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第9話
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化粧が終わると、今度は紅春が仁瑶の髪を結い直しはじめた。後ろ髪は垂らしたまま、頭上でまとめたふたつの髻をやわらかな元宝髻に整え、そこへ真珠の歩搖と絹花の簪を挿していく。
つけていた耳墜も小粒真珠にかえられると、こちらを見た紅春と桃心が満足げに数度頷いた。
「いったいどんな出来になったんだ」
不安げな心地で尋ねれば、紅春から八花鏡を手渡される。おそるおそる覗き込んだ仁瑶は、映し出されたおのれの姿に目をまるくし、次いで呆れまじりの感嘆を漏らした。
額でほころんだ梅花の花鈿は愛らしく、臙脂でほんのりと染められた目尻とくちびるはどこか嬌艶な印象を与える。
以前、翠玲が女人を装った際は、いかにも可憐といった風情だった。それに比べると、今の仁瑶はもう少し清艶で、﨟長けた美女に仕上がっている。
外套を羽織れば肩幅や首もとも隠れ、一見しただけでは男とはわからないだろう。
「殿下は女人に扮してもとってもお綺麗ですから、拙もお化粧のし甲斐がありました。ですが、このお姿で出かけられたら、王妃様はきっとやきもきなさるでしょうね」
「違いない」
桃心が言うと、紅春が笑いまじりに同意する。
首をかしげた仁瑶に、桃心が揶揄いまじりに続けた。
「こんなに美しい女人がいたら、世の殿方は目が離せなくなりますもの。他の男性からお声をかけられぬよう、王妃様としっかりお手をつないでいらっしゃるのがよろしいかと存じますわ」
「――まさか」
仁瑶は寸の間言葉を失くし、それから莫迦莫迦しそうに肩をすくめた。
女装に自身のない仁瑶を励まそうとしているのだろうが、いくらなんでも言い過ぎだ。
「冗談はそれくらいにして、翠玲殿のところへ行こう。随分待たせてしまったかもしれない」
ふたりの手を借り、慣れない花盆底鞋によろめきながら書房を出る。
翠玲は、遊廊を少し進んだところで待っていた。
「仁瑶様」
こちらに気づいた琥珀瞳が甘やかに弧を描く。
翠玲は薄桜色の衫と裙に、海棠色の薄い裳を合わせ、仁瑶と揃いの外套を羽織っていた。
隣にいた紅春と桃心が背後に控え、支えを失った仁瑶の手を、翠玲の手がやさしく握る。
「巫山神女がいらしたのかと思いました。とてもお美しいですね」
「……ありがとう」
含羞して答えると、翠玲は嬉しそうに花顔をほころばせた。
仁瑶は躊躇いがちに翠玲を見あげる。
「あなたも、とても似合っている」
ただ褒めるだけなのに、こんなにも恥ずかしいのはどうしてなのだろうか。
視線を彷徨わせていると、翠玲の腕がそっと仁瑶の腰に廻った。ごく自然な仕草で傍へ引き寄せられ、仁瑶は思わず身をこわばらせる。
「こうして腕の中に閉じ込めておかないと、わたしの瑶姫を狙う不躾な輩にさらわれてしまいそうですから」
「っ、翠玲殿」
瑶姫――巫山神女の名になぞらえて呼ばれたのだとわかって、仁瑶は思わず噎せかけた。
なにを言い出すのかと思って顔をあげれば、甘やかすような眼差しとぶつかる。
「女人に変装しておられるのですから、仁瑶様とお呼びするわけにはまいりませんでしょう?」
「だからといって、そんな」
「わたしの可愛い瑶姫様、どうかお怒りにならないで」
笑み含んで言われ、こめかみにやわらかくくちづけられる。
仁瑶はそれ以上文句も言えず、しぶしぶ押し黙った。
つけていた耳墜も小粒真珠にかえられると、こちらを見た紅春と桃心が満足げに数度頷いた。
「いったいどんな出来になったんだ」
不安げな心地で尋ねれば、紅春から八花鏡を手渡される。おそるおそる覗き込んだ仁瑶は、映し出されたおのれの姿に目をまるくし、次いで呆れまじりの感嘆を漏らした。
額でほころんだ梅花の花鈿は愛らしく、臙脂でほんのりと染められた目尻とくちびるはどこか嬌艶な印象を与える。
以前、翠玲が女人を装った際は、いかにも可憐といった風情だった。それに比べると、今の仁瑶はもう少し清艶で、﨟長けた美女に仕上がっている。
外套を羽織れば肩幅や首もとも隠れ、一見しただけでは男とはわからないだろう。
「殿下は女人に扮してもとってもお綺麗ですから、拙もお化粧のし甲斐がありました。ですが、このお姿で出かけられたら、王妃様はきっとやきもきなさるでしょうね」
「違いない」
桃心が言うと、紅春が笑いまじりに同意する。
首をかしげた仁瑶に、桃心が揶揄いまじりに続けた。
「こんなに美しい女人がいたら、世の殿方は目が離せなくなりますもの。他の男性からお声をかけられぬよう、王妃様としっかりお手をつないでいらっしゃるのがよろしいかと存じますわ」
「――まさか」
仁瑶は寸の間言葉を失くし、それから莫迦莫迦しそうに肩をすくめた。
女装に自身のない仁瑶を励まそうとしているのだろうが、いくらなんでも言い過ぎだ。
「冗談はそれくらいにして、翠玲殿のところへ行こう。随分待たせてしまったかもしれない」
ふたりの手を借り、慣れない花盆底鞋によろめきながら書房を出る。
翠玲は、遊廊を少し進んだところで待っていた。
「仁瑶様」
こちらに気づいた琥珀瞳が甘やかに弧を描く。
翠玲は薄桜色の衫と裙に、海棠色の薄い裳を合わせ、仁瑶と揃いの外套を羽織っていた。
隣にいた紅春と桃心が背後に控え、支えを失った仁瑶の手を、翠玲の手がやさしく握る。
「巫山神女がいらしたのかと思いました。とてもお美しいですね」
「……ありがとう」
含羞して答えると、翠玲は嬉しそうに花顔をほころばせた。
仁瑶は躊躇いがちに翠玲を見あげる。
「あなたも、とても似合っている」
ただ褒めるだけなのに、こんなにも恥ずかしいのはどうしてなのだろうか。
視線を彷徨わせていると、翠玲の腕がそっと仁瑶の腰に廻った。ごく自然な仕草で傍へ引き寄せられ、仁瑶は思わず身をこわばらせる。
「こうして腕の中に閉じ込めておかないと、わたしの瑶姫を狙う不躾な輩にさらわれてしまいそうですから」
「っ、翠玲殿」
瑶姫――巫山神女の名になぞらえて呼ばれたのだとわかって、仁瑶は思わず噎せかけた。
なにを言い出すのかと思って顔をあげれば、甘やかすような眼差しとぶつかる。
「女人に変装しておられるのですから、仁瑶様とお呼びするわけにはまいりませんでしょう?」
「だからといって、そんな」
「わたしの可愛い瑶姫様、どうかお怒りにならないで」
笑み含んで言われ、こめかみにやわらかくくちづけられる。
仁瑶はそれ以上文句も言えず、しぶしぶ押し黙った。
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