皇兄は艶花に酔う

鮎川アキ

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第2話

2-10

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 翠玲は、仁瑶の外見はもとより、彼が騎射の名手であることに興味を惹かれた。
 どこの国でも、下邪種のほとんどが男女の別に関わらず淑やかであるよう求められる。草原の男の証たる騎馬や武芸などは天陽種が行うものであり、下邪はなよやかで、箸より重いものを持たないのが美徳とされているからだ。
 されど、翠玲はそんな考え方にうんざりしていた。
 自身が他の異母兄弟たちに劣るとは思わないのに、なぜ下邪だというだけで馬ではなく輿こしに乗せられ、くん上襦じょうじゅなどのひらひらした着物や邪魔な簪を身につけ、化粧を施されなければならないのか。馬に乗るのも、弓も剣も、学ぶのを我慢しなければならないのか。
 他の兄弟親類と異なる扱いを受けるのが嫌で嫌でたまらなかった翠玲にとって、下邪種でありながら六芸りくげいに長け、天陽種と対等に渡り合う仁瑶は憧れの存在であった。
 翠玲が「仁瑶殿下もなさっているから」と言えば、それまで頑なにとめられていた騎馬や武芸を嗜むことも赦されるようになった。
 颯憐から仁瑶の新しい話を教えてもらうたびに、翠玲の中で憧憬の感情が募っていく。朝に夕に、なにをしている時でも、仁瑶のことを考えない日はなかった。
 まるで恋でもしているかのよう。――否、会ったこともない仁瑶に、まさしく翠玲は思慕を募らせていた。
 新帝践祚の献上品として煌蘭へ向かうと決まった時も、嘆く母妃の腕に抱かれながら、嫁ぐかもしれない永宵よりも仁瑶のことを考えていた。
 もしかしたら、宴の席で仁瑶と言葉を交わす機会があるかもしれないと胸をときめかせた。あるいはこの身が転化して天陽種となったなら、仁瑶との縁を望むことも赦されるのではないかと。そんな考えまで浮かんだ。
 実際、煌蘭の皇城に足を踏み入れ、正庁おおひろまで新帝に挨拶した折、翠玲の瞳は上座の一段下にいる仁瑶を捉えずにはいられなかった。
 太上皇と同じ白銀の髪と紫苑の瞳の新帝が高慢で近寄りがたい雰囲気を纏っているなら、香色こういろの髪と紫紺の双眸の持ち主である仁瑶は嬋媛せんえんでもの柔らかく見えた。幾度も目にし、気に入っていた絵姿でさえ、本来の美貌をすべて描き尽くすことはできなかったのだと思うほど、実物の仁瑶は麗しかった。
 仁瑶と眼差しを搦めて、胸が高鳴らない者などいないだろう。
 さりながら、この身が天陽となったなら仁瑶に求婚したいなどと、分不相応な望みを抱いたせいなのか。果たしてその夜のうちに翠玲は新帝に召され、うなじを咬まれて番の花痣はなあざを刻まれてしまった。
 下邪種としてのおのれの役目を忘れていたわけではない。
 だが、新帝が父王との約束を守り、二年は進御しんぎょすることはないと思っていたから。否応なしに突きつけられた現実に、どうしようもなく吐き気がした。
 新帝――永宵は、翠玲を頻繁に龍床へ召した。周囲から見た翠玲は、帝君の寵愛をほしいままにする傾国だったろう。
 さりとて、永宵は本心から翠玲に天寵てんちょうをそそいでいるわけではなかった。
『おまえを寧嬪としたのは、兄上が気になさっていたからだ。兄上の視界に入ってよいのは余だけ。おまえのことは気に入らないが、もしも孕んだら、子は兄上の養子に差しあげるゆえ承知しておけ』
 入宮して間もなく、永宵からそんなふうに言われた。
 初めこそ意味がわからなかったけれど、傍に仕えるようになると、永宵が後宮の妃嬪の誰も愛していないのだと気づいた。
 永宵の目が愛おしげな色を湛えるのは、異母兄である仁瑶に対してだけ。声音が甘えたふうにふるえるのも、仁瑶に対してだけ。
 永宵がその寵を一心にそそぐ相手は、異母兄の仁瑶ただひとりだった。
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