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第1話
愛慾は血溜まりに咲く
しおりを挟むこの世には男女の他に、天陽、范君、花紗と称される第二性がある。
皇宮に勤める女官や宦官、文武百官など、蒼生の大半を占める范君種。彼らは同種としか子をなすことができず、孕む心配のない愛妾として皇族に寵愛される性でもある。
最も尊いとされる天陽種は皇族や貴族に多く、こちらは人口の二割ほどしかいない。男女ともに美麗な容姿を持ち、文武を始め書画や音曲など様々な才に秀でているのが特徴だ。
これら二種よりもさらに稀少な花紗種は、いずれの国でも人口の一割に満たない。天陽種の夫婦から稀に産まれ、身体能力は先の二種に劣る。さりながら、こちらも美貌の者が多く、男であっても天陽種の子を孕むことのできる特異な躰を持っていた。
――彩爛国において、蒼生は皇家に生まれる尊い花紗種を、敬って鳳花と称す。
その稀なる身は下界の花紗とは異なり、複数の天陽種と番うことができるという。
今上の鳳花はまさに極上の花蜜を持ち、四羽の胡蝶に愛でられている。
皇后沈氏、貴妃魏氏、淑妃琳氏、麗妃姚氏。
御代によっては三千の美男が集う鳳花の治世であるが、今上はただこの四名の后妃にのみ、寵幸を与えた。
***
胸の奥から痛みがこみあげてくる。
呼吸するたびに気管が灼けつき、立つことは愚か、起きあがることさえままならない。
「紗琰様、大丈夫ですか」
傍らにいる寵妃琳氏が気遣うような声をかけてきたけれど、紗琰のくちびるからは返事のかわりにかすれた息が漏れるのみだった。
差し出された薬湯を嚥下し、どうにか声を絞り出す。
「雨嫻……」
名を呼ばれた琳氏――雨嫻は、応えるように笑みを浮かべた。その花顔には、奇妙な喜色がにじんでいる。
違和感を感じた紗琰が眉宇をひそめると同時に、臥室の扉がひらく音がした。
おのれの赦しも得ずに、誰が入ってきたのか。身じろぎした紗琰の視界に、鮮やかな袍衫が映る。
「――瓊祥……?」
やって来たのが従弟であることを見留め、紗琰はわずかに動揺した。
艶麗な容姿をした瓊祥は、「にいさま!」と声をあげて牀榻へ駆け寄ってくる。
「にいさまのことが心配で、お見舞いにまいりました。お具合はどうですか?」
瓊祥は気遣うように紗琰の手を握った。
途端、鋭い痛みに襲われ、紗琰はいっそう顔をしかめる。
吐き気がせぐりあがってきて、こらえきれずに瓊祥の手をはねのけた。口を塞ごうとしたものの、それより先に咳がはじける。
「っ、っ――」
痛みに悶絶し、牀榻からまろび落ちた紗琰へ、瓊祥も雨嫻も手を差し伸べはしなかった。
呼吸するたびに血溜まりが広がっていく。
困惑する紗琰の耳に、鈴のような笑声が届いた。
「お可哀想なにいさま。もうすぐ寿命が尽きてしまわれるのですね」
桃花のくちびるを歪め、瓊祥が蛾眉を下げる。
紗琰は床にうずくまったまま、息苦しさに喘ぎながら瓊祥を見あげた。
六歳年下の従弟は、朗らかに続ける。
「なにも知らない憐れなにいさま。あなたが一等信頼していた琳氏は、俺の協力者だったのですよ。入宮してから、にいさまの口に入るものにずっと毒を盛っていたのに、お気づきにならなかったのですか?」
「っ……!?」
にわかには信じ難い言葉に、紗炎は瞠目した。
胃の腑の底がねじ切れるように痛み、口の端からこぼれた血泡が絨毯を汚す。
「にいさまが悪いのですよ。琳氏に気を持たせておいて、選秀花でも会試でもお選びにならなかったのですから」
「っおまえは、……なにを、言って……」
わけがわからず問い返せば、雨嫻が静かに紗琰の傍で膝をついた。
「ひどいかた。わたしのことなど、本当にどうでもよろしかったのですね」
「阿嫻」
「わたしは幼い頃からずっと、あなたの妃となれるよう育てられてまいりました。父の教えは厳しく、つらいものでしたけれど、あの日……皇太后様がひらかれた茶宴のあと、園林でお目にかかった帝君が妃に選んでくださるとお約束くださったからこそ、そのような日々もたえられたのです。ですが、選秀花の折、あなたはわたしを選んではくださらなかった。約束を反故にされ、わたしがどれほど悲しかったか、ご想像できますか?」
紗琰は呆然と雨嫻を見あげる。
茶宴。園林。いったいいつのことだったかと思考をめぐらせて、ようやくひとつ思い当たる記憶があった。
妃嬪を選ぶための審査――選秀花に先立ち、名門名家の令息を集め、母后がひらいた茶宴。気に入る者がいるかもしれないと、紗琰も少しだけ顔を出した覚えがある。会場となった春鶯園では桜が見頃だったため、参加者には自由に園林を散策するよう勧めた。ほとんどが友人や知人同士でまとまる中、ひとりだけ、ぽつんと桜を眺めていた青年が目を惹いた。
優婉嫺雅な美貌を翳らせてたたずむ姿は、甘やかな春風にはかなく溶けてしまいそうで、思わず声をかけたのだ。
(あれが阿嫻だった……?)
さりとて、皇宮は美人であふれかえっている。
紗琰にとって後宮の男たちは美しい種馬でしかない。雨嫻を寵遇しているのも、ただ初恋の相手であったがゆえだ。ましてや、少し会話を交わしただけの相手の顔など、覚えていられるわけがなかった。
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