ここから出してくれ!

チョーカ-

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ここから出してくれ!

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 今日から三連休だ。

 バイト先で拾った100円玉をポケットの中で弄りながら、テンションを上げていく。

 バイトはコンビニの店員。帰宅時間は深夜と言っても過言ではない。

 全てのシュチュエーションは俺をハイテンションにしていく。

 気がつけば、鼻歌が口から漏れていた。

 無敵感。圧倒的な無敵感が満ち溢れている。

 そんな俺の名前は車田優。

 大学三年生。

 一人暮らし。

 親からの仕送り生活+バイトの収入。

 全てが順調。

 まるで人生は、レールの上を走る電車のようにパワフルで一直線。


 しかし、それが一変した。


 目が覚める。

 まだ周囲が暗い。手元のスマホを手に取るも、何も表示されていない。

 そうだ。不注意で水浸しにしたんだ。

 保障手続きで、新しいスマホが送られてくるのは明後日か……

 スマホ依存症と言うわけではないが、スマホがない生活には不安が纏わりついている。

「それで、今は何時だ?」

 ベットから体を起こし、明かりをつける。

「……」

 まず感じたのは違和感。

 自分のライフスペースに紛れ込んだ異物の存在。

 ソレを見た時の第一印象は『無』だった。

 何も感じないし、何も思わない。

 それほどまでの異物。日常生活に存在してならない物がそこに存在していた。

 それは……


 『死体』だ

 死体がある。玄関のドアに、もたれ掛かるように死体があった。

 なぜ、死体だと分かるのかと言うと、腹部に大量のシミ。色は、もちろん赤色だ。

 そして、その中心に生えている物はナイフだった。

 ナイフに刺されて動かない男が血を流して微動だにしない。

 間違いなく死体だ。

 男は、おそらくサラリーマン。

 紺色のスーツ。

 首元には、キッチリとネクタイが絞められている。

 誰か?顔を見ても心当たりはない。


『全く、身に覚えのない人間が、俺の部屋の玄関で死んでいる』


 いったい、これは何のジョークだ?

 反射的に手に持ったスマホに手をやる。

 警察に電話……いやダメだ。

 この状況、犯人は明らかに俺だ。

 いや、俺が犯人ではないという事を俺は知っている。

 しかし、それを証明できるか?と言われると……たぶん、無理だ。

 警察はダメだ。冤罪をかけられる。一度、疑われるとガラガラ蛇のように、しつこく自供を強要してくるに違いない。

 昨日、寝る前に見たテレビの内容がソレだった。間違いない。

 そこまで、考えてから気がつく。
 
 そう、スマホは壊れているのだ。

 はじめから、警察に連絡などできないのだ。


「うむ……時期が冬だったのがありがたい」


 夏場ならいずれは腐乱臭で周囲に死体の存在が明らかになってしまっていただろう。

 ドライアイスでもあれば良いのだが、我が家の冷蔵庫では少量の氷が作れる程度だった。

 現在社会で暖房器具を一切使用しないという選択肢はあり得ない。

 少しでもばれない様に死体へ氷を投げつけた。

 自分でも不謹慎だと思うが、死体に触れるなんて嫌だ。 

 近づくのだって嫌だ。

 そう考えると……

『俺はこの部屋に閉じ込められてしまっている』

 唯一の出入口には近づく事の出来ない死体。

 窓は……だめだ。ここはマンションの4階だ。

 窓からの脱出は不可能。

 俺はカーテンの隙間から外を眺めた。

 さっきから、やけに警察車両パトカーが走り回っている。

 何か、事件でもあったのか?

「……」

 いや気づかれている?

 この周囲で殺人が行われたと?

 一瞬、鼓動が高まるも、俺はそれを「いやいや」と振り払う。

 俺が殺したわけじゃない。それに殺人じゃなくて事故の可能性もある。

「大丈夫、大丈夫だ」


  俺は自分に言い聞かせる。

  食料も問題ない。さっき、カップヌードルを作って食べたばかりだ。

  ストックも十分ある。数日は、外に出なくても暮らせる。
 
『ピーンポーン』

 !?

 突然のチャイム音。

 一体、誰が? すると声が聞こえていた。

「すいません!警察です。車田さん!おられますか?」

 な、なんだと!なぜ警察が?

 何度も低く濁ったような大きな声がドアの外側から聞こえてくる。

 ドンドンとノックも荒らしい。

 ドアにもたれ掛かっている死体が若干、動いている。

 ヤバい!もしも、死体が変な倒れ方したら? 人が倒れたような音が外に伝わってしまうのではないか?


『はやく、はやく、どこに行ってくれ!』


 俺は願うような気持ちは伝わらず、10分近く――――(そう、10分もだ!)警察はチャイムとノック。そしてダミ声を上げていた。

 今は静かになっている。 やっと……本当にやっと、帰ってくれたみたいだ。

 その間、危なげながらも死体は倒れる事もなく、現状を維持していた。

 しかし、マンションの一室に根拠もなく、警察が10分もかけて在宅を確認するものなのか?

 疑われている。それは間違いない。

 しかし、なぜ?

 考えられるとしたら……

 血痕?

 そうだ。死体は大量の血液がぶちまけられている。

 この部屋の外に血痕が残っていてもおかしくはない。

 しかし、それを確かめる方法はない。もどかしい。

 俺は、ベットの上で毛布に包まって死体を見つめている。

 さっきから、死体が揺らめいて見える。 

 そして異音。

 幽霊が出す異音……ラップ現象ってやつか?

 コイツは恨んでいるんだ。

 このまま放置し続けて成仏できない事を俺に抗議しているんだ。

 頭がおかしくなりそうだ。

 そんな状態が、もう数時間続いている。

 ついに俺は我慢できなくなった。

 ベットから飛び降り、向かったのは台所。

 そして、その瓶を手にして、再びベットへ戻る。

 瓶の中に詰まっている白い物体は塩だ。

 俺は、瓶のふたを開けたまま、死体にむけて全力投球をおこなった。

 ワイルドピッチのためか? 投げつけた塩は、死体から大きく外れる。

 そのままドアにぶつかり大きな音を響かせた。

 その衝撃のためか? あんなにも激しかった警察のノックでもバランスを保ち続ていた死体が倒れた。

 その上に塩が大量に降りかかる。

 勝った。俺の勝利だ。

 しかし―――

『ドンドンドン』

 ドアがけたたましい音をたてる。

 「車田さん、どうしましたか?車田さん、警察です開けてください!」

 「な、なんだと!?」

 まさか、想像すらしていなかった。

 まだ待機していたのか? ドアの外で!? だが、なぜだ!

 しかし――――

 次の瞬間に起きた出来事は、俺の想像を遥かに超えていた。

 きっと、奇蹟を見た人間は俺と同じ感覚に包まれるのだろう。

 なんと、さっきまで死んでいたはずの死体が――――いや、男が立ち上がりドアを開けたのだ。

 そして、雪崩込んでくる警察に(人数は1人や2人ではない。10人はいた)こう言い放ったのだ。

 「助けてくれ!ここから出してくれ!」


 ―――前日の深夜―――

 男が歩いていた。

 男の名前は鳥山海。

 一見すると、どこにでもいるサラリーマン風の風貌をしている。

 地味なスーツにキッチリ絞めたネクタイ。 これと言って特徴のない男だ。

 しかし、それは擬態である。 

 男の本性は殺人鬼であった。

 スーツの内側にナイフを隠し、今日も獲物を狙う。

 鳥山海は笑みを浮かべていた。

 狩りの準備は万全だ。私は行き当たりばったりで獲物を仕留める快楽殺人鬼ではない。 

 狙った獲物を幾日でも観察し、行動パターンを把握し、計画通りに完璧に仕留める。

 そう……俺は快楽殺人鬼ではないのだ。計算し尽された死を芸術として表現するアーティストなのだ。

 そして、今日の作品も完璧だった。


 女を殺した。


 この町中、エアーポケットのように人がいなくなる場所で、時間帯で、堂々と殺して見せた。

 しかし! そう、しかしだ。

 事もあろうに、警察に犯行を見られてしまった。

 いいや、あれは偶然ではあるまい。

 何らかの理由で、私は警察にマークされていたのだ。

「しまった。この町に固執しすぎたか!?」

 そう言っても、やり直す事はできない。覆水盆に返らず。

 次から次へ、襲って来る警察の影。

 私は、アメフトやラグビーの選手のように華麗なステップで彼らのタックルを避け続ける。

 後方からは、鈍い炸裂音が鳴り響いているが、私は振り返らない。

 なぜなら、私には確信があるからだ。

 銃などという無粋な物では、私の命を奪う事どころか、私を傷つける事すらできない!

 しかし、彼らの追求を凄まじいものがあった。

 あれが執念というものだろうか? 私にはない感情だが、芸術家の私には美しいと感じてしまう。

 だが、捕まってやるわけにはいかない。 私は世界に、作品を提示し続けなければならないのだ。

 私が、ここに存在してる時点で、それは神が私に下した使命なのだから……

 警察の魔の手が緩んだ。しかし、油断はできない。

 なぜなら、確実に彼らは包囲網を縮めているのだ。

「……しかたがあるまい」

 私は次に計画していた人物を狙う。

 私は、なにも闇雲に逃げていたわけではない。

 次の獲物は、自身が一番安心する場所。彼の巣穴で殺す事を計画していた。

 そこで彼を殺し、無人になった部屋で、警察の包囲網が薄らぐのを待つのだ。

 次の獲物の名前は『車田優』

 彼にはセキュリティという概念が欠如しているような人間だ。

 彼が大学やバイト先のコンビニへ行く際は、部屋の鍵を集合受け箱ポストに入れていく。

 帰宅し就寝しても、部屋に鍵をかける事はない。

 簡単な獲物だ。

 だから、私の計画では、彼が留守の時間帯を見測り、部屋に侵入。

 彼がベットで眠りについた瞬間。ベットの下に潜んでいた私が突如として現れて、彼の命を奪う。

 そういう経過を楽しむというテーマの作品を制作するつもりだったのだが……

 私は時間を確認する。彼は、既に帰宅の時間だ。

 しかたがない。このテーマは次の作品に使用するとしよう。

 ならば、この獲物のテーマは速度だ。

 スピード感を味わえる芸術作品に仕上げてみよう。

 そうして、獲物のマンションにたどり着いた。彼の部屋に明かりはついていない。やはり、就寝だ。

 そのまま、部屋のノブを捻る。やはり鍵はかかっていない。

 中へ侵入し、そして素早く、獲物を……

 !?

 急に室内に明かりがつく。

 起きたのか! しまった。

 部屋の奥、寝ぼけたようなマヌケな顔の車田優が動き出していた。


(どうする?この距離では遠すぎる。しかし、今更、ドアを開いて脱出する時間は……ハッ!)


 玄関先、転がっているのはマンガ雑誌。

 私は、素早くマンガ雑誌を拾い上げ、スーツの中に隠し、その上からナイフを突き刺した。

 私の衣服には、先の獲物の血液。返り血がこびりついている。

 そして、それは―――――

 まだ、乾いていない。


 この行為は、何かを誤魔化す時に使う伝統的な技能。

 太古の時代から人間の遺伝子に染みついた奥義。

 そう……

 死んだふりだ!

 これは私の経験則だが、初めて死体を見た人間がどういった行動を取るか?

 警察に連絡する? それは、おそらくほとんどの人間が行う行為だろう。

 しかし、その前に、必ず行う行為がある。

 それは……

 取りあえず近づくだ!

 その瞬間だ。貴様が近づいた時、その一瞬で貴様の命を奪ってやる。

 しかし、いくら待ても人が近づいてくる気配というものがしない。

 それどころ、警察に連絡すらしていないようだ。

 いったい、なぜ? 彼は、何を行っているのか?

 私は、ばれないように薄目を開けて、様子を窺う。

 それを見て、彼の行為を見て、思わず目を見開く所だった。

 鼻孔をくすぐる香り。ずるずると耳に伝わる麺を啜る音。

(ば、馬鹿な!カッ、カップヌードルだと!こんな時に!)

 信じられない物を見た。

 車田優は、ベットの上でカップヌードルを食していた。

 く、狂ってやがる。コイツは狂ってやがる。

 やがて、全ての麺をたいらげたのか、車田優は台所に向かって歩き出した。

(なんなんだ?アイツは?)

 私は混乱していた。

 いったい、どんな人生を送れば、突如として、自分の部屋に現れた死体の前に食事を行えると言うのか?

 だが、次の瞬間、戻ってきた彼の姿に、私の思考が停止した。

(おい!待て。なんだ?その食器に山盛りの氷は?それをどうする……おい!やめろ。やめ……やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!)

 こ、こいつはしってる。 わ、わたしがころしにきたさつじんきだと……

 やばい。わたしはこいつにころされる。

 精神が壊されていく。これは拷問だ。

 お前には死すらも生ぬるい。そういうメッセージなのだ。

『ピーンポーン』

 突然、チャイムが鳴り響く。

「すいません!警察です。車田さん!おられますか?」

 な、なんだと!なぜ警察が?

 何度も低く濁ったような大きな声がドアの外側から聞こえてくる。

 ドンドンとノックも荒らしい。

 ……こ、こいつ!これが狙いか!

 私を極限まで、追い込んで警察に渡すつもりだったのか!

 だが、車田優は動かない。

 ????

 もうワカラナイ。 コイツは一体、何を考えている?

 それから数時間。拷問は続いた。

 大量の冷水を浴びせられ、意識を失いかける。

 しかし、なぜか、この部屋は暖房を利かせている。

 それが、意識を失うか、どうかのギリギリのラインを保っていた。

 私は、全身が激しく震えている。ガチガチと震えから歯を鳴らしている。

 体の周りから、薄らと冷気のような白い気体が舞い上がっている。

 そんな私の様子は車田優は、毛布に包まって眺めている。

 突然、彼は動き出す。

 (今度はなんだ? 何が起こる?)

 戻ってきた彼が手にしているのは瓶だ。中に何か入っている。

 あれはなんだ?そう思った次の瞬間――――

 彼は、投げつけてきた。

 その姿は速球派の投手。この距離で全力投球!?

 私は、なりふり構わず逃げ出そうとした。

 しかし、長時間に及ぶ拷問。何度も同じ体制で冷水を浴び続けた結果、体が満足に動かなくなっていた。

 それでも、なんとか瓶を回避する事に成功する。

 頭上から落ちてくる白い物体が口に入る。しょっぱい味……塩?

 し、塩だと! 氷に塩だと!

 私は絶望した。
 
 氷は溶ける時に周囲の温度を奪うのだ。そして塩と言う物には、氷が温度を奪う速度を加速させる特色がある。

 (もう……もうダメだ……意識が奪われ……)

 『ドンドンドン』

 (!?なんだ?なんの音だ?)

 薄れかけていた私の意識は、けたたましい音で覚醒する。

 そして――――

 「車田さん、どうしましたか?車田さん、警察です開けてください!」

 「な、なんだと!?」

 (うおぉぉぉ!この、このチャンスに全てを!)

 無理やり体を動かし立ち上がる。そして、ドアを開いて叫んだ!

「助けてくれ!ここから出してくれ!」

        
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