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第1章
第8話 Mission
しおりを挟む待機時間を終え、僕たち卒業生は体育館へと参列した。ここが、毎年離任式の行われる場所なのだ。
暖房の効いてない体育館は、三月でも肌寒い。その上、さっきまで無人だったために気温も下がっていることだろう。生徒が居て、温もりのあった教室とは段違いの寒さだ。
横を見れば、男子達が一糸乱れず肩を震わせていて、愚痴を漏らしている。
暖房をつけろ、音楽室でもいいだろ、と嘆く声は、体育館によく響いている。周りは寒色のように感じる。
だが、段々と人が集まるに連れて、教室のように気温が上がるのが感じられた。集団が成せる技なのか、先程と比べて暖色が増えた気がする。震えていた男子達もいつの間にふざけ合っていた。
全員が集まると同時に、司会者の音声が流れた。校長先生だ。
「さて、卒業生の皆さんは、高校生活に向けて準備は進んでますか?今日だけ中学生に戻り、離任する先生や、残る先生に感謝を伝える日にしましょう」
校長先生の話が終わり、離任する先生が体育館内に入場してくる。
それに合わせ鳴る拍手の音に紛れ、僕はトイレへ逃げ込んだ。
また絡まれても困るし、クラスメイトに関わりたくなかったからだ。他にも、ただ面倒だという理由もある。
教師にはあまり関係もないし、さして礼を言わないといけない相手などいない。彼らは僕や他の人たちなどのスクールカーストど底辺の人たちの悩みなど全く気にも留めず、傍観していただけ。僕からすれば、教師の仕事の怠慢だと訴えたい。
そんな人たちに作りでも笑顔を浮かべる程、快く送り出す程僕は善人ではない。
つまり、離任式は、僕にとってはただの暇な時間であるのだ。
今頃は、生徒達が先生と別れを惜しみ、泣いたり、約束をし合ったりしているだろう。そこには、友情や愛情が垣間見れる。しかし、僕にはそんなものは一切ないので、トイレでただぼうっとしているだけだ。
一人、僕は個室トイレで天井を見る。
先程も言った通り、僕には感情というものが少ない。
長く時間を共に過ごした先生やクラスメイトのみんなには、全く親近感や別れを惜しむ気持ちなど湧かず、不良もどきのガタイのいい男子に睨めつけられようとも怖さなど皆無だ。おまけに笑うことなど両手で数えれるくらいしかない。その数少ない事の全部も、愛想笑いのみだ。
このような人間として失格している僕が離任式の場にいたとしても邪魔者にしかならない。邪魔者は邪魔者らしく、さっさと消え失せるのが一番なのだ。
古い中学校の割には調った白い天井は、心なしか濁って見えた。
離任式の間、僕はトイレに立て篭もり続け、終わったと同時にさり気なくクラスに参列した。
その後は、下校許可が出た瞬間、即下校、光の速さで学校を出た。
後ろを振り返ることすらせず、ただ黙々と帰路を急ぐ。下校生徒は見られず、送迎車が時折追い越すくらいしか見かけなかった。
そして着いた自宅で僕はすぐに風呂へ入った。
たった数キロ程度の平らな道なのに、僕の足はヘトヘトだった。休みに入ったからだろうか。確実に言えるのは、僕はやはり体力が園児以下という事だった。元気に走り回る園児の姿を脳裏に描く。
相対的な僕のか弱い脚を揉みながら僕は湯船に浸かる。
肩にお湯を掛ければ、首下から温まるのがわかった。
全てを忘れて数十分浸かって、頭が痛くなったところで僕は風呂を上がった。付けてある鏡を見れば、いつもよりほんのりほおが紅かった。どうやら浸かりすぎたようだ。
熱いほおを、牛乳をくべたガラスのコップで冷やし、僕はテレビをつけた。
『先日、未成年同士の抗争に巻き込まれ、23歳の女性が重傷を負いました。警察は、傷害事件として……』
最近、物騒だ。
先週、アメリカで有名なマフィアが日本で目撃されたと聞くし、日本の有名なヤクザもそれに対応し、そこらで騒乱を起こしているらしい。その中でも特に抗争の激しい地域は、何の偶然なのか、ここ、蚊奈落だった。夜な夜な、一人で外を歩けない世の中だ。
その為かここの局地だけ防犯設備が売れ、品切れ状態が続いているらしい。蚊奈落の経済効果は上々なのだが、治安は悪くなる一方である。中学校でも集団下校を呼びかけていた。一昔前の治安の良い日本は少し遠くなってしまった。また、表裏が激しくなったような。
「マグダレーネ=ドレスラー……、都丸組……」
話題の中心の組織を呟いてみたものの、実感は湧かなかった。
アニメや映画、ドラマで見たことしかない空想のものと思っていたモノが、もしかしたら家のすぐそばにいるかもしれない。ふと見た窓から見える景色に写っているかもしれない。
だが、やはり僕は不感症のようだ。
外を見たら、まさかの現状が写っていたのに、何も驚きもしなかったのだから。
「さて、後始末も済んだし、今回のミッションに取り掛かるとしましょうか」
とあるホテルの最上階。テラスから見える蚊奈落の景色を見る、金髪の少女。カクテルのようで本当はただのノンアルコールジュースを優雅に飲みながら、彼女は側近に呼び掛けた。
「次のミッションの内容は。ステフ?」
「はっ。実は私もまだ伝えられておらず……詳細はボスからお嬢様へ直々に伝えたいと……」
「うん?珍しいわね。パパから直接なんて」
彼女は椅子から立ち上がって、驚きの混じった怪訝な目て側近を見る。
次のミッションはそこまで極秘任務なのか。それとも、重大任務なのか。どちらにしろ、マフィアのボスの、父から直接伝えられるというのだ。今回は心して、取り掛からないといけないのだろう。
残ったカクテルもどきを飲み干し、彼女は歩き出した。側近はその後を黙々とついて行く。
「車体No.2の隠蔽機能は?」
「問題なく作動しております」
ロビーへと続く道へのドアを開ける。
「周囲の追跡等の障害は」
「凡そ25組50名が周囲を警戒しております」
「僥倖……」
エレベーターに乗る。
「ステフ、パパの居場所は?」
「はっ。ここから1時間程の場所であります」
「No.2を出して。すぐに出発するわ」
「はっ」
車を出しに先に行った側近を見て、彼女は呟く。
「ここから遠く離れたところじゃなきゃいいな」
もう一度、景色を見て、彼女は部屋を出た。
車で1時間程移動して、各地に持っているアジトの一つに着いた。何の変哲もないただの一軒家だが、地下には武器庫のように、色んな器具や凶器、銃器が並んでいる。土地名義は、メンバーの一人の名前、ブランメでとってある。本人はアメリカで妻子と共に住んでいるが。
「さてさて、ステフ、ここにパパが待ってるのでしょうね?」
「はっ。問題なく到着しております」
「ん」
鍵のかかっていないドアを開けて、彼女は中へ入った。誰も住んでいなかったはずだが、埃一つ見当たらない。父が来る前にメンバーが必死で掃除をしたようだ。
「おお、イーナか。待っていたぞ」
「久しぶり。パパ。少し不用心じゃない?」
「なぁに。半径一キロほど、3ケタの人数で周囲を警戒し、電子的探知にも念を入れている」
彼女の父と思われる、白髪の白人がリビングのソファで座っていた。威厳のあるオーラを纏っているが、イーナと呼ばれた彼女に対しては愛情のようなものが感じられていた。先程までしかめ面であった顔も、彼女の前では笑みを浮かべている。
「早速本題に入ろうと思うんだけど…」
「まぁ座れ。立ったままだと話も出来ん」
「それじゃ失礼して…」
彼女は、ガラスの机を挟んだ、ソファの反対にある椅子に座った。座が柔らかく、座ると弾力で数回身体が揺れた。
そして机に置いてある薄いピンク色の飲み物を飲む。
「…………」
酒であった。
「今回、俺が引き受けた任務は、実は日本のダチからのお願いなんだ」
「パパの友達が、わざわざパパにお願いするなんて珍しいわね」
彼女の父は立場上、有名、あるいは大富豪の友人が多く、彼らは自分のことは自分で解決する主義だ。それは他人に貸しを作りたくないという理由から来ている。世界に大きく関わっていく立場になると、貸し一つの重さも重大な物となってくる。そのため、解決屋とも言われる父の組織にお願いをする父の友人は少ない。
それほど父の与える影響力は巨大なのだ。そんな相手にお願いをするなど、どこの者なのか。
イーナと呼ばれた少女は、その相手に興味が湧いた。
「実は、俺もそう簡単に断れない相手でね。いや、ほほ強制と言ってもいいだろうか」
「………パパに強制させる程の相手?」
「あぁそうだ。もし対立なんかしたら、俺なんて一瞬で死ぬかもしれん」
「そんな相手がわざわざお願いを?」
「今回は混み合った話でな……」
彼は目を伏せた。難題を付けられたのだろうと、彼女でも予測できる態度。
彼女が飲んだのと同じ色の酒を一気に呷る。匂いはきつく、アルコール度数は高いことがわかった。
「端的に言うならば、『護衛任務』だ」
「なんだ。それならラルクルメンバーを出せば……」
「いいや、護衛役を与えられたのは、お前だ、イーナ」
彼女は絶句した。
「………え?」
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Mission 任務 「ほお」を漢字で打つと表示されないため、ひらがなとしました。見にくいと思いますが、ご了承下さい。
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