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必ずホシを上げる

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バイクで駆け抜けること2日、道中に大きな問題も起こることなく昼前には王都へと着くことが出来た。
危険な荒野を抜けて暫く進んだあたりで一度野営を行った際に、土魔術で寝床を作る作業にパーラが驚くといったことがあったが、それ以外はさして語ることは無い。

久しぶりの王都は当然のことながらあまり変化はなく、しいて言うのなら入場待ちの列に並ぶ人たちの服装が寒さに合わせた厚手の物になっているくらいか。
俺にはこの門を優先的に抜けれるメダルがあるので、手続きを省略して門を通り抜けていく。
メダルを持った俺にはある程度の融通が利くのだが、同行者として認められたパーラも一緒に適用されるようで、スムーズに街中へと進んでいくことが出来た。

まずは何よりも先にルドラマへの面会の約束をしに行く必要がある。
エイントリア伯爵邸へと向かい、門番と挨拶を交わしてから取次ぎを頼んだ。
忙しいだろう伯爵に面識があるとはいえ一介の冒険者がすぐに会えるとは思えず、取りあえずルドラマに直接話ができる人、この館だと執事長がそれにあたるので、まずはその人に訪問の目的を話すことから始めよう。

門番の人と雑談をしていると、館の玄関から複数人の足音が聞こえてきたので、そちらに向き直って用向きを説明しようとしたのだが、振り向いた先にいた人物を見て驚いてしまった。
「いらっしゃい、アンディ。丁度昼食の用意が出来ていたの。一緒に食べましょう、そちらのお嬢さんも」
てっきり執事長が来るもんだと思っていただけに、ルドラマの妻であるセレンの登場に硬直してしまうが、そんな俺の様子など気にも留めず、サクサクと話を進めてしまうマイペースさは似たもの夫婦か。

突然現れた身なりのいい女性の姿に俺以上に驚いたパーラは緊張してしまい、どうしたらいいのか分からず、目線を俺とセレンへ行き交わせている。
その様子に気付いているだろうが、セレンはお構いなしに俺とパーラの後ろに回り込み、背中を押す様にして館の中へと連行していった。

連れて行かれた先は伯爵一家が普段食事をする為に使われているのだろうと思われる食堂で、内装はシックな物なのに使われている壁や柱といった建材はどこか時代を経た艶のようなものが感じられ、飾られている調度品も相まって実に豪華な空間に感じられる。
中央に置かれた長テーブルには既に食器類が置かれており、急遽参加することになったはずの俺達の分もしっかりと用意されていた。

「さあ、掛けてちょうだい。あぁ、アンディはそっちへ。あなたはここよ」
俺とパーラが対面する形でテーブルに座らされ、何故かセレンが上座ではなくパーラの横に椅子を持ってきてぴったりと寄り添うようにして座る。
どうやらそれが目的だったようで、最初に俺とパーラを分けるようにして座らせたものこのための布石だったのだろう。
席順を守らないというのは貴族の奥方として問題なのでは?
パーラは突然自分の真横に来た貴族の女性という存在にガチガチに緊張してしまって動けないでいる。

「あの、セレン様?なぜこの配置に?」
この場で疑問を持っているのは俺とパーラだけなので、俺が聞くしかないと思い切って尋ねてみた。
「ん~?なぜって…実は私、娘が欲しかったのよねぇ。やっぱり女の子は可愛いわ」
話しながらパーラの頭を胸に抱きよせて撫で心地を堪能しているセレンは傍目に見ても上機嫌の極みといった様子で、ニコニコと顔をほころばせている。
一方のパーラはというと、突然の事態に困ってしまっているようで、身動きせずにセレンのされるがままとなっており、時折俺の方へと助けを求めるような目を向けてくるが、セレンに悪気もないのだからやめろと言うのも出来ず、そっと視線を逸らす。

食事が運ばれてくるまでの間、セレンにパーラのことを聞かれ、声の出せないパーラに変わって説明をしていく。
その流れで今回の来訪の目的も話した。
セレンに取次ぎを頼めばルドラマにもすぐに会えるのではないかと期待したのだが、世の中そう上手くはいかないようだ。

「ではルドラマ様に面会の機会を設けてもらうのは難しいと?」
「残念だけど会うのは無理でしょうね。少し前に新しい遺跡が見つかってね、そのせいで夫も城に詰めてるから暫くは帰ってこれないの。あ、パーラちゃん、これもおいしいわよ」
新しい遺跡というのは俺達が見つけたやつだろう。
まさか自分のしたことがこんな形で返ってくるとは。

俺のお願いに申し訳なさそうに答えたセレンだが、一心不乱に食事を食べるパーラに自分の皿から料理を分け、それをまた美味しそうに食べるパーラの様子を笑顔で見守っている。
今まで食べたことが無い豪勢な食事に、パーラは先ほどの緊張などすぐに消え失せ、時折セレンが差し出す料理にも満面の笑みで舌鼓を打ちつつ、徐々にセレンに懐き始めていた。
今も皿に追加された料理にセレンへ笑顔を向けることで礼として、食事を再開する。

すっかりその様子にセレンも骨抜きになっているようで、まるで本当の親子のような空気が出来上がっている。
それはともかくとして、目下の問題の解決にはどうしたものかと困っていると、セレンから提案がなされた。
「要はその紋章が指す貴族を探したいんでしょう?そういったことの適任者が家にはいるから大丈夫よ。サティウをここに」
給仕に来たメイドにそう告げると、一礼して退室していくメイドを見送り、今のやり取りで出てきたサティウという人物について聞いてみる。

エイントリア伯爵家に限らず、貴族家には紋章官と呼ばれる役職があり、サティウという人物がエイントリア伯爵家における紋章官の役に就いている。
有力貴族や古くからの家の紋章であれば覚えているものもあるのだが、新興貴族や末端の貴族ともなるといちいち覚えるのも一苦労だ。
貴族家の紋章というのはその家の数だけ存在し、複雑な模様で構成されている物も少なくないため、紋章官の補佐の下で見分ける作業を行う。
手に入れた紋章の持ち主がどこの家の者なのかを知りたい俺達にしてみると、この紋章官に頼るのが今は最善だと思われた。

「失礼します。サティウにございます」
食堂に入って名乗りを上げたサティウにその場の全員の視線が集まる。
意外というかなんというか、サティウは見た目が20歳程の女性で、紋章官という重要な役職に就くにしては随分と若いように見受けられるが、茶髪のやや前髪が長めのショートボブから覗く青い目からは意志の強さと仕事への誇りを持った職人のような力強さが感じられる。
何故か執事服に似た服を着ているのだが、女性らしい体のラインを隠そうとしていないことから別に男装にこだわっているわけではなく、単純に動きやすさを追求した結果の服装なのだろう。

「あら、仕事中だったかしら?悪いことをしたわね。とにかく、こっちに来て」
セレンが指摘したのはサティウが書類の束を手に持っていたためで、それが手元にあるということは仕事を中断してセレンの呼び出しに応じてくれたということなのだろう。
「いえ、お気になさらず。…御用の程をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
テーブルの脇に立ち、一瞬だけ俺とパーラを見たが、すぐに目線をセレンに戻し、要件を聞こうとする。

「その前に、この子たちを紹介するわね。呼び出した要件の発端は彼らにあるのだし」
目線で促されたので椅子から立ち上がり、軽く会釈をして名乗る。
「初めまして、俺はアンディと申します。冒険者です。そっちはパーラ、傭兵です。訳あって共に行動しています」
紹介されてパーラも軽く頭を下げ、その際に喋れないことも伝えておく。

「これはご丁寧に。私はサティウと申します。エイントリア伯爵家の紋章官を務めております。以後お見知りおきを」
子供と侮らずに丁寧な口調での名乗りに彼女の生真面目さが分かる。
差し出された右手を握り返し、握手を交わしていると、俺の目をじっと見つめてきたサティウの視線から、まるで俺の全てを見通そうとしているかのような錯覚を覚えて緊張してしまった。
何かを推し量るかのような視線の交差が数秒間ほど続くと、サティウの方から口を開いて来た。
「…アンディ殿はわんぱくな服装の方がいいかもしれません。それに男の子はやはりズボンを短くして太腿を見せる方が魅力を引き出せますね」
こいつ、ショタコンか。

その目線から逃れようと握手を解こうとしたのだが、思いの外強い力で握りこまれていて離せない。
細身の体からは想像できない握力に引く事も出来ない。
どこにこれだけの力が?
段々と冷静なように見えていた目に興奮の色が灯り始めた時、セレンから助け舟が出された。
「こーら、サティウ。だめでしょう。初対面の男の子にそんなことしちゃ」
「…はっ!申し訳ありません。男の子を見るとつい…私の悪い癖です」
セレンは普通に話しているし、さっきの状態は日常茶飯事なのだろうか。
「治しません?その癖」
「治せません」
俺の言葉にキッパリと返されると何とも言えない空気が漂い、呼び出した要件に移ることでサティウがこの場を誤魔化す。

早速サティウに紋章の照会をしてもらう。
紋章が書いてある布を受け取ったサティウがそれを見て記憶をたどる様に遠い目をしだし、少しずつ情報が明かされていく。
「逆三角の下地は王国の東方で使われています。隅にある意匠の大鎌とランプの組み合わせはフィバンティー子爵家の特徴でしょう。ただ、この中心に描かれているのはカロ芋の花でしょうから、属家が農地改革の功で新興したものかと。カロ芋が主要作物に上げられている領地は一つだけ。以上のことからこの紋章の家はバスラン男爵家ではないでしょうか」
紋章官というのは伊達ではないようで、一つ一つの要素を分析して地域やその主家を割り出し、あっという間に紋章の詳細を突き止めてしまう。
まるでお宝鑑定の結果を聞くような気持ちだったが、ようやく敵の正体に辿り着く手掛かりを得ることが出来た。
『グエンという名前でバスラン男爵家に所縁ある』という情報は非常に大きい。

一応念のためにグエンという名前に心当たりがあるかを尋ねたが、この国では別段珍しい名前でもなく、貴族家の当主でもない一個人の名前など把握しているはずもなかった。
とりあえず当面の目標としてバスラン男爵家を当たることに決め、この日はお暇しようとしたのだが、パーラから離れたがらないセレンが引き留めてきた。

「今日はここに泊まりなさいな。部屋を用意させましょう」
「あ、いや俺達はま「それでしたら奥様、仕事に戻る途中に私から執事長に伝えておきます」ちょ、サティウさん?」
「じゃあそうしてもらおうかしら。あぁパーラちゃんは私と一緒に寝るから、大きい方の客間の用意をお願いね」
俺達に反論する暇も与えずどんどん話が進んでいき、諦めモードの俺と困惑気味のパーラを置いてけぼりにあれよあれよという間に俺は一人だけ客間に通されてしまった。

まあ別にこの家に泊まるのが嫌というわけではなく、単純に遠慮する気持ちがあっただけなのだが、セレンもパーラと一緒にいたいというストレートな欲望に忠実に動いただけで、こちらとしても特に断る理由は無かったので宿代の節約が出来たと考えるとこれはこれで有り難い。
俺と別れて別の部屋に向かったセレンとパーラの様子は傍目には仲のいい親子の様で微笑ましいものだった。
ヘクターという唯一の家族を失った悲しみともある程度の折り合いが出来たパーラだが、どこか天然な雰囲気があるセレンは不思議と人を包み込むような温かさを纏っているため、パーラも母性を感じ取って甘えたのだろう。
これは悪い事ではないため、2人でゆっくり過ごす時間にパーラの心も癒されるはずだ。
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