花圃の契り―悪役九尾に転生したので原作改変したら養子に求婚されました―

鮎川アキ

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第1話

邂逅

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 九天きゅうてんの中央にそびえる玉京山ぎょくけいざん。人界を遥か遠くに見下ろす雲海の上、蒼天を貫く山頂が戴く荘厳な皇宮は九天を統べる天帝の住処であり、執政の場でもある。天帝に連なる天族であっても権威ある者しか立ち入ることは赦されず、それ以外であれば尚更おいそれと踏み入ることはできない。
 中空に張り出した楼閣はとろけるような雪白玉せっぱくぎょくと白木で統一されており、露台に出ればあえかな雲が生き物のように湧きたつ。
 純白の柱の向こうでは、玉京山の岩肌から無数の小さな滝が流れ落ち、陽光に飛沫しぶきをきらめかせていた。さやめく緑は萌え出でた色のまま青々と美しく、下界の四季に関係なく咲き誇る数多の栄華秀英えいかしゅうえいが白亜の宮を彩る。そうしてまた、天宮には至るところに清水を湛えた水路が張り巡らされていた。澄んだ水には淡い色の睡蓮が浮かんでおり、瑞々しくほころんで涼やかな花香が至るところから漂ってくる。
「気に入ったか?」
 与えられたのは後宮に数ある宮殿のひとつ、花茜宮かせんきゅう。露台から臨む景色をじっと眺めていると、背後から声をかけられた。
 振り返れば、白銀の髪を金の小冠で飾る美丈夫と視線が絡む。
「はい、とても。このような殿舎でんしゃをご用意くださり、天帝陛下には感謝しております」
 礼を述べれば、鷹揚な笑みが返ってきた。
 天界の王にして本然ほんぜんが龍である天帝。その十五人目の妃となったシア紅炫ホンシュエンは、青丘せいきゅうの黒真珠と謳われる花容をそっと引き攣らせた。
(とうとう嫁いでしまった……)
 死を迎えたと思ったら、自分の書いた作品の悪役に転生していた、なんて莫迦な話があるだろうか。
 売れない三流小説家が、腐女子の姉にねだられて自棄になって書きはじめたボーイズラブ。流行りの中華風ファンタジーを題材にした『花圃かほの契り』という作品は、母の身分が低かったために周囲から虐げられ続けた天帝の第五皇子が、艱難辛苦の末に彼を支えてきた鳳凰族の長の息子と恋に落ち、結ばれるという単純明快な勧善懲悪ラブストーリーである。
 小説投稿サイトで細々と更新していたこの話が、次第に読者を増やし、編集者の目に留まったのは予想外だった。やがて中堅ボーイズラブレーベルでの出版が決まり、ついでにコミカライズも決定した時にはどっきりかと思ったくらいだ。今後の売り上げ次第ではアニメ化の予定もあると言われ、続編の出版も打診され、まさに我が世の春だった。
 やけくそで書いたボーイズラブとはいえ、ようやく自分の作品が市場に認められたのだ。喜ばないわけがない。これまで一度も経験したことがない忙しささえ楽しいほどで、有頂天のまま寝る間も惜しんで原稿の執筆やコミカライズの確認作業などに没頭した。そうして体調を二の次にしてまで仕事をした結果、躰の異変に気がつくのが遅れた。栄養ドリンクと珈琲の飲みすぎ。死因はカフェイン中毒と過労だった。
 前世の記憶が甦ったのは、夏紅炫として生まれて十歳を迎えた頃である。すぐには状況を吞み込めなかったけれど、そのうちに自分が『花圃の契り』の悪役、〝夏紅炫〟に転生していると気づいて、発狂しそうになった。
 天帝をそそのかした淫獣。小説の中での〝夏紅炫〟は、青丘を縄張りとする九尾狐きゅうびこ族の皇子として生まれたものの、身に宿す霊力が著しく少なかった。霊力の大きさとは、畢竟その者の魂の地力である。殊に、狐帝やその息子たちは、豊富な霊力で代々他を圧倒してきた。にもかかわらず、〝夏紅炫〟はその辺の野狐よりも霊力が低かったのである。
 一族から出来損ないと見做された〝夏紅炫〟は、時を追うごとにその身の内に劣等感と周囲への恨みを募らせていった。
〝夏紅炫〟の美貌は青丘でも群を抜いており、霊力の有無にかかわらず求婚を申し入れてくる者は多かった。天帝もその一人であり、おのれを嘲弄してきた一族への復讐のために、〝夏紅炫〟は側室として天宮へ嫁ぐことを承諾した。
 けれど、彼が入宮にゅうきゅうして間もなく、天帝は生みの母を亡くしたばかりだった第五皇子の養母になるよう命じてきた。卑しい蛇族の母を持つ五皇子を毛嫌いした〝夏紅炫〟は、早々に養育を放棄。男神でも子を孕むことができるという仙桃の実を食べ、その媚態で天帝を惑わせ自らの息子をもうけた。その後は他の妃と皇子たちを次々と亡き者にし、やがては天后の位にまで登り詰める。
〝夏紅炫〟は夫である天帝をも弑し、おのれの息子を新たな統治者として践祚せんそさせると、自らを出来損ないと見做した一族を一人残らず根絶やしにしようと目論んだ。しかし、鳳凰族に命を救われた五皇子によって即位式の折に母子共々討たれ、復讐を達することなく消滅させられるのだ。このあと、五皇子はおのれを助けてくれた鳳族の青年と婚姻し、父の跡を継いで天帝となる。
 ――他ならぬ自分の書いた作品だ。内容など嫌というほど覚えている。
 記憶が甦ってから、紅炫は何度も前世の自分を罵った。どうしてもう少し悪役にやさしい話を書けなかったのか。せめて主人公と和解するとか、どこかで一族への復讐を思いとどまるとか、そういう展開にすればよかったんだと声を大にして言ってやりたかった。
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