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鈴木まる

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終章

終結

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ガラは次から次に湧いてくる。倒しても倒してもきりがない。諦めたくない。しかし、このままではじりじりと体力を削られやられてしまう。

どうにか、どうにかしなければ。理望を倒せれば、道が開けるはずだ。そのためには全員の力を合わせなくてはいけない。魔法の使えない自分では盾になるくらいしかできない。一所に集まりたいが、ラズ・ミックとシュート・ベル・ディルの間には多くのガラがいる。ガラをどうにかしてどかせないものだろうか。そのためには理望を…堂々巡りだ。

「打つ手なしでしょ?でも、最後までもがいてよ。その方が無様な死に様になるだろうから!」

そう言って、理望はラズに一飛びで近付き、踵落としをした。ラズは飛び退いたが避けきれず右腕に攻撃を食らった。

「ぐあああっ…!」

右腕はありえない方向に曲がった。ラズは顔をしかめ、脂汗を浮かべている。間髪入れず回し蹴りを繰り出す理望の前にミックは飛び出した。理望は攻撃を途中で止めようとしたが、止めきれなかった。ミックは剣でガードしたが、その剣は折れてしまった。右手首は嫌な音を立てて、本来はいかない角度まで曲がった。右手で剣はもう握れないし、弓矢も扱えない。

「ほらほら、頑張って?あっちももう終わりかな…え?」

ミックとラズの後方のシュート達に目線を向けていた理望の表情が変わった。驚き、そしてすぐ怒りの形相となった。想定外のことが起こったようだった。ミックが後ろを見ると、そこにはなんと、王と近衛兵がいた。全部隊を引き連れてきたのかと思うほど大勢だ。

「ラズ達を助けるのだ!!敵の頭は彼らに任せ、近衛兵全体周囲のガラを討伐せよ!」

王の指示で近衛兵はおおーっと声を張り上げてどんどんガラを倒していった。勢いがすごい。王と近衛兵のおかげで手薄になった包囲網をシュート達は抜けて、ミック達に合流した。

「王様が来てるって、どういうことだ?」

シュートは斬られた腕の傷を凍らせて止血していた。

「あの狸ジジイ、最初から加勢に来るつもりだったのだろう。不意打ちを成功させるためにお前達には黙っていたとしか思えない。」

狸ジジイ…!一国の王をそんな風に罵るとはさすがラズである。

「何にせよ、助かったね。さあ、こいつを倒そう!」

ディルの二本の短刀のうち一本は半分に折れてしまっていた。しかし、目には希望の光が宿っていた。ディルだけではない、シュートもベルもラズも、目に力があった。

「させない!我らの理想の世界を作るのだ。」

ずっと高みの見物を決め込んでいた団蔵が前に出てきた。さすがに理望一人に任せられないと思ったのだろう。

「お前の相手は私がしよう。」
「ジェーン…!」

ぱっと飛び出したのは、なんと王子だ。ラズは困惑の表情だ。

「勘違いするな。私は未だにお前を信用していない。私はただ父上を、そしてこの国を守りたいだけだ。」

王も王子も戦場に来ている。それだけ大事な戦いなのだと今更ながらミックは震えた。恐れではない。武者震いだ。

「いくら束になろうとも、人間ごときがこの私に…!」

理望は大きく拳を振り上げた。間髪入れずに、シュートが身動きを取れぬよう凍らせた。

「こんなもの!」

パワーで押し切り氷を砕いた理望の前にミックは飛び出し、一瞬でまた氷を付けてもらった折れた剣で斬りつけた。片手で振るったので威力は低いが、剣の当たった太もも辺りから、またパキパキと凍っていった。理望はそこに手を当て闇の炎のようなものですぐに溶かした。そのすきにディルが近付き、理望の目の前で篝瓶を最大出力で光らせた。理望は目を覆った。間髪入れず、ディルから短刀を借りたベルが、光の魔力を流し込み理望の心臓めがけて突き刺した。

「ううっ…この程度の魔力…。」
「これならば、どうだ!!」

同じ箇所に、ラズが闇の魔力を纏わせた剣を突き刺した。理望は剣を引き抜こうと手で掴んだ。ミックはその手を斬りつけた。シュートはもう片方の手を分厚い氷で覆った。

「お前ら…!この…人間風情が…!!」

ディルがベルの手に自分の手を重ね、さらに光の魔力を流し込んだ。

「理望様…!!」

団蔵が助けようと近づいてきたが、そのすきを狙われジェーン王子に心臓を貫かれた。理望は渾身の力でもがいている。ジェーン王子も、理望に剣を突き刺した。

「第四部隊、魔力をジェーンへ!!」

王の守備と後方支援を担っていた第4部隊全員が、魔力を送るため両手を上げた。様々な色に掌が輝いて、花畑のようだとミックは思った。ジェーン王子の突き刺した剣に大量の魔力が注ぎ込まれていった。理望の手足の先がぼろぼろと崩れてきた。

「そんな…バカな…!!私が…こんな奴らに…!」

まだもがき続ける理望が可愛そうに思えた。自分の父親を殺したことも、ラズを侮辱し傷つけたことも許せない。今理望を倒したい気持ちは揺るがない。しかし、現界の人々の愚かさが姉との諍いの原因で、今その原因となったもの達の子孫に倒されると思うと、憐れだった。

「お前…そんな顔で、私を見るな!!」

憐れんでいるのが表情に出ていたようだった。理望はミックに向かって怒鳴ったが、急速に力が衰えていった。

「諦めろ!!」

ラズが最後の力を振り絞るように、さらに魔力を注いだ。

「やめろおおお!!!」

叫び声と共にぶわっと爆発したかのように真っ黒な闇が広がった。そしてすぐに今度は真っ白な光が爆ぜた。しばらく何も見えなかった。

ようやく周りの様子が見えてきた時には、理望の姿はなかった。理望がいたところは、黒く焦げ跡のよう染みが付いていた。周囲のガラは殲滅されていた。近衛兵も負傷している者がいるようだが、圧倒的な勝利だ。やはり王は総力を上げて攻めてきていたようだ。

「ジェーン!こちらへ!」

ダンデ王が叫んだ。王子は王のもとへ駆け寄った。二人で並んで、呪文を唱え始めた。

「何してるのかな…?」

理望を倒せたのかどうかもよくわからないミックは、余計状況がわからなくなった。

「ゾルを常闇の鏡に送り込んでいるのだ。鏡を閉じる前に闇の世界に戻さなくてはならないからな。」

アステラだった。いつの間にかミックたちのすぐそばに来ていた。流石というべきか、ほぼ無傷だ。

「あの呪文が機能してゾルを送り終わったら、城のザーナ姫と城巫女が鏡を破壊する手筈になっている。今のうちに渡しておく。城巫女が新しく作っておいたものだ。着けておけ。」

アステラはラズに数珠を渡した。ラズは黙って受け取り、いつものように左腕に着けた。役目を果たしたからか、アステラはミック達を見ずに、王たちを見つめている。

王と王子の間に丸い空間が開いた。光で縁取られているが、中は真っ黒だ。そこに中庭に立ち込めていた黒い靄が吸い込まれていく。徐々に空気が澄んでいくのが感じられた。ミック達が囲んでいた地面の黒い染みが浮いて、靄と同じように吸い込まれていった。あの染みは理望の成れの果てだったようだ。ゼムトリストの弱りきった姿。

空が明るさを増し、先程より周囲の物の形や色がはっきりと鮮やかになった。黄ばんで薄汚れたベールがとりはらわれたかのようだった。

「よし、これで終わりだ。皆の者!我々の勝利だ!負傷者を確認し、帰還の準備をせよ!」

王が高らかに勝利宣言をした。ああ、これで本当に終わったんだ、と気持ちが緩んだ瞬間、ミックは気を失った。
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