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異世界の俺大海を知らず、されど空の深さを知る

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久々の冬の晴れ間を迎えたとある日、アシャドル王国は王都アシャドル近郊のとある場所。
雪が薄っすらと積もった平野がどこまでも続くその場所は、冬になるまでは畑として使われていたようだが、今は人の気配がまるで無い寂しい光景だった。

そんな場所に今は二人の人間がいる。
遠目には少年のように見える程に背が低いが、頭の上に髪をまとめているおかげでパイナップルのようなシルエットを作り出しているのは、我らが頼れる天才魔道具職人、クレイルズだ。
そしてその隣に立つのが俺だ。

出会った頃より背丈の差が随分開いたが、それでも変わらない態度で接することができるのはクレイルズが見た目も中身も変わっていないからか。
あまり頻繁に会うことはないが、それでも俺達は世界初の自走する魔道具を生み出したという経験を共有した仲であり、俺にとっては頼んだ物を完璧に仕上げる職人として、クレイルズにとっては変わった発想を持ち込む面白い人間として互いに尊敬しあっていると思う。
少なくとも俺はそうだ。

さて、そんな俺達だが、人目のない場所で何をしているかというと、新しい魔道具を試しに動かしているところだ。

依頼で出向いたチャスリウスで手に入れた様々な素材をクレイルズの下に持ち込み、それらを使った発明品の制作を依頼し、本日試運転を迎えることとなった。

「…よし、こんな感じかな?装着感はどうだい?締め付けがきつかったりとか」

そう言って俺の腰に取り付けられた器具を固定するためのバンドを軽く引っ張り、具合を聞いてくるクレイルズ。
肩から腰、太腿と膝に巻き付くように伸びるバンドは、いわゆるハーネスとしての機能を持たせたものだ。
俺の両腰に吊り下げられている長さ40センチほどの筒状の物体を体に密着させ、体の動きでそれが暴れないようにしてある。

「いえ、大丈夫です。ただ、重心が狂うんで動き回るには慣れが必要ですね」
「まぁこれもまだ試作段階だしね。大きさも機能も今日の結果次第では変わるかもね」

今回、試運転という言葉を使ったように、この筒状の魔道具は移動用に開発したものだ。
実は本来の目的は風魔術の効果を付与したドライヤー的なものを考えていたのだが、灼銀鉱とノルドオオカミの骨の組み合わせは風属性の魔石と相性が良すぎたため、出来上がったのがジェットエンジン並みの風を吹き出す化け物ドライヤーだったというのは誤算だった。

この結果には俺もクレイルズも頭を抱えたが、そこは逆転の発想。
強力な風を使った武器に転用できないかを考え、ミサイル的なものを提案してみたが、使い捨てにするにはもったいないということで、それなら風の力を噴射して飛行に利用しようと考えたわけだ。

要は人間の体に飛行機の能力を付与しようというコンセプトなわけだが、異世界の人間であるクレイルズにとっては正直イメージが付きにくかったため、空気の噴射で飛ぶのを説明するのに手間はかかったが、今日出来上がった品を見る感じでは凡そ希望通りの仕上がりだと思える。

長さは普段から剣を腰に提げている冒険者にとってさほど違和感のないサイズに収まっているが、太さが2リットルのペットボトルほどの物体が両腰にあるのは邪魔にならないとは言い難い。
ちなみに、この装置はまだ試作段階で正式名称は決まっていないのだが、俺は便宜上噴射装置と呼んでいて、クレイルズもそれに倣っている。

「空気の吹き出し量は噴射装置の側面に着けたレバーの握りの深さで調節するんだ。それで、噴射の開始と停止はレバーの頂点にあるボタンで行う。押してる間は噴射、離すと停止って感じだね。噴射と吸気は同じボタンで行うけど、通常の状態でボタンを押すと吸気が始まり、レバーを握っている間は噴射と機能が分けられているから注意するようにね」

一つ一つ指さしながら説明をするクレイルズの姿は、噴射装置が満足のいく出来であると上機嫌を全身で表している。
自分が手掛けた作品が初めて動く瞬間はいつでも興奮するものだとクレイルズは語ったが、その背丈も相まって俺の目にはおもちゃを待ち望む子供のように見えてしまう。

「レバーはそのまま装置に固定されてるから、レバーの動きがそのまま推力の方向を変えるのに直結してる。常にレバーを支えるようにして手を添えることを忘れちゃいけないよ?」

丁度俺の腰の脇に手を当てると掴みやすい位置にレバーがあり、注文した通りのインターフェースに仕上げてくれたのは流石だ。
この仕様にしたのは、前世で使っていた草刈り機械に似せたからだ。
草刈り機械とは機能も操作法も異なるが、手元で操作を全て行うのには適しているインターフェースは、流石人間の仕事を楽にするために知恵を重ねた器具だけある。、
慣れれば直感的に全ての操作を停滞することなく行える可能性を秘めたものだと言えよう。

「ほうほう。なるほど、いい出来ですね。…ちょっと試してもいいですか?」
「構わないよ。でも初めはゆっくり弱くやっていって、自分の感覚に慣らしたほうがいい」
「では」

安全のためにクレイルズが離れたのを確認すると、両腰にあるレバーをまずは軽く握り、親指でレバーの先端にある始動スイッチを押す。
すぐに噴射装置の各所に明けられた穴から空気が取り込まれ始め、装置内部で圧縮された空気が下へ向けられている噴射孔から吹き出し始める。

まだ体が浮くほどの勢いはないが、体が軽くなったことだけは確かなので、この状態でジャンプや走行をするとかなりの効果が見込めそうだ。
これでレバーをいっぱいに握りこめばどれほどの勢いがあるのか、少し怖くもあり楽しみでもある。

そうしていると、吹き出していた空気がある時点で急激に弱まり、遂には完全に噴射は停止してしまった。

「噴射時間が終わったんだよ。内蔵している魔石の出力だと、空気の圧縮と噴射にそれぞれ同じだけの時間がかかるんだ。ずっと吹き出し続けるのは装置の構造上出来ないから、溜め込んだ空気を全部出したら一旦吸気して次の噴射って感じになるね」

クレイルズの注釈通り、レバーを開放すると噴射装置内部から吸気音が微かに聞こえてくきた。
どうやら連続運転はできない仕様のようで、吸気と噴射を交互に繰り返す必要がありそうだ。

この噴射装置は主に3つの重要なパーツで構成されている。
それは風属性の魔石とノルドオオカミの骨で作られる増幅装置、そして風を圧縮して溜め込むボンベだ。
風属性の魔石はそこそこ貴重だが、魔道具職人であれば手に入れる伝手があり、今回もクレイルズが手配してくれたもので、純度といい大きさといいかなりの品と聞かされた。

増幅装置で性能を高められた魔石によって空気は圧縮され、そうして装置のスペースのほとんどを占めるボンベに溜め込まれた空気が噴射時に使用されるというわけだ。
よって、最初に溜め込めるだけ空気を溜め込み、噴射をするたびこまめに吸気を行うのがいいかもしれない。

最初の時は少し吸気をしただけで噴射に移ったがためにすぐに終わってしまったが、今度は吸気音がしなくなるまでタンクに空気を溜め込む。
キュウーッという甲高い音が聞こえなくなると、タンクはいっぱいになった合図だ。
視線でクレイルズに確認すると、頷いたので俺も頷きを返して再び噴射行動へと移る。

先程の噴射時の手応えからもう少し大胆でもいいかと思い、今度はレバーをやや強く握りこんでから始動ボタンを押す。
すると、後方斜め下に向けられていた左右の噴射孔から勢いよく吐き出された空気によって俺の腰は押し出されるようにして天へと押し上げられ、反対に頭は額を叩かれるようにして地面へと叩きつけられた。
丁度、腰を支点に半回転した形になる。

「ぎゃふんっ!?」
「アンディ!?」

後頭部をしこたま打ち付けたことで自然とレバーとボタンから手が離れて噴射が止まってはくれたが、今のほんのわずかな時間で天地が入れ替わる姿勢となったことは、噴射の勢いの凄さを物語っている。
幸いなことに地面が雪で覆われているおかげで頭に受けた衝撃はそれほどではないが、やはり驚きは大きいもので、思わず情けない声が漏れてしまった。

すぐに心配したクレイルズが駆け寄ってきた。
とりあえず意識もはっきりしているし、怪我らしい怪我もないことを手ぶりで伝える。

「大丈夫かい?すごい勢いでひっくり返ったけど…ぷっ」
「ええ、大丈夫です。…ってちょっと、笑うなんてひどくないですか?」
「あははははっ…いや、ごめんごめん。最初は凄く驚いたけど、思い出したらなんだかおかしくってね」

ツボに入ったのか初めて見るほどに大笑いするクレイルズの姿に、俺自身は恥ずかしい思いから憮然とした顔で不機嫌さを示す。
まぁ確かに今の一連の出来事はコントかというぐらいに滑稽なものだったが、それでもちょっと笑いすぎではないだろうか?

「噴射装置の力の発生源は腰を基点にしてるんだ。体の重心と姿勢をきちんと制御しないと今みたいなことになるんだね」
「そうですね。今のはどうも足払いをかけられたみたいな感じでしたし、次はその辺を意識してみます」
「うん。それじゃあ頑張って。…ぷふっさっきみたいにくくっ、ならないようにね」
「いつまで笑ってんですか。ほら、離れてくださいよ」

思い出し笑いを零すクレイルズの背中をやや乱暴に押して遠ざけ、再度噴射装置を始動させる。
噴射の勢いにより、腰が斜め上方へと向けて押し出されるのを感じた。
今度は重心の位置を腰にまで落とし、体幹を意識して姿勢を制御する。

結果、先程と同じ光景は繰り返されることなく、俺の体は空へ向かって飛び出していく。
まるで弾丸のような勢いで放り投げられた俺の体は、強烈な風を全身に感じながら、視界がドンドン広がっていくのを感動とともに感じていた。

「はっはーっ!空がこんなにも近い!すげぇ!凄すぎるぜ!クレイルズさんよぉー!」

初めてバイクに乗った時も風の強さは感じた。
初めて飛空艇に乗った時も空の高さは感じた。
だが今感じるこの感動はそのどれとも質が異なっていた。

身一つで何物にも縛られない自由な空に晒され、まるで自分が鳥になったかのような錯覚を覚える。
噴射装置も広義では乗り物と捉えられないこともないが、飛空艇と比べれば丸裸も同然だ。
手を伸ばせば雲をも掴めそうだ。

このまま噴射を続けてどこまでも昇っていける、そう思うととてつもない興奮とともに、心の底に穴が開いたように強烈な恐怖心も沸き起こってきた。
もしかしたら、このまま空を抜けて人の生存を許さない宇宙へまで突き抜けてしまうんじゃないか、そう思った瞬間、レバーを握る手から自然と力が抜けた。

全ての噴射を上昇に使っていたエネルギーが弱められると、俺の体は空の一点で滞空を始める。
最低限、ホバリングするだけの出力で飛び続けると、先程感じた恐怖心は鳴りを潜め、目の前に広がる広大な景色に思わず見惚れる。

白く化粧がされた広大な大地がどこまでも続く先で、山の稜線と空の青さが交わり、風景画では表現できない雄大で残酷な世界の姿が俺の目に映っている。
飛空艇でも見ることはできるが、モニター越しではなく直接眼球に叩き込まれるこの光景は暴力的なまでに心を震わせた。

ふと、眼下へと視線を向けると、こちらへと向けて体全体を使って手を振るクレイルズの姿が見えた。
それに対し、手を振り返してみるが、返ってきた反応はどうも喜んでいるというよりは焦っている感じだ。
一体どうしたというのかと首を傾げてから一瞬遅れ、体がガクンと落下し始めた。

すぐに噴射時間が終わったのだと分かり、はたとそこで気付いた。
クレイルズのあの焦りようは噴射時間の終わりを伝えようとしたものであると同時に、着地用の空気が無くなっていることを警告するものだったのだと。
人間、命の危険にさらされると思考が加速するもので、ほんの一瞬の間に様々なことが頭をよぎっていく。

限られた時間で空を飛ぶのなら、当然無事な着地も考えなくてはならない。
安全に降りるため、徐々に噴射量を絞っていって高度を下げるのが一番よく、次点として落下はそのままで地面に付く直前に強烈な噴射を一度行って勢いを弱めるというやり方がいいとされている。

だが圧縮空気が完全に尽きた今の状態は、その二通りのどれも行うことが出来ず、このままでは地面に叩きつけられてしまう。
ならばと落下中に空気を溜めて着地用の噴射に備えようと思うが、グングンと迫る地面を見てしまうと恐らく間に合わない。

哀れ、地面に墜落して命を失ってしまったアンディの冒険はここまで。
応援頂いた皆様には感謝申し上げます。
次回作をご期待ください。








なんてね。
そんなことにならないよう、地面に十分近付いたところで体を雷化させ、着地の物理的な衝撃を全て無効化して無事に着地に成功する。

ただその際、地面を激しく抉るほどの落雷と爆音が発生してしまい、辺りに細かい雪が粒子となって舞い上がってしまう。
視界が著しく悪化した中、雷化を解いて体の調子を探り、無事なことにひとまず安どする。

「クレイルズさーん。無事ですかー?」

次に近くにいたであろうクレイルズの姿を探す。
生憎今日は風がないせいで、この雪のカーテンが晴れるのはまだしばらくかかりそうなので、声で呼びかけてみる。
すると、やや咳き込む音が聞こえてきた。

「そりゃこっちの台詞だよ。君こそ無事かい?凄い音だったね」

雪煙る向こうからクレイルズが姿を見せ、こちらへと駆け寄ってくる。
近くにきたところで、すぐに噴射装置の様子を確認する辺り、俺への雑な信頼が感じられた。

「あーぁ、やっぱり噴射装置が凄いことになってるね。まぁあれだけの勢いなら仕方ないか」

腰元についている噴射装置は、まっすぐ伸びていた形状から大分歪んだ物へと姿を変えており、どうみても無事だとは言えない。
俺の雷化は元々自分の肉体のみを雷に変えるものだ。
身に着けている服などはそのままであるため、先程のように地面に叩きつけられるとどうしても肉体以外は物理的にダメージを負ってしまうのは仕方ない。

「ボタンを押しても吸気が始まらないってことは、壊れてるってことですかね?」
「うーん、バラしてみないと分からないけど、操作系統が一番繊細だから多分そこだろうね。それよりも、僕は最初に言ったよね?着地用の空気は残しておくようにって」
「いやぁーっはっはっは。申し訳ない。つい楽しくて忘れてしまったもので」
「ついじゃないよ、まったく…」

飛び上がる寸前まではもちろん覚えていたが、あの体験にはそれを忘れさせるほどのインパクトがあった。
夢中になってしまい、強く念を押されたクレイルズの言葉をすっかり忘れてしまったのは俺の落ち度だ。
だが反省はするが後悔はしていない。

確かに噴射装置を壊してしまったのは申し訳なく思うが、高い場所からの落下時における耐久力のテストということでここはひとつ、なんとか納得してもらえないだろうか。

え、ダメ?そうですか…。








「それにしても、あの高さから噴射装置なしで落ちてきて傷一つないなんて、君も随分と人間をやめているんだね」
「やだなぁ、そういう言い方やめてくださいよ。俺を化け物みたいに―」
「僕は半分本気でそう思っているけどね」

ジトリとした目でそう見てくるクレイルズだが、化け物というのは悪い意味でのものではなく、あくまでも常識からかけ離れた存在としての意味だとなんとなく伝わってくる。

「はっはっは。何を仰る。俺はただ、ちょいと魔術の使い方が得意なだけの人間ですよ。さっきのも俺の奥の手の一つでして」
「奥の手ね。そういう言い方をするってことはこれ以上追及してほしくないってことだね。まぁ僕も君とはそこそこ付き合いが長いし、好奇心をくすぐられはするけど、無理に聞き出そうとは思わないよ」
「お察し頂けてありがたいっす。…それで、装置の方はどんな感じですか?」

簡単にだがこの場で噴射装置をバラして調べるという選択肢を取ったクレイルズは、足元に広げた布の上に分解された魔道具のパーツを並べ、一つ一つを慣れた手つきで眺めている。
そうしていながら会話をする余裕があるということは、さほど深刻な問題はないと思うが、それでも試作段階の魔道具には製作者にしかわからないトラブルというのもあり得るため、俺の口を突いて出た言葉は多少ながら緊張を内包したものとなってしまった。

「全体的に落下の衝撃でやられてるね。当初の見立てだとレバー回りがやられてると思ってたけど、他のも色々と壊れてる部分があるよ。まぁあんな高いところから叩きつけられれば仕方ないね」
「想定していなかった衝撃を受けたわけですからね。そもそも、噴射装置がこれだけ傷むほどの落下では、装着しているのが普通の人間だったら当然無事では済まなかったでしょう」
「今回はアンディだから無事だったわけだ。緊急時の落下防止策が必要だね」

上昇・降下どちらも一つの魔道具で行い、装置の有効稼働時間というものも存在する以上、無事に着陸できる手段が無くては困る。

「それなら装置内に本噴射とは別に、緊急時に使える予備の空気を溜め込める場所を設けてはどうでしょう?通常の噴射に使われないよう、独立させる感じで」
「へぇ、いい考えじゃないか。装置を少し大型化するか、部品の配置を変えて空きを作ればいけるかもしれないね」
「正直、もう少し小型化してくれたほうが使い勝手はいいんですが、安全面を考えれば大型化もやむを得ないでしょう」
「その辺りは工房に持ち帰ってから検討してみるよ。試運転は無事…とは言わないが、ある程度成果はあったとしようかな。…さて、それじゃあそろそろ帰ろうか」
「了解です」

テキパキと噴射装置を並べられていた布ごと丸めていき、荷物を纏めると来た時と同様にクレイルズが荷物と一緒にサイドカーにその身を押し込み、王都目指して俺の運転でバイクを走らせる。
先程舞い上がった雪を被って濡れた服に、吹き付ける風は殊更身に染みるもので、俺もクレイルズも体をギュッと縮こまらせてしまう。
バイクでならさほど時間はかからないで王都へと着くのだが、それでも寒いものは寒いもので、気を紛らわせるために会話も途切れることはない。

「う~寒っ。…とりあえず工房に戻ったらすぐに暖を取らないと。それから改良に取り掛かるよ」
「どれくらいかかりそうですか?」
「工房にある材料の在庫を見ないと何とも言えないけど、長くても5日ってところかね」
「へぇ、意外と早いんですね」
「機能的な大本の設計は変わらないからね。多少内部に手を入れて、いくつか新しい機構を増設したとしてもそんなもんだよ」

新しく追加する機能として、緊急着陸用の独立した噴射機構が採用されると思うのだが、それによって噴射装置の内部スペースも大分いじる必要はありそうなのに、5日で済む辺りクレイルズはやはり天才か。

今現在、パーラはへスニルにいて俺も特に緊急に抱えている依頼もないことだし、出来上がりをこのまま王都で待つことにしよう。
最近の王都の流行りや情報なんかを集めて時間をつぶすのも悪くないだろう。





「二人ともなんて格好っ…あぁ~あ、泥だらけにしちゃって」
「いや、ちょっと魔道具の試運転で事故があってね。少し汚れちゃったけど、怪我はないしいいじゃないか。ね?」

工房に戻ってすぐ、俺達の姿を見たホルトは浮かべていた笑顔を一瞬で引っ込め、まるで子供を叱る母親のような顔に変わった。
それを見てすぐに言い訳を始めたクレイルズの姿には、職人としての師弟としての立場以外での上下関係がはっきりとわかる。

噴射装置の試運転で舞い上がった雪と土を被った俺達は、服をかなり汚してしまっていた。
そんな俺達の姿に、まるでおかんのように眉を引き上げるホルトの姿はなかなか迫力がある。

ひとまず暖をと思ったが、この様子では説教を受けるのが先になりそうだ。
そして、それには俺も含められていることは言うまでもない。

クレイルズと揃って正座をし、おかん…もとい、ホルトの気が済むまでお叱りを受けることとなった。






その後、予定よりも早く出来上がった改良版の噴射装置の試運転を行い、多少大型化こそしたが使い勝手と安全性の向上が認められる仕上がりに満足した俺は、クレイルズに報酬を支払い王都を後にした。
へスニルに戻ると、早速パーラに噴射装置のお披露目をすることになった。

使い方を説明し、早速空を飛んでみせるとパーラも興味を持ったらしく、すぐに俺から奪い取るようにして装着すると、瞬く間に空の人となった。
見上げる俺の目線の先で、一体どうやっているのか激しいアクロバット飛行を見せるパーラの顔は、少し引いてしまうほどの笑みが浮かんでいた。

タンク内の空気が無くなり、地上へと降りてきたパーラだったが、今日初めて使ったにしてはその着陸姿勢も実に見事なもので、墜落事故を起こした俺とは大違いだ。
興奮状態のパーラは、こちらへ詰め寄ってくると高いテンションのまま捲し立ててきた。

「アンディ!これすごくいい!飛空艇よりも自由に動けるって感じが楽しいよ!」
「気にいってくれて何よりだが、まず落ち着け。聞きたいことがある。お前さ、飛んでる時になんかグルグル回ったりしてたろ?あれどうやってんだ?」
「あぁ、あれ。この噴射装置ってこうして、別々に動かせば空中で回転できるじゃない?それと私の風魔術を組みわせてあんな風に動いてみたってわけ」

レバーを握りつつ、右手と左手をそれぞれ別々の方向へと動かし、噴射装置の推力偏向を複雑に行うことで体は錐もみ状態へと移行したり180°ターンしたりと、理論上ではできることはできる。
だがそれには非常に繊細な操作が必要になり、この噴射装置単独ではかなり難しいものだ。

それをパーラは自身の魔術で補助し、あのアクロバット飛行を実現したというのだから、こいつも実は相当な天才なんじゃないかと思わされた。
いや、そういえば以前パーラは飛空艇で飛んでいる最中に空中に放り出されても戻ってこれると言っていたし、扱う魔術的にもこの噴射装置を使いこなすのに十分な素質を持ち合わせているのだろう。

「いやぁ、これ面白いね。もっと飛んでいられる時間が長ければ移動手段に使えたんじゃない?」
「そうは言うがな、クレイルズさんほどの人間が手掛けてこうなんだから、噴射時間はこれが限界なんだろうよ」
「ふーん。じゃあ使い道としては跳ね回る動きで障害物を乗り越えたりするぐらい?」
「それもあるが、一番重要なのは飛行中の飛空艇から飛び降りる際の補助だな。いずれ試すが、強襲降下とかも考えてるんだ」
「強襲降下?」
「空からの奇襲のことだ。飛空艇を空に止めて、そこから噴射装置で地上に飛び降りて、また戻ってくるって感じを想像するといい」

依頼などで討伐に赴く際、今までは近くまでは飛空艇で行くと一旦飛空艇を隠し、バイクや徒歩で目標まで近づくということをしていたわけだだが、この噴射装置があれば飛空艇を空中で停止させ、俺達は地上めがけて飛び降りて、目標を倒したらまた空を飛んで飛空艇に戻るということが可能になる。

これによって、飛空艇を隠せる場所を探すという手間を省くことができる。
そういう風に使うこともできるという汎用性の高さが、俺達の今後の活動を大幅に楽にしてくれると信じている。

「一応手持ちの材料で2機作ってもらったから、俺とお前でそれぞれで管理するようにしよう」
「2機も!?ちょっと、これって安いもんじゃないんでしょ?貯えの方は大丈夫なの?」
「ん…まぁ、大丈夫、だと思う」
「随分自信なさげじゃない。いくらかかったの。正直に言ってみなさい。怒らないから」

グイっと顔を近づけてそういうパーラだが、笑顔こそ浮かべてはいるが、その奥には何か妙な凄みがある。
怒らないとは言っているが、果たしてそれを鵜呑みにしていいものか…。
いや、でもこのパーラを見てしまうと誤魔化すのはもっと怖い。

なので、正直にかかった金額を吐いたが、案の定、滅茶苦茶怒られた。
無駄遣いとは言わないが、大金を動かすなら事前相談しろと、至極尤もな言葉を貰い、俺は正座しながら大人しく説教されるだけの生き物となった。

トホホ、もう次からは相談なしにデカい買い物はしないよ。








多分。
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