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30.5-2話 兄の婚約者候補 <side.ムツキ>
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(…ごめんなさい…僕は悪い子です…神様…ごめんなさい…)
初めて見た時は細身の男の子だと思った。
ムツキより低い身長で、颯爽と走り寄ったかと思ったら木刀で一撃で相手を倒した、まるで御伽噺の王子様のような少女。
外套から零れた長い髪は今まで見た髪の中で一番綺麗に、そして彼女の全てが煌いて見えた。
◆◆◆◆◆
ムツキは本が好きで、王城の書物庫にある本は興味の有る物は全て読みつくしていた。
読んでいないのは、まだ読めない文字の他国の本や料理本や子育て本、令嬢のマナー本等のムツキには必要のない一部の実用書だけだった。
そして読みつくしてもまだ読書欲が収まらないムツキは、時々従者を連れて王都に数箇所ある古本屋を巡り、読んでいない本を買っては王城に届けて貰っている。
今日もいつもの古本屋に行く途中だった。
馬車から降りて、いつもは護衛が馬車を預けてくるまで待ってから一緒に本屋に行くのだが、今日は前回買った本の続きが欲しくて、気が急いていた。
前回来た時には無かった続きが入荷したとムツキに店主から手紙だ届いたから。
だから、護衛達が馬車を預けるのに手間取っているらしく中々来ないからと、先にいつもの古本屋に一人で向った。
いつも何も問題はないから、今日も大丈夫だろう、と。
そして、早く着きたいが為にいつもと違う道を通ってしまったのが事の発端だった。
◆◆◆◆◆
始めは、胸の高鳴りは異常事態にあったせいだと思っていた。
それが恋心だとは気付かなかった。
次に彼女の従者が現れた。
親しそうなその会話にムツキの胸はちくりと痛んだ。
けれど二人が主従関係にあると聞いてほっとした。
それと同時に、彼女の名前が『アンリエッタ』だと知って胸の痛みが一層強まった。
アンリエッタ・グレイスは、ムツキの兄で第一王子であるキースの『第一婚約者候補』だったから。
王家と公爵家の縁を強めるためにと、アンリエッタが17歳になるのを待ってキースは婚約願いの手紙を出したと、先日同い年の兄であるヒースから聞いたばかりだった。
アンリエッタの誕生日には、未来の義弟からという事でムツキも白い大輪の花を贈っている。
顔も見たことがない相手だったけれど、大好きな兄であるキースの第一妃になる予定の女性だから、いずれは仲良くしたいと思っていた。
胸の痛みは、読みたかった続きの本を買っても癒えなかった。
ずっと胸の奥でずきずきと疼くように痛む。
何かの病気かと思って、王城の書物庫にある医療関係の本を片っ端から探した。
けれど、その症状に該当する病気は見付からなかった。
そんな中で一冊の本をふと取って開いたら、その症状と同じ症状が書いてある本があった。恋愛関係の本だった。
ムツキには現在はまだ必要ないと、読まなかった本だった。
そしてムツキは、恋を知った日のうちに失恋した。
相手は将来の義姉だ。
横恋慕なんてできない。
何とか諦めようとするムツキに、優しいキースの声が聞こえた。
「ムツキ?…大丈夫か?…」
いつの間にか食事をしていた。
無意識に料理を食べていた事に、そしていつもならいないはずのキースが一緒に食事をしている事に、今気付いた。
(アンリエッタ嬢は…キース兄さんの…)
じわりとその大きな黒曜石のような瞳に涙を溜めた。
(ダメだ…泣いたらキース兄さんが心配してしまう…そしたら僕は…)
零れそうになる涙を必死に堪える。
この涙が溢れたら、自分の黒い部分が出てきてしまう。だから堪えなくては。とムツキは拳を握って耐えようとする。
「無理はするな…泣きたいなら泣いていいし、我侭だって言っていいんだよ」
キースの優しい声と言葉は、そんなムツキの自らに掛けた枷を簡単に外してしまう物だった。
(本当に?…我侭…言っていいの?…)
「……心が…痛いんです…あの人の事を思うと…この想いは伝わらないし伝えちゃいけないってわかってるんです…でも…どうしてもあの人が忘れられなくて…」
ぼろぼろと溢した涙を拭いもせずにそう伝えるムツキ。
零れ落ちた涙は、膝に敷いたナプキンに水玉模様を描いていく。
(こんな言い方したら…きっとキース兄さんは彼女を探すだろう…そして彼女が見付かったら、その婚約者候補のキース兄さんは婚約願いを取り下げる…)
卑怯だ、と思う。
自分から「彼女が欲しいから婚約願いを取り下げて欲しい」と言えばいいだけなのにそれを言わないで、キースの性格を知った上で、自分に甘い事も知った上で、キースから婚約願いを取り下げてくれるだろうなんて甘い事を考えている自分が卑怯で愚かだ。と。
(…ごめんなさい…僕は悪い子です…神様…ごめんなさい…
大好きなキース兄さんの婚約者を、奪う事を願う僕を許してください…)
きっと彼女に会えば、キース兄さんは彼女を好きになるだろう。
とても素敵な人だったから。
だから、ごめんね。キース兄さん。
どんな罰が下っても構わないから、キース兄さんが彼女を好きになる前に、婚約願いを取り消してね。
――――――
いつも読んでいただいてありがとうございます。
今回は二話同時更新です。
30.5-1話と、30.5-2話があります。判り辛くてすみません。
どちらから読んでも大丈夫です!
初めて見た時は細身の男の子だと思った。
ムツキより低い身長で、颯爽と走り寄ったかと思ったら木刀で一撃で相手を倒した、まるで御伽噺の王子様のような少女。
外套から零れた長い髪は今まで見た髪の中で一番綺麗に、そして彼女の全てが煌いて見えた。
◆◆◆◆◆
ムツキは本が好きで、王城の書物庫にある本は興味の有る物は全て読みつくしていた。
読んでいないのは、まだ読めない文字の他国の本や料理本や子育て本、令嬢のマナー本等のムツキには必要のない一部の実用書だけだった。
そして読みつくしてもまだ読書欲が収まらないムツキは、時々従者を連れて王都に数箇所ある古本屋を巡り、読んでいない本を買っては王城に届けて貰っている。
今日もいつもの古本屋に行く途中だった。
馬車から降りて、いつもは護衛が馬車を預けてくるまで待ってから一緒に本屋に行くのだが、今日は前回買った本の続きが欲しくて、気が急いていた。
前回来た時には無かった続きが入荷したとムツキに店主から手紙だ届いたから。
だから、護衛達が馬車を預けるのに手間取っているらしく中々来ないからと、先にいつもの古本屋に一人で向った。
いつも何も問題はないから、今日も大丈夫だろう、と。
そして、早く着きたいが為にいつもと違う道を通ってしまったのが事の発端だった。
◆◆◆◆◆
始めは、胸の高鳴りは異常事態にあったせいだと思っていた。
それが恋心だとは気付かなかった。
次に彼女の従者が現れた。
親しそうなその会話にムツキの胸はちくりと痛んだ。
けれど二人が主従関係にあると聞いてほっとした。
それと同時に、彼女の名前が『アンリエッタ』だと知って胸の痛みが一層強まった。
アンリエッタ・グレイスは、ムツキの兄で第一王子であるキースの『第一婚約者候補』だったから。
王家と公爵家の縁を強めるためにと、アンリエッタが17歳になるのを待ってキースは婚約願いの手紙を出したと、先日同い年の兄であるヒースから聞いたばかりだった。
アンリエッタの誕生日には、未来の義弟からという事でムツキも白い大輪の花を贈っている。
顔も見たことがない相手だったけれど、大好きな兄であるキースの第一妃になる予定の女性だから、いずれは仲良くしたいと思っていた。
胸の痛みは、読みたかった続きの本を買っても癒えなかった。
ずっと胸の奥でずきずきと疼くように痛む。
何かの病気かと思って、王城の書物庫にある医療関係の本を片っ端から探した。
けれど、その症状に該当する病気は見付からなかった。
そんな中で一冊の本をふと取って開いたら、その症状と同じ症状が書いてある本があった。恋愛関係の本だった。
ムツキには現在はまだ必要ないと、読まなかった本だった。
そしてムツキは、恋を知った日のうちに失恋した。
相手は将来の義姉だ。
横恋慕なんてできない。
何とか諦めようとするムツキに、優しいキースの声が聞こえた。
「ムツキ?…大丈夫か?…」
いつの間にか食事をしていた。
無意識に料理を食べていた事に、そしていつもならいないはずのキースが一緒に食事をしている事に、今気付いた。
(アンリエッタ嬢は…キース兄さんの…)
じわりとその大きな黒曜石のような瞳に涙を溜めた。
(ダメだ…泣いたらキース兄さんが心配してしまう…そしたら僕は…)
零れそうになる涙を必死に堪える。
この涙が溢れたら、自分の黒い部分が出てきてしまう。だから堪えなくては。とムツキは拳を握って耐えようとする。
「無理はするな…泣きたいなら泣いていいし、我侭だって言っていいんだよ」
キースの優しい声と言葉は、そんなムツキの自らに掛けた枷を簡単に外してしまう物だった。
(本当に?…我侭…言っていいの?…)
「……心が…痛いんです…あの人の事を思うと…この想いは伝わらないし伝えちゃいけないってわかってるんです…でも…どうしてもあの人が忘れられなくて…」
ぼろぼろと溢した涙を拭いもせずにそう伝えるムツキ。
零れ落ちた涙は、膝に敷いたナプキンに水玉模様を描いていく。
(こんな言い方したら…きっとキース兄さんは彼女を探すだろう…そして彼女が見付かったら、その婚約者候補のキース兄さんは婚約願いを取り下げる…)
卑怯だ、と思う。
自分から「彼女が欲しいから婚約願いを取り下げて欲しい」と言えばいいだけなのにそれを言わないで、キースの性格を知った上で、自分に甘い事も知った上で、キースから婚約願いを取り下げてくれるだろうなんて甘い事を考えている自分が卑怯で愚かだ。と。
(…ごめんなさい…僕は悪い子です…神様…ごめんなさい…
大好きなキース兄さんの婚約者を、奪う事を願う僕を許してください…)
きっと彼女に会えば、キース兄さんは彼女を好きになるだろう。
とても素敵な人だったから。
だから、ごめんね。キース兄さん。
どんな罰が下っても構わないから、キース兄さんが彼女を好きになる前に、婚約願いを取り消してね。
――――――
いつも読んでいただいてありがとうございます。
今回は二話同時更新です。
30.5-1話と、30.5-2話があります。判り辛くてすみません。
どちらから読んでも大丈夫です!
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