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居心地の悪そうな顔をして、ハルは俺から視線を逸らした。老いぼれの言葉を信じるのであれば、ハルは何か俺のことを案じていたらしい。
「心配? 俺は貴方に心配をかけていましたか?」
「いや、そういうわけではないのだが……どこに行ったのかな、と」
「知り合いに会ってくるって、出掛ける時に言いましたよね?」
「そう……なのだが」
暗くなるまでには帰るとも言った。ハルが不安にならないように、心配をかけないように気を付けていたのだけれど、まだ足りなかったようだ。
「養い親殿は、お前が女と密会しているのではと不安がられていたのだ」
「……はぁ!?」
老いぼれの発言は、俺の予想外過ぎて大きな声が出てしまった。ハルは恥ずかしそうに俯いている。誤解は早く解かなければ。こんな下らないことでハルとの関係がこじれるのは絶対に嫌だった。
「女なんかじゃないですよ! こいつです! こいつと無駄話してただけです!」
「おい、指をさすな」
今まで黙って俺たちの言葉の応酬を眺めていたヘジルが、蹄を鳴らして近づいてきた。気になりつつもなかなかヘジルのことを尋ねられなかったハルが、興味津々な目を奴に向けていた。
「貴方は……?」
「初めまして。養い親さん。俺はこいつの……まぁ、知人ってやつですね。俺はこの森に来たばかりで、こいつが色々森のこと教えてくれたんですよ」
「じゃあ、この子の友達、なんだな」
ハルは嬉しそうに微笑んだ。そういえば、俺には友などと呼べる者はいなかったなと思い出す。否、いらなかった。俺にはハルさえいれば、それで良かったのだ。ヘジルはハルを見つめて、感嘆の息を漏らす。
「にしても……はぁ、話には聞いてたけど、本当に綺麗な人だなぁ」
己の容姿を称賛されているというのに、ハルはとても曖昧に笑った。
一族の中では不細工だというのが本人の主張なのだ。他の同胞の方がもっと綺麗だよ、という意味の笑みだろう。けれど、そんなことはどうでもいいのだ。俺にとって、世界で一番美しいのはハルなのだから。見た目だけの話ではなく、ハルは全てが美しい。
「俺はこいつに会いに来ていただけで、女とかじゃないです。ていうか、女に会うために出掛けたことなんて一度もないですよ」
「そう、なのか」
「俺には貴方だけだって、何度言えば伝わるんですか」
何度繰り返してもハルは、心の底から信じてくれていない気がする。もっといい人がいるだの、自分はジオには相応しくないだの、そんな言葉を返されるたびに大きな溜息を吐く。分かってもらえないのは辛いが、それでも、分かってもらえるまで言葉にし続けるのみだ。
「……私はとうが立っているし、秀でたところもないし、何より種族が異なる。……もう、飽きてしまったのかと」
「なんでそんなこと言うんですか。俺はそんなこと、一度も思ったことない」
見当違いなことで悩むハルがいじらしくて、愛らしくて、堪らなかった。今すぐ抱きしめたい欲求に駆られる。抱きしめたいのに、ハルは老いぼれの上に乗っていた。確かに動かさない方がいいのかもしれないけれど、どうしても我慢が出来ない。
「抱き上げても良いですか」
ハルは、優しいおもてで、一度だけ小さく頷いた。直後、老ぼれの上に乗っていたハルの体を抱き上げて、横抱きにする。愛しい重さが両腕にかかった。
「これからは、出掛けるときに誰に会うかもきちんと伝えますね」
「……ありがとう」
何よりも俺が重視すべきは、ハルが不安を感じないことだ。ハルが安心出来るのなら、全てのことを包み隠さず伝えることも辞さない。
「……お前、相当な猫かぶりだな」
にやにやとした顔でヘジルが俺を見ていた。揶揄を孕んだその表情に、俺は苛立ちを覚える。
「はぁ?」
「養い親さんの前でめちゃくちゃ良い子ぶってんじゃんか」
「どこがだよ。っていうか余計なこと言うなよ、蹴り飛ばすぞ」
「おいおい、良いのかよ。せっかくの猫が剥がれ落ちてるぞ」
俺のどこが猫かぶりだって言うんだ。そう反論しようとしたところで、ハルが腕の中でくすくすと笑っていた。ハルがこんな風に笑うことは珍しく、俺はその一瞬で幸福な気持ちになる。俺の腕を掴んでずいと身を寄せたハルが、俺の耳元で、俺にだけ聞こえる声で囁く。
「楽しそうなジオが見れて、嬉しい」
そんな些細なことで喜んでくれる最愛の人が堪らなくて、俺はその額に口付けをした。
「俺は貴方と一緒にいる時の方が、うんと楽しいですよ」
「心配? 俺は貴方に心配をかけていましたか?」
「いや、そういうわけではないのだが……どこに行ったのかな、と」
「知り合いに会ってくるって、出掛ける時に言いましたよね?」
「そう……なのだが」
暗くなるまでには帰るとも言った。ハルが不安にならないように、心配をかけないように気を付けていたのだけれど、まだ足りなかったようだ。
「養い親殿は、お前が女と密会しているのではと不安がられていたのだ」
「……はぁ!?」
老いぼれの発言は、俺の予想外過ぎて大きな声が出てしまった。ハルは恥ずかしそうに俯いている。誤解は早く解かなければ。こんな下らないことでハルとの関係がこじれるのは絶対に嫌だった。
「女なんかじゃないですよ! こいつです! こいつと無駄話してただけです!」
「おい、指をさすな」
今まで黙って俺たちの言葉の応酬を眺めていたヘジルが、蹄を鳴らして近づいてきた。気になりつつもなかなかヘジルのことを尋ねられなかったハルが、興味津々な目を奴に向けていた。
「貴方は……?」
「初めまして。養い親さん。俺はこいつの……まぁ、知人ってやつですね。俺はこの森に来たばかりで、こいつが色々森のこと教えてくれたんですよ」
「じゃあ、この子の友達、なんだな」
ハルは嬉しそうに微笑んだ。そういえば、俺には友などと呼べる者はいなかったなと思い出す。否、いらなかった。俺にはハルさえいれば、それで良かったのだ。ヘジルはハルを見つめて、感嘆の息を漏らす。
「にしても……はぁ、話には聞いてたけど、本当に綺麗な人だなぁ」
己の容姿を称賛されているというのに、ハルはとても曖昧に笑った。
一族の中では不細工だというのが本人の主張なのだ。他の同胞の方がもっと綺麗だよ、という意味の笑みだろう。けれど、そんなことはどうでもいいのだ。俺にとって、世界で一番美しいのはハルなのだから。見た目だけの話ではなく、ハルは全てが美しい。
「俺はこいつに会いに来ていただけで、女とかじゃないです。ていうか、女に会うために出掛けたことなんて一度もないですよ」
「そう、なのか」
「俺には貴方だけだって、何度言えば伝わるんですか」
何度繰り返してもハルは、心の底から信じてくれていない気がする。もっといい人がいるだの、自分はジオには相応しくないだの、そんな言葉を返されるたびに大きな溜息を吐く。分かってもらえないのは辛いが、それでも、分かってもらえるまで言葉にし続けるのみだ。
「……私はとうが立っているし、秀でたところもないし、何より種族が異なる。……もう、飽きてしまったのかと」
「なんでそんなこと言うんですか。俺はそんなこと、一度も思ったことない」
見当違いなことで悩むハルがいじらしくて、愛らしくて、堪らなかった。今すぐ抱きしめたい欲求に駆られる。抱きしめたいのに、ハルは老いぼれの上に乗っていた。確かに動かさない方がいいのかもしれないけれど、どうしても我慢が出来ない。
「抱き上げても良いですか」
ハルは、優しいおもてで、一度だけ小さく頷いた。直後、老ぼれの上に乗っていたハルの体を抱き上げて、横抱きにする。愛しい重さが両腕にかかった。
「これからは、出掛けるときに誰に会うかもきちんと伝えますね」
「……ありがとう」
何よりも俺が重視すべきは、ハルが不安を感じないことだ。ハルが安心出来るのなら、全てのことを包み隠さず伝えることも辞さない。
「……お前、相当な猫かぶりだな」
にやにやとした顔でヘジルが俺を見ていた。揶揄を孕んだその表情に、俺は苛立ちを覚える。
「はぁ?」
「養い親さんの前でめちゃくちゃ良い子ぶってんじゃんか」
「どこがだよ。っていうか余計なこと言うなよ、蹴り飛ばすぞ」
「おいおい、良いのかよ。せっかくの猫が剥がれ落ちてるぞ」
俺のどこが猫かぶりだって言うんだ。そう反論しようとしたところで、ハルが腕の中でくすくすと笑っていた。ハルがこんな風に笑うことは珍しく、俺はその一瞬で幸福な気持ちになる。俺の腕を掴んでずいと身を寄せたハルが、俺の耳元で、俺にだけ聞こえる声で囁く。
「楽しそうなジオが見れて、嬉しい」
そんな些細なことで喜んでくれる最愛の人が堪らなくて、俺はその額に口付けをした。
「俺は貴方と一緒にいる時の方が、うんと楽しいですよ」
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