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第二章 第二理科室の秘密

第6話

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「そうだね。世界中の言語や歴史を習得して、今はいろんな国の政府に依頼された特殊な仕事というか任務を遂行することになっている」

「それ……そんな大事な情報を俺、さらりと聞いてしまったけど、抹殺されない? そういうのって秘密裏に行われるものなんでしょ? 何だか怖くなってきちゃったんだけど」

「あはは。大丈夫だよ。僕は、正直なところ、可能ならたいきにもこの任務を手伝ってもらいたいと思って、ここについてきてもらったんだ」

「いやいや。冗談でしょ」

 そう答えると、マシューは先ほどの扉の中に貼り付けた刀文様通行証を他にも持っていたようで、ポケットからもう一つ同じ刀文様通行証を取り出して、大祇の手の平に乗せる。

「たいき、それを手に持ったままよく見ていてくれるかな」

 マシューは、先ほどの実験台の扉の下に小さく声をかける。

「京都の大江山へ」

 そう言うと、マシューは顔を実験台の下に突っ込んだ。

 大祇もそれをマシューの背後から見ているけれど、なぜか扉の中の空間がグニャリと歪んでいるような錯覚に陥る。いや、それだけではない。突っ込んでいるはずのマシューの後頭部が大祇からは見えない。

 大祇は見た事のない現象を見て怖くなる。マシューの頭がどうなったのか心配で、恐る恐るマシューの腕をそっと後ろ側に引っ張る。すると、マシューは扉の下から顔を引き抜き、綺麗なひすい色の瞳を大祇の方に投げかけた。
頭がなくなったわけでもなく、マシューの安全を確認すると大祇は胸をなで下ろした。

「びっくりした~」
「心配しなくても大丈夫だよ。さぁ、たいきも覗いてごらん」

 大祇は、恐々とする気持ちと目の前で起こったことが何なのか知りたくて、言われるがまま、同じように顔を実験台の下に突っ込んでみる。

 するとどうだろう。

 目をつむりながら、頭を入れると緑のそよ風が髪をなびかせて、鳥のさえずりが聞こえてくる。草木の香りも鼻先をかすめるように感じる。
 
 大祇は、そっと右目を開けてみると、見たことのない木々が立ち並んでいる風景が目の前に広がっている。その先に行けるような気がして、肩まで前のめりに突っ込もうとすると、マシューが大祇の腕を後ろに引っ張る感触がある。そこで、我に返って、大祇は頭を後ろに引っ込めた。

「たいき。頭、気を付けて。実験台の角にぶつけないでね」

 マシューは大祇が頭をぶつけないように、手で大祇の頭をガードしながら言葉をかけてくれる。

 大祇はゆっくり顔を上げた。周りに目を向けると、やはり大祇は学校の第二理科室にいるということが認識できた。

「今の……どういうこと? さっきマシューが呟いていた大江山ってところの景色なの?」

 大祇は、自分の目の前に起こった出来事を理解したくて、答えをマシューに求める。

「そうだね。僕たちが見た景色は、今、現在の大江山の景色だね。僕が今後、任務で何度か赴く可能性のある山かな」

「聞いてもいいのかわからないんだけど……マシューの任務って何なの?」

 さっぱり見当もつかないし、見たこともない景色を簡単に見せてくれるし、大祇の想像の域をはるかに越えている。

 大祇の質問に、どう説明しようかマシューが考えていると、昼休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

「じゃあ、続きは放課後に説明しよう。さあ、急いで教室に戻ろうか。付き添ってくれて感謝するよ」

 マシューはそう言いながら、扉の締めていた内鍵を開錠して、足早に第二理科室を後にする。

(そうだな。次の授業でこの第二理科室を使うクラスがあるかもしれないし、早くこの場を離れた方が良いのかもしれない)

 そう思った大祇は、マシューの背中を見つめながら、この背中にはどんな任務や重責がのしかかっているのだろうと思いを巡らせた。

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