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◆ 第二章 異邦への旅路
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目覚めは穏やかだった。昨夜は、愛し合って、寝台に潜り込んで、そのまま眠りの中へ落ちていったのだ。夢も見ないほどの、深い眠りだった。朝日が瞼を刺激して、目を覚ます。清玖も同じように目覚めた。
顔を洗い、朝食を摂って、口を濯く。身支度を整えて、温かいお茶で一服。清玖と朝の時間を過ごしながら、私は手元に残る土産たちのことを思っていた。
「淡月」
「はい、宮様」
呼べば、すぐに返事がくる。淡月は控えていたところから一歩前へ進み、私のそばにやってくる。衣類の乱れも、髪の乱れもない、完璧な身だしなみの淡月がそこに立っていた。
「羅環と眞早は、天瀬の中にいるのだろうか」
「五の宮様と六の宮様は今、南部の方へおられるとのことです」
「南部……ラ・ガールの方へ?」
「はい」
「……全く、あの子たちは本当にじっとしていないな」
呆れながらも、微笑ましく思う。あの二人は今でも変わらず、自由闊達に行きたいところへ出歩いているようだ。気の向くままに生きる彼らの姿を羨ましいとも思うが、私は今の清玖と過ごす日々に大いに満足していた。
「土産を二人へ届けることは出来るだろうか」
「はい。可能かと」
「では、届けて欲しい。二人の健康と無事を祈っていると、伝えてくれ」
羅環と眞早に贈る、タリスマン。それを送り届けて欲しいと願った。本当は直接渡したいけれど、彼らが次に天瀬に戻るのはいつになるのか分からない。けれど、タリスマンは彼らの無事を祈るお守りなのだから、早く二人に届けたかった。
「御心のままに」
苦渋の決断ではあるけれど、私は淡月に託すことにする。おそらく、侍従か近衛がこのタリスマンをきっと双子に届けてくることだろう。どんな形であれ、二人に届くのならそれでいい。このタリスマンが、二人を守ってくれたら、なおいい。
「双子の宮様は凄いな。以前はオルドの方に行っていて、今度はラ・ガールか」
茶を呑んでいた清玖が、感心したように言う。天瀬国内で北部寄りにある清玄。その清玄からさらに南下して進んでいくと、ラ・ガール同盟諸国へ入る。小さな国たちが、独自の文化を保ちつつ、同盟を結んで一つの国のように動く地域だった。
「いつの日か、世界のすべてを踏破してしまいそうだ」
「確かに」
そう言って二人で笑う。けれど、あの双子ならやりかねないと思った。天瀬はこの大陸の東端に位置する国だが、西へ進めば永遠に大地が続いているという。永遠のその先へ、弟たちであれば辿り着いてしまいそうだ。
「清玖見て。清玖に貰った置物を、ここに飾ったんだ」
「気に入ってるんだな」
「勿論。とても可愛いから、どれだけでも見つめていられる」
「俺は吉乃を見ている方が楽しいけど」
私は立ち上がって、文机の上に置いた黒猫を清玖に紹介した。黒猫の可愛さを伝えたかったのに、清玖はそんな軽口を言う。愛されていることは分かっている。けれど、そんなことを言葉にして伝えられると、とても恥ずかしい気持ちになるのだ。
「そろそろ出仕の時間だ」
「私も一緒に行って良い?」
「あぁ、勿論」
右殿へ出仕する清玖と共に黒珠宮を出る。いつもここで仕事に向かう清玖を見送るだけなのだが、今日は一緒に右殿へ向かった。見上げると、目を焼くほどに眩しい陽光が降り注いでいる。
「……良い天気だ」
思わず微笑んでしまうほどの快晴だった。蒼穹の下、清玖と並んで歩き出す。こうして仕事場へ向かう清玖に寄り添っていると、なんだかいかにも夫婦のような感じがする。夫婦というものをよく知らないけれど、私の想像の中の夫婦はこういうことをしているのだ。
「俺は蛍星のもとへ一緒に行けないが、大丈夫か?」
「大丈夫。淡月もいるし、一人じゃないから」
「そうか。何かあったらすぐに知らせてくれ」
「何が起こるって言うんだ。ここには、天瀬を守る武人が集う場所だろう」
右殿へ着いて、清玖は清玖の目的地へ。私は私の目的地へ向かう。離れることを心配する清玖をなんとか納得させようと試みるが、清玖のおもてはいつまでも私を案じたままだった。
「もう行って。仕事に遅れる」
「……行ってきます」
「行ってらっしゃい」
別れ際に、清玖が私を抱きしめた。私も抱きしめ返す。名残惜しそうな顔をしながらも、清玖は去っていった。その姿が見えなくなるまで、私は見送った。
さて、と周囲を伺う。清玖の他にも、出仕している者は当然ながら大勢いて、彼らは私を遠巻きに見ながらも、強い視線を向けてきた。声をかけてくるようなことはしないけれど、興味を抱いているような目だ。
「蛍星は、清玖がするような机に向かう仕事ではないのだったな」
「七の宮様は少将補であらせられますので、戦闘訓練の指揮などが中心のようです」
「なるほど」
「……え、みっ、宮様!?」
蛍星をどうやって探そうか思案していた私に、その声が聞こえた。どこか、聞き覚えのある声で、私は声のした方を向く。
「あぁ、薫芙。久しいな」
清玖や蛍星の友人である薫芙だった。かつて、私の髪を下賜した相手でもある。私が名を呼ぶと慌てて膝を降り、地面に足をつけた。薫芙は天瀬王家を深く信奉してくれている。少々過剰だと感じるほどに。
「無事のお戻り、心よりお慶び申し上げます」
「そんな大層な旅ではなかったよ。ただ楽しかっただけだ」
「清玖と、ゆっくり過ごせましたでしょうか」
「あぁ。かつてないほどに、ゆっくり過ごせた。あんな機会は、もう二度とないかもしれない」
それは良かったですね、と我が事のように喜んでくれる薫芙。ありがとう、と返しながら立つように促す。薫芙が続けて何かを語ろうとしたところで、劈くように響く声があった。
「あーにーうーえー!」
蛍星だった。こちらに向かって走ってくる蛍星の姿が見える。短い髪が揺れるほどに、全力疾走だった。速度を一切落とすことなく、こちらに突進してくる蛍星に私は恐怖を抱いてしまう。
「兄上だ!」
両腕を広げた蛍星が、その勢いのままに私を抱きしめた。けれど、抱きつく寸前に速度を落としてくれたのか、私にぶつかるようなことはなかった。両腕がしっかりと私に巻きつく。
「おい、蛍星! 宮様が倒れるだろ!」
「しっかり抱きしめてるから大丈夫だよ。あー、兄上兄上。久しぶりの兄上だ。昨日のうちに僕のところにも来て下さると信じていたのに、酷いです。四の兄上のところには行ったくせに」
私の動向をよく知っているな、と驚いてしまう。蛍星は鼻先を私の首筋や、頭につけて匂いを嗅いでいた。くすぐったくて、身を捩ってしまう。拗ねたような声を出す蛍星の頭を撫でた。
「ごめんね、蛍星。色々なところに土産を持って回っていたら、疲れてしまって」
「……疲れたなら、仕方ないですね。いいです。許します。はぁ、久々の兄上最高だなぁ。やっぱり清玖とは離縁してもらって、僕の妻君になって頂きたいなぁ」
「蛍星、冗談でもそういうことを言ってはいけないよ」
「冗談でなければいいですか?」
少しだけ私から離れて、顔を覗き込んでくる蛍星は悪戯が成功した悪童のような顔をしていた。私と清玖の離縁を願うだなんて、冗談に決まっている。なんと酷いことを言うのか。
「そんなことを言って私を困らせる子には、お土産を渡さない」
「えー! ごめんなさい、ごめんなさい! 冗談でもないし、困らせたいわけでもないですけど、僕も三の兄上からのお土産欲しいです!」
冗談でも、困らせたいわけでもない。それはつまり、本心から私と清玖の離縁を望んでいるということなのだろうか。戸惑いながらも、私は淡月が持っていてくれた土産を受け取り、蛍星に手渡す。
「これを、蛍星に」
「これって……黒猫? の、置物? え、すごーい! こんなのがオルドには売ってるんですか!」
「驚くだろう? 私もとても驚いた。実は、私も同じものを清玖に買ってもらったんだ。部屋に飾ってあるんだよ」
「え、じゃあ僕と兄上のお揃いってことですか?」
「そうなるね」
「お揃いって、他の兄上たちにもあります?」
「えっと……、紫蘭兄上と柊弥兄上はお揃いで、羅環と眞早もお揃いだけれど……、私とのお揃いは蛍星だけだね」
「嬉しい……すっごく嬉しいです、三の兄上」
考えてみれば、私と同じものを持っているのは蛍星だけだった。土産自体、喜んでくれているようだが、それ以上に私と同じものを持っていると言うことに喜んでいるようだ。何に喜んでいてもいい。喜んでくれるのであれば、何でも良かった。
「薫芙は? 何か兄上にもらったの?」
「は? お、俺が頂くわけないだろ……!」
「ま、そうだよね」
「確か……薫芙には、清玖が土産を買ったと聞いているが」
「あ、はい。清玖には頂きました。随分と大きな地図の本を」
「あぁ、あの本か。そうだった、薫芙へ買っていくと言っていたな。あの本は、黎泉も持っているんだ。黎泉と薫芙はお揃いだね」
「お……俺が、四の宮様とお揃い……?」
黎泉はあの地図を随分と気に入ってくれているようだった。きっと、薫芙にも満足してもらえる逸品だろう。薫芙は、黎泉と同じものを持っていると言うことに強い衝撃を受けていた。
「あれ? 薫芙の一押しは三の兄上じゃないの? 四の兄上でもいいの? 多情すぎない?」
「何言ってんだお前、一押しとかそんなの、不敬すぎるだろ!」
「不敬。へー、不敬ねぇ。じゃあ僕のことをお前って言うのは、不敬じゃないの?」
「そっ、それは……」
「蛍星、それまでにしなさい。友を困らせるものではないよ」
「はーい」
揶揄いが過ぎる。私が諌めれば素直な返事が返ってきた。良い返事だ。けれど、良いのは返事の声だけなのだ。きっと蛍星は改心していない。同じようなことを繰り返すだろう。それが分かっているのに、きつく怒れないのは我々兄の弱いところだった。
「薫芙。こんな弟だが、これからも仲良くしてやって欲しい」
きっとこれからも薫芙に迷惑をかけ続けるであろう未来を予想して、私は薫芙に向けて小さく頭を下げた。その様子に、場の全員が驚く。背後の淡月も息を呑んでいた。
「……っ! み、御心のままに」
薫芙は私の目の前で跪き、深く額突いた。私が頼んだ立場だと言うのに、どうやら恐縮させてしまったようだ。そんな彼の背中に触れて、立ってくれと願ったのだが、触れたことでまた薫芙を驚かせてしまい、彼は甲高い悲鳴をあげた。
顔を洗い、朝食を摂って、口を濯く。身支度を整えて、温かいお茶で一服。清玖と朝の時間を過ごしながら、私は手元に残る土産たちのことを思っていた。
「淡月」
「はい、宮様」
呼べば、すぐに返事がくる。淡月は控えていたところから一歩前へ進み、私のそばにやってくる。衣類の乱れも、髪の乱れもない、完璧な身だしなみの淡月がそこに立っていた。
「羅環と眞早は、天瀬の中にいるのだろうか」
「五の宮様と六の宮様は今、南部の方へおられるとのことです」
「南部……ラ・ガールの方へ?」
「はい」
「……全く、あの子たちは本当にじっとしていないな」
呆れながらも、微笑ましく思う。あの二人は今でも変わらず、自由闊達に行きたいところへ出歩いているようだ。気の向くままに生きる彼らの姿を羨ましいとも思うが、私は今の清玖と過ごす日々に大いに満足していた。
「土産を二人へ届けることは出来るだろうか」
「はい。可能かと」
「では、届けて欲しい。二人の健康と無事を祈っていると、伝えてくれ」
羅環と眞早に贈る、タリスマン。それを送り届けて欲しいと願った。本当は直接渡したいけれど、彼らが次に天瀬に戻るのはいつになるのか分からない。けれど、タリスマンは彼らの無事を祈るお守りなのだから、早く二人に届けたかった。
「御心のままに」
苦渋の決断ではあるけれど、私は淡月に託すことにする。おそらく、侍従か近衛がこのタリスマンをきっと双子に届けてくることだろう。どんな形であれ、二人に届くのならそれでいい。このタリスマンが、二人を守ってくれたら、なおいい。
「双子の宮様は凄いな。以前はオルドの方に行っていて、今度はラ・ガールか」
茶を呑んでいた清玖が、感心したように言う。天瀬国内で北部寄りにある清玄。その清玄からさらに南下して進んでいくと、ラ・ガール同盟諸国へ入る。小さな国たちが、独自の文化を保ちつつ、同盟を結んで一つの国のように動く地域だった。
「いつの日か、世界のすべてを踏破してしまいそうだ」
「確かに」
そう言って二人で笑う。けれど、あの双子ならやりかねないと思った。天瀬はこの大陸の東端に位置する国だが、西へ進めば永遠に大地が続いているという。永遠のその先へ、弟たちであれば辿り着いてしまいそうだ。
「清玖見て。清玖に貰った置物を、ここに飾ったんだ」
「気に入ってるんだな」
「勿論。とても可愛いから、どれだけでも見つめていられる」
「俺は吉乃を見ている方が楽しいけど」
私は立ち上がって、文机の上に置いた黒猫を清玖に紹介した。黒猫の可愛さを伝えたかったのに、清玖はそんな軽口を言う。愛されていることは分かっている。けれど、そんなことを言葉にして伝えられると、とても恥ずかしい気持ちになるのだ。
「そろそろ出仕の時間だ」
「私も一緒に行って良い?」
「あぁ、勿論」
右殿へ出仕する清玖と共に黒珠宮を出る。いつもここで仕事に向かう清玖を見送るだけなのだが、今日は一緒に右殿へ向かった。見上げると、目を焼くほどに眩しい陽光が降り注いでいる。
「……良い天気だ」
思わず微笑んでしまうほどの快晴だった。蒼穹の下、清玖と並んで歩き出す。こうして仕事場へ向かう清玖に寄り添っていると、なんだかいかにも夫婦のような感じがする。夫婦というものをよく知らないけれど、私の想像の中の夫婦はこういうことをしているのだ。
「俺は蛍星のもとへ一緒に行けないが、大丈夫か?」
「大丈夫。淡月もいるし、一人じゃないから」
「そうか。何かあったらすぐに知らせてくれ」
「何が起こるって言うんだ。ここには、天瀬を守る武人が集う場所だろう」
右殿へ着いて、清玖は清玖の目的地へ。私は私の目的地へ向かう。離れることを心配する清玖をなんとか納得させようと試みるが、清玖のおもてはいつまでも私を案じたままだった。
「もう行って。仕事に遅れる」
「……行ってきます」
「行ってらっしゃい」
別れ際に、清玖が私を抱きしめた。私も抱きしめ返す。名残惜しそうな顔をしながらも、清玖は去っていった。その姿が見えなくなるまで、私は見送った。
さて、と周囲を伺う。清玖の他にも、出仕している者は当然ながら大勢いて、彼らは私を遠巻きに見ながらも、強い視線を向けてきた。声をかけてくるようなことはしないけれど、興味を抱いているような目だ。
「蛍星は、清玖がするような机に向かう仕事ではないのだったな」
「七の宮様は少将補であらせられますので、戦闘訓練の指揮などが中心のようです」
「なるほど」
「……え、みっ、宮様!?」
蛍星をどうやって探そうか思案していた私に、その声が聞こえた。どこか、聞き覚えのある声で、私は声のした方を向く。
「あぁ、薫芙。久しいな」
清玖や蛍星の友人である薫芙だった。かつて、私の髪を下賜した相手でもある。私が名を呼ぶと慌てて膝を降り、地面に足をつけた。薫芙は天瀬王家を深く信奉してくれている。少々過剰だと感じるほどに。
「無事のお戻り、心よりお慶び申し上げます」
「そんな大層な旅ではなかったよ。ただ楽しかっただけだ」
「清玖と、ゆっくり過ごせましたでしょうか」
「あぁ。かつてないほどに、ゆっくり過ごせた。あんな機会は、もう二度とないかもしれない」
それは良かったですね、と我が事のように喜んでくれる薫芙。ありがとう、と返しながら立つように促す。薫芙が続けて何かを語ろうとしたところで、劈くように響く声があった。
「あーにーうーえー!」
蛍星だった。こちらに向かって走ってくる蛍星の姿が見える。短い髪が揺れるほどに、全力疾走だった。速度を一切落とすことなく、こちらに突進してくる蛍星に私は恐怖を抱いてしまう。
「兄上だ!」
両腕を広げた蛍星が、その勢いのままに私を抱きしめた。けれど、抱きつく寸前に速度を落としてくれたのか、私にぶつかるようなことはなかった。両腕がしっかりと私に巻きつく。
「おい、蛍星! 宮様が倒れるだろ!」
「しっかり抱きしめてるから大丈夫だよ。あー、兄上兄上。久しぶりの兄上だ。昨日のうちに僕のところにも来て下さると信じていたのに、酷いです。四の兄上のところには行ったくせに」
私の動向をよく知っているな、と驚いてしまう。蛍星は鼻先を私の首筋や、頭につけて匂いを嗅いでいた。くすぐったくて、身を捩ってしまう。拗ねたような声を出す蛍星の頭を撫でた。
「ごめんね、蛍星。色々なところに土産を持って回っていたら、疲れてしまって」
「……疲れたなら、仕方ないですね。いいです。許します。はぁ、久々の兄上最高だなぁ。やっぱり清玖とは離縁してもらって、僕の妻君になって頂きたいなぁ」
「蛍星、冗談でもそういうことを言ってはいけないよ」
「冗談でなければいいですか?」
少しだけ私から離れて、顔を覗き込んでくる蛍星は悪戯が成功した悪童のような顔をしていた。私と清玖の離縁を願うだなんて、冗談に決まっている。なんと酷いことを言うのか。
「そんなことを言って私を困らせる子には、お土産を渡さない」
「えー! ごめんなさい、ごめんなさい! 冗談でもないし、困らせたいわけでもないですけど、僕も三の兄上からのお土産欲しいです!」
冗談でも、困らせたいわけでもない。それはつまり、本心から私と清玖の離縁を望んでいるということなのだろうか。戸惑いながらも、私は淡月が持っていてくれた土産を受け取り、蛍星に手渡す。
「これを、蛍星に」
「これって……黒猫? の、置物? え、すごーい! こんなのがオルドには売ってるんですか!」
「驚くだろう? 私もとても驚いた。実は、私も同じものを清玖に買ってもらったんだ。部屋に飾ってあるんだよ」
「え、じゃあ僕と兄上のお揃いってことですか?」
「そうなるね」
「お揃いって、他の兄上たちにもあります?」
「えっと……、紫蘭兄上と柊弥兄上はお揃いで、羅環と眞早もお揃いだけれど……、私とのお揃いは蛍星だけだね」
「嬉しい……すっごく嬉しいです、三の兄上」
考えてみれば、私と同じものを持っているのは蛍星だけだった。土産自体、喜んでくれているようだが、それ以上に私と同じものを持っていると言うことに喜んでいるようだ。何に喜んでいてもいい。喜んでくれるのであれば、何でも良かった。
「薫芙は? 何か兄上にもらったの?」
「は? お、俺が頂くわけないだろ……!」
「ま、そうだよね」
「確か……薫芙には、清玖が土産を買ったと聞いているが」
「あ、はい。清玖には頂きました。随分と大きな地図の本を」
「あぁ、あの本か。そうだった、薫芙へ買っていくと言っていたな。あの本は、黎泉も持っているんだ。黎泉と薫芙はお揃いだね」
「お……俺が、四の宮様とお揃い……?」
黎泉はあの地図を随分と気に入ってくれているようだった。きっと、薫芙にも満足してもらえる逸品だろう。薫芙は、黎泉と同じものを持っていると言うことに強い衝撃を受けていた。
「あれ? 薫芙の一押しは三の兄上じゃないの? 四の兄上でもいいの? 多情すぎない?」
「何言ってんだお前、一押しとかそんなの、不敬すぎるだろ!」
「不敬。へー、不敬ねぇ。じゃあ僕のことをお前って言うのは、不敬じゃないの?」
「そっ、それは……」
「蛍星、それまでにしなさい。友を困らせるものではないよ」
「はーい」
揶揄いが過ぎる。私が諌めれば素直な返事が返ってきた。良い返事だ。けれど、良いのは返事の声だけなのだ。きっと蛍星は改心していない。同じようなことを繰り返すだろう。それが分かっているのに、きつく怒れないのは我々兄の弱いところだった。
「薫芙。こんな弟だが、これからも仲良くしてやって欲しい」
きっとこれからも薫芙に迷惑をかけ続けるであろう未来を予想して、私は薫芙に向けて小さく頭を下げた。その様子に、場の全員が驚く。背後の淡月も息を呑んでいた。
「……っ! み、御心のままに」
薫芙は私の目の前で跪き、深く額突いた。私が頼んだ立場だと言うのに、どうやら恐縮させてしまったようだ。そんな彼の背中に触れて、立ってくれと願ったのだが、触れたことでまた薫芙を驚かせてしまい、彼は甲高い悲鳴をあげた。
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