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重いとか軽いとか
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徹史が勇気を振り絞って話し掛ける気になれたのは、助けて貰った日から五日後のことだった。
週末の金曜日。休みだった会社も始まり、仕事の帰りに何時もの店へと足を運ぶ。
オーナーに「今日はスーツなのね」と少しだけ持てはやされた後で、店内の扉側のカウンター席に座る。店の奥には、あの男がぼんやりと一点を眺めながら退屈そうにグラスに口をつけていた。
その姿に艶めかしさを感じてゾクっとしながらも、徹史は自分の御酒を持って男の元へと向かう。
「あ、あのっ。ご一緒してもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
声を上擦らせながら男の横顔に話し掛けると、此方を一瞥してきた。
自らの右隣の座席に置いていた鞄を左隣の椅子へと移動させると、空いた席を目差ししてくる。
同席の許可を得たことに安堵するが具体的な策があるわけではなかった。
「あの……。この間はありがとうございました」
座席につくなり、男に向かって頭を下げる。しかし、男は身に覚えがないのか首を傾げたので慌てて「その……。薬の入った御酒を飲まされそうになったのを止めてくださって……」と補足すると「ああ……。そんなことあったっけ……」と忘れていたのを思い出したかのように呟いた。
赤の他人を助けるなんて簡単にできることではない。
あくまで徹史の勘ではあるが、この人は悪い人ではない気がした。外見だけじゃなくて内面も魅力的な人だと分かると益々、恋心が燃えてくる。
何としてでもこの人を手に入れたい……。
「はい……。俺、栗山徹史って言います。貴方のお名前を伺ってもいいですか?」
「櫂理人」
気だるく此方を一切向くことなく答えた櫂という男は徹史のことなど眼中にないのが明らかであった。最初から心を開いてくれるとは思っていないが、あまりの素っ気なさに心が折れそうになる。
だからと言って、始まってすらいない戦いを諦める訳にはいかなかった。
「櫂さん……。理人(まさと)さんって呼んでもいいですか?」
腰を座り直して姿勢を正すと、ダメもとで距離を詰めてみる。
すると、一瞬だけ目線が此方に向いたかと思えば「お好きにどうぞ」とあっさり受け入れて貰えたことで可能性が見えてきた。
第一段階は突破できたと思いたい。あとは徐々にでも彼のことを聞きだして、仲良くなれれば……。
あわよくば連絡先を聞くことができれば……と思っていると男が頬杖をつきながら徹史の顔を眺めてきた。不意にかち合った瞳に心臓が跳ね上がる。
「君さあ、最近よく来てるよね?あそこで俺のこと、見てたでしょ?」
男は先ほどまで徹史が座っていた座席を目差ししてくると鼻で笑ってきた。あまり露骨になりすぎないように目が合ったら逸らして誤魔化していたが、バレてしまっていたらしい。
「すみません……。理人さんとどうしても話をしたかったんですけど、いつも和美(かずみ)さんと話しているから話し掛けるタイミングが掴めなくて……」
櫂に指摘されて恥ずかしくてたまらなくなった徹史は顔を俯けるとテーブルの上の自身の拳を強く握った。適当にはぐらかすこともできたかもしれないが好きな人の前では嘘を吐きたくない。
そんな徹史の言い訳をどう思っているのか、黙って手持ちのグラスを眺める彼。
何も言葉を返してくれない沈黙が怖い。
あからさまな態度過ぎて気味悪がられてしまっただろうか。
名前呼びを許してもらい、好調な出だしだと思っていたが、希望の光は閉ざされてしまったかもしれない。
こんなことになるのであれば、最初から躊躇せずに話し掛けていれば良かったと後悔した。
だから徹史が話し掛けた時、素気なかったのも納得がいく。
徹史は半ば諦めて、自分の行いに反省していると右手の拳が細くて柔らかい指先に包まれた。
何度も目を凝らしてみても、理人さんの手が自分の手に重なっている。彼が触れてきている体温と目を細めて微笑んでくる姿に、徹史の心拍数が上がった。
「じゃあさ、これからホテル行く?」
「え……?」
唐突な彼からの誘いに耳を疑う。このタイミングでホテルということは、目的が一つしかないことはどんなに無知な徹史でも予想できる。だから動揺していた。
「向こうの部屋でもいいけど、俺あんま、ああいうの好きじゃないんだよね」
店の奥の桃色の部屋を指して淡々と話す男。先程から何組ものカップルらしき人たちがあの部屋の奥に消えていっては、甘い喘ぎのような声が聞こえてきていた。
彼がどういう意図でソレを提案してきているのか皆目見当がつかないが、少なからず自分のことをいいなと思ってくれているような気がした。
「ええと……。それは……」
「君となら相手してやっていいよ」
戸惑う徹史の耳元に彼の甘く囁く声と息がかかり、背中から脳天を突くほどのゾクリとしたものが競り上がってきた。微かな期待で胸が高まる。こんな魅力的な人の体を触ってしまっていいのだろうか。
躊躇いはあるけれど、許されるならばほしい……。
理人さんの全てを……。
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