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博愛主義!ヤンデレンジャー!!

未来予知(3)

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「ほら、君の分だ」
 ドリップが終わったコーヒーを二つのマグカップに移して、その片方を俺に差し出してくれた。

「ありがとうございます」
「生憎砂糖もミルクも置いていないんだ。私の為の部屋だからね」
 博士は砂糖の入っていないコーヒーを一口飲んだ後、君が望むなら次からは用意しておこう、と付け加えた。
「いえ、ブラックで飲みますので」
 コーヒーはブラックだが、どちらかと言えば紅茶派。さらに言うなら抹茶派だ。
「そうかい?気が合うね」

 くっくっく、といつものようにご機嫌に笑う博士が何だか可愛く見えたのでこのまま話を合わせておくことにしよう。

「まぁ、とにかくだ。あれはあくまで無数に存在する可能性の内ほんの一つでしかない。極端に言えば鶯と結婚しなければあり得ない未来だから、回避するのは容易だ。だからあまり重たく受け止めすぎずに教習所で事故動画を見た時のような気持ちでいてくれ」

 何度も念を押すように俺に気を使った言葉をかけてくれる。

「えぇ、ありがとうございます。俺はもう大丈夫ですので。次を・・・他のヒーロー達との未来予知を見たいです」
 俺の言葉に博士は不安そうな顔をする。
「大丈夫か?正直私は辛い映像を君に見せてしまい申し訳なく思っているよ。この後の未来もあまり良いモノだとは思えない、もう見るのはやめてもいいんだぞ?」

「・・・いえ、他の人の分も見せてください」
 正直怖いが、この装置のおかげで不幸な未来を回避することができた。そうポジティブにとらえてしまおう。それに、俺が彼女達を壊してしまう才能があるなら、彼女達の事を少しでも多く知っておきたい。

「わかった、じゃあ次は向日葵にしようか」
「・・・はい」

 再びプロジェクターに映像が映し出される。


---


「ただいまお兄ちゃん!・・・あれ、どこにいるのかな?」
 可愛らしい声と同時に映る全体的に薄暗い画面。そして現れたロングヘアの少女、多少背は高くなっているが向日葵のようだ。

「あ、いたいた。お兄ちゃん」

 パっ、と部屋の明かりがつく。画面に映ったのは床も天井も白い無機質な部屋、中央に大きなベッドが一つ置かれているだけで壁紙も絨毯も家具も窓もなにもない。扉とベッドしか無い空間はまるで隔離病棟みたいだ。
 そして、ぐしゃぐしゃになったシーツの上に座っている男が一人、こちらもまた雰囲気が違っていてわかりにくいが俺のようだ。何故俺はこんな部屋にいるのか、そんな疑問が些細に感じられる程に異常な絵面が目に入って来る。

「みてみて、蘇芳茜と同じ髪型にしてみたんだ!」

 殺風景な部屋に立つ向日葵は、少し童顔だが今に比べてずっと大人びた顔をしている。ショートパンツのヒーロースーツを身にまとい、背中まで下ろした外ハネ気味のロングヘアを自慢気に見せつける笑顔の向日葵。その長いこげ茶色の髪と彼女の身体の至る所に赤黒い液体がべっとりとこびりついていた。
それが血液で、血しぶき・・・つまりは返り血だろうと理解するのに時間はいらなかった。正義を象徴するヒーロースーツには柄かと見間違える程大胆に返り血が染みついている。鮮やかな赤、黒が混じったどろりとした鈍い赤、カピカピに干からびた灰色に近い赤。たった一度、一人の死を目の当たりにしただけでは到底こんな風にはならないだろう。フィランスイエローから長い期間、複数回に及ぶ血の匂いを画面越しに感じる。

「まだ長さが足りないけど、それっぽさは出てると思うんだ」

 真っ白い部屋の中央で何度もくるくるとまわる少女は新しい髪型を褒めて欲しいごく普通の女の子の顔をしている。その普通さが狂気を一層際立てた。

「お兄ちゃんあの女の事好きだったんでしょ。だからこうしたら喜ぶかなって思ったんだけど・・・どうかな?髪型は真似できたけどスタイルはやっぱり無理だね、あの女みたいに背が高くないし胸も大きくないもの」

 画面に大きく映った俺はどうもやつれている様子だ。クタクタになったパジャマと寝癖だらけのぼさぼさ髪のせいで病人のような見た目になっている。何かに縛り付けられているわけではないのに、まるですべてを諦めたみたいにぐったりと動かず、ただ向日葵の方を見ている。

「でも、僕はこれからもっと大きくなってお兄ちゃん好みの女性になるからね?お兄ちゃんが望むなら整形だってするよ。あの女と同じ顔にしてあげようか?それとも他に好きな顔がある?なるべく正確に、確実に、お兄ちゃんの理想の姿を叶えたいから具体的な人物を上げてくれると嬉しいのだけど・・・」

 向日葵はぴょこん、とベッドに腰掛けて足をぷらぷらさせながら俺に語り掛けた。しかし俺は何かを言いたそうな顔をしても、黙ってそれを聞いている。

「本当はね、そのままの僕の事を好きになって欲しいって思うよ。でもそれは無理だからさ。僕はお兄ちゃんの愛がなければ生きる価値のない溝に捨てる事すらおこがましいゴミくず最底辺ウジ虫女だから、そんなこと無理だってわかってる。身の程をわきまえるのは得意だよ。だから、早くお兄ちゃんが喜ぶような女性になりたいな。僕はお兄ちゃんのものだから、いくらお兄ちゃんの為とはいえ勝手に変えたり傷つけるわけにはいかないよね。だからお兄ちゃんがちゃんと決めてね?」

「・・・・・・」
「あ、大丈夫だよ!もちろんお兄ちゃんの指示が無くても今日もちゃんとヒーローのお仕事したよ。正義のヒーローがする事は自分で考えてやってもいいって言われたからね。安心して、今日もたくさんの人に感謝された。あ、あとね。うふふ、褒めて欲しい事があるんだ」
 血液でかたまった毛先をいじりながら照れ臭そうに話す。

「僕、ついにあの女を倒したよ」

「・・・・・・茜さんまで殺したのか」
 やっと発言した俺の言葉に、耳を疑った。茜さんを殺した?今、俺はそう言っていた。それに『茜さん』ってどういうことだ。



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