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終わる関係
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別にセフレならどうだっていいはずだ。自分が誰と一緒にいようと……。これじゃあまるで……。
「だったらなんだよ。そうだよ。あれが昔、俺が好きだった奴だよ。セフレのお前には関係ないだろっ」
手首を振り落として怒鳴りつけるが、奴は簡単に手を離してくれなかった。勢いに任せて吐いた言葉に、栗山は左手で頭を抱えると深く溜息をつく。
「大ありです……。この前、物産展の話を躱されたときから嫌な予感はしていたので……。その人と付き合ったりしてるんですか?」
怒ったと思えば寂しそうに瞳を潤ませて問うてくる。
「してねーよ。いいから離せ」
「でも、理人さんはまだその人の事が好きなんですよね?」
「うるせーよ。必要以上に詮索してくるなって言っただろ」
幾ら離せと強い口調で言ったところで緩まる気配のない手。しつこく迫って問いかけてくる栗山が鬱陶しくて脛を蹴ったことで漸く解放されたことに安堵する。
最良物件だと思っていたが、もう潮時だろうか。
今日は余計なことはするべきではないのかもしれない。大人しく帰った方が良さそうだった。
櫂は「今日はもういいよ。俺帰るわ」と栗山に言い残して背を向けて去ろうとしたとき、右腕を引き寄せられると背後から栗山の腕がまわってきた。
「詮索だってしたくなります。この一年間、我慢していたんですから……。今日、理人さんの姿を見た時、すげぇショックだったんです。理人さんにとって俺の存在ってそんなもんなんだって……」
耳元から伝わる栗山の声は今にも泣き出しそうに震えていた。胸の中に抱かれて心臓の音が身体を伝って響いてくる。
「落ち込んでヤケになって家で呑んでいたんですけどなかなか酔えなくて。そしたら急に呼び出されて。嬉しくなって、来てみたら。理人さんすげぇ弱ってるし、触れたら振り払われて、いちいち落ち込んで。結局俺は理人さんにとって都合良く扱われているんだと思ったら悲しくなって·····」
「だから何だよ·····」
聞きたくない。この流れからこの先、栗山が何を言って来るのか手に取るように分かってしまう。
できればまだ栗山とは関係を切りたくなかった。
こんな奴でも、それなりに楽しかったから·····。
でも、情を持たれていると知ったら話は別になる。
「俺、本当は理人さんのことが好きなんです」
栗山の吐く息が白い。予想はしていたがいざ、直接言われると全身から沸き立つものを感じ、身体が震えた。今まで遊びのような恋情を向けられていた櫂でさえ、栗山が本気で言っているのが分かるくらい熱いものを感じる。肩を抱く栗山の腕は分厚くて、まるで自分を逃がさないかのように強い。
人生で初めて誰かに本気で好きだと言われた。
「俺、貴方の優しさに救われて一目惚れしたんです。あの日。勇気振り絞って話しかけた日に、まさか一目惚れした人とできるとは思わなくて……」
栗山の腕は愛おしいものでも抱くかのように優しくて温かかった。
「あわよくば付き合えたらなんて思っていたんですけど、貴方からセフレを提案されて……。それでもいいかと思ったんです。徐々に俺のこと知ってもらえて好きになって貰えたらなんて……。淡い夢を抱いていました」
こんな情熱的な感情を自分はぶつけてきたことはあっただろうか。いや、最初から誰かを好きになることを諦めていた。
櫂はこうやって何でもかんでも自分の気持ちに素直に突っ走れるのも若いうちの特権だよなーなんて冷静に考えていた。
「理人さんとしては今の俺との関係が一番いいって分かっていたので黙っていたんです。だけど、貴方が他の誰かと楽しそうにしているのを見ると余裕がなくなってしまう」
身体がスッと離れたかとを思えば、肩を両手で抱かれて向かい合わせに向き直させられる。真剣に見つめてくる栗山の視線が熱くて、櫂は逸らしてしまった。まるで慎文が和幸を見つめるような既視感のある眼差しに居心地の悪さを感じる。
「俺じゃ……。ダメですか?」
駄目も何も元々櫂にはそんな気などはない。誰かと結ばれたどころで、気持ちは変わるもの。一生などない。ましてや栗山のような異性愛者から興味本位で同性との行為に足を踏み入れた奴なんて、直ぐに世間体を気にして離れていくのがオチだ。
だから、下手に情に踏み込まない淡泊な関係のままでいたかった。栗山となら尚更……。
「そう。ならお前とは終わりだ。俺は固定した誰かといる気は無いし、余計な感情を持たれても迷惑だ」
お互いの利害が一致しなければこの関係は解消する。今までだってそうしてきた。情事を重ねるうちに情を持たれたことは初めてじゃない。けれど、解消を言い放った途端に感じた寂しさは何なのだろうか。
櫂は栗山を振り切り、駅方面へと足を踏み出すと「待ってくださいっ」と彼に腕を掴まれてしまった。
「すみません。早まりました。今のままで充分です。セフレのままでいいので、解消はなしにしてもらえませんか……。それと、たまには貴方とすぐにホテルじゃなくて食事もしたいです……。セフレがダメならただの友達としてでもいいので……」
栗山が頭を下げて懇願してくる。そこまでしても縋りたい理由が分からない。
ヤらない友達なんて何のメリットがある?セフレがダメなら唯の友達って……それでこそ櫂にとっては無意味でしかない。
「駄目だ。お前が俺にそれ以上の感情を持ったって分かった以上、お前との関係は続けられない。中途半端な友達も俺には必要ない」
「そんなの寂しいじゃないですか。理人さんは、少しでも俺に情を湧いたりしてなかったんですか。最初からセフレの対象としか見てなかったんですか?今日だって寂しいから俺のことを頼って呼んでくれたんですよね?」
栗山の掴む手に力が入る。質問責めをしてくる男が鬱陶しい。
これ以上自分の感情を掻き回されたくない……。本当は誰かに愛されたいなんて……。
「それはお前が都合のいい相手だったからだ。それ以上になんか思ったことねーよ」
栗山の掴む手を振り落として、睨みつけると啖呵を切って無我夢中で歩き出した。最後の一言が奴に効いたのか後を追って来る気配は感じなかった。
駅に到着してホームに降りては、奴が追って来ていないことを確認すると深い溜息を吐いた。
何故だかガッカリしている自分に嫌気がさす。何を期待していたのだろう。所詮、奴にとってその程度のことだっただけ。自分を引き止めたのも都合のいいセフレを手放したくなかっただけ。
自分ではどうってことない。何度も相手を自ら切るなんてことはしてきた。
なのに、栗山に抱きしめられた感触を、温かさを無意識に辿ってしまう。櫂は虚しさから、その場に屈み込むと膝を抱いて突っ伏した。
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