皇兄は艶花に酔う

鮎川アキ

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第4話

4-2

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 仁瑶に与えられている揺籃殿ようらんでんから、帝君ていくんの居処たる龍宮殿まではいくらの距離もない。翠玲は戸惑いを滲ませ、傍を歩く燕児イェンアルと顔を見合わせた。
 皇貴太妃へのご機嫌伺いを口実に、翠玲は仁瑶のもとへ通うことにした。初めこそ王府の管理を手伝おうと思っていたのだが、祥媛しょうえん王府の使用人は家令を筆頭に優秀な者たちばかり。勝手のわからない翠玲が出しゃばるべきではないと判断した。
 そのかわり、厨室に出入りし、厨夫や女中たちから仁瑶の好きな料理や味つけを教えてもらう。琅寧でも妃教育として煌蘭こうらんの料理を習っていたものの、仁瑶に出すと思えばどれほど上手く作ってもどこか物足りない気がした。
 皇貴太妃から、仁瑶が龍蓮糕を好むと聞き、献上品の檸檬を分けてもらったのはつい先日のこと。食譜しょくふを写してもらい、慣れない食材に何度も失敗しながらも、ようやく満足のいく焼きあがりになったのが今日だった。
 頬張れば、口いっぱいに爽やかな香りと甘酸っぱい蜜が広がる。厨夫長からも美味しいとお墨付きをもらい、きっと喜んでくれるだろうと持ってきたのに、龍蓮糕を見た仁瑶は微苦笑を浮かべた。
 上手くできていなかったのだろうか。焼きが甘かったか、味がまずかったか。それともその両方だろうか。
 仁瑶はひとつ食べきって、美味しいと褒めてくれたけれど、なんとなく嘘だという気がした。
 これまでにも数度、翠玲は揺籃殿にいる仁瑶のもとへ、菓子や料理を届けている。厨夫が作った昼餉ひるげだったり、翠玲の作った簡単な菓子だったり、食盒の中身はその都度違うものだったが、あんな表情を見たのも、帝君のもとへ届けろと言われたのも、初めてだった。
「……あの、紅春」
 迷った末、翠玲は前を歩く仁瑶の太監たいかんに声をかけた。
 足を止めて振り返った紅春は、わずかに首をかしげて翠玲を見やる。
「なんでしょう」
「仁瑶様は、……ご気分を害してしまわれたのだろうか」
 問いかければ、紅春は「まさか」と否定した。
「そんなはずありません。龍蓮糕は陛下の好物だからと、仁瑶様も仰っていたではないですか。王妃様がお上手にお作りになられたので、陛下にもお裾分けしたくなっただけでしょう」
「……本当に?」
「ええ。さ、着きましたよ。ヨう太監、翠玲王妃をお連れしましたので、陛下に目通りの許可を」
 扉の前で控えていた清玄セイゲンに取次ぎを頼むと、紅春は揖礼ゆうれいして下がってしまった。
 翠玲は腑に落ちないまま、仁瑶から帝君のところへ菓子を届けるよう言われたのだと説明する。
 清玄は念のためと銀針ぎんしんで菓子を確認してから、永宵エイショウのいる書房へ通してくれた。
「もうへまをやらかしたのか?」
 開口一番そんな言葉をぶつけられ、翠玲は思わず蛾眉がびを寄せた。
「違います」
「兄上に追い出されてきたんだろう? なにか気に障るようなことをしたんじゃないのか」
「そんなことは、……っ」
 ない、と言おうとして、口をつぐむ。
 黙り込んだ翠玲に、永宵は意地悪そうな笑みを浮かべた。
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