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一つで足りないなら二つにすればいいじゃない
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買い物と昼食を済ませ、俺達はダリアが待つ郊外の飛空艇研究所へと向かった。
そこではとっくに話が通っていたようで、到着するなり俺達は飛空艇が保管してあるという倉庫の一つへと案内された。
倉庫とは言うが、パっと見た印象では小型飛行機の格納庫といった感じだ。
「やあ、来たね。待っていたよ。ささ、こっちに」
多くの人が動き回っている倉庫内では、俺達のために用意されたと思しき飛空艇の前で仁王立ちをしているダリアに出迎えられた。
妙にウキウキとした感情を隠しもしないダリアに促されるまま、俺達は並んでダリアの隣に立つ。
「君達に貸し出す飛空艇は目の前にあるこれだ。見ての通り、中型飛空艇ではあるが、その中でも小型寄りのものとなる。君達のに比べると積載量はさほどでもないが、我が国が保有する飛空艇の中でも、比較的加速と旋回性能に優れた船だ」
今は横向きで置かれているその飛空艇は、横幅は正確には分からないものの、全長は10メートルに届くかどうかといったところだ。
真横から見た全体の姿としては、直線を多用した武骨なフォルムといったところで、例えるなら大型ヘリコプターのローター部分を取り払ったものに近い感じだ。
俺達の飛空艇が滑らかな曲線でフォルムが構成されているのに比べると、優美さに欠けていると言ってしまえる。
だが正直、男としての俺はこの武骨さを気に入ってしまった。
84号遺跡で発掘された飛空艇に関して、最初に皇都へと空輸した分は俺が一つ一つ動かして巨大飛空艇に搭載したため、完璧とは言わないが一度は飛ばしているわけだから、見覚えのないものというのはないはずだった。
しかしこの目の前にあるのに関しては、博物館に多くあった飛空艇の中の一つとして見た記憶こそあれど、実際にこの手で動かしたという覚えはないものだ。
恐らく俺がソーマルガを離れてからこちらへと運ばれてきたものだと推測する。
「搭乗には他の飛空艇同様、機体の両側面に設けられている扉か、後部にある貨物用の搬出扉からかの二通りある。まぁ普通は貨物室の方からは乗り降りしないだろうが、好きにしたまえ。次は内部を説明しよう」
歩き出したダリアに俺とパーラも続き、船体横にあるハッチから飛空艇内へと足を踏み入れた。
中は十分立って歩けるだけの広さがあり、高さも幅も大型コンテナほどの空間が確保されている。
ただし、このスペースと貨物室は空間を共有しているため、ここを寝起きに使うのなら荷物はあまり積めない。
「ここに食料やら水を積む。君達の飛空艇のように、居住空間としては使うとするなら、荷物を減らさないといけないだろうな。その辺りは二人で相談して決めてくれ」
「なるほど、わかりました。…操縦室はその扉の向こうですか?」
「そうだよ。操縦は一人でも出来るが、補助の席もあるから君達にはぴったりだな。入ってみるといい」
引き戸タイプの扉を開けて入ってみると、そこは飛行機のコックピットさながらに、二つのシートが並んで前方のガラス窓に向いている形だ。
ただし、操縦桿は片方のシートにしかないため、その点で地球の物とは明らかに違うと分かる。
コックピット自体はさほど広いわけでもないが、この椅子に俺とパーラがそれぞれ座るとなれば、窮屈さはあまり感じないで済むのかもしれない。
この扉を開けっ放しにもできるようだし、開放感が欲しければ貨物室からコックピットまでの空間を一繋ぎにしてしまえばいいだろう。
断りを入れてシートに座ってみて、操縦の感じを想像してみる。
元々の設計が似通っていることもあるだろうが、操縦桿からパネル回りまで大体が理解できるものなのが地味にありがたい。
飛行機なんかは世代が違うと操縦系ががらりと変わるなんてのはよく聞くが、この世界の飛空艇は全世代を通して大きな変更がない。
それだけ飛空艇の操縦としては完成していたということなのだろう。
あと船体側の操縦補助が優秀なのもあるか。
「アンディ君、よかったらこの後実際に少し動かしてみないか?一応操作の手引き書は用意してあるが、船が変わるんだし、操縦の感覚は慣らしておきたいだろう?」
シートに座った俺の顔を覗き込むようにしてダリアが話しかけてきた内容は、実際に動かす身とすれば是非もない。
慣熟訓練は確かに必要だ。
ぶっつけ本番で動かすことも時には必要だろうが、練習が出来るというのならしておくに限る。
何せ飛空艇は貴重品であるのだから。
「それは助かります。あと、できればこの船の操縦経験のある人を補助に着けてもらえるとありがたいんですが」
「手配しよう。荷物の方はどうする?見ての通り、あの飛空艇の積載物を丸ごと載せるのは無理だよ?」
「それは俺とパーラで持ってくものを仕分けます。流石にバイクは乗せられませんから」
「確かにな。では君達の飛空艇に積んである荷物に関しては、我々が責任をもって預かろう」
となれば、換金用にと色々買いこんだ品物は多少目減りしてでも皇都で売り払ってしまおう。
バイクなどはダリアに管理を任せれば粗雑に扱われることもないはず。
冷蔵庫がないこっちの飛空艇では持っていけない食料品なんかもあるし、こうなると仕分けには結構時間がかかりそうだ。
諸々の準備が明日までかかるとして、出発は明後日以降になるかもしれないな。
場所を移して、皇都近郊のとある平地へと俺達は来ている。
見渡す範囲に障害物もなく、足元の砂地も柔らかいこの場所では、主に飛空艇の離発着の訓練が行われるそうだ。
万が一墜落しても砂がクッションになって助かるかもしれないということで、修復された飛空艇がまず最初に運ばれてきて初飛行を行う場所でもある。
実際ここでは何度か飛空艇の墜落事故が起きていたが、ケガ人は出ても死人は出ていないという実績がある以上、俺達が飛空艇の飛行練習を行うのに最適だと言えるだろう。
運よく俺達以外にここで飛空艇を飛ばしている影がないこともあり、正に今は最高に丁度いいタイミングでもあった。
そんなわけで、ダリアが手配した中型飛空艇の操縦経験が豊富な男性パイロットと共に、まずは俺が練習飛行へと入った。
操縦系統はさほど違いはなく、船体の大きさからくる浮き上がりの感触の違いこそあれど、大きな混乱もなく高度を上げていった先で問題が出た。
気流に乱れが出てくるほどの高さへと来た途端、船尾が流されるようにして飛空艇の向きが急激に変わってしまった。
普通の人間ならこれだけの変化が起きれば、視界の動き方からくる混乱に襲われるのだろうが、生憎俺はラジコンヘリの操縦でこの手の経験はそれなりにある。
すぐさま船体を前進と旋回でバランスを取り戻すように操作し、更に一度船首を上げてからすぐに水平に戻す。
そして緩旋回の軌道に乗ったあたりで徐々に高度を下げていく。
一応船体の制御は取り戻したが、また風に踊らされてはかなわないので、一先ず風の影響が薄れる高度まで降りた。
「…凄いものですな」
ボソリと感嘆交じりの呟きを漏らしたのは、隣の席で操縦を補助してくれていたパイロットだ。
「自分もそれなりに飛空艇を乗りこなしていると自負はしていますが、あの状況でここまで鮮やかに船体を復帰させるのは無理でしょう」
「そうですか?ソーマルガの環境だと、ああいう風に流されるって状況は多く経験してそうな気もしますが」
「はっはっは、確かに何度か覚えはありますな。ですが、慣れていない飛空艇の操縦でああも見事に御してみせたアンディ殿の腕を見てしまうと、自分もまだまだだと思わされました」
そうは言うが、あの状況で咄嗟にこちらの操縦桿へと手を伸ばしたこの男の判断力も大したものだった。
ソーマルガに飛空艇がもたらされてまだ月日は浅いが、不意の事態に臆することなく操縦に介入しようとする胆力を持つパイロットがいるのだと思えば、いつかの未来で飛空艇を基軸にした空軍が出来上がることを夢想してしまう。
一方で、この飛空艇の方には俺自身、そこそこの不満を覚えている。
決して悪い船というわけではないのだ。
ただ一点、操縦へのサポートがほぼ機能していないということだけが珠の傷なだけで。
先程の気流に揉まれた際、俺達が使っている飛空艇であれば警告と共に操縦に補助が入って船体の姿勢を直そうとする動きが発生する。
だがこの飛空艇では、確かに操縦に補助はあったのだが本当に微々たるものだった。
僅かに船体を水平に戻そうとした力は発生していたが、それで何とかなるとは思えなかった俺が途中で操縦を上書きして、手動で姿勢制御を行ったぐらいだ。
その辺りのことを隣に聞いてみると、今あるソーマルガの飛空艇は大体そんなものだという。
どうやら俺達の飛空艇が操縦の補助ではかなり優秀なだけのようだ。
一概には言えないが両方の操縦感を知る身としては、操縦への補佐に対する応用力ではパソコンと電卓ぐらいの差がある気がしている。
これからの旅で増える負担を考えるとため息が出そうになるが、まぁこれ以外の飛空艇を要求するなら更に時間がかかるそうなので、そこは妥協するか。
なにも四六時中飛び続けるわけではないのだ。
パーラと操縦を交代しながら移動すれば、疲労もさほど溜まることはないだろう。
凡そ操縦の手応えを体で覚え、入れ替わる形でパーラが飛空艇に乗り込んで飛び上がるのを見届けてから、その場をいったん後にした。
先程決めた通り、こちらの飛空艇に載せる荷物を仕分けするために、俺達の飛空艇のある場所へと向かう。
少し離れた場所にあったやや大き目な格納庫と言っていい建物に、俺達の飛空艇が保管されている。
そこへ近付ていくと、解放された巨大な扉の向こうから、にぎやかな声が聞こえてきた。
どうやら早速俺達の飛空艇を調べているようで、中々活気のあるやりとりが耳に届いてくる。
中を覗いてみると、見慣れた白の巨体には、調査装置であろう様々な器具が取りつけられており、その周りで研究者達が怒鳴るようにして意見を交わし合っていた。
研究者というのはそれぞれが自分の能力に自信を持つ人種で、こうして共同で調査を行う際にはお互いのやり方で進めようとしてぶつかることがままあるらしい。
これは以前、84号遺跡で巨大飛空艇の試験飛行を行った際にダリアが零していた。
ただ、飛び交う声の荒々しさの割に現場の空気は険悪ではなく、むしろ情熱が溢れるままに意見の交換が行われているように見える。
ひとまず適当な人間に声を掛け、自分が何者かを明かしてから飛空艇の貨物室へと入る。
今現在、この飛空艇は研究者達の手で調査解析が行われているため、動力も飛空艇の設備を維持する程度まで落とされている。
そのため空調がほぼ利いていない貨物室は暑さが気になるが、それでも外よりは大分ましだ。
軽く一息つき、まずは皇都で売り捌く品を纏めにかかる。
色々と買い込んで放置していたものもあるので、片付けも兼ねての処分となるだろう。
とは言っても、工芸品なんかは傷むことも無いので急ぐ必要はなく、そうなれば食料品や香辛料なんかに自然と手が伸びる。
珍しい酒なんかもそこそこ揃えてはいるが、これも売ってしまおう。
どうせ俺もパーラもはあんまり飲まないし。
ゴソゴソと漁っていると、珍しいものが出てきた。
布で包れた1メートル半ほどの長さがあるその棒状の物体は、布を取り払ってみると中からは細かな細工が施された剣の鞘が姿をみせる。
これは以前、転売用に買った剣の内の何本かが品質の悪さを理由に買い取りを拒否されたものを、俺がふざけて鞘から柄から刃に至るまでを雷魔術で溶接加工した結果、二束三文の剣を見た目だけは恐ろしく荘厳な一本に仕上げたものだ。
いつかこの剣をどっかの山の頂上にぶっ刺して、伝説の剣っぽくして遊ぼうと考えていたという、若気の至りのような一品で、実用性はまったく皆無な剣である。
懐かしいな、作ってからもう3か月経つのか…。
こうして見てみると、このまま経年劣化でいい感じにくたびれていけば、誰かの宝具として後世に伝えられそうな凄みがある。
……うん、これはとっておこう。
なんだか大掃除をしているときに昔の漫画本を見つけたような気分だったが、今は荷物の仕分けという仕事を優先しなければならない。
30分ほどかけて荷物の整理を終えると、二つの山が出来上がっていた。
売り払うものもそれなりの量となったが、あっちの飛空艇に載せる日用品なんかも結構な量があるようで、これはパーラも呼んで二人で運んだ方がよさそうだ。
そろそろパーラの方の慣熟訓練も終わってるだろうと思い、貨物室を出た俺は一旦ここを離れることを誰かに告げようとして、ある物に目が留まる。
研究者達が集まって何かを囲みながらあーだこーだ話し合っている光景の中、その中心に鎮座している妙にメカ感丸出しの物体が好奇心をそそる。
研究者達がそれを見て難しい顔をしているのを見ると、何やら重要なパーツらしい。
大きさは中樽ぐらいだが、三角柱の形をしたその表面には幾何学模様のように走るラインが仄かに青い光を放っている。
この光に関しては、俺も自分の飛空艇のメンテナンスの際に見た覚えがある。
その時に動力部の中枢パーツで青白い光を走らせていたパイプ状の機器とほぼ同じ感じの光だ。
となれば、あれは飛空艇の動力部の中枢パーツなのだと予想できるが、なんだかごてごてとした造りをしたそれは、古代文明に見られる洗練されたシャープさというのが無いように思える。
なんとなく技術発展の途中という印象を受けるそのパーツは、恐らく今ソーマルガで作ろうとしている新造の動力部ではないだろうか?
そんなものを見てしまうと、ついついその集団が交わしている言葉にも耳が向くというもの。
「やはり出力を絞るしかないのでは?」
「いや、そうすると船体を動かすだけの力がなくなる。出力はこのままで、魔力貯蔵の容量を増やしたほうが…」
「そりゃ無理だ。ただでさえ小型化で悩んでるのに、ここからさらに魔力貯蔵器を大型化したら重さで飛べなくなっちまう」
「だなぁ…」
なにやらお悩みの様子。
ザっと聞いただけだと詳しくはわからないが、それでも多少想像すると何に悩んでいるのかは朧げにだが見えてくる。
あのパーツをエンジン・主機として見れば、彼らの悩みは恐らく、主機出力に対する燃費効率に対しての物ではないだろうか。
飛空艇を飛ばすのに必要な出力を確保して運用すれば、燃料タンクにあたる貯蔵器の魔力をガンガンに消費してしまうが、それを補うためにタンクをでかくすれば、今度は重量がかさんで飛行に支障が出てくる、とそんなところか。
この辺りは正直、俺は門外漢であるためなんともいえないが、地球では航空機というのは燃料食いなのだ。
古代文明の飛空艇がとんでもなく低燃費なだけで、彼らのぶち当たっている壁は今のソーマルガの技術で果たしてどれだけオリジナルに迫れるか見ものではある。
解決方法はいろいろと考えられる。
例えば高出力と低出力のエンジンを二つ積むとかだ。
飛空艇が離着陸するのと高速飛行するのに高出力エンジンを、低速飛行やホバリングをする時には低出力エンジンをと、使い分ければいい。
欠点として、エンジンを二つ積むことによる重量とコストの増加、出力系に高度なソフトウェア的な制御が必要になるといったことがある。
正直、この時代の技術水準からすれば、飛空艇の制御に関するプログラムを弄るなど無謀だと思うので、名案とは言い難い。
となると、差し当って簡単に出来ることとなれば―
「あのーちょっといいですか?」
「ん?あぁさっきの…。荷物の持ち出しはいいのかね?」
「はい、一先ず整理だけは終わらせました。後でまた取りに来ますが」
「そうか。ではまたその時に適当な人間に一声頼むよ」
先程までの唸っていた様子を微塵も引き摺らないで俺に応えたのは、その研究者の中でも年長だと思われる壮年の男性だ。
他の人間が悩まし気な顔を浮かべている中、その男性だけはすぐに表情を切り替えて応対したあたり、この場での代表者としての振る舞いに慣れていると感じさせた。
「ええ、では後で。ところで、先程まで皆さんは何やら悩んでいたようですが、一体どういうことで?良ければ聞かせてもらえませんか?」
「それはできん。僕達が扱うものは機密が含まれることが多い。外部の人間に軽々しく話すわけには…」
「まあ待て。彼から機密が漏れるのは心配しなくていい。彼はこの飛空艇の持ち主だし、ダリアさんとも親しい。そう邪険にしなくてもいいだろう」
これは失敗した。
何気なく教えてと言ったが、よくよく考えればここにあるのはどれも機密といっていいものばかりだ。
建物の出入り口に見張りが立つぐらいに。
このきつい目をした若い研究者の言う通り、軽々しく話せないのを尋ねるのはマナー違反ではなかろうか。
棘のある対応と思うなかれ、最先端の研究に携わる人間には、こういう意識を持つ者が選ばれるため、こういう反応はむしろ好ましいぐらいだ。
ただ、班長と呼ばれた壮年の男性は俺の立場をある程度知っているようで、幾分か配慮をしようという意思が感じられた。
「ですが班長」
「それにもしかしたら、我々以外の視点からの方が見つかるものもあるかもしれないぞ。…少し専門的な話になるがいいかね?」
「お願いします」
渋る若いのをなだめながら、班長が語ってくれたのはやはり先程俺が推測したものとほぼ同じようなものだ。
要するに主機の出力と燃費のバランスに悩んでいる、という感じだ。
一応俺が研究者ではないということを加味したうえで、簡単で分かりやすいように説明をしてくれたのはありがたかった。
と同時に、それが出来る程度に班長の男性は飛空艇に対しての理解が進んでいるというのも分かった。
流石は一国の最先端研究に携わるだけはある。
「なるほど…。その動力部ですが、二つ積むことはできないんですか?例えば高出力のものと低出力のもので使い分けると言った感じで」
二つ積むことの意義と運用方法を何とか頑張って伝えると、それに対して思う所があるのか、研究者達が俄かに活発な意見の交換を始める。
漏れ聞こえてくる声から、一定の効果は見込めると興奮気味な人間もいるようだ。
「ほう、面白い考えだ。だが無理だな。この動力部だが、作るのにかかる手間と時間から、そう大量に作れるものではないんだ。小型の飛空艇に二つの動力を積むほどの余裕はない」
班長の言葉に、他の人間も何度も頷いて同意している。
当然ながら、コストの問題は俺も気付いていたので、むしろ班長が言わなければこちらから打ち明けていただろう。
まぁこれはあくまでも一案として言ってみただけだ。
簡単に出来ると言うわけがない。
「では一つの動力部を二つに分けるというのはどうでしょう」
『分ける?』
綺麗にハモったな。
どうやら俺の話に対して、意外と食いつきが言いようだ。
それだけいい案が無かったということでもあるか。
「ええ。…ところでそちらの動力部、それはここで作られてるんですよね?」
「え?ああ、うちとは別の班だが、確かにここで作ったものだ」
「では性能を落としたものであれば、二つの動力部を揃えることはできませんか?高性能な動力部を一つ作る手間と、多少性能が落ちるもの二つの手間は、必ずしも同じではなくとも、大分近いのでは?数が揃ってしまえば、先程俺が言った出力を分けたものを二つ搭載するという案も可能になるかもしれませんよ」
既に高性能品を作り出しているということは、性能を抑えたものであればもっと手間を削って作れる可能性がある。
わざわざ性能が劣化したものを大量生産するのはどうかと思うが、今必要なのは技術が熟れるまでの繋ぎとなる経験だ。
これがいずれ、より性能を高めた物をを作り出す際に生かされるのではないだろうか。
「…ふぅむ、なるほど。できないこともない…か?」
「いや班長、これは結構いい案じゃないっすか?動力を二個乗せた分、多少重量は増えますけど、制御系をそれぞれに割り振れば行けそうな気もします」
「制作班は今どこにいたっけ?ちょっと聞きに行ったほうがよさそうだな」
「確か第一の方の保管庫だ。俺も行こう」
俺の案を受けて彼らの研究者魂に火が着いたのか、一人がまず声を上げると、他の研究者達も引っ張られるようにしてそれぞれの役割に向けて動き出した。
瞬く間に倉庫内から人がいなくなり、残ったのは俺の目の前にいる班長だけとなった。
「…一気に人がいなくなりましたね」
「私達研究者ってのは動き出すとあっという間だよ。今頃他の班の連中にも声を掛けて回ってるだろうね」
「となると、これから忙しくなるんでしょうね。…あの動力部を少し見せてもらっても?」
「あぁ構わないよ」
人もいなくなったことだし、いい機会だと思って動力部をもっと見せてもらうことにした。
見せてもおうか、ソーマルガ謹製動力部の性能とやらを。
高さ一メートル、幅四十センチほどの三角柱を色んな角度で眺めていく。
表面を覆う幾何学模様は何か魔術的な意味でもあるのか、時折脈打つようにして青白い光が走っている。
隙間から覗ける内部は、大小の細かいパーツが詰め込まれており、どれがどのような役割があるのかを推測できるほど俺は専門家でもない。
ざっと見た感じ、よくわからんというのが正直な感想だ。
俺はメンテナンスなんかで自分の飛空艇にちょいちょい手を入れることはあるが、ここまで細かくパーツ単位で見ることはないため、中々新鮮ではある。
なので、ついついその内部について質問をしてしまうのも仕方のないことだろう。
「班長さん、ここの鉤状になってるところはどんな役割が?」
「どれ…そこのは結晶体から供給されてくる魔力を細く纏めて次の場所へ運ぶためのものだ。そっちに半円型の部品があるだろう?それが回転することで、魔力を巻き取るようにして引き込んでいくんだ」
「へぇ~。ということは、ここに魔力が溜まるってことですか。すぐに飛行用の力として使われるんですか?」
「いいや、一旦溜めたものを圧縮させるという工程がある。その後、飛空艇の動力として船体各部に送られて利用される」
疑問に思ったものを聞くと班長はすぐに答えてくれるため、ついついパーツ一つ一つにまで質問が及んで時間を忘れてしまっていたらしい。
不意に、倉庫の外から聞きなれた声が俺の名前を呼んだ。
「アンディー?いるー?」
「お、パーラか。こっちだ」
「あぁいたね。もぅ、いつまで荷物を纏めてんの?こっちはとっくに終わったよ」
どうやら慣熟訓練を終えたパーラが俺を探しに来るぐらい、長いこと班長と話し込んでいたらしい。
呆れた様子のパーラに少し申し訳なくなるが、丁度いいタイミングなので班長と別れて、仕分けした荷物を持ち出すことにする。
「こっちのは持ってくやつな。んで、こっちは皇都で売り払うやつ」
「あら、結構持ってくんだね」
「そうか?これでも結構減らしたんだけどな」
貨物室でパーラと共に山となっている荷物を眺める。
生活必需品に絞って選んだつもりだが、やはり中型飛空艇はバイクや馬車などと比べると積載量にかなりの余裕があるので、そこそこの量でも持っていける甘さがゆえのこの様よ。
それじゃあパーラも来たことだし、早速皇都の商人ギルドにでも売り物を卸してくるとしよう。
あぁ、そう言えばドライフルーツ用にと買った果物の件もあるんだったな。
店で買ったときにダリアの家に届けてくれと言っておいたし、荷物を片付けたらダリアの家に行ってドライフルーツ作りに入るとするか。
しかし、ソーマルガに来るといっつもなんか忙しくなるな。
もしかして俺ってこの国と相性悪かったり?
まさかね。
そこではとっくに話が通っていたようで、到着するなり俺達は飛空艇が保管してあるという倉庫の一つへと案内された。
倉庫とは言うが、パっと見た印象では小型飛行機の格納庫といった感じだ。
「やあ、来たね。待っていたよ。ささ、こっちに」
多くの人が動き回っている倉庫内では、俺達のために用意されたと思しき飛空艇の前で仁王立ちをしているダリアに出迎えられた。
妙にウキウキとした感情を隠しもしないダリアに促されるまま、俺達は並んでダリアの隣に立つ。
「君達に貸し出す飛空艇は目の前にあるこれだ。見ての通り、中型飛空艇ではあるが、その中でも小型寄りのものとなる。君達のに比べると積載量はさほどでもないが、我が国が保有する飛空艇の中でも、比較的加速と旋回性能に優れた船だ」
今は横向きで置かれているその飛空艇は、横幅は正確には分からないものの、全長は10メートルに届くかどうかといったところだ。
真横から見た全体の姿としては、直線を多用した武骨なフォルムといったところで、例えるなら大型ヘリコプターのローター部分を取り払ったものに近い感じだ。
俺達の飛空艇が滑らかな曲線でフォルムが構成されているのに比べると、優美さに欠けていると言ってしまえる。
だが正直、男としての俺はこの武骨さを気に入ってしまった。
84号遺跡で発掘された飛空艇に関して、最初に皇都へと空輸した分は俺が一つ一つ動かして巨大飛空艇に搭載したため、完璧とは言わないが一度は飛ばしているわけだから、見覚えのないものというのはないはずだった。
しかしこの目の前にあるのに関しては、博物館に多くあった飛空艇の中の一つとして見た記憶こそあれど、実際にこの手で動かしたという覚えはないものだ。
恐らく俺がソーマルガを離れてからこちらへと運ばれてきたものだと推測する。
「搭乗には他の飛空艇同様、機体の両側面に設けられている扉か、後部にある貨物用の搬出扉からかの二通りある。まぁ普通は貨物室の方からは乗り降りしないだろうが、好きにしたまえ。次は内部を説明しよう」
歩き出したダリアに俺とパーラも続き、船体横にあるハッチから飛空艇内へと足を踏み入れた。
中は十分立って歩けるだけの広さがあり、高さも幅も大型コンテナほどの空間が確保されている。
ただし、このスペースと貨物室は空間を共有しているため、ここを寝起きに使うのなら荷物はあまり積めない。
「ここに食料やら水を積む。君達の飛空艇のように、居住空間としては使うとするなら、荷物を減らさないといけないだろうな。その辺りは二人で相談して決めてくれ」
「なるほど、わかりました。…操縦室はその扉の向こうですか?」
「そうだよ。操縦は一人でも出来るが、補助の席もあるから君達にはぴったりだな。入ってみるといい」
引き戸タイプの扉を開けて入ってみると、そこは飛行機のコックピットさながらに、二つのシートが並んで前方のガラス窓に向いている形だ。
ただし、操縦桿は片方のシートにしかないため、その点で地球の物とは明らかに違うと分かる。
コックピット自体はさほど広いわけでもないが、この椅子に俺とパーラがそれぞれ座るとなれば、窮屈さはあまり感じないで済むのかもしれない。
この扉を開けっ放しにもできるようだし、開放感が欲しければ貨物室からコックピットまでの空間を一繋ぎにしてしまえばいいだろう。
断りを入れてシートに座ってみて、操縦の感じを想像してみる。
元々の設計が似通っていることもあるだろうが、操縦桿からパネル回りまで大体が理解できるものなのが地味にありがたい。
飛行機なんかは世代が違うと操縦系ががらりと変わるなんてのはよく聞くが、この世界の飛空艇は全世代を通して大きな変更がない。
それだけ飛空艇の操縦としては完成していたということなのだろう。
あと船体側の操縦補助が優秀なのもあるか。
「アンディ君、よかったらこの後実際に少し動かしてみないか?一応操作の手引き書は用意してあるが、船が変わるんだし、操縦の感覚は慣らしておきたいだろう?」
シートに座った俺の顔を覗き込むようにしてダリアが話しかけてきた内容は、実際に動かす身とすれば是非もない。
慣熟訓練は確かに必要だ。
ぶっつけ本番で動かすことも時には必要だろうが、練習が出来るというのならしておくに限る。
何せ飛空艇は貴重品であるのだから。
「それは助かります。あと、できればこの船の操縦経験のある人を補助に着けてもらえるとありがたいんですが」
「手配しよう。荷物の方はどうする?見ての通り、あの飛空艇の積載物を丸ごと載せるのは無理だよ?」
「それは俺とパーラで持ってくものを仕分けます。流石にバイクは乗せられませんから」
「確かにな。では君達の飛空艇に積んである荷物に関しては、我々が責任をもって預かろう」
となれば、換金用にと色々買いこんだ品物は多少目減りしてでも皇都で売り払ってしまおう。
バイクなどはダリアに管理を任せれば粗雑に扱われることもないはず。
冷蔵庫がないこっちの飛空艇では持っていけない食料品なんかもあるし、こうなると仕分けには結構時間がかかりそうだ。
諸々の準備が明日までかかるとして、出発は明後日以降になるかもしれないな。
場所を移して、皇都近郊のとある平地へと俺達は来ている。
見渡す範囲に障害物もなく、足元の砂地も柔らかいこの場所では、主に飛空艇の離発着の訓練が行われるそうだ。
万が一墜落しても砂がクッションになって助かるかもしれないということで、修復された飛空艇がまず最初に運ばれてきて初飛行を行う場所でもある。
実際ここでは何度か飛空艇の墜落事故が起きていたが、ケガ人は出ても死人は出ていないという実績がある以上、俺達が飛空艇の飛行練習を行うのに最適だと言えるだろう。
運よく俺達以外にここで飛空艇を飛ばしている影がないこともあり、正に今は最高に丁度いいタイミングでもあった。
そんなわけで、ダリアが手配した中型飛空艇の操縦経験が豊富な男性パイロットと共に、まずは俺が練習飛行へと入った。
操縦系統はさほど違いはなく、船体の大きさからくる浮き上がりの感触の違いこそあれど、大きな混乱もなく高度を上げていった先で問題が出た。
気流に乱れが出てくるほどの高さへと来た途端、船尾が流されるようにして飛空艇の向きが急激に変わってしまった。
普通の人間ならこれだけの変化が起きれば、視界の動き方からくる混乱に襲われるのだろうが、生憎俺はラジコンヘリの操縦でこの手の経験はそれなりにある。
すぐさま船体を前進と旋回でバランスを取り戻すように操作し、更に一度船首を上げてからすぐに水平に戻す。
そして緩旋回の軌道に乗ったあたりで徐々に高度を下げていく。
一応船体の制御は取り戻したが、また風に踊らされてはかなわないので、一先ず風の影響が薄れる高度まで降りた。
「…凄いものですな」
ボソリと感嘆交じりの呟きを漏らしたのは、隣の席で操縦を補助してくれていたパイロットだ。
「自分もそれなりに飛空艇を乗りこなしていると自負はしていますが、あの状況でここまで鮮やかに船体を復帰させるのは無理でしょう」
「そうですか?ソーマルガの環境だと、ああいう風に流されるって状況は多く経験してそうな気もしますが」
「はっはっは、確かに何度か覚えはありますな。ですが、慣れていない飛空艇の操縦でああも見事に御してみせたアンディ殿の腕を見てしまうと、自分もまだまだだと思わされました」
そうは言うが、あの状況で咄嗟にこちらの操縦桿へと手を伸ばしたこの男の判断力も大したものだった。
ソーマルガに飛空艇がもたらされてまだ月日は浅いが、不意の事態に臆することなく操縦に介入しようとする胆力を持つパイロットがいるのだと思えば、いつかの未来で飛空艇を基軸にした空軍が出来上がることを夢想してしまう。
一方で、この飛空艇の方には俺自身、そこそこの不満を覚えている。
決して悪い船というわけではないのだ。
ただ一点、操縦へのサポートがほぼ機能していないということだけが珠の傷なだけで。
先程の気流に揉まれた際、俺達が使っている飛空艇であれば警告と共に操縦に補助が入って船体の姿勢を直そうとする動きが発生する。
だがこの飛空艇では、確かに操縦に補助はあったのだが本当に微々たるものだった。
僅かに船体を水平に戻そうとした力は発生していたが、それで何とかなるとは思えなかった俺が途中で操縦を上書きして、手動で姿勢制御を行ったぐらいだ。
その辺りのことを隣に聞いてみると、今あるソーマルガの飛空艇は大体そんなものだという。
どうやら俺達の飛空艇が操縦の補助ではかなり優秀なだけのようだ。
一概には言えないが両方の操縦感を知る身としては、操縦への補佐に対する応用力ではパソコンと電卓ぐらいの差がある気がしている。
これからの旅で増える負担を考えるとため息が出そうになるが、まぁこれ以外の飛空艇を要求するなら更に時間がかかるそうなので、そこは妥協するか。
なにも四六時中飛び続けるわけではないのだ。
パーラと操縦を交代しながら移動すれば、疲労もさほど溜まることはないだろう。
凡そ操縦の手応えを体で覚え、入れ替わる形でパーラが飛空艇に乗り込んで飛び上がるのを見届けてから、その場をいったん後にした。
先程決めた通り、こちらの飛空艇に載せる荷物を仕分けするために、俺達の飛空艇のある場所へと向かう。
少し離れた場所にあったやや大き目な格納庫と言っていい建物に、俺達の飛空艇が保管されている。
そこへ近付ていくと、解放された巨大な扉の向こうから、にぎやかな声が聞こえてきた。
どうやら早速俺達の飛空艇を調べているようで、中々活気のあるやりとりが耳に届いてくる。
中を覗いてみると、見慣れた白の巨体には、調査装置であろう様々な器具が取りつけられており、その周りで研究者達が怒鳴るようにして意見を交わし合っていた。
研究者というのはそれぞれが自分の能力に自信を持つ人種で、こうして共同で調査を行う際にはお互いのやり方で進めようとしてぶつかることがままあるらしい。
これは以前、84号遺跡で巨大飛空艇の試験飛行を行った際にダリアが零していた。
ただ、飛び交う声の荒々しさの割に現場の空気は険悪ではなく、むしろ情熱が溢れるままに意見の交換が行われているように見える。
ひとまず適当な人間に声を掛け、自分が何者かを明かしてから飛空艇の貨物室へと入る。
今現在、この飛空艇は研究者達の手で調査解析が行われているため、動力も飛空艇の設備を維持する程度まで落とされている。
そのため空調がほぼ利いていない貨物室は暑さが気になるが、それでも外よりは大分ましだ。
軽く一息つき、まずは皇都で売り捌く品を纏めにかかる。
色々と買い込んで放置していたものもあるので、片付けも兼ねての処分となるだろう。
とは言っても、工芸品なんかは傷むことも無いので急ぐ必要はなく、そうなれば食料品や香辛料なんかに自然と手が伸びる。
珍しい酒なんかもそこそこ揃えてはいるが、これも売ってしまおう。
どうせ俺もパーラもはあんまり飲まないし。
ゴソゴソと漁っていると、珍しいものが出てきた。
布で包れた1メートル半ほどの長さがあるその棒状の物体は、布を取り払ってみると中からは細かな細工が施された剣の鞘が姿をみせる。
これは以前、転売用に買った剣の内の何本かが品質の悪さを理由に買い取りを拒否されたものを、俺がふざけて鞘から柄から刃に至るまでを雷魔術で溶接加工した結果、二束三文の剣を見た目だけは恐ろしく荘厳な一本に仕上げたものだ。
いつかこの剣をどっかの山の頂上にぶっ刺して、伝説の剣っぽくして遊ぼうと考えていたという、若気の至りのような一品で、実用性はまったく皆無な剣である。
懐かしいな、作ってからもう3か月経つのか…。
こうして見てみると、このまま経年劣化でいい感じにくたびれていけば、誰かの宝具として後世に伝えられそうな凄みがある。
……うん、これはとっておこう。
なんだか大掃除をしているときに昔の漫画本を見つけたような気分だったが、今は荷物の仕分けという仕事を優先しなければならない。
30分ほどかけて荷物の整理を終えると、二つの山が出来上がっていた。
売り払うものもそれなりの量となったが、あっちの飛空艇に載せる日用品なんかも結構な量があるようで、これはパーラも呼んで二人で運んだ方がよさそうだ。
そろそろパーラの方の慣熟訓練も終わってるだろうと思い、貨物室を出た俺は一旦ここを離れることを誰かに告げようとして、ある物に目が留まる。
研究者達が集まって何かを囲みながらあーだこーだ話し合っている光景の中、その中心に鎮座している妙にメカ感丸出しの物体が好奇心をそそる。
研究者達がそれを見て難しい顔をしているのを見ると、何やら重要なパーツらしい。
大きさは中樽ぐらいだが、三角柱の形をしたその表面には幾何学模様のように走るラインが仄かに青い光を放っている。
この光に関しては、俺も自分の飛空艇のメンテナンスの際に見た覚えがある。
その時に動力部の中枢パーツで青白い光を走らせていたパイプ状の機器とほぼ同じ感じの光だ。
となれば、あれは飛空艇の動力部の中枢パーツなのだと予想できるが、なんだかごてごてとした造りをしたそれは、古代文明に見られる洗練されたシャープさというのが無いように思える。
なんとなく技術発展の途中という印象を受けるそのパーツは、恐らく今ソーマルガで作ろうとしている新造の動力部ではないだろうか?
そんなものを見てしまうと、ついついその集団が交わしている言葉にも耳が向くというもの。
「やはり出力を絞るしかないのでは?」
「いや、そうすると船体を動かすだけの力がなくなる。出力はこのままで、魔力貯蔵の容量を増やしたほうが…」
「そりゃ無理だ。ただでさえ小型化で悩んでるのに、ここからさらに魔力貯蔵器を大型化したら重さで飛べなくなっちまう」
「だなぁ…」
なにやらお悩みの様子。
ザっと聞いただけだと詳しくはわからないが、それでも多少想像すると何に悩んでいるのかは朧げにだが見えてくる。
あのパーツをエンジン・主機として見れば、彼らの悩みは恐らく、主機出力に対する燃費効率に対しての物ではないだろうか。
飛空艇を飛ばすのに必要な出力を確保して運用すれば、燃料タンクにあたる貯蔵器の魔力をガンガンに消費してしまうが、それを補うためにタンクをでかくすれば、今度は重量がかさんで飛行に支障が出てくる、とそんなところか。
この辺りは正直、俺は門外漢であるためなんともいえないが、地球では航空機というのは燃料食いなのだ。
古代文明の飛空艇がとんでもなく低燃費なだけで、彼らのぶち当たっている壁は今のソーマルガの技術で果たしてどれだけオリジナルに迫れるか見ものではある。
解決方法はいろいろと考えられる。
例えば高出力と低出力のエンジンを二つ積むとかだ。
飛空艇が離着陸するのと高速飛行するのに高出力エンジンを、低速飛行やホバリングをする時には低出力エンジンをと、使い分ければいい。
欠点として、エンジンを二つ積むことによる重量とコストの増加、出力系に高度なソフトウェア的な制御が必要になるといったことがある。
正直、この時代の技術水準からすれば、飛空艇の制御に関するプログラムを弄るなど無謀だと思うので、名案とは言い難い。
となると、差し当って簡単に出来ることとなれば―
「あのーちょっといいですか?」
「ん?あぁさっきの…。荷物の持ち出しはいいのかね?」
「はい、一先ず整理だけは終わらせました。後でまた取りに来ますが」
「そうか。ではまたその時に適当な人間に一声頼むよ」
先程までの唸っていた様子を微塵も引き摺らないで俺に応えたのは、その研究者の中でも年長だと思われる壮年の男性だ。
他の人間が悩まし気な顔を浮かべている中、その男性だけはすぐに表情を切り替えて応対したあたり、この場での代表者としての振る舞いに慣れていると感じさせた。
「ええ、では後で。ところで、先程まで皆さんは何やら悩んでいたようですが、一体どういうことで?良ければ聞かせてもらえませんか?」
「それはできん。僕達が扱うものは機密が含まれることが多い。外部の人間に軽々しく話すわけには…」
「まあ待て。彼から機密が漏れるのは心配しなくていい。彼はこの飛空艇の持ち主だし、ダリアさんとも親しい。そう邪険にしなくてもいいだろう」
これは失敗した。
何気なく教えてと言ったが、よくよく考えればここにあるのはどれも機密といっていいものばかりだ。
建物の出入り口に見張りが立つぐらいに。
このきつい目をした若い研究者の言う通り、軽々しく話せないのを尋ねるのはマナー違反ではなかろうか。
棘のある対応と思うなかれ、最先端の研究に携わる人間には、こういう意識を持つ者が選ばれるため、こういう反応はむしろ好ましいぐらいだ。
ただ、班長と呼ばれた壮年の男性は俺の立場をある程度知っているようで、幾分か配慮をしようという意思が感じられた。
「ですが班長」
「それにもしかしたら、我々以外の視点からの方が見つかるものもあるかもしれないぞ。…少し専門的な話になるがいいかね?」
「お願いします」
渋る若いのをなだめながら、班長が語ってくれたのはやはり先程俺が推測したものとほぼ同じようなものだ。
要するに主機の出力と燃費のバランスに悩んでいる、という感じだ。
一応俺が研究者ではないということを加味したうえで、簡単で分かりやすいように説明をしてくれたのはありがたかった。
と同時に、それが出来る程度に班長の男性は飛空艇に対しての理解が進んでいるというのも分かった。
流石は一国の最先端研究に携わるだけはある。
「なるほど…。その動力部ですが、二つ積むことはできないんですか?例えば高出力のものと低出力のもので使い分けると言った感じで」
二つ積むことの意義と運用方法を何とか頑張って伝えると、それに対して思う所があるのか、研究者達が俄かに活発な意見の交換を始める。
漏れ聞こえてくる声から、一定の効果は見込めると興奮気味な人間もいるようだ。
「ほう、面白い考えだ。だが無理だな。この動力部だが、作るのにかかる手間と時間から、そう大量に作れるものではないんだ。小型の飛空艇に二つの動力を積むほどの余裕はない」
班長の言葉に、他の人間も何度も頷いて同意している。
当然ながら、コストの問題は俺も気付いていたので、むしろ班長が言わなければこちらから打ち明けていただろう。
まぁこれはあくまでも一案として言ってみただけだ。
簡単に出来ると言うわけがない。
「では一つの動力部を二つに分けるというのはどうでしょう」
『分ける?』
綺麗にハモったな。
どうやら俺の話に対して、意外と食いつきが言いようだ。
それだけいい案が無かったということでもあるか。
「ええ。…ところでそちらの動力部、それはここで作られてるんですよね?」
「え?ああ、うちとは別の班だが、確かにここで作ったものだ」
「では性能を落としたものであれば、二つの動力部を揃えることはできませんか?高性能な動力部を一つ作る手間と、多少性能が落ちるもの二つの手間は、必ずしも同じではなくとも、大分近いのでは?数が揃ってしまえば、先程俺が言った出力を分けたものを二つ搭載するという案も可能になるかもしれませんよ」
既に高性能品を作り出しているということは、性能を抑えたものであればもっと手間を削って作れる可能性がある。
わざわざ性能が劣化したものを大量生産するのはどうかと思うが、今必要なのは技術が熟れるまでの繋ぎとなる経験だ。
これがいずれ、より性能を高めた物をを作り出す際に生かされるのではないだろうか。
「…ふぅむ、なるほど。できないこともない…か?」
「いや班長、これは結構いい案じゃないっすか?動力を二個乗せた分、多少重量は増えますけど、制御系をそれぞれに割り振れば行けそうな気もします」
「制作班は今どこにいたっけ?ちょっと聞きに行ったほうがよさそうだな」
「確か第一の方の保管庫だ。俺も行こう」
俺の案を受けて彼らの研究者魂に火が着いたのか、一人がまず声を上げると、他の研究者達も引っ張られるようにしてそれぞれの役割に向けて動き出した。
瞬く間に倉庫内から人がいなくなり、残ったのは俺の目の前にいる班長だけとなった。
「…一気に人がいなくなりましたね」
「私達研究者ってのは動き出すとあっという間だよ。今頃他の班の連中にも声を掛けて回ってるだろうね」
「となると、これから忙しくなるんでしょうね。…あの動力部を少し見せてもらっても?」
「あぁ構わないよ」
人もいなくなったことだし、いい機会だと思って動力部をもっと見せてもらうことにした。
見せてもおうか、ソーマルガ謹製動力部の性能とやらを。
高さ一メートル、幅四十センチほどの三角柱を色んな角度で眺めていく。
表面を覆う幾何学模様は何か魔術的な意味でもあるのか、時折脈打つようにして青白い光が走っている。
隙間から覗ける内部は、大小の細かいパーツが詰め込まれており、どれがどのような役割があるのかを推測できるほど俺は専門家でもない。
ざっと見た感じ、よくわからんというのが正直な感想だ。
俺はメンテナンスなんかで自分の飛空艇にちょいちょい手を入れることはあるが、ここまで細かくパーツ単位で見ることはないため、中々新鮮ではある。
なので、ついついその内部について質問をしてしまうのも仕方のないことだろう。
「班長さん、ここの鉤状になってるところはどんな役割が?」
「どれ…そこのは結晶体から供給されてくる魔力を細く纏めて次の場所へ運ぶためのものだ。そっちに半円型の部品があるだろう?それが回転することで、魔力を巻き取るようにして引き込んでいくんだ」
「へぇ~。ということは、ここに魔力が溜まるってことですか。すぐに飛行用の力として使われるんですか?」
「いいや、一旦溜めたものを圧縮させるという工程がある。その後、飛空艇の動力として船体各部に送られて利用される」
疑問に思ったものを聞くと班長はすぐに答えてくれるため、ついついパーツ一つ一つにまで質問が及んで時間を忘れてしまっていたらしい。
不意に、倉庫の外から聞きなれた声が俺の名前を呼んだ。
「アンディー?いるー?」
「お、パーラか。こっちだ」
「あぁいたね。もぅ、いつまで荷物を纏めてんの?こっちはとっくに終わったよ」
どうやら慣熟訓練を終えたパーラが俺を探しに来るぐらい、長いこと班長と話し込んでいたらしい。
呆れた様子のパーラに少し申し訳なくなるが、丁度いいタイミングなので班長と別れて、仕分けした荷物を持ち出すことにする。
「こっちのは持ってくやつな。んで、こっちは皇都で売り払うやつ」
「あら、結構持ってくんだね」
「そうか?これでも結構減らしたんだけどな」
貨物室でパーラと共に山となっている荷物を眺める。
生活必需品に絞って選んだつもりだが、やはり中型飛空艇はバイクや馬車などと比べると積載量にかなりの余裕があるので、そこそこの量でも持っていける甘さがゆえのこの様よ。
それじゃあパーラも来たことだし、早速皇都の商人ギルドにでも売り物を卸してくるとしよう。
あぁ、そう言えばドライフルーツ用にと買った果物の件もあるんだったな。
店で買ったときにダリアの家に届けてくれと言っておいたし、荷物を片付けたらダリアの家に行ってドライフルーツ作りに入るとするか。
しかし、ソーマルガに来るといっつもなんか忙しくなるな。
もしかして俺ってこの国と相性悪かったり?
まさかね。
応援ありがとうございます!
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