皇兄は艶花に酔う

鮎川アキ

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第7話

7-10

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 開門の時間に合わせて皇城へ向かったが、すぐに永宵と会えるわけではない。朝議が終わり、廷臣ていしんらが帰ってからやっと御書房ごしょぼうへ案内された。
 奏上に目を通していた永宵は、清玄に連れられてきた翠玲を一瞥し「なんだ」と問うてくる。
 翠玲は拝礼したまま答えた。
「仁瑶様のことです。寧安への派遣を赦されたのはなぜですか」
「それが兄上のご希望だったからだ」
 にべもなく返し、永宵は手振りで礼を解くよう促してくる。
 翠玲は清玄が運んできた円凳いすに腰を下ろすと、永宵をじっと見つめた。
「どうしてそのようなご希望をなさったのでしょう」
「夫婦のくせに、そんなことも知らないのか? まあ、うなじを咬んでいないのだから夫婦とも言えぬか」
「なん、っ……」
「余はとっくにおまえと兄上が番になったものと思っていたのだが。考えてみれば、発情した兄上の対処に余を呼んだ時点で気づくべきだったな」
 鼻で笑われ、翠玲は思わず永宵を睨む。
「わたしがどうして仁瑶様のうなじを咬まなかったか、帝君にはお察しいただけるはず」
「兄上に嫌われたくなかったのだろう? 気持ちはわかるが、結果的に逃げられていてはどうしようもない」
 言いながら、永宵がなにかを取り出す。
 清玄経由で手渡されたそれを見て、翠玲は押し黙った。
 薄墨の水茎は仁瑶のもので間違いない。離縁状と記され、仁瑶の名の部分には拇印も捺してあった。
「これは……」
 おのれが名を書き加えるだけですむようになっている書面。
 胸中に苦いものがこみあげてくると同時に、なんとなく、これは仁瑶のやさしさゆえの行動なのだろうと微苦笑が漏れる。
「帝君は、これが仁瑶様の真意だと仰せになりたいのですか」
「まさか。だが、兄上からそれを渡されたのも事実だ。おまえはどうする?」
 問われるや否や、翠玲は離縁状を破いた。そうして、文字がわからなくなるほど細かになったそれを、床に放る。
 花びらのように散り落ちた離縁状を一瞥し、永宵は笑った。
「残念だ。おまえがそれに名を書いたら、斬ってやろうと思っていたのに」
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