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「……、……ん」
小さな声がして、私は振り返る。寝台の上で、眠り続けていた人馬の子が目を覚ました。
「良かった、目が覚めて」
駆け寄り、その頬に手を添える。温かい、ふっくらとした感触だった。こんなに柔らかいものが存在するのか、と驚いたほどだ。
「……ここ、は」
「ここは、私の家だ。君が怪我をして私の家の前に倒れていて……」
上手く言葉がまとまらない。群れに見放され、見捨てられて放置されていたなどとは、どうしても言えなかった。言葉を詰まらせる私を、聡明な双眸が見つめている。
「貴方が僕を助けてくれたんですね、ありがとうございます」
「助けた……というほどでは」
「いえ、僕は放置されていれば死んでいたでしょうから。僕も死を覚悟していましたし」
朗らかな笑みを浮かべて、そんなことを人馬の子は口にした。幼く見えるのに随分としっかりした口調だ。
「群れに見放されたのに生きているなんて、僕は幸運だな」
「見放されたと……分かっていたのか」
「はい。僕以前にも、同様に見限られた兄弟がいましたから」
それが、森の賢者の習慣であったのだとしても、あまりにも酷であるように思えた。我らの種族は、子を守り、慈しみ、ゆっくりと育てていく。人馬とは正反対だったのだ。私の価値観が、森の賢者の習わしに追いつけない。
小さなその体を、ぎゅうっと抱きしめた。何故だか無性にそうしたくなったのだ。
「貴方は、とっても優しいんですね」
「……そんなことはない」
腕の中の子が、私の胴に手を回して抱きしめ返してきた。こんな風に、他者と抱擁するのは何十年ぶりだろうか。名状し難い多幸感が溢れ出てくる。
直後、ぐぅ、という音が大きく響いた。それは、人馬の子の腹から聞こえた音だった。響き渡ったその音が恥ずかしいのか、その子は顔と耳を真っ赤にして僅かに俯く。
「丁度、食事を作っていたんだ。口に合うかは分からないが、良ければ食べてくれ」
「……ありがとうございます、こんなに良くして頂いて……」
「気にしないで。……君にとっては迷惑な話かもしれないが、私は君を救った責任を最後まで果たすつもりだ」
「責任?」
寝台から立ち上がり、食卓へ向かう。温めていた鍋が食卓の中央にあり、そこには野菜をたくさん入れたスープが。私一人では到底食べきれない量を用意した。人馬たちはたくさん食べると聞いたことがある。それに備えたのだ。
「君が嫌でなければ、独り立ち出来るまで私が君を育てようと思う……、どうだろうか?」
胸の鼓動がうるさい。拒否されたらどうしようと、怯え、緊張しているのだ。
直後、人馬の子は跳ねるように寝台から飛び降り、私のそばに駆け寄った。そして、腕を伸ばして私を抱きしめる。二つの人の腕と、四つの馬の足を持つ小さな子供が嬉しそうな顔をして私を見上げた。
「ありがとうございますっ、すごく嬉しいです」
喜んで、もらえた。その事実に全身が安堵する。緊張が解け、足がもつれそうになった。しかし、人馬の子が私をしっかりと抱きしめてくれていたおかげて、座り込むような不様な真似は晒さなくて済んだ。
「君の名前は?」
「僕を捨てた親につけられた名は捨てました。新しい名前を僕につけてください」
人馬の子は、軽くそう言ってのけた。それは己を捨てた親との決別でもあった。恨むこともせず、さりとて、恋しがることもせず。どこまでも冷静で、合理的な思考を持っている。
「……すまない、名づけは出来ない」
「何故ですか?」
「名を付けてしまえば、私はお前を縛ってしまうし、お前に縛られてしまう。いずれ去るお前を、私は縛りたくない」
我儘を言っている自覚はあるし、理解し難いことであるのも分かる。けれど、名を付けて、愛着を抱いて、別れがたい別離を味わいたくなかったのだ。
「……ではせめて、貴方の名前を教えてください」
「それも……できない。私の一族にとって、名前を告げるというのは強く大きな意味を持っている。名は、血の繋がりがある者か、最愛の者にしか告げられないんだ」
私の理不尽な物言いに、人馬の子はしょんぼりとした顔を見せた。
「……僕は、貴方のことを何と呼べば言いですか」
「好きに呼んでくれて構わない」
「じゃあ、母さんって、呼んでもいいですか」
「えっ、あ、いや……私は男だから流石に、その呼び名は可笑しい」
「男の人だったんですね、どっちだろうって思ってたけど……僕を産んだ人より断然貴方の方が綺麗だ」
「それは……なんというか、……ありがとう」
幼い子供に容姿を賞賛され、なんとも言えない気持ちになる。再び彼のお腹が音を立て、今度こそ私たちは食事を始めた。
小さな声がして、私は振り返る。寝台の上で、眠り続けていた人馬の子が目を覚ました。
「良かった、目が覚めて」
駆け寄り、その頬に手を添える。温かい、ふっくらとした感触だった。こんなに柔らかいものが存在するのか、と驚いたほどだ。
「……ここ、は」
「ここは、私の家だ。君が怪我をして私の家の前に倒れていて……」
上手く言葉がまとまらない。群れに見放され、見捨てられて放置されていたなどとは、どうしても言えなかった。言葉を詰まらせる私を、聡明な双眸が見つめている。
「貴方が僕を助けてくれたんですね、ありがとうございます」
「助けた……というほどでは」
「いえ、僕は放置されていれば死んでいたでしょうから。僕も死を覚悟していましたし」
朗らかな笑みを浮かべて、そんなことを人馬の子は口にした。幼く見えるのに随分としっかりした口調だ。
「群れに見放されたのに生きているなんて、僕は幸運だな」
「見放されたと……分かっていたのか」
「はい。僕以前にも、同様に見限られた兄弟がいましたから」
それが、森の賢者の習慣であったのだとしても、あまりにも酷であるように思えた。我らの種族は、子を守り、慈しみ、ゆっくりと育てていく。人馬とは正反対だったのだ。私の価値観が、森の賢者の習わしに追いつけない。
小さなその体を、ぎゅうっと抱きしめた。何故だか無性にそうしたくなったのだ。
「貴方は、とっても優しいんですね」
「……そんなことはない」
腕の中の子が、私の胴に手を回して抱きしめ返してきた。こんな風に、他者と抱擁するのは何十年ぶりだろうか。名状し難い多幸感が溢れ出てくる。
直後、ぐぅ、という音が大きく響いた。それは、人馬の子の腹から聞こえた音だった。響き渡ったその音が恥ずかしいのか、その子は顔と耳を真っ赤にして僅かに俯く。
「丁度、食事を作っていたんだ。口に合うかは分からないが、良ければ食べてくれ」
「……ありがとうございます、こんなに良くして頂いて……」
「気にしないで。……君にとっては迷惑な話かもしれないが、私は君を救った責任を最後まで果たすつもりだ」
「責任?」
寝台から立ち上がり、食卓へ向かう。温めていた鍋が食卓の中央にあり、そこには野菜をたくさん入れたスープが。私一人では到底食べきれない量を用意した。人馬たちはたくさん食べると聞いたことがある。それに備えたのだ。
「君が嫌でなければ、独り立ち出来るまで私が君を育てようと思う……、どうだろうか?」
胸の鼓動がうるさい。拒否されたらどうしようと、怯え、緊張しているのだ。
直後、人馬の子は跳ねるように寝台から飛び降り、私のそばに駆け寄った。そして、腕を伸ばして私を抱きしめる。二つの人の腕と、四つの馬の足を持つ小さな子供が嬉しそうな顔をして私を見上げた。
「ありがとうございますっ、すごく嬉しいです」
喜んで、もらえた。その事実に全身が安堵する。緊張が解け、足がもつれそうになった。しかし、人馬の子が私をしっかりと抱きしめてくれていたおかげて、座り込むような不様な真似は晒さなくて済んだ。
「君の名前は?」
「僕を捨てた親につけられた名は捨てました。新しい名前を僕につけてください」
人馬の子は、軽くそう言ってのけた。それは己を捨てた親との決別でもあった。恨むこともせず、さりとて、恋しがることもせず。どこまでも冷静で、合理的な思考を持っている。
「……すまない、名づけは出来ない」
「何故ですか?」
「名を付けてしまえば、私はお前を縛ってしまうし、お前に縛られてしまう。いずれ去るお前を、私は縛りたくない」
我儘を言っている自覚はあるし、理解し難いことであるのも分かる。けれど、名を付けて、愛着を抱いて、別れがたい別離を味わいたくなかったのだ。
「……ではせめて、貴方の名前を教えてください」
「それも……できない。私の一族にとって、名前を告げるというのは強く大きな意味を持っている。名は、血の繋がりがある者か、最愛の者にしか告げられないんだ」
私の理不尽な物言いに、人馬の子はしょんぼりとした顔を見せた。
「……僕は、貴方のことを何と呼べば言いですか」
「好きに呼んでくれて構わない」
「じゃあ、母さんって、呼んでもいいですか」
「えっ、あ、いや……私は男だから流石に、その呼び名は可笑しい」
「男の人だったんですね、どっちだろうって思ってたけど……僕を産んだ人より断然貴方の方が綺麗だ」
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幼い子供に容姿を賞賛され、なんとも言えない気持ちになる。再び彼のお腹が音を立て、今度こそ私たちは食事を始めた。
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