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服を脱ぎ、一糸纏わぬ姿で泉の中に入っていく。日差しの温かい季節は、頻繁に水浴びをして清潔を保っていた。足がつくギリギリの所まで進む。肩は出ているが、それより下は全て水の中だ。
「髪が濡れますよ」
結い上げていた髪の先端が水面についていた。それを愛しい子が拾い上げ、私の頭の上に置いてくれる。同じ位置に立っていても、この子の頭は遥か上空に存在する。月日が経つごとに体躯が大きくなり、顔つきも大人のそれへと変わっていく。
「ありがとう」
髪が落ちないように、腕を上げて頭の上に手を置いて抑える。瞬間、愛しい子の視線が動いた。私の顔より下の方へと。一体何を見ているのかと視線を追えば、彼は私の胸部を見ていた。平らで、面白味のない薄い色の乳首があるだけ。こんなものを見てどうしたのだろうと彼に視線を向けると目が合う。そして、彼が顔を逸らした。
「どうして顔を逸らすんだ?」
「……どうしてでしょうね」
年々、こういった些細な出来事が起こるようになった。目が合うと顔を逸らされる、だとか。抱きしめあって眠る回数が減ったり、だとか。寂しいとは思うが、これが普通のことなのだろうと考えるようにしている。
この子を拾ってから随分と時が過ぎたが、未だに巣立ちの気配がない。その時は、ある日突然やってくるのだろうか。それとも、徐々に訪れるのだろうか。私は、怖くて堪らなかった。不安な気持ちを抑えるために、彼の馬の背を撫でる。
「立派な体つきになったな。貧弱な私とは比べ物にならない」
「貴方は貧弱なんじゃない。しなやかなんです。そして、とても美しい」
「お前は昔から、私を褒めすぎる。私なんて、一族の中では凡庸な外見だった。もっと美しい者達がいて、その美しさに羨望と嫉妬を抱いたものだ」
凡庸な外見、上手いとは言い難い竪琴、水泳だって我々は得意な一族だけれど、早く泳ぐことは出来なかった。私は不出来なのだ。そんな己が惨めで、不甲斐なくて、大嫌いだった。
「ほかの誰がどれほど美しくとも、俺が美しいと思うのは貴方だけです」
私の目をまっすぐに見つめて、愛しい子はそう言った。大きくなり、気付いた時には一人称も変わっていた。すくすくと育つこの子が、私は大切で何よりも愛しくて。そんな子に過ぎたる称賛を投げられて、嬉しくて嬉しくて堪らない。けれど、嬉しい反面申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「世界を知らぬから、そのようなことを言うんだ。……私がお前を狭い世界で育ててしまった。すまない」
「謝らないで下さい。俺には不満なんて一つもない。貴方に育ててもらえて、俺は本当に幸せなんです」
歓喜が体全体を包み込み、堪らなくて私は愛しい子に抱き着いた。両腕で彼の胴に腕を回す。手放したせいで髪が水の中に落ちた。
「濡れちゃいましたね」
「乾かせばいい。それに少々邪魔に感じていたから、切り落とすでも構わない」
「それは駄目です」
「お前は私の髪が好きだね。そういえば、初めてお前と出会った日も、幼いお前は寝ながら私の髪を食んでいた」
「なっ、そ、そんなのっ、……初耳です」
面白いほどに、彼の顔が赤くなる。丸い耳も、真っ赤に染まっていた。過去の行動を暴露され、どうやら羞恥を味わっているようだ。
「そうだな、初めて言ったかもしれない。昔からお前は私の髪が好きだったということだな」
「そう、かも……しれませんが……、あーくそ、恥ずかしい」
がしがしと頭を掻いて、榛色の髪がぐしゃぐしゃになっていた。私は手を伸ばし、その頭を撫でる。私が手を伸ばすのと同時に、彼は僅かにしゃがんでくれていた。撫でて髪を整えつつ、その髪質を堪能する。子供の頃からちっとも変っていない、しっかりとした手触りの良い髪。
「そろそろ上がりましょう。風邪ひきますよ」
「そうだな」
一歩を踏み出した瞬間に、視界が傾く。足下の岩に生えた苔で滑ったのだ。そのまま水の中に倒れ込まなかったのは、この子が私を支えてくれたからに他ならない。
「すまない」
「いえ、大丈夫です。このあたりは苔が滑りますからね。貴方の柔らかい足では危険だ。俺の上に乗ってください」
「えっ、い、いや、それには及ばない。私が乗ったらお前が潰れてしまう」
「霞のような体重で何を言ってるんですか。ほら、早く」
促されて彼の背に乗る。裸の状態で彼の上に跨るのは、少々気恥ずかしかったが、しっかりとした体の上には抜群の安定感があった。
「……重くはないか?」
「全く。牡鹿の方が重いくらいですよ」
私を乗せたまま、愛しい子が進む。あっという間に泉を出るが、そのまま彼は私を乗せたまま歩を進めた。私の目の前にいるのは、一頭の見事な人馬。あの日、私が拾い上げた傷ついた姿はもうどこにもなかった。
「……本当に、立派になったな」
「貴方のおかげです」
大きな背中に抱きつく。お互いに何も纏わない状態であるため、熱が直に伝わった。
「……温かい」
背中に耳をつけていると、彼の心臓がとても早く動いてることに気付いた。何か窮地に陥っている時に聞く速度の心音だった。
「鼓動の速度が異常に早いが、大丈夫か?」
「あ、は、はい。あの、すみません。ちょっと今は……抱きつかないで下さい」
「あ……す、すまない。不快だったか」
「そんなわけないでしょう!」
ぎゅうっと背中に抱き着いて、あまつさえ、耳までもひっつけていた。あまりの近さに愛しい子に嫌がられてしまった、と思ったのだが、瞬時に本人によって否定される。あまりの必死な形相に私は驚いてしまった。
「……大きい声を出して、すみません。でも、不快な訳では無いんです。ただちょっと、今はその……安定して歩けなくなってしまうので」
「なるほど。そういうことか」
良かった、と心から安堵する。この子に本気で拒絶されでもしたら、私は死よりも辛い思いを味わうことになるのだろう。
「髪が濡れますよ」
結い上げていた髪の先端が水面についていた。それを愛しい子が拾い上げ、私の頭の上に置いてくれる。同じ位置に立っていても、この子の頭は遥か上空に存在する。月日が経つごとに体躯が大きくなり、顔つきも大人のそれへと変わっていく。
「ありがとう」
髪が落ちないように、腕を上げて頭の上に手を置いて抑える。瞬間、愛しい子の視線が動いた。私の顔より下の方へと。一体何を見ているのかと視線を追えば、彼は私の胸部を見ていた。平らで、面白味のない薄い色の乳首があるだけ。こんなものを見てどうしたのだろうと彼に視線を向けると目が合う。そして、彼が顔を逸らした。
「どうして顔を逸らすんだ?」
「……どうしてでしょうね」
年々、こういった些細な出来事が起こるようになった。目が合うと顔を逸らされる、だとか。抱きしめあって眠る回数が減ったり、だとか。寂しいとは思うが、これが普通のことなのだろうと考えるようにしている。
この子を拾ってから随分と時が過ぎたが、未だに巣立ちの気配がない。その時は、ある日突然やってくるのだろうか。それとも、徐々に訪れるのだろうか。私は、怖くて堪らなかった。不安な気持ちを抑えるために、彼の馬の背を撫でる。
「立派な体つきになったな。貧弱な私とは比べ物にならない」
「貴方は貧弱なんじゃない。しなやかなんです。そして、とても美しい」
「お前は昔から、私を褒めすぎる。私なんて、一族の中では凡庸な外見だった。もっと美しい者達がいて、その美しさに羨望と嫉妬を抱いたものだ」
凡庸な外見、上手いとは言い難い竪琴、水泳だって我々は得意な一族だけれど、早く泳ぐことは出来なかった。私は不出来なのだ。そんな己が惨めで、不甲斐なくて、大嫌いだった。
「ほかの誰がどれほど美しくとも、俺が美しいと思うのは貴方だけです」
私の目をまっすぐに見つめて、愛しい子はそう言った。大きくなり、気付いた時には一人称も変わっていた。すくすくと育つこの子が、私は大切で何よりも愛しくて。そんな子に過ぎたる称賛を投げられて、嬉しくて嬉しくて堪らない。けれど、嬉しい反面申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「世界を知らぬから、そのようなことを言うんだ。……私がお前を狭い世界で育ててしまった。すまない」
「謝らないで下さい。俺には不満なんて一つもない。貴方に育ててもらえて、俺は本当に幸せなんです」
歓喜が体全体を包み込み、堪らなくて私は愛しい子に抱き着いた。両腕で彼の胴に腕を回す。手放したせいで髪が水の中に落ちた。
「濡れちゃいましたね」
「乾かせばいい。それに少々邪魔に感じていたから、切り落とすでも構わない」
「それは駄目です」
「お前は私の髪が好きだね。そういえば、初めてお前と出会った日も、幼いお前は寝ながら私の髪を食んでいた」
「なっ、そ、そんなのっ、……初耳です」
面白いほどに、彼の顔が赤くなる。丸い耳も、真っ赤に染まっていた。過去の行動を暴露され、どうやら羞恥を味わっているようだ。
「そうだな、初めて言ったかもしれない。昔からお前は私の髪が好きだったということだな」
「そう、かも……しれませんが……、あーくそ、恥ずかしい」
がしがしと頭を掻いて、榛色の髪がぐしゃぐしゃになっていた。私は手を伸ばし、その頭を撫でる。私が手を伸ばすのと同時に、彼は僅かにしゃがんでくれていた。撫でて髪を整えつつ、その髪質を堪能する。子供の頃からちっとも変っていない、しっかりとした手触りの良い髪。
「そろそろ上がりましょう。風邪ひきますよ」
「そうだな」
一歩を踏み出した瞬間に、視界が傾く。足下の岩に生えた苔で滑ったのだ。そのまま水の中に倒れ込まなかったのは、この子が私を支えてくれたからに他ならない。
「すまない」
「いえ、大丈夫です。このあたりは苔が滑りますからね。貴方の柔らかい足では危険だ。俺の上に乗ってください」
「えっ、い、いや、それには及ばない。私が乗ったらお前が潰れてしまう」
「霞のような体重で何を言ってるんですか。ほら、早く」
促されて彼の背に乗る。裸の状態で彼の上に跨るのは、少々気恥ずかしかったが、しっかりとした体の上には抜群の安定感があった。
「……重くはないか?」
「全く。牡鹿の方が重いくらいですよ」
私を乗せたまま、愛しい子が進む。あっという間に泉を出るが、そのまま彼は私を乗せたまま歩を進めた。私の目の前にいるのは、一頭の見事な人馬。あの日、私が拾い上げた傷ついた姿はもうどこにもなかった。
「……本当に、立派になったな」
「貴方のおかげです」
大きな背中に抱きつく。お互いに何も纏わない状態であるため、熱が直に伝わった。
「……温かい」
背中に耳をつけていると、彼の心臓がとても早く動いてることに気付いた。何か窮地に陥っている時に聞く速度の心音だった。
「鼓動の速度が異常に早いが、大丈夫か?」
「あ、は、はい。あの、すみません。ちょっと今は……抱きつかないで下さい」
「あ……す、すまない。不快だったか」
「そんなわけないでしょう!」
ぎゅうっと背中に抱き着いて、あまつさえ、耳までもひっつけていた。あまりの近さに愛しい子に嫌がられてしまった、と思ったのだが、瞬時に本人によって否定される。あまりの必死な形相に私は驚いてしまった。
「……大きい声を出して、すみません。でも、不快な訳では無いんです。ただちょっと、今はその……安定して歩けなくなってしまうので」
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