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第6話
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しおりを挟む「翠玲……っ翠玲、ぁッ」
呼ぶ声はどこか舌足らずで、庇護慾と支配慾をくすぐる。
翠玲はかすかに目を眇めると、こみあげてくる情動のままに仁瑶を湯船から抱きあげた。湯冷めしてしまわぬよう、傍にあった布で濡れた躰をくるみ、足早に牀榻へ運ぶ。
「は、ぁ……」
かかる吐息に、今一度くちびるを奪いたくなるのをどうにかこらえる。
熱を帯びた瞳を見れば、颯憐が使った媚薬が仁瑶に影響を及ぼしているのは明白だった。
匂いたつ肌香は未だ、甘く切ない香りで翠玲を誘惑してくる。
されど、このままなし崩しに仁瑶を犯してしまうわけにはいかない。おのれの慾に従って動いた結果、仁瑶を傷つけてしまった過去を、翠玲は忘れていなかった。
「仁瑶さま、発情しておられるのなら、帝君を呼んでまいります。太医に抑制薬も用意させますから、どうかお待ちを」
「嫌、っ嫌だ、翠玲」
なだめるように言った翠玲に、しかし、仁瑶は首を横に振る。
強い力で縋りつかれ、翠玲は仁瑶に押し倒される恰好で牀榻に倒れ込んだ。
「ッ、仁瑶さま」
「このまま、そなたが鎮めてくれ」
言うや否や、仁瑶は翠玲の下肢に下腹部を押しつけてくる。
「そなたに鎮めてほしい……、小玲」
布から覗く脚、その奥に隠れているであろう秘処を想像して、翠玲の呼吸がとまる。
恋しいひとのあまりに淫らがましい姿と、甘えるように情を乞う声音に、抵抗できる男などいようか。
まして仁瑶は下邪種で、今はその身から翠玲を誘惑せんと肌香があふれだしている。
一指も動けなくなった翠玲に、仁瑶はどこか嬉しそうにくちもとをほころばせた。その淫蕩な表情を見た瞬間、翠玲はせぐりあがる情慾に突き動かされ仁瑶の躰を抱きしめる。
「っ――そんなことを仰って、わたしを試しておられるのですか」
低くうなり、荒い仕草で目の前のくちびるを塞いだ。
仁瑶は驚いたのだろう。腰をふるわせ、それでも恭悦に濡れた声で啼く。
「ぁ、あッ、しゃおれ、ぇ……っ」
甘い喘ぎが翠玲をさらに昂らせる。
めちゃくちゃに呼気を貪り、顎下、肩口に吸いつく。たまらない様子で喉を反らせた仁瑶の、肌に残る水滴を舌で舐め取れば、喜悦に染まった声が戦慄く。
「小玲、っ小玲、もっと触って」
芯まで媚薬が廻ってしまったのだろう。
淫らに腰をくねらせ、ねだってくる仁瑶はひどく扇情的で、翠玲は灼き切れそうな理性を必死で繋ぎとめる。
「おねが……っ、奥が、さびしい」
牀榻にひろがる甘い花蜜の匂い。
下邪種だったからこそ、それが発情した雌性が雄性に媚びる香りだと知っている。
胎の奥の切なさを満たしてほしくて、雄を誘う仕草だと知っている。
――だからこそ、一線を超えてはならない。
これは媚薬の影響であり、仁瑶が心から翠玲を求めて縋っているのではない。
はき違えてはならない。仁瑶の意識は熱に浮かされ、本能に従順になっているだけにすぎないのだから。
(……あなたが正気に戻ったら)
おのれにこんな姿を晒したことを嘆くのではないだろうか。
媚薬に酔っている身を無理やり抱いたと、責められるのではないだろうか。
(なじられるだけですむのなら、まだましだ。離縁され、仁瑶様が他の男のもとへ嫁いでしまったら……、このようなお姿を、閨で他の誰かに見せるのかと思ったら……、わたしは……)
黙っている翠玲に、仁瑶はむずかるように喉を鳴らす。
なおもこすりつけてくる腰をゆっくりと撫でると、不満げに眉宇を寄せた。
翠玲は静かに問う。
「わたしが触れてもよいのですか」
紡ぐ声はふるえていたかもしれない。
否と首を振ってほしい。――嘘だ、頷いてほしい。
相反する感情が胸の奥でのたうち、歪んだ琥珀瞳が仁瑶を見つめる。
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