君と僕の 記憶の円舞曲

渚月 ネコ

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第1章

第4話 Am flughafen

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   「みんな、ありがとね!私、みんなの事絶対忘れない!」


   とても元気いっぱいな声で、別れの寂しさを感じさせなかった。


   「おう!そっちでも頑張れよ!」

   「私たち、いつでも応援してるからね~!」

   「手紙、忘れんなよ~!」


   沢山の人が行き交う国際的な場所。成田空港。様々な人が再会を果たし、別れを悲しむ場所。
   僕は地元から相当離れたこの空港の、搭乗案内口の前に来ていた。
   外出は極力しない主義の僕が、一体なぜこんな人口密度の過度な場所に来たかというと、簡単に言えば、クラスメイトの見送りだった。

   中学生のスクールカーストの頂点に立つ、所謂『リア充満喫してますよアピール多めの自意識過剰女子』が九州地方の高校に受かり、今日はその出発便の発つ日だ。
   僕が、もし彼女の立場ならば全く見送りなんてなかっただろう。しかし彼女に惚れていた陽キャ男子が彼女を見送る計画を立て、クラス全員で送るハメとなった。
   しかも交通費は自費という。のない辛辣な通告だった。

   僕は現在金欠であり、加えて彼女と少しいざこざがあったので少し、いや相当行きたくなかったのだが、欠席を言おうとした時のクラスメイト全体の威圧と、爽やかイケメンの費用半分でよいという発言で欠席できない状況となってしまった。
   それでも諦めずに仮病を使って休もうとしたが、ゴミ出しをしてる時に運悪くクラスメイトに見つかり捕獲。しぶしぶついて行くこととなった。

   僕と同じような事をして休もうとした輩も居たようだが、全員何かしらの方法で全員連れてこられたようだ。僕は陽キャ男子たちの意地を感じ、寒気がした。やはり、陽キャは敵にまわしてはいけない。


   彼女は名残惜しそうにこちらを向いては何度も手を振ってきた。クラス全員が手を振っていたため、僕も軽く手を振った。僕の身長はクラスでもダントツで低いため、クラスメイトで隠れて見えないはずだが、陽キャを敵にまわしたくないため、僕は彼女が見えなくても手を振っていた。
   数十秒後、みんなが手を下ろしたところで僕も手を下ろした。


   その後、集まりは即解散となった。陽キャ共に、もう高校生になるんだから自分で帰れるよねと言われたが本音はそうではない。
   つまりは「もう彼女が居ないならお前らは用無しなんだよ。目障りだからさっさとどっか行け」という事だろう。やはりご都合主義。僕の中学校の陽キャ男子たちは自分勝手なようだ。

   特に友達のいなかった僕は、解散後はぶらぶらと一人で空港内をまわった。
   幸い彼女の出発便が午前中だったので、帰宅用のバスの運行時間を考慮すると時間がだいぶできてしまった。
   それまでの間は何もする事がないので、僕は空港内をまわることにしたのだ。
   他の人たちは東京を満喫したり、リア充は二人でデートスポットに行くなどしてこの休日を楽しむだろう。あいにく僕は恋人でもないし、陽キャの集まりといわれる東京はあまり行きたくないので留まっている。


   「あのー…すみません、写真撮ってほしいんですが…」


   だがやはり空港内にも居たようだ、陽キャは。地味な僕に話し掛けるほどコミュ力の高い輩は一体誰だというのだ。

   目線を上げる。僕の目線では胸らしきものしか見えなかった。話しかけたのは女性のようだ。

   そして顔を見る。
   なんと、相手は外国人のようだ。ウェーブのかかった金髪に高い鼻。モデルと言われても信じるくらい美人だった。僕は滅多に表情を表に出さないのだが、あまりの驚きに眉毛を釣り上げてしまった。不覚。

   とりあえずクラスメイトが近くに居ないか確認し、姿が見えないため、僕は返事を返した。


   「ええ、構わないですよ。お連れは?」

   「あぁ、居ますが今は別行動してるんです」

   「しかし日本国お上手ですね。もしかしてハーフとか?」

   「いいえ、夫が日本人なのです」

   「へぇ。では撮りますね」

   「ええ」


   必要最低限の会話をした後、僕は美人外国人から貰ったカメラを構えた。

   ベターな掛け声とともにシャッターを切る。背景は電光掲示板といわれたが、いささかシュール過ぎないかと疑問に思った。だがこういう記念もあるのだろうと自分で無理やり納得した。


   「貴方、声が綺麗ですね。もしかしたら声優さん?」

   「こんな小さい声優は居ませんよ。ただ変声期が来てないだけです」


   その後、美人外国人とは別れた。とても惜しかった。


   

   さて、かれこれ一時間くらい空港を周ったのだが、もう見るものも尽きた。そろそろこの空港ともおさらばだろう。バスの出発時間まではあと30分。この間にトイレに行っておこうと僕は思った。

   空港の案内板を見てトイレの位置を確認し、僕は小走りで向かった。今更のように尿意に気が付いた。


   そのままトイレに駆け込む。バリアフリーのトイレが一つ空いていた。間に合った。


    一息吐いて放尿。


   「ふぅ……」


   危機一髪で逃げ切ったような安心感が齎された。それ故に尿意に集中していた意識が他へ向かう。


   「かゆい……やっぱりカツラはかゆくなるよね」


   人が近くにいても聞こえない程の独り言。僕は静かにカツラをとった。

   僕の普段の姿は、前髪長めの茶髪の身長低め男子、と言ったところだ。地味で目立たず、クラスの影にいるような存在。それが僕だ。キングオブザインキャのような僕なのだが、これはフェイクである。

   目を隠すほどの茶髪は僕の顔を見られないため。

   その茶髪も地毛でなくカツラ。僕は茶髪の地毛ではない。

   僕の地毛は綺麗な銀髪だった。

   銀髪を隠す理由としては、目立つからである。喧騒自体は嫌いではないが、自分が喧騒の中心になるのは嫌いだったために僕は銀髪を隠した。それ以外にもいくつか理由があるのだが、銀髪を隠すのはこの理由が殆どの割合を占めている。

   長い銀髪が流れる。カツラを被るために纏めていると、長時間していると疲れてしまう。幸いもうクラスメイトは近くにいない。カツラを被らずに他人のふりをすればバレないだろう。この帰る間だけならば周りからの目線も我慢できる。バスで読書を始めればもう僕の土俵だ。そうなれば己の世界に入り込める。
   カツラを鞄にしまう。綺麗に畳んで、丁寧にしまった。長期間使う物は大切に扱わなければならない。



   リラックスしてお花を摘んでいたら、いきなり、入り口の方からドタドタと騒がしい音が聴こえた。


   「うぅーー!!!漏れる漏れる漏れるぅーーー!!!」
   

   僕と同じ輩がいたようだ。だがしかし現実は非情。どのトイレも開かない様子。先程までそうだったのだ。多分どこも空いていない。
   

   「あ゛あ゛あ゛ぁぁ。漏れるがらぁー!」


   手当たり次第ドアを叩いているようだ。年季の入った中学校などの古いドアならまだしも、国際空港のドアは硬いのだ。国際的な場所なので毎日清掃員が掃除をしてくれている事だろう。そんな努力をそんな叩きで壊せるものか。そんな簡単に開くわけがない。虚しい音がトイレに響く。
   
   ドアを叩く音が目の前に来た。

   と、そこで僕は己の失態に今更ながら気付いてしまった。

   施錠が甘い。ドアの向こうのから見れば、空いていますの『白』と入っていますの『赤』が半々になっている状態。急いで駆け込んだために施錠が外れかかっていた。これはまずい。非常にまずい。髪を急いで纏め、すかさずカツラを取り出し、被る。


   「ちょっ…、待っ」

   「セェェーーフ!?」

   「ひ、ひゃぁぁああああ……!」


   が飛びながら乱入してきた。南無三。




   …

   「貴方、乙女の純潔を汚すような事をしたんだから、さっさと案内しなさいよ」

   「むしろ僕の方が汚されてるんですがねぇ」

   「う、うるさい!思い出したわね!罰金!」

   「僕はその約束に同意してません。やって罰金要求は無効となります」

   「ムキーーー!!!」


   乱入直後、便座に座っていた僕に乗るように少女が着地、僕の腿に放尿した。
   僕は自分の腿の醜態は諦め、即座に足でドアを蹴った。そして足で施錠。簡単な施錠の仕方で助かった。まずは目撃者をなくす行動にでれた事は今でも少し自分に感心している。
   少女は僕の腿に放尿したまま、僕の胸に身体を預けていた。顔は見れなかったが、多分照れていたと思う。見知らぬ人に放尿の現場をゼロ距離で見られたのだ。それは恥ずかしいと思う。


   『忘れて。今の事全て記憶から消去しなさい』

   『おっと、その方法はどうするのですか?』

   『頭蓋骨強打。又は思い出せないほどの恐怖を今から味わせる。あとは罰金。どれか選びなさい』

   『一番最後ですね』


   数分後、動転していた少女は意識をちゃんと取り戻し、僕の上から退いてくれた。幸いにズボンとパンツは濡れなかったために、手持ちのティッシュで腿を拭いたあと、僕は、さっさと退散しようとした。割と黒歴史になりそうだったから。あんな悲鳴など恥ずかしくてたまらない。
   ところが彼女は顔を真っ赤にしながら言った。『私に対して侮辱を働いたのだから、償いに私を東京に案内しなさい』と。


   「貴方はいくつなの?」

   「もう少しで高校生てすよ」

   「んもう、遠回しに言わないで!結局何歳なの?」

   「15、ですね」

   「へぇ、同い年じゃない。こんな美少女と同い年なのよ。光栄に思いなさい」

   「ワー、スッゴイコウエイダナー」

   「…………」

   「いたっ、暴力反対です」

   「うるさい!」


   そう言えば自分が銀髪であまり重要視してなかったが、少女も金髪だった。今度こそハーフだと思って言ったら当たった。何か、嬉しかった。故にあまり考えず了承してしまった。明日も休日で、何の予定も入ってなかったので支障はなかったが、外出嫌いな僕が金髪ハーフに東京を案内する。これは己の決まりを逸脱しているのでは。今ながら思った。

   だが了承してしまったものは仕方がない。


   「そういえば、貴方って声高いわね。女の子みたい」

   「変声期がまだなだけですよ」

   「その割には高いわ…あの時の悲鳴だって」

   「それは忘れて」


   僕は思う。別にそこまで己の決まりばかりを重要視しなくてもいいだろう。少しくらい例外があっても良いのでは。最後の隠すべき秘密さえバレなければ、そのためのルールは少しくらい緩くてもいいのでは。
   偶然出会った彼女だけ、今日だけ、自分のルールを妥協する事にしよう。


   「でも、貴方が鍵を完全に閉めてなかったのが悪いじゃない!」

   「あら?あそこで開かずに間に合わなかったらどうなってたと思います?」

   「あ、う…それは……」

   「だから感謝はされど、恨まれる立場でないと僕は主張します」

   「ムキーーー!!!」


   高級そうな車の中で、僕は口論しながら思った。


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      Am flughafen   空港で


  
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