私を見る。そして、困ったように笑うと、伸ばした手で私の頬を撫でる。清玖の手は、とても温かった。
「そんな風に思われていたなんて、心外だな。十分に楽しんでるよ。楽しそうな吉乃を見ているだけで、俺は楽しいんだ。見たこともないものを見て、触れたことのないものに触れて。初体験をするたびに、吉乃はとても楽しそうに、美しく笑うんだ。……その笑顔を見ているのが、俺はとても楽しい」
「……良かった」
「明日からはオルドローズだ。きっとまた、吉乃の初体験が待っているんだろうな」
「何を見ることが出来るんだろう……、何に触れることが出来るんだろう。とても楽しみだ」
今までは天瀬の中だった。華蛇の地も、厳密に言えば、天瀬の内側だ。だが、オルドローズは違う。明確な国外だ。私は、外国に行こうとしている。
「明日からも楽しめるように、今夜はしっかりと眠ろう」
「……うん」
「おやすみ、吉乃」
額にそっと、口付けが落とされる。こうされてから眠ると、とても良い夢が見られるのだ。今夜は一体どんな夢を見るのだろう。そんなことを考えながら、私は目を閉じた。
「吉乃があんなに子供好きだとは知らなかったな」
揃って布団の中に潜り込んだ。燭台の灯りがゆらゆらと部屋の中を薄く照らす。その明かりの揺れる様をぼうっと見ていた私に、清玖がそっと声を掛けてきた。眠気がまだ下りてきていない私の話し相手になってくれるようだ。
「……子供、好きなのかな?」
「違うのか? 随分と幸せそうに子供たちを抱きしめていたけれど」
「どうなんだろう。あんなに小さな子供がまわりにいないから、よく分からないけれど……。でも、可愛いなと思った」
小さい子供といえば、末の弟を思う。とはいえ、蛍星も立派な年頃になっていた。幼い蛍星をどう思っていたかの記憶は無い。そもそも、外を出ることを禁じられていた時期だろうから、私は幼い蛍星を抱き上げたことすらないのだ。
「清玖は? 子供、好きじゃないのか?」
「うーん、どうだろうな……。姪っ子や甥っ子くらいしか小さな子供に接したことはないけど、……確かに可愛いが、それ以上に大変だなと思ったよ」
「大変?」
「そう。世話というか、なんというか。みんな腕白で、手に負えなかった」
「それはそれで楽しそうだ」
清玖の兄にはすでに子がおり、清玖は叔父さんという立場だった。腕白な甥、姪に手を焼く清玖を想像して、私は少し笑ってしまう。いつか、私にもそんな日が来るのだろうか。兄の子の世話で、手を焼くような日が。
「紫蘭兄上が妃を娶り、子を作られれば、私にも甥っ子が出来るんだな。……きっと、可愛いんだろうな」
私に、姪は出来ない。天瀬国王の種では、女の子は生まれてこないのだ。兄上の種から生まれてくる三貴子たち。その子たちのことを、家族だと思い、大切に思う感情が芽生えなかったとしても、嬰児を愛しいと思う心くらいは私の胸にも湧くのだろうか。
「黒闢天に祈ってみるか?」
「うん?」
「俺たちの子をくださいって」
冗談を言うような顔をして、清玖の双眸は随分と真剣みを帯びていた。私は一瞬戸惑ってしまう。清玖は子を望んでいるのだろうか、と怯えたのだ。だが、すぐに考え直す。清玖はただ子が欲しいわけではない。私との間に子が出来れば嬉しいと、そう思ってくれているだけなのだ。
「……黒闢天は、そんな願いを聞き入れてくれるだろうか」
「苦しむ吉乃を救ってこなかった天だからな。大した力は持っていないかもしれない」
「罰当たりだな」
あまりにも不遜な物言いに、私は笑ってしまった。けれど、清玖の言う通りでもある。今まで、何度も救って欲しいと思った。私が黒闢天に愛されているというのなら、助けて欲しいと祈り続けた。だが、救済の手はどこからも差し出されなかった。己が強くなることで、艱難を乗り越えてきたのだ。
「……それでも……もし、黒闢天が私に子を授けて下さるのなら、私はめいっぱいに愛すると思う。親子の情が分からずとも、それでも、愛しいと思うことは出来るはずだから」
腹を痛めなくとも、子を愛しいと思えるはず。腹を痛めて生んだ私を、母は愛してくださらなかったのだ。腹を痛めることによって愛が生まれるのではない。深く慈しむことが、きっと親子の情を生み出すのだ。そんなことを考えていると、少しずつ瞼が下がってくる。
「眠くなってきたか?」
「……少し。布団の中が温かくて、眠気を誘うんだ」
「確かに、温石の力は凄いな」
「華蛇たちは裸になって体を温め合うとラオセンは言っていたんだが……、私たちは裸ではないんだな」
「なりたかったか?」
清玖の問いかけで、僅かに眠気が吹き飛んだ。にやりと頬を緩ませて、清玖は悪童のような笑みを浮かべている。私は一瞬、大きな声を出してしまいそうになったが、ぐっと抑え込んで、押し黙りながら反論を吐き出す。
「……そういう、わけではない」
顔を反らして、小さくそう答えた私を見て清玖は、可愛い、と言った。一体何が可愛かったのか。私には理解が出来ない。ただ、そう言われたことで顔が熱くなってくる。布団の中の温石がそうさせているわけではないということは、分かっていた。
「でも、裸になって清玖と触れ合ってしまえば、それだけではすまないと思うんだ」
「確かにな。俺も、自分自身の欲を抑えられる気がしない」
「そうなると、淡月たちはきっと湯を沸かして、私を清めようとしてくれるはず。でも、ここでは湯を沸かすことにも一苦労するだろう。外は寒いし、私たちの後始末のために寒空の下で湯を沸かすのはあまりにも可哀想で」
温め合うためだといって、裸になって抱きしめ合ってしまったら、それ以上を求めてしまうことは自明だった。考えただけで、後ろの孔がきゅうと締まる。だが、そんな私たちの奔放な行為に侍従たちを巻き込むのは、あまりにも申し訳なかった。
「吉乃は侍従思いだな」
「そんなことはない。彼らの献身を思えば、この程度、思いやりにも値しない」
「そんなことはないさ。蛍星の侍従を考えれば、吉乃付きの侍従はとても大切に思われているよ」
清玖の言葉を受けて、蛍星の侍従を思った。右軍の武官となった蛍星は黒珠宮に寄り付かず、自由に過ごしている。そんな蛍星に付く侍従たちは、多くの苦労を感じていることだろう。私たち兄弟の中で、一体誰が手のかからない王子だろうか。
「蛍星だって、侍従を軽んじているわけではないと思う」
「ああ、そうだな。軽んじているわけではない。蛍星は、侍従を必要としていないんだ」
「どちらにしても、蛍星は侍従泣かせだな」
私は一度頷いた。蛍星が、紫蘭兄上に連なる七番目の王子であることは間違いないが、もしかすると蛍星は王族の生まれであることを鬱陶しいものだと思っているかもしれない。それほどに、彼は市井の者たちと似たような生活をしていた。
少々の横着があるとはいえ、毎日きちんと武官としての仕事をこなし、仕事が終われば同僚たちと酒を飲みに城下へ出掛ける。気が向けば、娼婦と連れ込み宿に入り、翌朝の仕事に向けて兵舎へ戻るのだ。王族の生活とは思えない。
そんな蛍星を思っていると、頭の中に次々に兄弟たちの顔が浮かんだ。今なにをしているのだろう。私がいないことに、少しは寂しさを覚えてくれているだろうか。
「……明日にはもう、オルドに着くんだな」
「あぁ。長い旅路だったか?」
「長かった……でも、あっという間だった」
ゆっくりとした旅だ。少し進んでは一泊して、その地を満喫して進む。その繰り返し。もう何ヶ月も旅に出ているような気がするが、その実、まだひと月すら経っていない。長く感じるが、それでも振り返れば全てが一瞬であったかのような気さえする。
「こんなところに来ておいて言う言葉ではないのだろうけど……、いまだに、清玄の外にいることが信じられないんだ」
いつだって私は夢見心地だった。自分にとって都合の良い夢を見ているだけではないのだろうかと思うこともある。随分と現実味を帯びた夢だな、と思って、ああそうだこれは夢ではないのだったと思い至るのだ。
「黒珠宮の中にずっと閉じこもっていた。外は危険だからと遠ざけられ、父の命でずっと部屋から出ることも許されなかった。姫宮になって、叔父上に世界を広げろと命じられて……そうしてやっと、外の世界を知ろうと思ったんだ」
父上は、私が外に出ることを嫌った。価値ある黒の王子に、傷がつくことを恐れたのだ。だが、父が力を弱め、紫蘭兄上が私を閉ざされた部屋から出してくれたあとも、外の世界へは行けなかった。心配性の兄上たちが、私を手厚く守って下さったからだ。
叔父上の強引さがなければ、私は永遠に守られたままでいたことだろう。兄上たちが用意してくれるぬるま湯の中から出ることが出来ず、小さな世界で生きていたと思うのだ。憎むことすらあった叔父上に、今では感謝をしている。
「そして、清玖に出会った」
清玖との出会い。それが私の全てを変えて行った。何かを感じることすら忘れかけ、人の形をした物として呼吸だけを繰り返していた私を、清玖が人間にしてくれたのだ。人を愛することを教え、運命に立ち向かう勇気をくれた。
「清玖に出会って、愛し合って……、今ではこんな、新婚旅行に出かけていて。信じられない事ばかりが起こっている。外の世界は楽しい。見たこともない景色ばかりだ。草霧で見た穀物の野原、黄原で歩いた市場に、黒猫。翠玉では、燃えるような夕日の水平線も見た。鳳水の夜景は、本当に美しかった。この華蛇の地で出会った子供たち、食べた乾酪、見上げた夜空。……何もかもを、私は一生忘れない」
立ち寄った場所の景色は、頭の中に深く刻まれている。そこで感じた匂い、人の優しさや賑わい。そういったものを全て、私は思い出の中にしまっているのだ。私は楽しい。毎日が、とても楽しい。けれど、少しだけ心配なことがあった。
「清玖は退屈じゃない? ……私ばかりが楽しいのかも、と案じているんだ。清玖はもともと、外の世界を知っていたわけだし、真新しいものなどなかったのかも。……私に付き合わせてしまって、退屈な思いをしていない?」
問えば、驚いたように目を見開いた清玖が私を見る。そして、困ったように笑うと、伸ばした手で私の頬を撫でる。清玖の手は、とても温かった。
「そんな風に思われていたなんて、心外だな。十分に楽しんでるよ。楽しそうな吉乃を見ているだけで、俺は楽しいんだ。見たこともないものを見て、触れたことのないものに触れて。初体験をするたびに、吉乃はとても楽しそうに、美しく笑うんだ。……その笑顔を見ているのが、俺はとても楽しい」
「……良かった」
「明日からはオルドローズだ。きっとまた、吉乃の初体験が待っているんだろうな」
「何を見ることが出来るんだろう……、何に触れることが出来るんだろう。とても楽しみだ」
今までは天瀬の中だった。華蛇の地も、厳密に言えば、天瀬の内側だ。だが、オルドローズは違う。明確な国外だ。私は、外国に行こうとしている。
「明日からも楽しめるように、今夜はしっかりと眠ろう」
「……うん」
「おやすみ、吉乃」
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