鳳花春閨伝―死に戻りの皇帝は四人の妃に愛される―

鮎川アキ

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第2話

2-6

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 淡い花灯で照らされた室内へ足を踏み入れれば、牀榻しんだいに腰かけていた嫣寧がはっとしたふうに顔をあげる。
 紅蓋頭こうがいとう越しに見つめられ、紗琰はぎこちない手つきで持っていた花朶を差し出した。
「遅くなってしまって、申し訳ない。詫びにもならないが、これを……」
 咲き初めの木蓮の花が匂いやかに揺れる。龍華宮へ向かう途中、紗琰は御花園ぎょかえんに寄り、木蓮の枝を数本手折ってきたのだった。
 紅蓋頭越しに、嫣寧が微笑わらう気配がする。
「とんでもございません。むしろ、お心遣いいただき嬉しゅうございます」
 嫣寧は大切そうに木蓮を受け取り、白い花びらに頬を寄せた。
 瑞々しい甘い香りが牀榻の中に広がっていく。嫣寧は控えていた女官を呼ぶと、木蓮を花瓶に飾っておくよう命じた。
「紗琰様、冷えてしまわれたのではございませんか? もしよろしければ、当帰鶏湯とりのしるものを召しあがりませんか」
「……あなたが作ったのですか?」
「はい。お口に合うかどうかわかりませんが」
 紗琰は暫し口籠る。
 前世では、こんな会話をする前に「さっさとうなじを咬んでくれ」と告げた。もしかしたら、あの時も嫣寧は清湯しるものを作って待っていてくれたのかもしれない。
 返す返すもおのれの浅慮が悔やまれる。
 紗琰は口の端に微苦笑を浮かべ、立ちあがりかけていた嫣寧の肩にそっと触れた。
「それなら、一緒に食べましょう。だけどまずは、紅蓋頭を外させてください。……私の沈郎の顔が見たいのです」
 躊躇いがちに紡ぐ。
 沈郎――それは妻が夫に対して用いる呼び方だ。
 性種の如何に関わらず、至尊しそんきみたる紗琰が夫君であり、嫣寧ら妃嬪は妻妾の立場となる。名前や愛称で呼ぶならまだしも、紗琰の口から〝旦那様〟の意を含んだ呼称が出るとは思ってもいなかったのだろう。
 嫣寧は小さく息を呑み、うつむいた頬にほんのりと朱がさしたように見えた。
 手を伸ばしてゆっくりと紅蓋頭を持ちあげると、清艶な木蓮を思わせる白皙の美貌がやわらかな紅に染まっている。
「こんなに美しい木蓮花神が嫁いでくださったなんて、私は幸せ者だ」
 後悔と恋慕がないまぜになった心地で、紗琰は目の前の伴侶を見つめた。
 嫣寧は含羞したように長い睫毛を伏せる。
「わたくしも、……紗琰様にそんなふうに仰っていただけて、とても幸せです」
 手を取って牀榻から立ちあがらせると、壊れ物に触れるかのように抱きしめられた。背の高い嫣寧の胸に顔をうずめるような恰好で、腕の中に閉じ込められる。
「これからずっと、生涯あなたさまのものにしてくださいませ」
 甘い香りがして、こめかみにくちづけられたのを感じた。
 前世でもこんなふうに愛されたはずだったのだと思えば、やわらかな愛撫が悲しくて、嬉しい。
 抱きしめられたまま手を伸ばして頬に触れると、嫣寧はどこか緊張した面持ちで紗琰を見返してきた。
「……沈郎」
「はい」
 呼べば、すぐに返事が返ってくる。
「私もあなたが好きだ。……あなたの、番になりたい」
 今度こそ、本当の伴侶になりたい。
 鼓動がうるさいほど鳴っていた。
 嫣寧は花容かようをほころばせ、少しだけ強く抱きすくめられる。
「嬉しゅうございます」
 囁きが響いて、額に、頬に、甘やかなくちづけが降ってきた。
 やさしいくすぐったさにたまらず身をふるわせれば、嫣寧はほんのりと笑みを浮かべて腕をほどく。
 それから女官を呼んで清湯を運ばせると、嫣寧は手ずから給仕してくれた。
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