魔法令嬢アリスは星空に舞いたい

チョーカ-

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第32話 魔物? 不気味な敵が現れました

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「くそがっ!」と悪態をつきながら水面を走っている影があった。

 船から落下した例の暗殺者だ。 彼は水属性の魔法を使用して水面を走っていた。

「出遅れた。アイツ等は……ミゲールとマヨルガはどこだ?」

 遮蔽物がない海上では、激しい潮風が肉体を襲う。 全身が濡れたまま、海面を移動すれば、体に不調が出かねない。 

 暗殺者として、不確定要素――――僅かでも失敗する可能性を消し去りたかった。

 つまり、暗殺者は濡れた衣服を着替えて、髪を乾かしてアリスたちの船を追ってきたのだ。

 それでも「クシュン」とクシャミを1回。

 間抜け……とも思われそうな彼の行動だが、それでも十分に勝算があった。

 水面を走る彼の速度を、わかりやすく表すならば30ノット。 

 時速で言えば、50キロ後半の速度で走っている。船で言えば高速船に類する速さ。

「妙だな……あのボロ船が、どれほど速度が出ても追いついているはずなんだが……」

 彼は気づいていなかった。 高い波に紛れて、アリスたちの船を見落としていたことを。

「ん? なんの音――――」

 彼は気づいていなかった。 背後からアリスの風魔法によって加速したボロ船が急接近していたことを――――

「ん? 何かぶつかったかのう……どうせ跳ねた魚か、魚を狙う鳥じゃろう」

 アリスたちが乗る船の船長は1人、「うんうん」と納得して、すぐに異音の事を記憶から追い出した。

「しかし、魔法ってのは便利じゃのう。ワシも1つくらいは身に付けておけばよかったわ」

 その言葉にアリスとミゲールは顔を見合わせた。 

 魔法は個々の才能に大きく左右される。 加えて、後天的な経験で突然に使用可能になったり……

 少なくとも、国内で魔法研究の第一人者は他ならぬミゲールだ。

 宮廷魔法使いの役職は伊達ではない。そんな彼女は、魔法を簡単に身に付けれるようになれると思っている老人に対して――――

「いいねぇ。今からでも勉強してみるかい? 船長も経験豊かそうだから、ユニークな魔法が手に入るかもしれねぇぞ」と笑い飛ばした。

 彼女は魔法使い。 それも宮廷魔法使いは貴族にも等しい。

 魔法に天井知らずの矜持があって当然……しかし、彼女は否定しない。

 誰よりも魔法使いに成りたい者。魔法使いに憧れる者を尊重するのだ。

「どれ、そろそろヤバイ魔物が出没する海域……一気に突っ切るぞ。気をつけよ、海に落ちるんじゃぞ!」

 老人の予測通りだ。

 水面がもり上がっている。魚の顔――――インスマス面の人間――――怪人が高速で進む船を飛び乗ってこようとした。

「なんだコイツ等? 魔物にしちゃ初めて見る種類だぜ?」

「……」とマヨルガは武器を構える。 二刀流の剣と見間違えるが、それは包丁だった。

 しかし――――

「構えるなよ。戦う必要ないぜ? ここには――――アリスがいる」

「むっ?」とマヨルガはミゲールの言葉を吟味する。 なぜ、年端も行かない少女がいるから戦う必要はないのか?

 その意味はすぐにわかった。 武器を持って、船に飛び乗ろうとするインスマス面たちは、厚い盾に弾かれたように海へ落下していった。

「これは、防御魔法? それも船全体を被覆しているほど強力な――――」

「まさか」とマヨルガはアリスを見た。

「彼女がやっているのか? これほどの強度の魔法を?」

「おいおい、マヨルガくんよ。アリスをなんだと思っていたんだ? あの子は私が弟子にしたいって思うほど使える奴なんだぜ」

「あっ……それは、すまない。 その見た目で君を侮ってしまったのは事実だ。謝罪しよう」

「え? そんな、頭を下げないでくださいよ」とアリスは慌てた。

 大人の男性が、片膝を地面につけて頭を下げているのに――――当たり前ではあるが――――慣れていないのだ。

「そ、それに私の防御魔法の隙を狙って、あの魔物……魚人とは少し違うかもしれませんが、乗り込んでくるかもしれませんよ」

「いや、たとえ戦場であっても受けた恩は、すぐに礼を示す。一族の家訓みたいなものなので――――それに!」

 手にした包丁が煌めいた気がした。

「かつては、武官の末席を汚していた身として、私が貴方をお守りします」

 だが、アリスの防御魔法を突破できたインスマス面は現れず、船長の船は高速で敵々を振りあらって行った。

「……」と武器を構えたまま、何もせずに戦いが終わってしまったマヨルガだった。

 彼は無表情で敵がいた方向を眺めている。少し気落ちしたように見えるのは、気のせいではないだろう。

「活躍できなかったことを気にするなよマヨルガくん? お前の実力は、これから発揮してもらうことになるんだからよ」

 ミゲールは意地悪そうに言う。 それから、彼女は前方を指した。

「ほら、目的地だぜ」と彼女の言う通り、島があった。

 大きな島だ。

 あれが『新大陸』……と言うわけではない。

 魔法で加速したとは言え『新大陸』は、1日も満たない航海で到着する距離ではない。

 言うならば中間地点。 船を止めて、あの島で夜を過ごす――――もとより、そういう予定なのだった。

 
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