【完結】あなたの幻(イリュージョン)を追いかけて

須賀マサキ(まー)

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第四章

二. ギターとの出会い(二)

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 あるときハヤトは、思い切って練習中のワタルに声をかけた。
「ワタル……兄さん、それ、そんなに楽しい?」
 ギターを弾く手が止まり、部屋に静けさが戻る。ワタルは顔を上げハヤトを見た。
 練習の邪魔をするなと叱られる。一瞬そう思ってハヤトは首をすくめた。ところが予想に反して、ワタルは顔をほころばせる。
「難しいところもあるけど、楽しいよ」
「楽しい? 同じ曲を練習するだけなのに?」
「練習するたびに、だんだんうまくなるからね。昨日弾けなかったところが今日はできるようになる。明日はもっと難しいところが弾けるようになるかもしれない。それって楽しいよ」
「すらすら弾けてるのに、何度も何度も繰り返しているだけじゃないか。飽きたりしないの?」
「飽きないよ。手がちゃんと動いてまちがわずに弾けても、それで終わりじゃないからね」
「終わりじゃないって、なんか面倒くさそう」
 ハヤトは頭の後ろで手を組んだ。ワタルの言う意味が、ハヤトにはよく理解できない。ただ、面倒だという言葉は本音ではなかった。ハヤトの耳には上手に弾けているように聞こえる。にもかかわらず、延々と同じ曲の練習を繰り返すワタルが不思議だった。
 音楽にそんなに魅力があるのだろうか。ギターに触れることは、そこまで楽しいことなのだろうか。
 会話が終わると、ワタルはまたギターを弾き始める。最初は楽譜を見ながらだったが、いつの間にかそれは閉じられていた。丸暗記するくらい練習しているのだと思うと、ハヤトはますます気になる。
 自分もギターに触れてみたら、その意味が理解できるだろうか。
 迷った末にハヤトは、思い切ってワタルに頼んでみる。
「ねえ。ぼくにも……弾けるかな?」
「ハヤトに?」
 おまえには無理だといわれるかもしれない。邪魔になるから出て行ってくれ。そう拒否されたらそれでもいいや、という諦めも半分あった。それならそれで仕方がない。今までハヤトはワタルを避け続けたのだから。
 ところが予想に反し、ワタルは頬を少し染め、口元に笑みを浮かべた。
「はじめは難しいよ。でも頑張って練習を続けたら絶対に弾けるようになるからね」
「本当?」
「試しに弾いてみる?」
 と、ワタルはギターを差し出す。ハヤトはやや震える手で受け取った。
 ギターは見た目より大きくて、腕にずっしりと来た。ハヤトはワタルの横に並び、ベッドをいす代わりにして座る。ワタルに教わりながら、ボディを膝におき左手でネックをつかむ。小柄な小学生のハヤトは、ギターの大きさに戸惑いを覚えた。
「これがピック。右手でこうやって持つんだ」
 ワタルに教えてもらい、ワクワクしながら一本ずつ弦をはじく。
「あれ、変な音……」
 ワタルと違い、プツプツと音が途切れ、きれいに響かない。
「左手の指を弦から放して、もう一度弾いてみて」
 言われたとおりにして、一本だけ恐る恐るはじいてみた。すると今度は音が響き、余韻が残る。
「あっ、できた!」
 たったそれだけなのに、自分の指が音を生み出したかと思うと、ハヤトは誇らしい気持ちでいっぱいになる。同時に、体が弦と一緒に振動するような高揚感を覚えた。
「簡単なコードを教えてあげるよ。人差し指と中指と薬指を立てて……そうそう」
 弦は硬くてなかなかうまく押さえられない。左手の指先がすぐにヒリヒリしてきた。それでも手取り足取り教えてもらいながら何度か挑戦するうちに、やっとCコードが弾けるようになった。
「きれいな音だね。すごいや、あっという間に弾けるなんて。ハヤトには才能があるよ、きっと」
「ほんと? ぼくも兄さんみたいに弾けるようになる?」
「ああ、そのためには練習あるのみだよ」
 指の先がずきずきして、弦を押さえるのは本当に大変だ。でもそれをクリアするごとに、新しい音が生まれてくる。小さなステップをこなすたび、ワタルとの間にそびえたつ壁が崩れていく。
 兄と打ち解けられることがこんなに楽しいことだとは思わなかった。ギターを弾くことがこんなに高揚することだとは思いもしなかった。
 人生が大きく変わる瞬間を迎えたことにも気づかないで、ハヤトは夢中でギターの練習を続けた。

   ☆   ☆   ☆

 初めてギターに触れた日のことが、昨日のことのように浮かんでくる。

 ――あの夏が始まりだった。

 あのときワタルがギターを持ってこなければ、今のハヤトはない。バンドどころか、音楽すら始めることなく、流されるままに日々の生活を送っていたかもしれない。
 音楽がきっかけでワタルに対するわだかまりがとれ、ハヤト自身も素直になれた。
 バンド活動、作詞作曲にアレンジ、ギターの弾き方。技術と知識の多くはワタルに教わったものばかりだ。
 そんな兄の才能と、プロになったという現実に、ハヤトは尊敬以上にライバル心を抱くようになる。そのひとつが、オーバー・ザ・レインボウの曲を自分なりのアレンジで、まったく異なるものに作り変えることだった。
「音楽をやめる? 続ける自信がない? 今になって何言ってんだよ」
 弟にその魅力を教え、引っ張り込んだのに。張本人が辞めるなど許せない。ここでワタルがリタイアしたら、目標もライバルもなくしてしまう。
「沙樹さんだって可能性に賭けて、わざわざ捜しに来たんだろ。彼女の気持ちを考えたら、そんな弱音を吐いてる場合じゃないだろうってーのに」
 たしかにワタルは精神的に疲れている。ここに来てからはろくに外出もせず、ギターを持つことすらしなかったのだから。
 でも今日はハヤトたちのライブ会場を覗きにきた。心の底から音楽を捨てようと思っている人物が、ライブを見に行く気になれるはずがない。
「それにしても……」
 大切な人を守るために、ここまで徹底してやるだろうか。
 大切な人を見つけ出すために、無謀な旅を始めるだろうか。
 互いを思ってすれ違ったが、気持ちが離れていなかったから、こうして再会できた。ふたりをつなぐ絆は、どれほど強いのだろう。
「割り込むすきなんて、どこにもないじゃないか」
 膝を抱えて大きく息を吐き、ハヤトは沙樹への想いを心の奥から追い出す。
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